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朝早くに先触れが届いたせいで、修道院は急に慌ただしくなった。
豪奢な馬車が修道院の前に止まり、中から白い服を着た貴人が現れた。
──汚したら洗濯が大変そうだわ。
出迎えのシスター達と共に指を組んだ礼をしながら、わたしはそんな事を思うようになった自分に苦笑した。
深々と頭を下げたわたしの視界に、見覚えのある長い脚が飛び込んできた。目を上げると、リーンハルト殿下が苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「なんだ、その格好は」
「……修道女ですので」
わたしが再び指を組んで恭順の礼をとると、
「やめろ。……普通にしろ」
と言い置いて、殿下はマントを翻すと修道院の中へ案内されていった。
アンヌに着付けられ、少し身体に合わなくなったドレスに身を包んだわたしは、殿下の待つ応接室へ向かった。
改めてカーテシーの礼を取ると、殿下の苦虫が苦味を増したようだ。
「……なんだ、その髪は」
ああ、そんなことか。わたしは肩口で切りそろえられた髪に触れた。
「髪に仕える身では、髪の手入れをする間もないものですから」
「貴族子女が行儀見習いに身を寄せる院と聞いていたが……まさか、虐げられているのか?」
殿下の目が険を帯びる。
「まさか! とても良くしていただいています。清貧であるからこそ修行になるのですわ。皆様も同じです」
それでも険の取れない殿下に、わたしは少し不安になった。
「わたしがまた何か不品行を起こすと思っていらっしゃったのですか? この通り、慎ましく暮らしておりますわ」
「そういうことではない!」
強い調子で遮られた。
「そういうことではない、が……」
続く言葉を待ったが、殿下はぱくぱくと口だけを動かして、呆然とした顔をした。そのまま途方に暮れたように視線を落とし、わたしのあかぎれた指に気づいたようで、
「酷い手だ」
と呟いた。
「あら、これでも大分ましになったんですのよ。わたし、石鹸を作りましたの」
わたしは石鹸の製造工程を、試行錯誤の過程も交えて説明した。殿下はこんな顔をしているけれど、実は新しいものや珍しいことが大好きなのだ。
「なるほど、石鹸とはそのように作られていたのだな。……だが」
身を乗り出すように聞いていた殿下が、少し気まずそうな顔をした。
「王都から石鹸を取り寄せるのでは駄目なのか?」
「そういうことではないのです」
「そうか」
「そうです」
「……そうか」
なんだかよくわからない謁見を終えて殿下が帰都すると、アンヌが心配そうにわたしの腕にくっついてきた。
「やあねアンヌ。悪役令嬢がちゃんとしてるか見張りに来ただけよ」
「……エルネスティーヌ様……」
後日、薔薇の薫りの石鹸が山と届けられたおかげで、修道院ではいつ殿下が訪れても大歓迎されるようになった。
いくらかの石鹸は販売に回され、残りはシスター達に分けられ祝祭日の洗顔などに大切に使われた。




