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寒い季節とあってか、石鹸液はなかなか固まらない。
・1日目 表面にホットミルクのような膜が張る
・2日目 生キャラメルのような弾力
・3日目 ちょっと固めの生キャラメル
──このまま乾いて固まっても、あれじゃあね。ここまで労力をかけて作る価値はないのかもしれない。
「庶民に石鹸が普及しないわけがわかったわ」
スカスカの泡と刺すような痛みを思い出して、徒労感が強くなる。
「まあ、ここまでやったんだから、最後まで付き合いましょうか。気分はアサガオの観察日記だわ」
終わりの見えないバグとの格闘こそ、底辺プログラマの真骨頂だ。ど根性だけを相棒に、わたしはそうやって生きてきたのだ。
溜め息をひとつ吐くと新しい反故紙に線を引いて、わたしは半ば惰性でメモを取っていった。
・7日目 キャラメルから消しゴムの感触に変化。型から外して簀の子に並べ、さらに乾燥。
・10日目 固めの消しゴム。心なしか油臭さが薄くなり、土のような匂いに。
そして、やっと2週間で。
「石鹸に、なったわ」
ティースプーンで叩くとコンと音がする。切り分けてみると中はまだキャラメルで、ウイスキーボンボンのようだった。
わたしは端っこの固い部分だけこそげ取り、お湯を注いでにティースプーンでかき混ぜた。カスタードの時の痛手が記憶にあるので、いきなり手を入れるのは少し怖い。
「──カスタードの時と泡のテクスチャが違うわね」
わたしの思う石鹸とは比べるべくもないが、カスタードの時より肌理の細かいもっちりとした泡が少し発生し、カップの縁に少し残った。
わたしは覚悟を決めて、石鹸液に人差し指を浸し、汚れた布巾を摘み洗いした。
「痛くない……。石鹸、出来てる」
自分でも半分諦めかけていた石鹸が、気付いたら完成していた。
わたしは狐につままれたような気分だったが、アンヌが半泣きになって喜んでいるのを見るうちに、じんわりと実感が湧いてきた。
「石鹸って、乾燥すると出来上がるの? ……違うわね。まさか、熟成?」
混ぜるだけではなく、材料が反応を終えるまでじっくりと待つ必要があったのだ。
ここまで来るのに、ほぼ1ヶ月。スローライフの名は伊達ではないと言ったところか。
完全に固まった石鹸をお披露目すると、シスター達には大変喜ばれた。顔や体に使うには強すぎるが、掃除や洗濯には充分だ。
修道女とは基本手間を尊ぶ性質があるので、石鹸作りも苦にならないようだ。油が多く余った時には、暖炉の側でくるくると桶をかき回すのがシスター達の日課になった。




