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わたしはいわゆる悪役令嬢というやつだったらしい。
つり目がちのきつい顔立ちに金髪縦ロール。お約束すぎて笑ってしまう。
発端は、わたしが平民の女の子の髪を切ったこと。──の、ようだ。
正直なところ、わたしはそのクレアという少女に会ったこともない。
友人の友人とかいう縁で数回話しただけの女生徒がやらかしてくれたのだ。
髪を切るときに「平民風情が第一王子に粉をかけた」とか「婚約者であるエルネスティーヌ様を差し置いて」とか口走っていたようで、気付けばわたしが取り巻きに命じてやらせたことになっていた。
グラナート伯の縁者という触れ込みだったと思うが、彼女は事件後速やかに学園から消え、今となっては名前もわからない。
被害に遭った子には申し訳ないが、それが「子供の喧嘩」で終わらなかったのは、偏にわたしが'第一王子の婚約者'だったからだ。
実行犯が霞と消えた以上、教唆者と目されるわたしにすべてがのしかかった。
粗暴だ。暴力的だ。平民を下に見る差別主義者だ。国母となるには如何なものかーー。
貴族院から声が上がったのを皮切りに世論は炎上し、わが公爵家への批判も高まった。
このままでは王家の威信や公爵家の権勢にも影響しかねない、との判断で、わたしとリーンハルト殿下の婚約は解消。わたしは辺境の修道院に送られることになったのだ。
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「……追放悪役令嬢って、着の身着のまま追い出されるもんじゃないの?」
たった数行で雑に退場する悪役令嬢だが、実際はそうもいかなかった。
旅支度を調えるために使用人たちは駆け回り、旅装を誂えるために商人が呼ばれ、針子が雇われ、馬車が仕立てられ、屋敷は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
出発までの短い間にたくさんの人々が詰めかけた。他国に嫁した姉まで飛んできて、抱きしめられてキスされて別れを惜しまれた。
それでやっと、衣装も食料も満載の、修道院への付け届けやお気に入りの茶葉、メイドまで載せられた真新しい馬車で、家族総出の見送りを受けながらわたしは公爵家を出たのだ。
泣いてる暇なんてありはしなかった。
王都の喧騒が遠ざかり、石畳が土の道に変わっても、真新しい馬車は快適だった。
辺境への道のりは遠かったが、メイドのアンヌとお菓子を摘まんでお喋りしながら、変わる町並みを楽しんだ。
「エルネスティーヌ様、あれがローゼンステイン辺境領です」
青々とした山並みが見えるが、麓には意外なほど建物が連なっている。
「結構栄えているのね。辺境って、もっと田舎なのかと」
前世のラノベやアニメを思い出して、わたしは驚いた。
「辺境は国境を守るための防衛拠点ですからね。人口を増やし、未開地開拓も積極的に行っているようです」
真面目なアンヌはしっかりと下調べをしてきたようだ。
「……でも、修道院は世俗から離れたあの山の上にあります」
こんもりと茂った山の端を指さして、アンヌがちょっと困ったように笑った。
町を抜けてから丘をいくつも越え、牛が草を食む牧場を、小麦が揺れる畑を、小鳥囀る森を横目に辿りついたのは、こぢんまりしているが手入れの行き届いた、煉瓦造りの小綺麗な建物だった。
「ようこそ、エルネスティーヌ様。遠いところをおいで下さいました」
門の前ではふたりのシスターが、わたしたちを出迎えるために待っていてくれたようだ。
「よろしくお願いいたします」
わたしは貴族の礼ではなく、指を組んだ祈りのポーズで深々と頭を下げた。
「神の庭にようこそ。エルネスティーヌ、アンヌ」
年配のシスターは修道女長だった。日焼けした肌に笑い皺が刻まれた、優しそうな方だ。
「さあ、中へ。長旅でお疲れでしょう」
そのまま応接室に通され、修道女長直々の歓待を受けて、わたしは戸惑った。
「とてもあたたかい修道院ですね。もっと辛く厳しいところかと」
丁寧に磨かれた窓から明るい光の差す応接間を見回しながら、わたしは率直に言った。
「もちろん、神に仕えるのは楽なことばかりではございません」
若いシスターが慣れたように微笑んだ。
「ですが、ここは貴族令嬢が婚姻前の行儀見習いに過ごすことも多い院ですので、心配なさることはございませんよ。私も子爵家から参っております」
「……さようでございますか」
わたしは胸に安堵を隠して、淑やかに微笑み返した。
乙女ゲームでは、悪役令嬢はよく修道院に追放されるが、それほどひどい目には逢っていなかったらしい。
……追放悪役令嬢、悪くないかも。
わたしが追放されたなら、どうせゲームは終わった後だろう。そういうアニメも、わたしは山ほど見てきている。
そんな転生者がやることと言ったらやっぱり。
「──いっちょ、スローライフでも満喫しますかね!」




