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「聖女認定試験?」
発明を封印し、シスターとして過ごすわたしにもたらされたのは、意外な提案だった。修道女長は大きく頷いた。
「ええ。本来であれば聖女は正規の修道女から選定するものですが、エルネスティーヌの活躍は目覚ましく、じゅうぶんに候補となる資格があるかと」
「聖女、とは」
おずおずと尋ねる。
「祈りの間で、神に特別な祈りを捧げられるものです。衆生には秘匿されている奇跡を行います」
乙女ゲーみたいだ、と茶化したかったが、心臓がぎゅっと恐怖に掴まれた。
「……修道女長様。大変有難いお申し出ですが、正式に出家していないわたしでは、信仰心が足りないのでは」
修道女長は我が意を得たりとばかりにまた頷いた。
「エルネスティーヌのご心配は尤もです。しかし、神は聖女に信仰心の篤さではなく、高い知性を求めておいでなのです。エルネスティーヌは知識だけでなく算術に優れ、それを分け与える徳も兼ね備えています。これほどの適任はありません」
──かたり。
修道女長は小さな音をたてて、’ 1 ’ と書かれた木札をわたしの前に置いた。
「……これは?」
わたしは断りを入れて木札を手に取り、矯めつ眇めつそれを観察したが、ただの古い木札であることしかわからなかった。
沢山の人の手を経てきたのだろう。ワインのような深い赤褐色に変色している。
「神へ祈りを届けるための言葉です」
修道女長は ' 2 ' 、' 3 ' ……と次々に木札を並べていく。
' 1 ' から ' 0 ' までの10枚のカードが机に並んだ。
「……ええと」
わたしは益々困惑して首をかしげた。
この世界で使われているのは、アラビア数字ではないからだ。
「見たこともない記号でしょう。混乱するのも分かります」
修道女長はわたしの困惑の意味を測り間違えている。アラビア数字の木札の下に、この世界での数字を表す木札を並べだした。
「これがこの記号の意味です。まずはこの対比を覚えてください。覚えたら、聖女認定試験に進みましょう」
「──いえ、もう結構です。進めてください」
わたしは修道女長の言葉を遮って続きを促した。
修道女長は半信半疑の様子だ。
それはそうだ。初めて見たおかしな記号に’ 意味 ’ を紐づけ、自在に使えるようにするには数時間、人によっては数日必要になるだろう。
しかし、それは本当に初見ならの話。わたしは恐らくこの世界でだれよりも、この記号に精通している。
頑として引かないわたしに根負けしたのか、修道女長は簡素な箱の中から更に木札の束を取り出し、どんどんと積んでいった。
山と積んだ木札の中から1枚を取り出して、わたしに提示する。
「なんと書いてありますか」
「 ' 1 ' ……です」
修道女長は頷いてその札を伏せ、新たな木札を山から取った。
「先ほどの札の数と、この札の数を足したらいくつになりますか」
「 ' 6 ' 、です」
予想通り、アラビア数字を今世の数字と紐づけて覚えられたかを確認されているようだ。
修道女長はまた木札を伏せ、今度は4枚いっぺんに並べて見せてから裏返す。
「では、先ほどの2つの数を足したうえで、さらにこちらの数を足したら?」
「……1024」
ここで修道女長の眉が跳ねた。
「……今までの木札の数を順に言いなさい」
「 ' 1 ' 、' 5 ' 、' 1 ' 、' 0 ' 、' 1 ' 、' 8 ' 」
修道女長の目が、信じられないというように見開かれる。
初めて見た不可思議な記号を一瞬で理解し、使いこなしているように見えるのだろう。
数が少なくなり、コイフから覗くこめかみを冷や汗がたらりと垂れた。
「これは」
「……4096」
わたしだってそんなに物覚えがいい方じゃないが、6334の学校教育を修めた理系プログラマだ。この手の計算は、むしろ得意分野だ。
「これは」
「……65536」
──なにが聖女認定試験だ。
これは。
ただの、フラッシュ暗算だ。
「……エルネスティーヌ、これほどとは」
すべての木札を伏せ終えた修道女長が、長い長い息を吐いた。
「合格です」
震える声はわたしに告げた。
「これより、神の秘経を授けます」




