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──また来た。
ドレスを摘まんで礼を取ると、わたしは片づけそびれたカーテンの裏にちらりと目を遣った。
「よい。楽にしろ」と言われてソファに腰かけると、リーンハルト殿下がまた苦虫を噛み潰していた。
「……変わりないか」
「ええ、神のお導きのままに」
「……瘦せたのではないか。きちんと食べているのか」
「もちろんですわ。わたくし、新しいパンを作りましたの」
「パンを?」
殿下が眉を上げたところで、折よくシスターがトレイを捧げて入ってきた。
子爵家出身のソフィーが如才なく控えの者に勧め、許可が下りてから殿下の前に皿が置かれる。
「蒸しパンですわ。修道院では救済パンと呼ばれております」
「……面白いな」
殿下は湯気のたつ蒸しパンを口に入れると、噛みしめるようにそう言った。
「今日は殿下のお好みに合うよう燻製肉を入れておりますけど、甘みをつければご令嬢にもお喜びいただけるかと」
結局、ヒロインはあのクレアという子だったのだろうか。
卒業まで学園にいられなかったので、わたしは彼の恋のゆくえを知らない。
「令嬢に? ……わかった。茶会で出すよう母に勧めておこう」
ヒロインにあげたら喜ばれるのに。
そういう気の利かないところが、彼らしくはある。
それからわたしは蒸しパン完成までの苦労話を殿下に語って聞かせた。
殿下は相変わらず表情豊かではないが、カリファクトリウムでの勉強会でコルク栓が飛んだ場面では、喉の奥から「クッ」と笑い声を漏らした。
「……刺繡を教えているのか。お前が」
「……。理論は完璧なのですわ」
どうやらコルクが飛んだエピソードが受けたのではなく、わたしの刺繍の腕を揶揄していたようだ。
堪えきれずにクックッと笑い出した。
殿下が去った後には、艶やかに輝くショコラの並んだ箱が残された。
「これは……罪深いですわ」
わたしは天を仰いで溜息をついた。




