第六、 理道の世 ― 風、都に帰る ―
寒州で理の灯を守り抜いた玲衡は、ついに都へ召還される。
“理道再興”の詔が下り、文と理の均衡を求める新たな時代が始まる。
彼女を待っていたのは、胡原の商人サヒル――
かつて風を教えた男。
理と風が再び交わるとき、国はようやく息を吹き返す。
「文が導き、理が救う。
国は、その均に立つべし。」
春、雪解けの風が北から吹いた。
寒州の氷が割れ、蒸気の上に花が咲く。
玲衡は庁舎の前に立ち、民が笑う声を聞いていた。
湯気を浴びた頬の色は、かつての都にいた頃よりも柔らかい。
そのとき、一騎の使者が雪原を駆けてきた。
文理庁の印を持つ封書。
封を切ると、短い詔が書かれていた。
> 「理道再興。改正掛、玲衡を都へ召す。」
玲衡は静かに目を閉じた。
風が頬を撫で、髪を揺らす。
「……風が戻ったのですね。」
サヒル(薩緋琉)が近くに立っていた。
「ええ、あなたの理が風を呼びました。」
「私の理ではありません。民の息が、風を変えたのです。」
玲衡は村人たちに別れを告げ、都への道を歩き出した。
途中、胡原の砂を混ぜた香壺を懐に忍ばせて。
環京は春霞に包まれていた。
文理庁の門の前には、再興を祝う布が掛かっている。
中庭には人々の声――「理が戻った」「文と理が並び立つ」。
だが、その中心に霜遼の姿はなかった。
老宰輔はすでに職を退いていた。
帝が玉座に立ち、玲衡を呼ぶ。
「理道の再興は汝の志によるものなり。」
玲衡は深く頭を垂れた。
「理は私のものではございません。
理は風にあり、民にあり、そしてこの国の文にあります。」
帝はうなずき、筆を取る。
その筆跡が、ゆるやかに新しい法の章を描いていく。
庁舎の外、サヒルが待っていた。
衣は旅のもののまま、微笑みを浮かべて。
「風の国の理官殿、帰還おめでとうございます。」
「あなたは……また香を売りに?」
「ええ。都にも風は必要ですから。」
二人の視線が交わる。
玲衡が言う。
「砂の上に書く理は、すぐに消えるのでしょう?」
「だからこそ、美しい。
人が忘れた頃に、また風が書き直す。」
玲衡はふっと笑った。
「璃国の理も、そうであればいいですね。」
庁舎の塔の上で、白い布がはためいた。
“文理庁”の旗。
その下で玲衡が新しい法文を読み上げる。
> 「文が人を導き、理が人を救う。
> 国はその均に立つべし。」
群臣が頭を下げる。
その声が風に乗り、胡原の砂漠へと渡っていった。
夜、玲衡は庁の屋上に立ち、香壺の蓋を開けた。
胡原の砂が風に散る。
月明かりの中、サヒルの声が聞こえた気がした。
> 「風は壁を恐れません。壁のほうが、風を恐れる。」
玲衡は目を閉じ、そっと呟く。
「風と理が、共に在る世を――。」
香が昇り、都の空に淡い白煙が溶けていった。
その香は、璃国の新しい時代の始まりを告げていた。




