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『文治の国、理道の世』― 文と理の境を越え、国を治める。  作者: 巡叶
第1部「理を立てる者、文と風のはざまで」
6/8

第六、 理道の世 ― 風、都に帰る ―

 寒州で理の灯を守り抜いた玲衡れいけいは、ついに都へ召還される。

 “理道再興”の詔が下り、文と理の均衡を求める新たな時代が始まる。

 彼女を待っていたのは、胡原こげんの商人サヒル――

 かつて風を教えた男。

 理と風が再び交わるとき、国はようやく息を吹き返す。


 「文が導き、理が救う。

  国は、その均に立つべし。」

 春、雪解けの風が北から吹いた。

 寒州かんしゅうの氷が割れ、蒸気の上に花が咲く。

 玲衡れいけいは庁舎の前に立ち、民が笑う声を聞いていた。

 湯気を浴びた頬の色は、かつての都にいた頃よりも柔らかい。


 そのとき、一騎の使者が雪原を駆けてきた。

 文理庁の印を持つ封書。

 封を切ると、短い詔が書かれていた。


 > 「理道再興。改正掛、玲衡を都へ召す。」


 玲衡は静かに目を閉じた。

 風が頬を撫で、髪を揺らす。

 「……風が戻ったのですね。」

 サヒル(薩緋琉)が近くに立っていた。

 「ええ、あなたの理が風を呼びました。」

 「私の理ではありません。民の息が、風を変えたのです。」


 玲衡は村人たちに別れを告げ、都への道を歩き出した。

 途中、胡原の砂を混ぜた香壺を懐に忍ばせて。


 環京かんけいは春霞に包まれていた。

 文理庁の門の前には、再興を祝う布が掛かっている。

 中庭には人々の声――「理が戻った」「文と理が並び立つ」。

 だが、その中心に霜遼そうりょうの姿はなかった。

 老宰輔はすでに職を退いていた。


 帝が玉座に立ち、玲衡を呼ぶ。

 「理道の再興は汝の志によるものなり。」

 玲衡は深く頭を垂れた。

 「理は私のものではございません。

  理は風にあり、民にあり、そしてこの国の文にあります。」

 帝はうなずき、筆を取る。

 その筆跡が、ゆるやかに新しい法の章を描いていく。


 庁舎の外、サヒルが待っていた。

 衣は旅のもののまま、微笑みを浮かべて。

 「風の国の理官殿、帰還おめでとうございます。」

 「あなたは……また香を売りに?」

 「ええ。都にも風は必要ですから。」


 二人の視線が交わる。

 玲衡が言う。

 「砂の上に書く理は、すぐに消えるのでしょう?」

 「だからこそ、美しい。

  人が忘れた頃に、また風が書き直す。」

 玲衡はふっと笑った。

 「璃国の理も、そうであればいいですね。」


 庁舎の塔の上で、白い布がはためいた。

 “文理庁”の旗。

 その下で玲衡が新しい法文を読み上げる。


 > 「文が人を導き、理が人を救う。

 >   国はその均に立つべし。」


 群臣が頭を下げる。

 その声が風に乗り、胡原の砂漠へと渡っていった。


 夜、玲衡は庁の屋上に立ち、香壺の蓋を開けた。

 胡原の砂が風に散る。

 月明かりの中、サヒルの声が聞こえた気がした。

 > 「風は壁を恐れません。壁のほうが、風を恐れる。」

 玲衡は目を閉じ、そっと呟く。

 「風と理が、共に在る世を――。」


 香が昇り、都の空に淡い白煙が溶けていった。

 その香は、璃国の新しい時代の始まりを告げていた。

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