猫神さま(コムギさん)と秘密の道への誘い
宿猫のルルさんの注意を聞きつつも、俺とコムギさんは宿屋の外へ出ることに。外へ出たら、辺りが暗くなっていたのには少し驚いた。
「すっかり夜になっちゃったね」
「トージに言っておくことがあるのニャ」
「うん?」
「私は猫ニャ。だけど、純粋猫の常識は知らない猫なのニャ」
そう言ってコムギさんは何故か落ち込んでいる。
……純粋猫?
コムギさんは誰よりも俺が認めるピュアな猫さんなのに、何で落ち込んでいるんだろう。
「コムギさんが可愛い猫さんなのは当然だけど、純粋猫って何かな?」
「……私は使い魔として長く生きてきたのニャ。使い魔としてトージと出会って、使い魔としての力を使って……」
「うんうん」
「だけど、この村にいる猫たちのように猫だけに通じる常識とか、お話とか、私はほとんど知らないのニャ……。もしかしたらトージを襲ってくるかもしれない猫がいるとしても、ここの猫たちには猫たちの事情があるニャ。私のことだって、きっと変わった扱いをしてくるに決まっているのニャ」
そういえばコムギさんは純粋な猫だけで成り立ってる村は知らないんだな。ケットシーの町は妖精だらけだったし、エルフ姉妹もいた。
でも猫だけの村にいたことがない。そう思うと、コムギさんが悩むのは分かる気がする。
だとしても。
「コムギさんは俺にとって特別だよ。でもね、他の猫たちにとっても特別な存在だと思うよ」
「ニャゥ?」
可愛く傾げるコムギさんに対し、俺が言えることは――
「――コムギさんは聖なる猫さんだからだよ。この村の子たちはコムギさんを崇めるこそしないだろうけど、コムギさんが猫神のような存在なのは肌で感じてるはず。だから落ち込む必要はないよ」
「そうなのかニャ~……」
ううむ。猫の村に来て気が休まるかと思っていたのに、コムギさんにはコムギさんの悩みがあるんだな。
「と、とりあえず村の中を歩こうか?」
「ウニャ……。トージ、抱っこしてニャ」
「もちろん!」
猫だらけのミネット村でコムギさんを抱っこして歩くと何が起きるのか――なんて考えても仕方がない。
そう思いながらコムギさんを抱っこして猫たちがあまり固まっていない付近へと歩き出すと、一匹の白い猫が俺の目の前に現れたうえお座りしている。
「そこを行くのは人間のトージとコムギさまミャ?」
「そ、そうです」
「ニャ?」
「ミネット村においでになったコムギさまに会いたい子たちが揃っていますミャ。顔合わせも兼ねているので、ぜひぜひ来てほしいミャ~」
あえて猫たちを避けようとしていたのに、まさかのお出迎え。しかもコムギさんを歓迎してるなんて。
「……トージに何もしないなら行くニャ。トージに何かすれば私もどうなるか分からないからニャ」
なるほど。その為に抱っこを。
俺に抱っこされている状態なら下手な真似は出来ないし、俺に何か出来るはずもない。流石はコムギさんだ。
「そんなことするはずがありませんミャ。トージはコムギさまの人間。この村に入ることを許された唯一の人間に酷いことなんてするはずがないミャ」
……その割に俺は呼び捨てなんだな。
「それならいいニャ」
コムギさんが承諾の返事をしたので、白い猫は俺についてくるようにゆっくりと歩き出した。
辺りは夜ですっかり暗く、近くに何があるのかはっきりと見えない。それなのに、白猫の後をついて歩いているだけにもかかわらず、白猫が灯り代わりになっているかのようにはっきりと足元が見えている。
ということは、この村の猫たちにも何らかの力があるということになるのではないだろうか。
コムギさんは純粋かそうじゃないかを心配してたけど、そもそも宿猫のルルさんが人化出来るということを考えれば、ミネット村で暮らす猫たちにも何らかの力があってもおかしくない。
レイモンが言ってたように、猫が歓迎しないとここに入ることを許されないわけだし、守りの力のようなものが使えても何ら不思議はないことが言える。
「着いたミャ!」
「来たにぁ~」
「来たきたにゃ~!」
「コムギさまのおつきニャ~」
などなど、白い猫が止まった先に目をやると、そこには無数の猫たちが俺を――というか、正確にはコムギさんに向けて頭を下げているようなそんな光景に見えた。
それどころかそのうちの何匹かの猫はコムギさんに近づきたくて仕方がないのか、俺の足元でにゃーにゃーと体をこすりつけてくる。
「コムギさん。ミネット村の猫たちはコムギさんを歓迎してるみたいだよ」
「……ニャゥゥ」
コムギさんの反応は驚きというより、恥ずかしさが勝っているようでずっと俺の胸元に顔を埋めてくる。
「コムギさんは君たちにとってどういう存在なのかな?」
とりあえず少しでも目線を合わせるためにしゃがんで訊いてみることに。
「神さまミャ!!」
「猫の頂点にぁ!」
「聖猫さまにゃ~!!」
すると、返ってきた猫たちの言葉はどれもコムギさんへの賞賛だった。
コムギさんの心配ってもしかしてこれだったのか?
「恥ずかしいニャ~……」
「良かった。てっきりコムギさんが変な扱いを受けるのかと思っていたけど、全然そうじゃなかったんだね」
「ウニャゥゥ~」
俺の勘違い、いや、コムギさんの自信がなかっただけなのかも。
「さてさて、コムギさま。そしてトージ。二人にはこれから新たな道を作り出してほしいと思いますミャ。どうぞこちらへお進みくださいミャ」
そう言って白猫が指し示す手の先を見ると、村の入り口にあったような大木が見える。根元付近をよく見ると穴があるうえ、今まで一度も通ったことがないのか草で穴を見えなくしているような感じがした。
「うん? この穴は?」
「ミネット村に伝わる秘密の道ミャ。ここを通って行けば、全然違う場所に通じると聞いてますミャ。人間のトージには窮屈かもしれないけどミャ~」
確かに猫には何の影響も受けないけど、俺には窮屈どころかほふく前進しないと進めそうにないんだが。
「秘密の道はどうして今まで誰も使わなかったのニャ?」
「力のある猫がいないからミャ。コムギさまのような力を持つ猫はそう簡単に生まれてこないからミャ~」
「なるほどニャ」
穴がどこまで続いているのか計り知れないが、かなり深そうだしこの村の猫たちは言い伝えを律儀に守ってきたのかもしれないな。
そういえば、探さなくていいとか言ってたクウはどこにいるんだろうか。俺とコムギさんだけで秘密の道に進んでしまったらまた別行動になるのでは。
「ところで白猫の君。ここにキジ三毛の男の子は来てなかったかな? クウって言うんだけど」
「ミャ?」
白猫さんは他の猫たちにもクウのことを聞いているが、誰も見かけていない反応を見せている。
「コムギさま以外の猫は見かけてないミャ。でも、もしかしたら猫の集会に参加してお見合いをさせられてるかもしれないミャ」
「お見合い?」
「出会いが少ないミネット村では集会で猫のママ会があるミャ。その中で若くてイキのいい若いオス猫がいたらお見合いをさせることがあるミャ。もしかしたらそこにいるかもしれないミャ~」
「……なるほど」
レイモンの姿も見かけないし、クウも自分は勝手に動くとか言ってたから彼や彼女のことはとりあえず気にしなくていいか。
「トージ。どうするニャ?」
白猫たちはコムギさんに委ねてるみたいだが、コムギさんは俺に委ねている。暗くて狭い穴をほふく前進はしんどそうだけど、まるで違う場所に行けるなら行ってみたい。
「まずは行ってみよう。どこに繋がっているのか、この村の猫たちに危険が及ぶものではないのかを確かめないと。いいかな、コムギさん」
「私はトージの猫ニャ! トージが決めたことにはついていくニャ~」
「ありがとう、コムギさん!」
「ウニャ」
果たしてどこに行けるのか、まずはそれを確かめてそれからだ。




