第8話 輝きの拠点 アイゼルクラス
乗り込んだ俺とコムギさんを乗せた魔導幌馬車は、どこを通ったのか分からない速さで最初の目的地であるアイゼルクラスに到着した。
拠点の話はルーナさんから事前に聞いていて、俺のイメージは日本でいうキャンプ場のような場所だとばかり思っていた。
それなのに目の前に見える光景は――
「いらっしゃい、いらっしゃい! 焼きたて! ドワーフ仕込みの串焼きが美味しいよ!」
「こっちは職人御用達のエボニー材木が入荷だ! 木工職人目指すならごひいきにしてくんな!」
お店代わりのテントがいくつも並び、客寄せの声が飛び交う感じで賑やかだ。
「う~ん、凄い。拠点というか、一つの町みたいだ」
「ニャウ!」
拠点の町並みに感心していると、コムギさんが俺から離れ、どこかに駆けていく。
「えっ? コムギさん、どこに行くの?」
慌てて声をかけるもその姿はすでになく、俺だけその場に残された。分かっていたこととはいえ、コムギさんの主人はやはり魔導師のルーナさんであって俺じゃないと実感させられてしまう。
しかし、落ち込んでいる暇はない。魔導師が設けた第一の拠点で、この世界でやっていくための商売をここから始めていかなければならないのだから。
――とはいうものの、今までコムギさんを頼りすぎていたツケが急にきた感じで、なかなか積極的に話しかけることが出来ない。
目に見える範囲で多くの人が行き交う場所なのに、近くの人にすら声をかけられない状態が続いている。
「あの……」
……などとか細い声で呼びかけても、今いる場所は賑やかな商売通り。とても人に話しかけられる状況じゃない。
拠点入り口に置かせてもらった魔導幌馬車で何か商売に使えそうな倉庫を繋げればきっかけが出来るかもしれないとはいえ、この拠点では何が求められているのか。
しかしコムギさんも見失っている以上、一度魔導幌馬車に戻って手段を考えなければ何も出来ずに終わってしまう。
魔導石どころか金貨も稼げないとなれば、何もかも失いかねない。
きっかけを掴みたい、そう思いながら拠点入り口の魔導幌馬車に戻ると、誰かが箱の中身を見ようとして近くをうろうろしているのが見える。
ルーナさんの話では、比較的安全な拠点で冒険者による自警団があるから危険な者は滞在しないと聞かされていた。
そうだとしても、魔導幌馬車に近づいて離れようとしないのは明らかに怪しい。
はっきり言って近づきたくないが、商売道具でもあるし勇気を振り絞って声をかけることにする。
「すみませんが、何か御用でしょうか?」
「――! ああ、失礼した。この幌馬車は何を積んでいるのかなと思ってね」
もしかして女性かな?
全身白めのフード付きマントを身に着けていて顔は見えないが、手足が長くて俺よりも長身、おまけに尻尾のようなものまで見えている。
「倉庫ですね。中身はこれから考えるといいますか、お客様の要望に応えられるような倉庫にしていきたいのですが……」
「ほぅ! それは固定でもなければ一定でもないという意味かい?」
「……そうなりますね」
「ふむ、興味深いな。それならば、無理にアイゼルクラスで求める必要は無くなるということになるが……」
もしかして何らかの物を求めている?
「あっ、申し遅れました。私は魔導幌馬車で旅をしている麦……商人のトージと申します! もしご入用なものがありましたら、私にお申し付け頂ければ何でも揃えてみせましょう!」
まだ亜空間倉庫スキルを試したわけじゃないけど、日本のどこかの倉庫だけじゃなく全く別の場所にも繋がることだけは分かっている。
亜空間とは、多分そういう使い方が出来るはず。
「トージ殿か。あたしは……おっと、失礼した。顔も見せずに名乗っては失礼だな」
女性は深々と被っていたフードを脱ぎ、顔を露わにする。
「――え」
猫耳、いや違う。毛並みの色が灰色に近いし、それに。
「その様子じゃ、見るのは初めてかな? あたしは人狼族のサシャ。人語を話せる人狼族さ」
「な、なるほど」
瞳の色は俺と同じ黒色だけど、それ以外は猫の耳に似た耳をしていて手足は装備品で隠してはいるものの、おそらく狼のそれ。
女性の口元を確かめるつもりはないが、鋭い歯があるのは違いない。
「人間のトージ殿が警戒するのも無理はないが、あたしは戦闘向きじゃないんだ。接し方もお手柔らかに頼みたい」
「そ、そういうことでしたら、私も全く戦えませんのでお互いに警戒を解きませんか?」
「いいね、そうしよう」
まさかの人狼族、それも女性とは。
同じ人間相手に商売の話も出来ていない状況だったのに、種族的なものが違うだけで話しかけやすいのも不思議なものだな。
これも猫のコムギさんのおかげなのかもしれないけど。
「あの、サシャさんはどのようなものをお求めなのですか?」
「輝いているもの、かな」
「輝いている……宝石でしょうか?」
「そこまで高価なものじゃないんだ。ただ、村の子供たちを喜ばせられれば何でもいいんだ」
村の子供たちへのプレゼントだろうか?
確かにそれだと宝石はあまりに高価なものになるし、喜ばれるかというと何とも言えない。
「なぜ輝いているものを求めてここへ?」
そういえばここの拠点の名前って確か――アイゼルクラスだっけ。
「アイゼルクラスは、輝きの拠点と呼ばれているからさ。ここを作った魔導師が、魔法か何かの力を使って光を永続的に輝かせたのが始まりだと言われてる。そのおかげで、この拠点はいつ来ても明るいんだ」
「……暗くならない拠点ですか?」
「そうなるね。ずっと外に出続けたわけじゃないが、暗闇にならないという話さ」
流石は異世界。それも、限られた範囲の拠点でそんなことが出来るとは驚きだ。
「つまり、輝きを保ち続けられる物を求めている――そういうことですね?」
「ふふ、トージ殿は話が分かる御仁だね。もし手に入れられるのなら、あなたを御贔屓にしたいと思っている。どうかな、手に入れられそうかい?」
思い当たらないわけじゃないけど、そうなるとどこの倉庫を繋げるのがいいのか。
「少しだけお時間を頂けますか?」
「構わないよ! 商人としての信用ってのは、そう簡単なものじゃないって分かってるからね」
ううむ、最初から間違えたくないし、きちんと考えて繋げなければ。