コムギさん、反省する
「トージさん。それでは、ごゆっくりニャン~!」
「ありがとう」
宿猫のルルさんに案内された宿屋は、想像していたのと違って人間向けの作りだった。ただ、猫ドアは当然の如く設置されていて抜かりはない。
しかしベッドは人間サイズになっているし、どこから仕入れたのか旧式のミニ冷蔵庫が完備されていて、今まで一度も人間を入れたことがないとは思えなかった。
可能性があるとすれば、魔導師レイモンの影響だ。彼女の世話焼きで人間の道具を取り入れたとしか思えない。
流石にテレビとか人間世界の物はないので、退屈しのぎとなるとベッドに横になるくらいしか出来ないのが残念なところ。
「ふわぁぁ~……」
そんなに長距離歩いたでもなく、激しい動きをしたわけでもないのにベッドに横になっただけで物凄く眠い。
宿猫さんや村猫さんに癒されたおかげもあるのかもしれないが、コムギさんを呆れさせたのが心労になってしまったのか猛烈に眠くなっている。
「ふわぁぁぁぁ~…………うぅ、駄目だ眠い。くぅっ、だけどコムギさんを出迎えないと……うぅぅん……」
この世界に来てから年齢的な衰えをあまり感じてこなかった。だが、こっちの世界で一つ年を取ったのは確かで、慣れてきたせいもあるのか体年齢が正直になってきた気がする。
衰えなのか体力の問題なのか、もはや眠気に抗うことも出来ず俺は仰向けになってそのまま眠ってしまった。
「ニャ~……」
「…………?」
「大丈夫、大丈夫ニャ……大好きなのニャ」
かなり深く眠っていた中、胸元に何かが乗っている気が。しかも俺の呼吸に合わせるかのように、静かな寝息が漏れ聞こえてくる。
もしや宿猫さんのサービス的な何かだろうか?
……などと邪なことを思いながらそっと目を開けてみると、胸の上に寝ていたのはコムギさんだった。
「コムギさん……?」
「フニャゥ~……ニャゥゥ~」
どうやら俺の胸の上に乗って熟睡しているようだった。いつから寝ていたのか分からないけど、上下に動く俺の呼吸がいい感じに落ち着くのかすっかり熟睡してる。
本来なら起きている状態で飛び込んでくるコムギさんを抱っこして出迎えるつもりだったが、結果的に俺の胸元で落ち着いて眠ってるからこれはこれでいい。
とはいえ、コムギさんを乗せたままでは全く身動きが取れそうにないので、俺の理性を保つためにも彼女を起こすことにする。
「コ、コムギさ~ん?」
「…………ニャ~」
なるべく声を抑え、コムギさんの顎の辺りを軽く撫でていると――
「――ニャ~? トージニャ……?」
寝惚けながらも、コムギさんは俺の名前を確かめるように呼んでくれた。
「う、うん。俺だよ、コムギさん」
「たっぷり眠ってしまったニャ。トージも寝てたニャ。大丈夫ニャ?」
「え? 大丈夫だよ」
「良かったニャ。私がフミフミしてどんなに起こしても、全然起きなかったから心配してたニャ」
そうだったのか。知らずのうちに疲労がかなりあったってことかもしれないな。それにしても、コムギさんのフミフミの感触を味わえなかったなんて悲しすぎる。
思わずコムギさんを見ると、彼女と目が合ってしまったが彼女は大きな空あくびをして、俺に敵意がないことを教えてくる。
「――――ニャ~……ごめんなさいニャ」
そうかと思えば、コムギさんが俺に頭を下げて胸の上にモフ、いや彼女の顔がくっついてくる。
「へ? 何でコムギさんが謝るのかな?」
「私も大人げなかったニャ。トージが猫好きなのは分かっていたつもりだったニャ。猫カフェの時から分かっていたのに、今になって嫉妬してしまったニャ。反省ニャ~」
何てことだ。まさか俺よりも先にコムギさんが頭を下げて反省してくるなんて。しかも他の猫相手に嫉妬するとか、俺の方こそ大反省しないと駄目だ。
「そんなことないよ、コムギさん。俺はその、確かに猫さん全般に好きだけどコムギさんは特別なんだよ。コムギさんがいてこそここで生きることが出来てるわけだから、コムギさんが反省することなんてないんだよ」
「ニャゥゥ~……」
嬉しさを隠す為なのか、コムギさんは俺の胸に顔をくっつけたまま可愛く鳴いている。
「……そ、そろそろお部屋に入ってもいいかニャン?」
俺とコムギさんで寝たまま反省していると、遠慮して入ってこなかった宿猫のルルさんがお水を運んできた。
しかもその姿は――
「――人化出来るんですね。ルルさん」
猫耳と尻尾はきちんと残っていて、クウの人化と同じだが猫ではなくどう見ても人の姿になっていた。
クウは少年だったが、ルルさんの見た目年齢は向こうの世界の高校生くらい。
「そうなんですニャン。宿の中限定サービスですニャン。この姿の方が喜ばれるって聞かされていたニャン」
……しかし言葉遣いは猫のままなんだな。
「それって、魔導師レイモンですか?」
「そうですニャン」
やはりそうなんだ。どうりで。
「……やっぱりトージは人化する猫の方が好きなのニャ?」
「いや、俺はそのままのコムギさんが好きだよ」
コムギさんが人間の姿に――というのは以前に一瞬だけよぎったが、今はそれはない。それだけに素直な言葉が出てしまった。
「ニャ、ニャゥゥ……恥ずかしいニャ」
俺があまりに素直な言葉を出したせいか、コムギさんは俺から離れてベットに顔をくっつけている。
「トージ・ムギヤマさん。そろそろ村は夜になりますニャン。もし外に出られるのでしたら、集会には近づかない方がいいですニャン」
「集会? 猫の集会ですか?」
向こうの世界で直接見たことはなかったが、暗闇で光る眼を見たことがある。
「おや、ご存じですニャン? 猫の集会は人間に聞かれない前提で始まりますニャン。だけど、もし聞こえてしまったらトージさんに対する警戒が強まる可能性がありますニャン。外に出るとしてもくれぐれも気をつけてくださいニャン」
そう言ってルルさんは、運んできた水を置いていった。
「トージは何も心配いらないニャ。もし猫たちが襲ってきても、私が守るニャ! だから外に行っても大丈夫ニャ! 行くかニャ?」
「そうだね。俺も体を動かしたいし、夜であっても歩くくらいなら平気だと思うし、外に行こうか、コムギさん」
「ニャ!」




