第50話 猫カフェの世界か、異世界か
シャムガルドを追ってしばらくその辺りの景色を眺めながらついて歩いていたが、何らかの気配に気づいたのかシャムガルドが突然立ち止まる。
「むむむむ……何やら毛が逆立ってビリビリと痺れているのだ。コムギの気配をとても強く感じているし狼の気配を半端なく感じるのだ! 走るのだ~!」
「へ? ま、待ってくださいよ~!」
シャムガルドの後を必死になって追いかけていると、何もない草地の辺りにリルルらしき狼と向かい合うコムギさんの姿が見えた。
「あれは成獣なりたてのフェンリルなのだ!」
「あぁっ! コムギさん!!」
俺の声にコムギさんからは何の反応もなく、全く聞こえていないようだ。フェンリルの姿となったリルルも反応を見せない。
話せば分かる相手じゃないのは見れば分かるけど、人を傷つける子じゃないのは何となく分かる。
コムギさんは全く動きを見せていないし、まずはリルルの方を何とかしないと。
そう思って近づこうとするが。
「駄目なのだっ! ムギヤマくんは近づいたら危ないのだ!」
「危ない? え、でも特に何も……」
「コムギの正面にいるのは成獣のフェンリルなのだ。興奮状態になってて自我を失っているようなのだ。コムギは暴走を何とか止めていて、ムギヤマくんの声も届いていないのだ」
リルルは王国に何かを探しに来たと言っていた。
だが、フェンリルになるための何らかの条件に問題があって、それを知らずに使って暴走状態になったのでは?
対するコムギさんは聖なる力を使える猫さん。だけど、どうやってフェンリルを止めているんだろうか。
「あああああ……!! やばいのだやばいのだ! このままだとフェンリルの力で磁場の発生が活発状態に突入してしまうのだ!!」
老商人もそんなことを言ってたな。
どれくらいの時間を食い止めているのか分からないものの、リルルの近くには渦を巻く竜巻のようなものも発生しだしている。
「磁場が発生するとどうなるんです?」
「別の世界に飛んでしまうかもしれないのだ~!!」
「――! それって……」
このままだとコムギさんがまた俺がいた世界というか、猫カフェに飛んでしまうんじゃ?
それは駄目だ!
せっかくルーナの仕事が終わってコムギさんは自由を得たのに、また異世界転移したら彼女の身に何が起こるか分からないじゃないか。
「ムギヤマくん。もし元の世界に戻りたいなら、ボクと一緒にコムギとフェンリルが向かい合っている間に飛び込んでほしいのだ」
そういえば俺がいた世界に行きたい魔導師がいるとか、そんなことを魔導師ローニから聞かされていたな。
ああ、そうか。それがシャムガルドか。
「しかし、飛び込んだとして向こうの世界に何事も起きずに飛べますか?」
「そんなのは何とかなるのだ! コムギもきっと許してくれるのだ」
雷に竜巻に地割れ、それらが生じ始めているのに俺が飛び込んで平気でいられるかどうか何の保証もなさそうだけど。
でも俺の気持ちは、アースガルフの魔導師ローニや魔導師ルーナに宣言している。今さら元の世界に戻っても……。
何よりコムギさんがあんな状態で訳も分からず異世界転移するのを望むのか?
リルルの暴走状態を食い止めているのに、それを無視して元の世界に飛ぶとか、そんなのはあり得ない。
「なぜ俺と一緒にあの場へ飛び込むんです?」
「ムギヤマくんがいた世界に行くには、その世界の住人が一緒じゃなければ上手くいかないのだ」
しかしコムギさんは一人で猫カフェにいたんだよな。力を持つ猫さんだから飛ばされてしまったのかもしれないけど。
「…………なるほど」
「ボクだけムギヤマくんがいた世界に行けてないのだ! 帰ってこれるかなんて考えずに行きたいのだ!」
魔導師だけのツアーで行けてないのは、多分猫獣人だからだろうな。立場的にルーナより下みたいだし。
「飛び込んで異世界転移するかどうかはともかく、俺はコムギさんを助けます。シャムはリルル……あのフェンリルを止めてもらえますか?」
「ムギヤマくんは元の世界に帰りたくないのだ? それとももう答えは出てるのだ?」
彼女たちが力を出している間に飛び込んだら、それこそ俺の身に何が起こるか。俺の気持ちはすでにこの世界にある。
……答えなんてとっくに決まってる。
「決まってます」
「うぅ、分かったのだ。とにかく、フェンリルを止めてから考えるのだ」
合図をすることなく俺はコムギさんの元へと急ぎ、彼女を抱っこしてその場を離れることにした。
「ウ、ウニャ? トージ? あれれ、私、どうしちゃってたのニャ……」
「良かった。コムギさん、とりあえずこの場を離れますよ!」
「はいニャ~……」
リルルの暴走を止めるためにかなり力を使ったのか、コムギさんは抱きしめる俺の腕の中で弱っている。
一方、シャムガルドはリルルがいる場所に立ち尽くしていて、その場から動こうとしない。
リルルの状態も気になるところだが……。
遠目で二人を目視出来るところまで避難しつつ様子を窺っていると、突如として激しく地面が揺れだし、一帯にいくつもの雷が降り注ぐ。
「こ、これは……!?」
まさか、シャムガルドだけが俺のいた世界に飛んでしまうのか?
直後、目を覆いつくす眩しい光に包まれ、しばらく目を開けられない状態に陥った。
――――……うう~ん。
「トージ、トージ……起きてニャ~起きてニャ~」
もふもふした小さな顔の猫さんが俺の顔にすりすりしている。なんて至福の時間なんだ!
いかんいかん、すぐに起きないとまた泣かせてしまいかねない。
それよりもどうなったんだ?
「コムギさん、おはよう」
「良かったニャ~」
思わぬ形で抱っこタイムとなったが、今は何よりもシャムガルドとリルルの様子を確かめなければ。
周りの様子を確かめると、さっきまでの揺れはすっかり収まり、雲一つない青空が見えている。
「ポカポカニャ~」
「そうだね、コムギさん」
あぁ、いかんいかん。
シャムガルド、リルルがいたところに目をやるとそこには――。




