第49話 コムギさんを探そう!
コムギさんが外に行ってしまった以上このまま王宮内に留まっても意味がない。そう思って王宮正面から外に出ようとすると、王宮で働く使用人たちが一斉に俺を見て笑っているような気がした。
……うん?
何かおかしいのだろうか?
そういえば俺の今の姿って猫獣人か。なりきりセットだから猫獣人にしか見えないはずなのに、それがどうして笑われているんだ。
嫌な予感がしたので廊下を歩き回って自分の姿を確かめるための鏡を探すと、幻想的な王宮の廊下に出る。日差しが降り注ぐほどの大きな窓ガラスがあるので、そこで自分を眺められるはず――
――そう思いながら自分を眺めてみると。
「なっ!?」
……な、なんだこれ!!!
完璧な猫獣人だったはずが、猫耳の片方が外れ本当にただの痛いおじさん状態になっていた。
何でこんなことになって――あ。
そういえばコムギさんを思いきり抱き締めて顔をうずめてもふもふを……。そうか、そのせいか。それなら仕方がない。
今後は王宮に入ることもほとんどないだろうし、いかに俺が猫が好きなのかを知らしめただけでも良しとしよう。
それにしても外に出る前に分かって良かったな、本当に。なりきりセットを外し、コムギさんを探しに町の路地裏から歩くことにした。
しかしリルルを探しに行くだなんて、コムギさんも案外あの子を気にしていたんだなぁ。
俺もこうしちゃいられない。
初めて訪れた時は居心地の悪さを感じてあまり動くことが叶わなかったが、王公認になったというだけなのに自信を持って堂々と歩けるのは最高すぎる。
猫の行動範囲はもちろん、猫になりきっている狼を探すのは正直言って簡単じゃないが、細い路地や行き止まり、建物の間や隙間を隈なく探していけば多分探し出せるはず。
「そこのお前! お前さん、あの時の猫商人か?」
人目を気にせず建物の裏に回ったり壁と壁の間に目をやっていると、後ろから誰かに声をかけられる。
その声に聞き覚えがあったので振り向くと、白い猫を連れたあの時の老商人が立っていた。
「あ、あなたは!」
「しばらくぶりだな。お前さんの猫はどうした?」
「それは……」
「路地裏にまで足を運んでいるところを見ると、迷子か遊ばれてるかのどちらかだな」
どちらともいえないけど、理由を話すのは流石に控えておこう。
「そういえばお前さん、この国に正式に認められたそうだな! 良かったじゃないか! これでどんな薄汚れた格好をしても誰も邪険に出来なくなったぞ」
「え、公認のことですか? こんな早く?」
「そうだ。そういうのはすぐに伝わる。わしは猫たちが騒いでいるのを見て分かったがな」
猫王国の猫ネットワーク恐るべし。
唯一の恩人と言っていい老商人に言われるならこの町で怯える心配はないんだろうけど、今はそんなことよりもコムギさんが心配だ。
ああ、でもその前に返しておかないと。
「……有難い話です。あの、ここで会えたのも偶然じゃないですよね?」
「わしの猫のおかげだな。それがどうかしたのか?」
俺は手持ちの金貨を数枚ほど取り出し、老商人に見せる。
「あの時は助けていただきありがとうございました。あれからしばらく経って稼げるようになりました。これはあの時のお返しです」
「金貨? ……いらん。あの時はわしの気まぐれにすぎん」
「え、しかし」
「王国に認められた商人から金貨など受け取ったら、今度はわしが不利な立場になる。お前さんの気持ちは金貨を差し出そうとしたその気持ちで十分に伝わった」
その返事を聞いて老商人には黙って頭を下げるしか出来なかった。
「それはそうと、お前さんの美人の猫さんの話だが……」
知ってる感じじゃなかったのに、もしかして何か知っている?
「な、何かご存じですか!!」
「……ふむ。よほど大事な猫なのだな」
「もちろんです!!」
興奮する俺を気にしながら、老商人は相棒の白猫さんの仕草に頷いている。
「はっきりと言えるわけじゃないが、お前さんの猫は狼を追って草原地帯へ向かったようだ。レイモン廃村、お前さんが来たという場所でもあるが……」
レイモン廃村は、確か俺がこの世界に招待された場所の辺り。
しかもリルルを追いかけてだって?
「なぜそこに……」
「追いかけて行った理由など分かるはずもないが、あの辺は磁場が発生しやすいから魔物はおろか人も近寄らん。体に良くない変化をもたらすとまで言われている場所だからな。もし行くなら力を持つ者を連れて行った方がいいと思うが……」
力を持つ者というと、コムギさんにリルルに魔導師ルーナ――は無関係だから除くとして、他に頼れそうなのは。
「ムギヤマくん! 返事はまだなのだ?」
「わわっ!?」
びっくりした、老商人の目の前に猫耳が現れたかと思えばシャムガルドがいたなんて。
「ぬおっ!? ね、猫獣人が一体どこから?」
「ウナッ!?」
老商人と白猫さんが一緒になって驚いている。
確かシャムガルドは王宮の庭園部屋でルーナと話をしていたはず。それなのにここに現れたということは、ルーナとの話が終わって暇になったんだろうか?
「帝国行きの話の件でしたら申し訳ないんですが、俺は――」
「ああっ! ご、ごめんなのだ! さっきルーナにムギヤマくんだけの意見だけじゃなくてコムギの意見も聞かなきゃ駄目って怒られたばかりだったのだ……」
……などと言いながら、シャムガルドは猫耳をたたみながらその場にしゃがみ込んだ。
「商人ムギヤマ。お前さんの今後を祈る。ではまたな」
この場にシャムガルドが来てしまったことにただならぬ気配でも感じたのか、老商人はこの場から立ち去ってしまった。
俺は老商人と白猫さんに向けて静かに頭を下げた。
「――むむっ? そういえばコムギの姿が見当たらないのだ。どこに行ったのだ?」
「コムギさんでしたら外に出て行ったみたいですが……」
「ふんふんふん……ふんっ?」
シャムガルドは突然どこかに向かってニオイを嗅ぎ始める。すると、その直後。
「ムギヤマくん、こうしちゃいられないのだ! 一緒にコムギのいるところに急ぐのだ!」
「え、何か問題が?」
老商人の猫によれば、コムギさんがリルルを追いかけて行った先はレイモン廃村付近と言っていた。
シャムガルドはそこで何かが起きる気配でも感じ取ったのだろうか。
「えっと、どうやってそこへ?」
魔導車は少し離れた場所に置いているから若干の距離があるんだよな。そこまで戻るよりも何か方法があればいいけど。
「ミャウゥゥ……!!! ミャッ!」
魔導師シャムガルドが何やら気合を入れているけど、魔導の力なのか何なのかは目に見えない。
「――って、ええっ!?」
「これでばっちりなのだ。ムギヤマくん、ボクの背中に乗るのだ」
気合でどうなるのかと思っていたら、大人サイズに変わっていて、俺を背中に促している。
「せ、背中に?」
「早く早くなのだ! このまま走って行くのだ!!」
「それでは……」
幼女猫だと思っていただけに少し躊躇したが、獣人魔導師ということを考えれば自身の姿を変えられてもおかしくない。
「の、乗りました」
「じゃあ急ぐのだ~! しっかり掴まっててほしいのだ」
猫耳だけ露わになっているものの、黒いローブを着ているおかげで彼女の背中に乗っても猫っぽさを感じずに済んだ。
シルバー王国から外に出ると、シャムガルドは魔導車並みの速度を出し、迷うことなくあっという間に草原地帯に到着していた。
周りの景色を見ると無人の農村や馬小屋の厩舎は変わらずにあったが、空を見上げると雷鳴が鳴り響き、草原が見える一体全てが分厚い黒い雲で覆われているのが見える。
「一体何が……」
「もう降りていいのだ、ムギヤマくん」
「あ、はい」
俺を降ろしてもシャムガルドはその姿を元に戻さず、その足でだだっ広い草原に向かって歩き始めた。
……ついていけば何か分かる、そう信じてシャムガルドの後を追った。




