第47話 コムギさん、最後のひと仕事?
早速の注文がチーズだとは、よほどお腹が空いていたんだろうな。
しかし問題があった。
「すみません、王宮内に潜入するために来たのでタブレットは持ってきていないんですよ」
「食べたい食べたい食べたいのだ~!!!」
「ま、参ったなぁ……」
大人しく座っていたシャムがテーブルの上に転がってジタバタとしだした。それだけ見れば完全に幼女猫である。
「……仕方がありませんね。麦山さん、貸しにしておきますからね?」
「――えっ」
魔導師ルーナに貸しを作ること自体がアレなんだが。
「ど、どういう貸しでしょうか?」
「ここまで頑張って潜入されてきた麦山さんに免じて、石板がなくても注文出来るようにして差し上げます」
何をするのかとルーナを気にしていると、彼女は身に着けていた魔石のような装飾品に手をかざし、それを俺に手渡した。
「――! え、これって……」
「必要以上に魔力を込めた魔石です。これなら石板の代わりとして使えるはずです」
ルーナの言った通り俺が手を触れると、石サイズが小さいながらもいつもの注文画面が目の前に現れる。
え~と……チーズ、ささみ、それから……。
「まだなのだ? まだなのだ?」
「もうすぐ届くよ」
「やった~なのだ!」
コムギさんの分を残してあげないとな。
「そ、それにしても……少し無理がありましたね、麦山さん」
ルーナにしては珍しく笑いを必死にこらえているようで、俺を見ながら体をふるわせている。
「な、何がです?」
ルーナの目線が頭のてっぺんから下半身まで動いているということは、もしかしてなりきりセットか?
「人生一度きりの変装ですが、潜入するのに必要なものでしたからね。俺は至って真面目ですよ」
「……ふざけるつもりでなりきっているわけじゃないことくらい、承知ですよ。コムギを守るためなのでしょう?」
「そうです」
「フフッ。正直な方ですね」
本気で笑っていたっぽいが、魔導師ルーナを追及しても仕方がない。ともかく、注文したチーズは――。
「うまうまなのだ~ムギヤマくんは最高なのだ」
満足してもらえたようだ。
「ところで、ルーナさん。ここに……」
コムギさんのことを言おうとしたその時、この庭園部屋に誰かが入ってくる音が聞こえた。
「あぁ、連れて来ましたね」
「え?」
「コムギですよ。あら、聞いてません?」
「いえ。コムギさんは途中で別れていたので」
コムギさんを見ると、口元に何かを咥えているようでテーブルのあるこっちへ向かって歩いてくる。
よく目を凝らしてみても、何を咥えているのかまるで分からない。コムギさんに近づいて話しかけるが。
「コ、コムギさん……? それは何かな?」
「フゥ~!! ニャウ!」
何やら興奮気味だけど、もしかして俺の言葉が通じてない?
「……ご苦労様、コムギ。そろそろ解放して差し上げていいわよ」
「ニャウ」
俺ではなくルーナの命令で動いていたとすれば、使い魔としての仕事を密かにこなしてきたということなんだろうか。
コムギさんによって捕らえられていたそれが口元から解放されると、コムギさんは俺の近くには寄り付かず、草むらに向かって全身を転がしている。
「……っ」
心配になってコムギさんの様子を見ようと身を乗り出して草のある所を気にすると、ルーナがすぐに俺を引き留める。
「麦山さん。心配しなくとも、体を綺麗にしたらあの子はすぐに近づいてきますよ。汚れ仕事をしたというのもあって、あの子なりの気遣いをしているのだと思います」
……汚れ仕事。
使い魔としての仕事にはそういうのも含まれているわけか。
「そ、そうですか」
「大丈夫ですよ。あの子にとってもわたくしにとっても、最後の汚れ仕事ですから」
「は、はぁ」
狼のリルルが王国に行きたがっていたのもそうだけど、ここに来ることになったのは偶然じゃなかった。
いつになくコムギさんが乗り気だったのも、全ては使い魔としての用事があったからだったことになる。
それにしても。
「とても小さい姿みたいですが、この方は?」
肉眼ではっきりと見えている小さな彼の姿は身なりからしてただ者には見えず、どう見ても王族にしか見えない姿格好をしている。
「それはシルバーバイン王国の王です。小さく見えていますが彼は妖精族。自在に姿を変えられるんですが、今は反省の意味もあって小さいままでいてもらっています」
「お、王!?」
そんな気がしたけど、まさかの国王だった。
「ええ。猫王国の評判があまり良くありませんので、改善してもらうために訪れたのです。ですが、意外にすばしこいのでコムギに頼んでいたわけです。しかしこのままでは言葉が上手く聞き取れないので、元に戻すとしましょう」
そう言うとルーナは手を二回叩いた。
「うわぁっ!? あっ……や、やぁ、魔導師ルーナ」
「ええ」
ミクロな姿だった妖精王の大きさが、猫獣人くらいの大きさに戻った。元の姿に戻った彼が周りを見回すが、ルーナが恐ろしいのか俺に目を向ける。
「……おや? あなたは商人のムギさんだね?」
「は、はい。初めまして」
妖精王にまで知られているとは驚きだ。
「人間を敬う気持ちを忘れたらこんな目に遭うんだから、本当に駄目だよね」
「は、はぁ」
魔導の力で小さくされたのか、妖精王は深く反省している。しかしルーナを見るとまるで許していないのか、ずっと表情を強張らせたままだ。
この場に俺がいていいんだろうか?
「ニャ~!! お待たせニャ~!」
おっ、あの声はコムギさんの声だ。




