第46話 獣人魔導師シャムガルドの誘い
シャムと名乗る猫獣人に半ば強引に手を引かれてどこかの部屋に入ると、そこは建物の中とは思えない大庭園だった。
猫を愛する王宮だからなのかは分からないものの、自由に遊ばせる庭があるのはいいかもしれない。
特に気になるのは、猫が快適に過ごすために用意された隠れられるスペースだ。爪とぎの出来る小さな木、ドーム型の猫ベッドなど、猫に対して至れり尽くせりといった場所のように思える。
そして、おそらく猫獣人と話をするためのテーブルやソファなども備え付けられているところを見ると、完全に猫のための空間なのではないだろうか。
「ムギヤマくん。こっちなのだ! 今から会議を始めるからこっちに来て座ってほしいのだ」
……会議?
まさか本当に商談的な話を?
どうなるかは不明だが、俺は言う通りにして適当なソファに腰掛けた。
……というか、俺のことをムギヤマと呼ぶという時点で何となく黒幕が想像出来るんだが。
「改めて、こんにちはなのだ! ボクは獣人魔導師シャムガルドなのだ。ムギヤマくんに王宮で会えるなんて運命を感じてしまったのだ」
……猫獣人の魔導師シャムガルド?
そういや、魔導師ローニからそんな名前を聞いた気がするな。
「俺は麦山湯治と申します。移動販売の商人としては駆け出しです」
「あやや、意外と堅い殿方くんなのだ?」
「初めてお会いする方にはいつもこんな感じですよ」
流石に自分のことを『私』と言うのはやめたけど。
それにしても会議と言っていたが、彼女以外に座る猫の姿が見当たらないな。ただ単に俺と話をしたいだけだったりして。
「ちょっとシャム! まだ集まってもいないのに勝手に始めては駄目じゃない!」
「えっ?」
俺の時と違ってくだけた言い方だが、なるほどやはり来ていたのか。しばらく直接会っていないし、そろそろだろうなと思っていた。
「お久しぶりですね、麦山さん。コムギはきちんと働いていますか?」
「ど、どうも。久しぶりです。ルーナさん」
コムギさんが俺から離れてどこかへ行ってしまったが、もしかしなくてもこの人がいることが分かっていたのか?
それに使い魔のはずなのに会いたくはないのだろうか。
「ルーナが奥にいたのをすっかり忘れていたのだ。すまんなのだ」
ルーナに向かってシャムが耳をたたみながら頭を下げている。やはり脅威に感じる存在なんだろな。
「……いいえ。いつものことですし、シャムは謝らなくて結構ですよ」
猫獣人には優しいように思える。
いや、それよりも。
「あ、あの~……なぜここにルーナさんが来ているんです?」
「簡単なのだ! ルーナは暇なのだ。シルバー王国はルーナの家から遠くないのだ。だからなのだ」
シャムが得意げに教えてくれているが、本当にそうだとしたらコムギさんが関係している感じだろうか?
それに魔導師同士に繋がりがあるとは聞いていたが、猫獣人のシャムと付き合いがあるのは当然といえば当然かもしれないな。
そう思っていたが、ルーナの答えは。
「……コホン。暇ではありませんよ。わたくしにはわたくしなりの活動があるのです。特にコムギ……優秀な猫が麦山さんを選んでしまったので、シャムと相談して別の使い魔を探したりしているんです」
あれ、俺を選んだって言ったのか?
でも俺は鑑定スキルを選んだはず。コムギさんと俺ってどういう関係になっているんだろう?
それはそうと。
「使い魔って、初めからルーナさんについてるわけじゃないんですか?」
「契約ですよ。コムギもそうでしたが、猫たちのほとんどはシャムの国で学びを受けているんです。こう見えてシャムは優秀な猫の黒魔導師ですので、時々はシャムと会って新しい子を見つけているのです」
ただの魔導師じゃなくて黒魔導師だったとは。どう見ても猫幼女だけど、とてつもなく強いってことなんだろうな。
「……そうだったんですね」
猫獣人の魔導師は珍しいというか初めてだし、考えたらそういう養成機関があってもおかしくはない。
「ムギヤマくん。ルーナの話はもう終わったのだ? 終わったならボクと話をしてくださいなのだ」
そう言うとシャムは俺の手を握ってくる。猫獣人ではあるけど、ピンと立てた猫耳を見てしまうと思いきり可愛がりたくなってしまいそうなんだが。
「え、えっと……」
思わずルーナを見ると、ルーナは微かに笑いながら席に座って静観している。
「ど、どうぞ」
「単刀直入なのだ。ムギヤマくん! ボクと契約してほしいのだ!」
「へ?」
ルーナの方に目をやるも、彼女はまるで関係ないといった態度だ。コムギさんとは別件という話だろうか。
「契約というとどういう……?」
「ルーナが言ってたとおり、ボクは黒魔導師として猫を育成しているのだ。シャムガルド帝国には沢山の猫たちが学んでいるのだ。ムギヤマくんなら、猫たちを喜ばせられるのだ。帝国に来て猫たちにご褒美をあげてほしいのだ!」
猫帝国!?
おそらく拠点には違いないだろうけど、まさかの帝国とは。猫を喜ばせるという言葉に思い当たる物は――注文して何か与える意味なのか。
「もしかしなくても商人として契約ですか?」
俺の言葉にシャムが首を傾げている。
……くっ、可愛い。
「それ以外に何かあるのだ?」
「あぁ……ですよね」
商人として猫帝国と契約……。
顧客を得るチャンスではあるが、こればかりはコムギさんに相談しないと決められない話だ。肝心のコムギさんはどこかにいなくなってるけど。
「来てくれるのだ?」
「契約はすぐには決められませんし、俺にはコムギがいるので彼女と話をしてからになります」
俺一人だけで話を進めるわけにはいかないからな。
「……へぇ? 麦山さんがコムギのことをコムギ……ですか。ふふふ、心配は無用だったかもしれませんね」
げっ!?
しまった、この場でコムギさんを呼び捨てしてしまった。
「ご、ごめんなさい!!」
「何を謝るのです? コムギの主はわたくしではなく、麦山さんですよ?」
「え、そうなんですか?」
「……ふぅ。思っていた以上に鈍い方でしたか。まぁ、いいでしょう。コムギはわたくしが頼んだ仕事をしているようですし、それが済むまではそういうことにしておくとしましょう」
ん?
ルーナが頼んだ仕事をしてる?
「ムギヤマくん。注文したいのだ! チーズが食べたいのだ!!」




