第44話 抱っこタイムと潜入の猫王宮
いいことが起きるって、何だろう?
でもコムギさんが言うなら信じるしかないよな。
「とりあえず猫になれたし、王国に入ろうか」
「待つニャ! 以前と同じ所から行くのは駄目な気がするニャ」
「嫌な予感でもするの?」
「ウニャ」
どこから入るかコムギさんと悩んでいると、リルルが俺とコムギさんに頭を下げている。
「トージ。ここまでありがと。わたし、ここからは自分だけで動く。そうじゃないと、立派なフェンリルになれない」
「へ?」
「ニャ?」
え?
リルルがフェンリルに!?
フェンリルって確か何かの物語では神獣扱いされてる狼だったような。
「フェンリルってそれって――あっ」
……訊こうとしたらあっという間にいなくなってしまった。
サシャに言われて俺を頼ったとか言っていたけど、実はあの子の独断なのでは?
魔導車を追ってくるほどなのに猫王国に入るのを恐れるなんて、王国に何か隠されたものでもあるのだろうか。
「なるほどニャ~」
「リルルが言ってた意味が分かるの?」
「あの子はトージの商人としての力を必要としていたのニャ。狼としてどんなに強くても、王国の中に入るのは簡単じゃないからニャ。まんまと利用されてしまったのニャ」
はっきりとしたことは分からない。だけど、一人前になるための試練か何かがあって、それが猫王国の中にあるけど一人だけじゃ厳しそうだから俺を頼ったと考えるのが近いのかもしれないな。
利用されて猫王国に来る羽目になったとはいえ、せっかくの機会だしこの姿で行くのも面白いかも。
「そんなに悪そうな子には見えなかったですけどね」
「……トージはいい人すぎるニャ。でもそれがいいところでもあるニャ」
おお、褒められた。
「そんなトージにはご褒美をあげるニャ!」
「えっ?」
おおおおおおおおおお!!
こ、こんな幸せなご褒美を与えられるなんて、猫王国に来て本当に良かった!
「ニャァ~ン。こうしてトージに抱っこされるのも久しぶりニャ」
「モ、モフ……あぁぁ、至福の喜びすぎるっ!」
「……か、勘違いしちゃ駄目なのニャ! これはトージが猫獣人になったからなのであって、決して抱っこされたくてされてるわけじゃないのニャ」
「そ、そうだったね」
コムギさんによれば、猫獣人は猫の中では高貴な立場。通常であれば自由に動き回ることが許されるのに対し、猫獣人に連れられている時は庇護下にあるという意味で抱っこされるのが礼儀なのだとか。
にわかには信じがたい話だが、こうして存分に抱っこ出来るなら嘘か本当かなんてどうでもいいとさえ思える。
「コムギさん。以前入った場所以外から入るって言ってたけど、どこから入るの?」
「王宮ニャ! 王宮に潜入して王国のおかしな差別をやめさせるのニャ! (ルーナの頼みも聞いておかなければうるさいからニャ)」
王宮といえば、確か北門の方って門衛が言ってた気がする。南門からだと商人が多くいるマーケットを突っ切る形になるのは避けられないだろうし、猫獣人に対してどんな反応を見せるか分かったもんじゃない。
リルルのことも心配ではあるけど、一人で行ってしまったし探しようがないか。
「それはそうと、タブレットは――」
「――猫獣人が石板を持つのは変ニャ。今回は潜入だから必要ないニャ」
「あ、そうか」
今回は商売目的じゃないうえ猫獣人が商売するのもおかしな話だろうし、コムギさんの言う通りにしておこう。
「ところでコムギさん」
「ニャ?」
「……俺もにゃ~とか言った方がいいかな?」
「…………それはおススメしないニャ」
コムギさんを困らせるつもりはなかったけど、俺自身に照れが出るだろうしやめておくか。
「もう一つ確認なんだけど、猫獣人って各地にいるものなのかな?」
「この王国にいるかは分からないニャ。でも、獣人は貴族に多いものなのニャ。王宮に入るなら、獣人の姿の方が怪しまれずに済むはずなのニャ」
……なるほど。でもそうじゃなきゃ王宮に潜入なんて出来ないよな。
「それから、トージには気をつけてほしいことがあるニャ」
「うん?」
「王宮内に入ったら、私のことは呼び捨てで呼んで欲しいニャ」
「え? 呼び捨て? それは流石に厳しいような」
普段の言葉遣いこそ馴れ馴れしい感じに直したが、コムギさんのことはずっと『さん』付けで呼んでいる。猫カフェの時からそう呼んでるし今さら変えるのは――。
「駄目ニャ! 抱っこされている私はトージの飼い猫になるのニャ。単なる猫獣人じゃなくて、トージは高位の猫獣人。だから飼い猫は呼び捨てが普通なのニャ」
なりきりセットなのに見た目は高位の猫獣人なのか。そうだとしたら呼び捨てで接するしかないんだろうけど、でもううむ。
「コ、コムギ……王宮へ行こうか」
「主さまについていくニャ。よろしくニャ~」
不慣れな呼び捨てをしながら、俺はコムギさんを抱っこしつつ北門から見える王宮へと足を進める。
もふもふ抱っこタイムがしばらく続きそうだし、存分に堪能しなければ。




