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第4話 招き猫、馬車を呼ぶ

 もふもふタイムを終えた俺は、コムギさんを目に見える範囲のところで自由にさせ、集まっている商人たちに話しかけてここでの商売について尋ねてみた。


 馬車についても訊きたかったが、貨幣の入手手段を優先させることに。


 だが、俺の身なりを見た商人たちのほとんどが首を振ってその場から離れてしまい、なかなか難しい状況だった。そんな中、猫を連れたひとりの老商人が真面目に話を訊いてくれた。


「――というわけなのですが、商売のやり方についてご教授願えませんか?」

「……ふむ。まずお前さんはどこの辺境から来た?」

「辺境と言われましても……」


 降り立った場所が草原地帯だったが、地名までは分からないしな。


「厳しく言うと、王都の商人はプライドが高い。わしのように猫を連れ歩いている商人は大目にいるが、そうでない商人はお前さんの見た目だけで判断する。もし王国内で商売をするつもりがあるのなら、まずはその薄汚れたシャツを綺麗に整えるところから始めるべきであろうな」


 そういえば、狭路を通り抜けてきてから自分の服の状態を気にしていなかった。


「私は遠方の草原地帯からやってきました。道中に汚れ、そのままここへ来たのです」

「草原地帯? それはもしや、レイモン廃村か?」


 廃村……誰もいなかったしやっぱりそうなのか。


「そ、そこです。その辺りからここに来ました」

「あそこは当の昔に廃れ、魔物と野生の馬しかいなくなった危険地帯のはず。そうなると、お前さんの猫は聖獣様なのか?」

「いえ、それは……」


 招き猫なのは確かだろうけど。


「……まぁ、いいだろう。ここにたどり着いたということは、商売をする資格がある。して、お前さんは何を始めるつもりだ?」


 まずは馬車だよな。もちろん、商売を続ける意味での貨幣も含めてまとめて訊いておかねば。


「私は馬車を使って、世界を歩きながら商売をしたいと考えています! 何を売るかまではまだですが、馬車であれば世界各地を歩けると思いまして」


 異世界の食べ物がどんなものなのか、それに馬車で運んで平気なものなのかを知らなければ決めるのは難しい。


「知りたいのは馬車の入手方法だけか?」


 お金のことはまだ訊いてもいないのにこの老商人、鋭いな。


「そ、それと、この世界の貨幣についてを教えていただきたく……」

「それが先だろう? 嘘か本当かは知らないが、レイモン廃村から来たとすれば、お金そのものを見たことがないはずだ。違うか?」


 手厳しいけど教えてくれていることに感謝しなければ。


「はい。全く見たことがありません」


 日本で使っていた財布ならポケットにあった気がするが、あったところでって話だしな。


「……そうだろうな。生き残り……だとしても、誰もいなければ必要としないものだっただろうからな。ほら、これがそうだ」


 そう言うと、老商人は手のひらに色の異なるコインを無造作に置いて俺に見せつける。


「金と銀、それと銅……ですか?」

「そんなところだ。商人の間で多く使われるのは銀貨、それと高価な物に限れば金貨だ。銅貨は酒場や宿屋、道具屋などで使うことが多い。あとは――レイモン古銭……いや、今は魔獣古銭か。まぁ、そんなところだ」


 誤魔化されたけど、猫カフェから飛んできたのはまさかの廃村で、しかも滅ぼされた村?


 そう考えると、コムギさんには何か秘められた力がありそうな気もする。


「その、一枚でも構いませんので銅貨を貸していただけませんか?」

「一枚ごときでは馬車は手に入らんぞ?」

「それはそうですよね……」

「馬車は手助けてやれんが、同じ猫商人に出会った記念だ。お前さんが腕に着けているものと交換で銅貨を五枚と銀貨を二枚貸してやろう。もちろん、商売が上手くいったら返してもらうがな」


 腕に……腕時計か。この世界での時間の概念は、おそらく夜明けと日没で時間を計っている。全くないわけではないとはいえ、その辺の商人が手にしていないのは確かだ。


「あの、ここでの時間はどうやって知っていますか?」

「時間? それなら日に二回ほど、鐘の音が王国内に響き渡るが?」

「そ、そうですよね」


 その言葉に腕時計を気にして見てみるが。 


「……その腕に着けているものは大事なものか。ならば、わしには不要だな」


 貨幣と交換で欲しいのかと思ったけど、気が変わったのだろうか?


「では、お金との交換は――」

「交換は無しだ。大事なものを手放したくない気持ちが分かってしまったのだからな。わしも大事な猫を手放せと言われたら……まぁ、そういうことだ」

「え?」

 

 老商人が優しい目を向けた先を見ると、そこにはコムギさんと話をしているように見える白い猫さんの姿があった。


 ……白猫さんにも何かしら不思議な力があるのだろうか?


「ふふ。ほれ、お前さんの猫が左手を挙げて招いているぞ」

「あっ……そうですね。それでは私は行きます。私はムギと申します。いつかお金をお返しする時、私の名を覚えていただければ幸いです。あの、あなたのお名前は?」


 お金の貸し借りをする以上名前を訊いておかないと。


「わしの名など必要なかろう。お前さんさえわしを忘れなければいいだけの話だ。あくまで金は貸しだ。お前さんがどこに行っても、商売をしていれば居場所は分かるのだからな! クハハ!」


 ううむ、豪快な性格。だからといって、本当に地の果てまでも俺を探しに来そうだから笑えない。


 猫繋がりで助けてもらえるなんて意外過ぎた。


 頭を下げてお礼をした俺は、コムギさんと一緒に身なりを整えるところから始めるため、近くの宿屋に向かうことに。


 それにしても流石は猫の王国。歩いている人よりも、その辺に座ったり寝転がる猫の何と多いことか。


 そして、老商人の言った通り宿屋に入った俺を待ち受けていたのは、汚れた服と臭いを嫌悪する宿屋の主人とその客の厳しい視線だった。


 すぐそばにコムギさんがいたからこそ宿屋の主人からも強く言われることはなかったものの、綺麗にしないと出入り禁止にされそうな目をずっと向けられっぱなしだ。


「う~ん、水場があればこすり洗いで落とせるんだけど……」

「ウニャ?」


 水場を好まない猫が暮らす王国では噴水は見られず、生活水を流している場面には遭遇できていない。もちろん全ての猫が水を嫌っているわけではないが、猫を大事に扱う王国では水を近くに配置しない配慮がされているようだ。


 しかしこのまま何もしないでいれば、王都で商売の話も出来ないどころか悪評が広まってしまいかねない。汚れ落としをコムギさんに訊いてもって話だが、どうやって汚れを落とせばいいのか。


 何せ異世界に降り立ってからここに来るまで、まだ一度も着替えたことがない。替えのシャツがないとはいえ、服を脱ぐこともままならないのでは話にならないのではないだろうか。


 服の汚れと臭いはそこまで酷くはなさそうだが、すでに嫌悪の目を向けられている以上、このままではいられない。


 窓の外に目を向けると、自由に歩き回る猫の姿が見えていて、その自由さに少し羨ましさを感じてしまう。


「このままだとこの部屋から出るのも厳しくなるな……」


 平屋の宿の窓から出るのは簡単そうで、どこかに抜け出して服の汚れを落としに行くことも可能といえば可能だ。


 だが、コムギさんを連れていくとなればやはり窓から出ていくのは避けなければならない。


「ウニャウニャウニャ……」


 悩みに悩んでいると、コムギさんが外をじっと見ながら何かを呟き始めた。


「うん? コムギさん、何かしようとしてくれてる?」


 自分の汚れで頭を抱える俺を気にしてくれたのか、ベッドに座るコムギさんが何かを唱えるかのように部屋の窓に向かって口を動かしている。


 もしかしたら洗濯する人か何か招いてくれる?


 ――そんな期待をしながらコムギさんが落ち着くのを黙って待っていると、窓の外に突然白くて濃い霧がかかった。


「……えっ」

「ニャア!」


 直後、コムギさんが合図をすると同時に窓が全開に開かれ、俺とコムギさんは深い霧の中へと引き込まれていた。


「――って、あれっ?」


 地面……だよな。王都の外れのどこかの田園にでも移動してきたかな?


 今度はどこに招かれたんだろうと周りを気にしていると、霧をかき消しながら向かってくる割と大きめの物体が俺の目の前に現れる。


「これは馬車……いや、幌馬車かな? 御者ぎょしゃがいなくて馬が自ら動かすとなると――」

「ニャウ!」

「の、乗ればいいのかな?」


 言葉は通じないものの、コムギさんが先に馬車の荷台に乗ったので、俺も続いて乗ることにした。


 どこへ連れて行ってくれるのだろう――そんな期待をしながら。

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