第39話 ドワーフ魔導師との取引と選択
……なんだって?
日本に帰れる?
異世界に招かれた俺が……?
「そ、それは……どういう?」
思わずコムギさんを見るが、コムギさんだけでなくマリヤもフランもまるで話が聞こえていないかのような状態だ。
俺だけに分かる遮断魔法なのか?
「おっと、言葉が足りなかったな。完全に帰れるわけじゃないんだ。トージには選択する権利がある。その権利次第では帰れる……いや、戻れるといった方が正しいかな?」
日本にツアー旅行した魔導師らしいが、それを知っているからこその発言か?
「なぜです? なぜそんなことを俺に?」
「猫好きのぼっちおじさん……だったっけ? 猫カフェとやらに通っている最中にルーナの使い魔である猫に招かれてこの世界に来た。そこまではいい。だが――」
俺にはこの世界に不満も何もないのに、何でこんな提案をしてくるんだ。
「まぁ、そう睨まないでおくれよ! 選択でもあり、権利でもあると言っただけだよ。意図せずに日本の猫カフェから異世界に招かれたからね、君は。猫好きだとかそういうのは理由に関係ないんだ。ただ、気になるのは強すぎるスキルを得たことで単なる移動販売だった商売に不安を抱いているのではないのかなと思ってね」
……不安か。見透かされ、いや、顔に出てたかもな。
何せ、エルフの国で魔法強化を注文してそれをエルフの少女に与えたわけだし。神の領域のように感じたこの力に全く不安を感じないわけじゃない。
亜空間倉庫という名のネット倉庫は便利だから役立っているし、魔物が蔓延るこの世界で魔物と戦わずに済む魔導車で移動出来ていることに対しても、俺にとっては最高の職場環境。
ただ一つの不安は、過ぎたる力は身を滅ぼしかねないという不安が常に付きまとうくらい。相手がエルフだったとはいえ、影響を及ぼす商品を与えたのは確かだからな。
平然とする方がおかしいだろう。
「不安は常に付きまとうものですよ。俺のようなおっさんはね」
「はっはっは! それもそうだね。しかし、素直なおっさんは嫌いじゃない。むしろ好意的だよ。そうだろう? トージがこの世界で嫌な目に遭うことが少ないのも、おっさんだからなんだ」
それはあまりに強引すぎるぞ。嫌な感じの人なら最初にいたし、全く無いわけじゃないと思うが。
「それは流石に……」
「また言葉が足りなかったか~! 正確には、猫を連れたおっさんに悪く見る者は少ないという意味かな。シルバーバインの人間は性根の悪い人間が集まりすぎているから、そこは忘れていい」
「は、はぁ……。それでその、日本に帰るかどうかの話の真意は何です?」
コムギさんたちを遮断してまで聞かせる話だ。魔導師ローニにも何らかの狙いがある。
「いいや? どうなのかと思って訊いてみただけだよ。トージにその思いがあれば可能性を考えたけど、なさそうだね」
「え? 日本に戻るすべを持っているからこその提案なのでは?」
思わせぶりにしては酷い話だな。
「その気がない者に話しても無駄だと思った。だからこの話はおしまいだよ。ただ、もしその気が起きたその時は、拠点シャムガルドにいる魔導師に話すといい。彼女ならトージを日本に帰してくれるだろうからね。シャムガルドが日本に行きたがっているし……」
日本ツアーに行った女性魔導師か。
「ちなみにローニさんに俺を日本に戻す力は……」
「ないね。訊いてみただけだよ。聞いてなかった?」
「いえ、それは」
「トージがこのグリモア―ドという世界を気に入っているのは分かったからね。ただ僕が出来るのは、余りある力を消すことくらいさ」
……神の領域的なスキルのことだろうな。
「不安はありますが、使わなければ気にならないので……」
魔法やスキルを販売する行為自体もエルフだけだろうし。
「そっか。君がいいなら僕からは以上だよ。君を悪い方に導く者が近づいたとしても、コムギが追い払うから心配ないしね。そうなるとあとはトージ次第だ」
そう言うとローニは指をパチッと鳴らした。
「ウニャ? トージ、大丈夫かニャ?」
「本当だよ~ずっと立ったまま青ざめてるんだもん。疲れちゃったの?」
「……あぁ、いや、問題ないんだよ本当に」
「ニャ?」
彼女らにはそう見えたのか。魔導師ローニからの話はからかいなどではなく本気だったんだろうが、俺としては正直言って今さら戻ってもな……。
ぼっちで商売するか、ビジネスパートナーの猫さんと旅商人をするかの違いはかなり違う。猫カフェに通っていたのもコムギさんがいたからこそだ。
今さら他の子に目移りなんか出来そうにない。
「ニャ……トージが元気ないニャ。今日はゆっくり休んだ方がいいと思うニャ」
「大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
「それならいいニャ。マリヤが魔導師ローニの世話になるみたいだから、私たちもローニの家に寝泊まり出来るみたいニャ」
ローニの家か。油断は出来ないが、あの話は終わったし好意は素直に受けないとな。
「それはいいね! コムギさんもしばらくアースガルフに留まりたいのかな?」
「宝石ピカピカ~大好きなのニャ」
そういや、猫は光って動くものが好きだったっけ。
宝石は動かないと思うが、コムギさんは普通の猫さんじゃないしそもそもあのルーナさんの猫さんだから宝石には目がないのかも。
「……ルーナは心が読めるのニャ。トージはあまり失礼なことは思わない方がいいと思うニャ」
「あっ。そ、そうだよね、ごめん」
「ニャ」
危ない危ない、コムギさんを通してルーナに伝わるんだった。あぁ、だからこそ遮断してくれたのか。
そう考えたらローニの気遣いに感謝するしかない。
「……さぁ、トージ。ドワーフの僕に何でも聞きたいだろう? 今夜は寝かさずに一晩中話をしてあげようじゃないか~!」
何だか誤解を生みそうな言い方だな。
あ、そういえば。
「ローニに訊きたいんですが、この町にドワーフの少年はいますか?」
「……うん? あぁ、トロムのことかい?」
「黒くてごつごつした物ばかりをくれたんですが、それが何なのか未だに……」
鑑定もままならないほどのガラクタだったから、放置しっぱなしなんだよな。
「完全なる失敗作だろうね。ドワーフの子供らは、ウチのフランもだけど修行の身なんだ。鉄を磨いたり、削ったり……加工して売り物にする。それが出来ていなければ、アースガルフで売ることは許されない。だからだろうけど、トロムは他の町や村に行って迷惑をかけているんだ。今頃どこに出かけているのやら……」
ここにはいないのか。名前が分かったのはいいが、今度はどこで遭遇出来るのやら。居場所が全く分からないのは厄介だな。
「……いや、待てよ? トージの亜空間倉庫なら出来るんじゃ……?」
「――というと?」
「取引といこうか! トージ。君に鑑定のスキルをつけてあげよう! その代わり……」
鑑定スキル!
ここにきてやっとなのか。ネット倉庫で注文を試みたが、鑑定スキルは一切項目がなかった。魔導師によるスキル付与でしかもドワーフの魔導師だったなんて、ここに来なければずっと知らないままだったわけだ。
「そ、その代わり……なんです?」
「ルーナに待ってくれと交渉して欲しい!!」
「はい? 何の交渉を……」
「借金だよ……。僕には膨大な借金があってね。お金の貸し借りはルーナしかやってくれなかったんだ。頼むよ、トージ! 君なら出来る!!」
何の試練が課されるかと思えばルーナに頭を下げるだけとは。一体どれだけの借金なのかは聞きたくないが。
「トージ。ルーナに繋ぐかニャ?」
「えっ、あ……うん」
コムギさんはルーナの猫さんだ。それもあり、コムギさんが意識を閉ざせば一時的に遠く離れた魔導師ルーナと話すことが出来る。
――のだが。
「ムギヤマさん。ローニの頼みを聞いてしまえば、あなたとコムギは一生結ばれなくなりますよ。それでも肩代わりしますか? わたくしはどっちでも構いませんが、ムギヤマさんの気持ちは違うはずです。どうですか?」
「それって……」
「ご想像通りです」
こうしてコムギさんと一緒に旅が出来ているのは、コムギさんをいつか俺の飼い猫さんにするという夢があるからだ。
そのための目標として、ルーナに魔導石を送り続けるという目標もある。
だけど鑑定スキルと引き換えにそれを失うのは――あまりに勿体ないのではないだろうか。
だが、鑑定スキルを得られれば単純な商売だけじゃなく商売の可能性が広がる。それなのに、何でコムギさんと鑑定スキルなんだよ。
「か、考えさせてくだ――」
「いいえ。コムギは待ちませんよ。とはいえ、潔く決めた場合、コムギはますますムギヤマさんに懐くでしょうね」
「へ? それってどういう――」
「とにかく、ムギヤマさんがこの世界で生きていくと決めた以上、スキルを手に入れておくべきです。わたくしからは以上です……」
ううむ、意味深。
俺の商売的なスキルを手に入れればコムギさんは俺の猫さんにならない――その一方で、俺は別の意味でコムギさんに認められるのか。
「ど、どうだい? ルーナはなんて?」
「許しませんと言ってましたよ。借金問題は一生問題だとも」
「だ、だよねぇ……いや、すまなかった! トージと猫さんを秤にかけるなんて、許すまじ選択を与えてしまった。これに免じて鑑定スキルをタダで与えよう!」
ローニはこう言っているが、ルーナが見逃すわけがないからな。コムギさんにずっと一緒にいてもらうには俺が頑張るしかないってことだ。
「鑑定スキルを頂きます。その後で、話はいくらでも」
「おぉ! すまないね。それじゃあ僕の部屋に来て大いに話をしようじゃないか!」
魔導師ローニから聞かされた日本への未練はとっくにない。今の俺に必要なのは、美人猫のコムギさんと一緒に世界を旅して商売を続けるだけ。
それを続けていけば、いずれ猫のコムギさんを真のパートナーとして迎えられる。そう信じて、もっと商人として高みを目指して行かなければ!
「ウニャ?」
「俺は大丈夫ですよ。コムギさん。コムギさん、これからもよろしくです!」
「ニャ~」




