第33話 アズリゼ王国の魔導師姉妹 ②
とりあえず両手を上げながら何もしないアピールをしておこう。ここで下手に言い訳をしたところで状況が変わるわけじゃないからな。
「人間! 貴様、どうやって王国に入った? なぜ容易く霧が晴れたというのだ!」
「……そっ、それは」
「むっ! それは王国のミストコート! まさか、同胞から奪ってきたというのか? 答えろ! 人間!!」
ううむ、これほど警戒されるとは思わなんだ。霧で隠れているだけのことはあるとはいえ。
「トージは何も心配いらないニャ」
そういうとコムギさんは俺の前に立って、目もくらむような眩い光を放ち始める。俺はあまり眩しさを感じなかったが、エルフたちは一斉に手で目を覆ってその光に耐えているようだった。
コムギさんが放った光のおかげか、俺に狙いを定めていたエルフたちは光の意味に気づいたようで、その場に膝をついてコムギさんと俺に頭を下げている。
「えっ?」
「申し訳ございません。魔導師の聖獣とその客人殿だとは露知らず。今をもって気づきました。ミストコートを着用されているのが何よりの証! 今一度お詫びいたします……」
「あっ、いえ……そんな」
こうも態度が変わるとは。
護衛猫のコムギさんがいる限りこの世界では一切の危険がないと言われてはいたが、霧の住人にも有効だったとは驚きだ。
「それで、お客人。王国へはどのようなお話を持ってきてくださったのですか?」
一度認めた相手には忠節を尽くすかのような態度に変わるのか。ということは、ここのエルフたちにとって魔導師は主君だったりして。
「どうか、楽な姿勢になってくれませんか? 私はただの商人ですから」
「分かりました。みなの者! 警戒を解き、自由に過ごせ!」
隊長らしき男が指示を出すと、他のエルフたちはすぐに移動していなくなった。家から姿を見せていた住人も、すっかりと落ち着いて洗濯をしたり掃除をしたりしている。
森で暮らしたりするエルフと違って相当に警戒心が強いってことなんだろうな。
「申し遅れました。私は各地を旅して回る商人のムギヤマ・トージと言います。どうぞよろしくお願いいたします」
名刺なんてものはないが、タブレットを手にしながら頭だけでも下げておく。
「おぉ、話に聞く石板持ちの商人! 私はこの住居区を守る守備隊長です。先ほどは失礼をしました、商人さま」
「失礼しました、商人さま!」
エルフたちは統率が取れているな。
「いえいえ、誤解が解けたようで何よりです」
「商人さまがお見えになられたのは、この閉ざされた王国に魅力的な商品を届けにきていただけたのですね?」
エルフの王国で何が売れるのかって話になるけど、石板持ち商人はこの世界ではそういう認められ方をされているのか。
もしくは、崇めの存在である魔導師によって聞かされている?
そうだとしたら、彼らが言う魔導師に挨拶をしておかないと。
「そうですね、物を売りに来たのは確かです」
「おぉ! やはり」
普段から霧に覆われているのかは不明だが、エルフしか見えないところをみれば、外の者と交わることはないんだろうな。
エルフの商人はいるのかもだけど、人間の商人を認めたのも多分初めてだろうし。とりあえず魔導師がいるなら会ってみたい。
「あの、この王国に魔導師がいるのですか? もしいるのでしたら、お会いしたいんですが」
「確かにおります。ですが、あのお方たちは滅多にお姿をお見せすることは――」
この言い方だとまるで高貴な存在のような気が。
「霧で隠れているみたいですけど、この奥に見える大きな建物に行けば何か分かりますか?」
俺が今いる場所の霧はすでに晴れていて視界は良好だが、この先はエリアが分かれているのか、未だに濃い霧が立ち込めているままだ。
もしかしたら身分的な違いを霧の濃さで分けている?
おそらくまだ住居エリアの霧だけしか晴れていないだろうし、魔導師がいるとすればこの先のエリアになるはず。
「王国の奥は高貴な者しか入れません。私などではとても……」
「この先には街やお城が?」
「いいえ。お城には王族が暮らしていますが、街といった娯楽はありません。不自由なことがあれば、魔導師さまが解決してくださいますので……」
「そ、そうですか」
街が娯楽扱いとは、規律に厳しい国だな。
「この先に行かれる場合、資格を得られた商人さまであれば、この奥のお城へは立ち入りが許されているはずです。行かれますか?」
「そうですね。会えるのであればぜひ!」
「商人さまが意思を示されましたので、もうすぐ呼ばれますよ」
「え? 呼ばれる――?」
――って、わわわっ!?
これは魔法の力?
まるで見えない誰かにコートを掴まれ引っ張られているが、逆らうことも出来ずに空に浮いたまま歩かされている。どこかに連れて行かれているのに、コムギさんは俺を見ても全然焦ってもいない。
「コ、コムギさん~」
俺だけどこかに引っ張られている中、コムギさんは横で優雅に歩いている。
「心配いらないニャ。この力はマリヤなのニャ」
「……え、あの妹さん?」
俺を脱衣させて全身を洗い流したあの力は、間違いなく魔法だった。じゃあ、やっぱりあの姉妹の仕業か。
そうしてしばらく強制的に引っ張られて続けていたら、周りには何もないものの、見上げるほどのお城の前まで連れて来られていた。
お城ということはあの姉妹が魔導師か?
城兵の姿すらも見当たらないが、俺とコムギさんが見守っている中で城門が静かに開かれる。
「トージさま。引っ張ってごめんなさい」
城の中から出てきたのは、マリヤだった。
「君一人だけ?」
「お姉ちゃんでしたら、王の間で待ってますよ。案内しますね」
「お、王の間!? それって、もしかして……」
エルフの王国でエルフを束ねる魔導師だけじゃなくて、まさかの――。
そして通された王の間で俺を待っていたのは、姉のジーナだった。
「遅かったじゃない。それとも、洗礼でも浴びていた?」
「まさか、ジーナさんが王国の?」
「あら、言わなかった? あたくしはアズリゼの女王なの。そして魔導師でもあるわね」
「トージさま。お姉ちゃんと私は姉妹の魔導師なんです! でも、お姉ちゃんは王国ではあんまり女王らしいことはしてないんですよ~」
魔導師って拠点にいるだけじゃなかったのか。
「まぁ、そういうことなのだけれど。ここに呼んだ理由は、トージの亜空間倉庫の実力を見たいと思ったからなの。トージはあたくしに何を売ってくれる?」




