第31話 猫妖精の町・ケットシータウン
「は、はいはい~押さないでね~。沢山あるから慌てずに~」
う~む、なんという天国。
今までずっと何を売ろうか、どうやって売っていけばいいんだ、なんて思い悩みながら時間だけが過ぎていたのに。
「トリのささみを所望するにぅ!」
「はいはい、毎度あり」
「ありがとにぁ~! お礼に飛び込んできていいにぅ」
「……もふぅ」
こんな合法的なもふもふは今だかつてあっただろうか……いや、あるわけない。堂々と猫さんたちのお腹に顔をうずめ、猫吸いを実行出来るとか――至福すぎる。
「くださいにぁ~」
「はいは~い、どれがいいのかな?」
「チーズがいいにぁ」
ええと、チーズは……あった。流石コムギさんリサーチだ。
「はい、どうぞ」
「にぅぅ~」
子猫の女の子はすりすりと自分の顔を俺の手にこすりつけてくる。その行為の意味はもちろん分かっているのだが、その行為自体俺にとってご褒美だったり。
「…………トージは浮気症だったんだニャ?」
「えっ? い、いや、俺はコムギさん一筋で、それはずっと変わらないですよ?」
「どうだかニャ~」
俺を見てくるコムギさんはずっと無表情を貫いている。ビジネスパートナーといいつつも、目の前で他の子に甘える俺を見るのが面白くないらしい。
そんな俺とコムギさんが今いるところは、コムギさんが希望していた猫妖精の町、ケットシータウンという不思議な場所だ。
コムギさんのように、ここには魔導師や召喚士に使い魔として仕える猫たちが暮らしているらしく、普通の状態では俺のような人間は入ってこれない場所だという。
魔導車に乗っていた時も、途中でどこに迷い込んだのか分からないくらいの霧に包まれた。
そしてたどり着いたわけなのだが、ここでは当然ながら人間のお金は流通していないので、それに代わる報酬として俺が選んだのは無制限もふもふである。
猫たちの好物は異世界でも変わらずだったが、ケットシータウンの猫さんはこだわりが強いというコムギさんリサーチがあった。
そのおかげで、事前に発注していた食材を余すことなく提供出来ている。
「と、ところで、コムギさんのお家はどの辺りに?」
「ずっと日本にいたからニャ~……今頃他の猫が入居してるかもしれないニャ」
「へ? もしかして賃貸?」
「それはそうニャ。猫だからって誰でも家があるわけじゃないニャ。それは人間の町と変わらないニャ」
縄張りとかもあるだろうし、そんな甘くないんだな。
行商人間として猫さんたちに食べ物を売りさばいた後、俺とコムギさんはコムギさんが住んでいたらしいアパートを探し歩いている。
コムギさんは長いこと日本で仕事をしていた。そうすると人間臭くなって町に入れなくなるおそれがあったらしく、それもあって今回の里帰りを決めたらしい。
「魔導車じゃなければ帰れなかったニャ」
「そうなの?」
「結界代わりの霧がこの町を守っているからニャ。人間だけじゃなくて猫も入れないのニャ」
魔導車は霧だけじゃなく大森林も避けてきたし、魔導の力がそれだけ強いってことなんだろうな。
「あら? コムギじゃない! 性懲りもなく帰ってきたのね」
「またお姉ちゃんはそんなこと言って! コムギちゃん、お帰りなさい。お部屋は綺麗なままだよ」
……ん?
随分と嫌味なことを言う猫と優しそうな猫がアパート前に――じゃなくて、誰だ?
どう見ても人のように見えるが、耳が長くて尖っている。そして何より美人さん。姉妹のようだが、金髪の姉の方は高貴な感じの態度をとっている。
それ比べ、銀髪の妹さんは優しそうだ。
「あの二人はエルフニャ。トージもエルフくらいは聞いたことがあるはずニャ」
エルフ!
そういえば、エルフも森の妖精さんとして有名だった。しかし猫の町になぜエルフがいるのか。
「姉妹揃って暇なのかニャ? 滅多に帰れない私は暇じゃないのニャ」
「よく言うわ! コムギのくせに」
「もうっ、お姉ちゃんってば素直じゃないんだから!」
もしかして、俺だけ見えていないんだろうか?
コムギさんの真横に立っているんだけどな。
「紹介するニャ。私の雇用主のトージニャ! トージを味方にすれば、エルフがお腹を空かせることはなくなると思うニャ」
「へぇ……? 何かがいると思ったけれど、それは人間だったのね」
「……人間? ふぅ~ん……」
俺をそれ扱いか。なかなかきついな。優しそうな妹さんの反応を見る限り、人間にはあまりいい印象を持ってないように見える。
だが俺も商人。どんなであれ、挨拶はしておかなければ。
「は、初めまして。私は商人のムギヤマ・トージです。希望のものがあれば何でも手に入るかもしれません」
「…………」
「……」
やはり返事はないか。
やっぱりこの世界は人間には厳しいみたいだな。もしかしたら人間そのものが敵対勢力なのかもしれないが。
「商人のトージね。覚えたわ。あたくしは、ジーナよ。こっちは妹のマリヤ。コムギの雇用主というのであれば、認めないわけにはいかないわね、だけれど耐えられそうにないわ……」
姉の方は明らかに嫌そうな顔をしてるな。
「トージさん。今すぐ洗っていいですか?」
「あ、洗う……?」
「えいっ!」
妹のマリヤさんから指差しをされたかと思えば、次の瞬間。俺は船酔いのような感覚に陥り――俺の格好は薄い生地の布服だけに変わっていた。
「トージはお風呂にずっと入ってなかったからニャ~仕方ないニャ」
「あっ……そういう意味」
猫の町で猫さんたちからちょっとした褒美を受けたかと思っていたら、エルフ姉妹のお仕置きが俺を待っていた。
それも、コムギさんのアパート前で待っていたエルフ姉妹に。




