第3話 猫好き歓迎の王国へ
「旅の方、そして愛しき眷属さん。こんにちは」
荘厳な門に近づいたところで、門を守る門衛に声をかけられる。
開放的な門で誰でも自由に行き来が出来そうな感じがしたものの、やはり外からの訪問者には目を光らせているのか、俺とコムギさんに気づいた門衛二人が同時に駆け寄ってきた。
……というか、虎人間のようにも見えるが、獣人というやつだろうか?
いや、近くで見たら違うか。タイガーマスクの被りものを帽子代わりに着けてるだけっぽいが、門衛が被りものなんて見たことがない。
「こ、こんにちは。初めまして」
「ニャア!」
俺の挨拶に合わせるようにコムギさんも声を上げる。
その様子に門衛同士で顔を見合わせた後、一人は門へ戻って立哨態勢、もう一人が俺とコムギさんに優しい笑顔を向けている。
「ようこそ、シルバーバイン王国へ! こちらは商人が集う南門です。王宮へ行かれる際は、北門の方にお回りください」
……シルバーバイン?
意味は確かまたたびだったような。
「あ、あの〜。眷属とはどのような意味ですか? 私は召喚する立場でもなく、ええと商売人なのですが。そもそもこの国での猫はいかなる存在なのですか?」
南門をよくよく見ると、猫をモチーフにした石像が両側に設置されている。
「猫は古くから神聖な存在、そして我が国にとって守護の象徴として扱われてきました。そして現在の王国における猫は聖獣であり、幸運を招く象徴とされています」
聖獣……なるほど、どうりで。
「しかし眷属とは……」
コムギさんを見ると、毛並みを整えてるのか自分の手を舐めている最中で俺や門衛を気にする様子は見られない。
「難しく考える必要はありませんよ。あなたにとって親族、いえ親しく従う猫様なのかと思い声をかけさせていただいた次第です」
むしろ付き従っているのは俺のような気もするが。
「……なるほど」
「失礼ですが、お名前は?」
「私は旅の商人、麦山湯治と申します。そして彼女はコムギさんです」
「ムギ……ふむ、なるほど」
たまたま俺の名字が麦山でコムギさんに懐かれているだけなのだが、門衛は納得したような表情を見せている。
変に疑われても面倒だし、俺が気になっているものを訊いてみるか。
「ところでその頭に被っている虎マスクは……」
「あぁ、これですか。虎族も猫の仲間であり強さの象徴でもありますので、外からの脅威を減らすつもりで被っています」
「特に効果はないということですか」
「そうですね。趣味のようなものです」
王国も案外ゆるいところがあるんだな。
「あ、申し遅れましたが通行証は必要ですか?」
「コムギ様をお連れしているムギさんでしたら、今後も自由に通行して構いません」
やはり麦山の方を覚えられてしまったか。しかし、王国にいる間はそれでいいかもしれないな。
それに旅の商人と思わず言ってしまったが、今の俺は軽い物を入れる手提げ袋も無ければ大きなものを運ぶ行李も背負っていない。
これでどうして商売が出来るというのか。
この世界で仮にキッチンカーに似たもので移動するとすれば、思いつくのは馬車しかないが、貨幣も持たない俺にその資格は得られそうにない。
「と、とりあえず、ここを進めば商人がいるのですね?」
「何か商売を始められるご予定ですか? 見たところ軽装で荷物も無さそうですが……」
……疑いを持たれるのは当然か。商人なのに何も持ってないうえ、コムギさんと歩いてきただけだしな。
コムギさんは俺の動きを待っているのか動こうとしないし、出来れば入国して何とかしたいところだけど。
「無理そうなら――」
もちろん王国を目の前にして引き返す選択はないが。
「――何も持たずに旅をしてこられた……。つまり、我が国で商売道具を揃えるおつもりで来られたのですね?」
「そ、そんなところです」
「そうでしたか! それでしたら、どうぞお通りください!」
ここがシルバーバイン王国ということも知らなかったし、人がいるところにたどり着けるのも不明だったから、まさにコムギさんのおかげすぎる。
何となくコムギさんにお礼のつもりで頭を下げると、
「ウニャ? ニャウ~」
……などと、嬉しそうにしてくれた。
「コムギさん。ここを進みますよ」
「ウニャ!」
ようやく決まったのねと言わんばかりに、コムギさんは俺を追い越して颯爽と歩きだした。
俺も続いて南門から入国する――その前に。
被りものの門衛にこれだけは訊いておかねば。
「あの、王国にいる猫さんたちは言葉を話せますか?」
「猫同士でしたら何か話されておりますよ。ですが、人間と会話をするという意味でしたら、残念ながら我が国であっても分かりかねます」
「そ、そうなんですね……」
やはりそんな都合のいい話はないか。
「分かりました。ありがとうございます!」
「では、ムギさん。シルバーバインへようこそ!」
立哨の門衛も案内役の門衛に続いて俺に頭を下げている。虎耳のマスクを被っているせいか、門衛でさえ可愛く見えてしまうのは仕方ないよな。
先に入国したコムギさんに置いて行かれないように門を通り抜けて進むと、置いてある木箱の上に座って俺を待っていた。
むぅぅ、可愛い。
さっき毛並みを整えていたけど、少しだけもふもふさせてもらえたら……そんな気持ちでコムギさんを見る。
「…………ウニゥ」
俺を一瞬じろっと見るも、薄く目を閉じてそれを許してくれるかのように、コムギさんは寝転がってくねくねと体を動かし始めた。
猫カフェの時でもそうだったが、コムギさんはあまりお腹を触られたくないタイプ。それだけに、俺がもふもふを堪能できる場所は脇腹のところだけである。
優しく、それでいてゆっくりと脇腹付近を撫でてあげた。
「ニャゥゥ~」
コムギさんはゴロゴロと喉を鳴らしながら、最終的には俺の腕にぎゅっとしがみついて離さなくなるのが最高すぎた。