第25話 コムギさんとひと時のお昼寝
王都での商売が上手くいったと判断した俺は、王都散策を早めに切り上げ、王都を後にすることにした。
「もう行かれてしまうんですね……」
商人ギルド長のロードは別れを惜しんでいるのか沈んだ表情を見せていたが、
「王都から一番近い拠点はどこにあるかご存知ですか?」
……などと訊いた直後、俺が旅の商人であることを再認識したのか、すぐに気を取り直し、壁面に張り付けられている羊皮紙を凝視し始めた。
「魔導師の拠点で一番近いところでしたら、そうですね……」
指を動かし場所を確かめた彼の指先に見えるのは、まるで世界地図のような細かな絵だ。
……というか。
「世界地図……?」
「え? ああ、これは王国が把握している地域地図ですよ。王都の近くにある村や町、それと判明している拠点だけが描かれています」
そういえばこの異世界がどのくらいの時代なのか分かってないけど、紙は高価なものかもしれないな。
地図も一般的に出回っていなさそうだが、おそらく彼の地位がギルド長だからこそだと思っておいた方が良さそう。
「あっ、見つけました! ええと、ルゴー洞門を通り抜けた先にあるガルスの村が魔導師の拠点となっていますね」
「洞門というと、トンネルのような?」
「その通りです。確か、ムギヤマさんは魔導車で移動されているんですよね?」
俺は軽く頷いた。
「でしたら、問題なく通行できると思います。ですが、洞門内は魔物の数が多いのでご注意ください」
魔導車から降りなければ危険な目に遭うことはないだろうな、多分。
「ありがとうございます! では私は行きます! またいい取引がありましたら!」
「はい。お気をつけて!」
ロディアークでの取引は想定以上の結果が得られた。魔獣を相手にしていた駆け出し冒険者たちと、実はギルド長だった青年を救ったのが大きい。
それに加え、俺自身による固有の魔導スキルを習得し、魔導宅配ボックスをいつでも注文出来るようになったのは大収穫だった。
これでしばらく訪れた場所に行けなくても、魔導宅配ボックスから注文してもらえればいつでも取引が出来る。
そんな妄想を膨らませて笑いが止まらなくなりそう――だったが、妄想を抑えた俺とコムギさんは崖下に向かっている最中だ。
「トージは結局、冒険者ギルドには行かなかったのニャ?」
「うん、そうだね」
「なぜニャ?」
商人ギルド長であるロードに厚遇されたのもあるが、王都の冒険者に顔を売ったとしても、王都周辺でこれ以上の売り上げは見込めないと思ってしまった。
駆け出し冒険者が魔獣相手に手こずっていたところを商品で何とかしてあげたが、あくまで一時的に過ぎず、リピーターにはならないと判断したからだ。
まして、ギルド長の知り合いとなればわざわざ冒険者ギルドに顔を出す意味もない。
「なるほどニャ~。トージは手堅くいくタイプなのニャ」
「そ、そうかな?」
「そうなのニャ! そんなトージだからついていくのニャ~どんどんいくのニャ」
「コムギさんがそう言うなら、うん」
……そんなこんなで崖下に着くと、そこにあるべきものが見当たらない。
「あ、あれっ? 魔導車がない……?」
勝手に動き出すわけもないだろうし、そうかといって盗まれるものでもないような。
「ウニャ! トージ。その辺を適当に触れてみればいいニャ~」
「適当に?」
魔導車は念のため岩に寄せていたが、あるはずの場所に全く見えない。しかし、コムギさんの言う通りに岩の近くで適当に手をかざしてみた。
すると、まるで幻影にでもかかっていたかのように魔導車はその姿を露わにする。
「こ、これは……」
「ウニャッ」
驚く俺に対し、コムギさんは車検証……ではなく、説明書のようなものを渡してくる。
【魔導車はムギヤマトージ所有である。本人が一定時間以上離れると、魔導車はカモフラージュのように見えなくなり、防御機能が働く仕様。そのため、もし位置が分からなくなった場合はタブレットに頼ればよい。著者:魔導師アイゼルクラス】
「なるほど。そんな仕様があったんだ……」
あ、そういえばタブレットを元に戻しておかないと。
「理解したかニャ?」
「うん、よく分かったよ」
「それならトージ。これをあげるニャ!」
「うん?」
車に乗り込む前に、コムギさんはごそごそともふもふの毛に隠していたらしき干し肉を俺に渡してきた。
「干し肉? いつの間に……」
「私はトージより歩き回っているニャ。その間にちゃんと食べているニャ~」
「あ……そういえば何も食べてないや」
「トージの好きなタイミングで食べるといいニャ」
「ありがとう、コムギさん!」
魔導車の仕様、そしてご褒美の干し肉を貰ったところで、俺とコムギさんはすぐに乗り込みすぐ近くに見えるルゴー洞門へ魔導車を走らせる。
ルゴー洞門は崖上にある王都から落石を防ぐためなのか、擁壁に沿って設けられたトンネル状の工作物のようだった。
しばらくは湾に沿って進んでいたが、次第に海中へと通じる頑丈な岩のトンネルへと変わり、魔導車はそのまま海底洞窟に進入した。
「凄いな、海底洞窟なんて。ねえ、コムギさ……」
「フニャウゥ~……フニゥ」
コムギさんは、助手席のシートの上で丸まって可愛い寝息を立てていた。俺もあまり寝ていなかったし車を止めて少し寝ておくか――そう思いながら比較的安全そうなスペースを探す。
そして手頃な場所を見つけたので、魔導ライトを消したあと少しだけ休むことにした。




