第17話 石板(タブレット)完備で準備万端?
威嚇し続けるコムギさんがズタ袋に近づくことはなく、結局中身を見せることも出来なかったので宿屋に戻ることにした。
魔導士アイゼルクラスから呼び出しがなくても、荷物を抱えたままでは自由に動けないからだ。
「ほほぉ! ズタ袋が軽いって?」
宿屋に戻った俺は、スキルよりも先にズタ袋の不明さをはっきりさせようとアイゼルクラスに手渡してみた。
「ぬわっ!? お、重すぎる……冗談が過ぎるな。こんな重い袋を軽々と持つなんて、トージはオークなのかい?」
「……俺は非力な商人です」
年上で魔導師ではあるが、少し失礼なところがある人だ。
「ハハハ! いや、すまない。ドワーフの子供が残していった袋に触れた君は、間違いなく恩恵スキル……つまり潜在的なスキルアップがあったと思われる。僕にははっきりと答えられないが、商売的なやり取りをしていけばいくほどトージの恩恵スキルが上がっていくようになっているかもしれない」
魔導師ルーナの思惑ってやつだろうか。
「まぁ何となく原因が分かればいいんです。それで、魔導四輪車とネット倉庫の件はどんな感じですか?」
「お、気になる?」
「それはそうですよ。移動販売するうえで必要ですからね」
「あぁ、そうだったね。では外に行くとしようか。いつでも出発出来るように、商人ギルドの建物の裏に置いてあるのでね」
真面目なのか適当なのか分からない人だな。
魔導師アイゼルクラスの言う通りについていくと、そこには特に変わり映えのしない魔導四輪車があった。
「……ニャ?」
「特に変わってませんよね? アイゼルクラスさん……」
コムギさんも俺と同様に、あまり変わっていない魔導四輪車を見て首を傾げている。
「いいや、後ろは確実に変わった。後面に来て確かめてくれたまえ!」
少しムッとした表情でアイゼルクラスは俺を後ろ側に呼んでいる。
「それから、僕のことはアイゼルでいい。拠点の名前と同じだからややこしくなる」
割と本人も気にしてたんだな。
「ウニャ、ドアを開けてニャ」
「あ、そうですね」
コムギさんは興味がないのか、助手席に乗ってそのまま居眠りを始めた。何を食べてきたのかは分からないが満腹で眠くなったんだろうな。
アイゼルは跳ね上げないバックドアを指しているのでそこを見てみると、タブレットをセット出来るようなスタンドらしきものが付いている。
……やっぱり窓はないのか。
「これって部屋にあったタブレット……ですか?」
「そう! 石板だ。これを後面に張り付けた。だが、トージが使う時は自在に取り外しが可能だ。操作方法だが……」
こっちの世界では流石にタブレットとは言わないみたいだ。
「……向こうで俺が使っていたタブレットと同じですよね?」
キッチンカーで動いていた時、食材発注とか備品発注とかをタブレットで注文をしていた。ネットさえ繋がっていれば簡単だった。
「その通り! トージが思っているやり方で合っている」
「携帯しながら歩けるということですか?」
しかし、それなら常に手元に置いておけばいいのではないだろうか。
「この石板を携帯すれば町や村、他の拠点にいた時に持ち歩きながら取引が可能だ。移動の時は魔導四輪車にくっつけておけば、使うための魔導エネルギーがチャージされる仕組みだ。どうだい? 僕が電気街で得た知識は!」
ああ、チャージか。グリモア―ドの世界には電気がないから魔導エネルギーを使っての使用になるって意味かな。
よくよく見ると、属性的なものがタブレット付近に張り付いている。これが見えるということは、俺も何かしらの属性が使えるかも。
「さぁ、トージ。試しに何か注文したまえ!」
「え? でも支払いはどういう感じで――」
「画面に触れてみれば分かる。トージならスキルでそれが出来るのだよ」
触って確かめるしかないってわけか。
アイゼルに言われた通り、タブレットの画面に指をつけてみた。すると、亜空間倉庫の時と同様に画面に歪みが生じ始めて波紋のようになり、その直後に見慣れた商品選択画面が表示された。
同じだ……日本で注文していた画面そのものに近い。しかもロット単位だとは。画面上は銀貨や銅貨にも対応しているように見える。
それにしても、まるで巨大倉庫の中で自由自在に動くフォークリフトに乗っているかのような感覚だった。
多分大量発注が基本だと思われるが、そうなると個別の注文が出来るかどうか気になるところ。
「今回は注文はやめときますよ」
「そうかい? それで、以前よりも使いやすそうかい?」
「タブレットが便利に使えるのは分かりました。しかし、支払うところが見当たらないんですが……」
「支払いは簡単だ。ルーナが求めている魔導石や貨幣を集めて投入口に入れるだけでいいのだよ。中にはレアな物もあるだろうから、それはトージが確かめればいい。それから魔導四輪車自体もレベルアップしたが、まぁこれはトージのスキルが追いついてから分かることだろう」
俺のスキルアップと魔導四輪車は同時じゃないってわけか。魔導石と金貨の入手難度は別物だし仕方ないが。
「他には何か追加されていたりしますか?」
ルーナさんのように後出しで情報を出されると本当に困るしな。
「……そうだなぁ。トージはこれから徐々に自分の客がつくと思うが、客の多くは移動出来るトージと違って自由に動けない。そのための便利なアイテムもスキルアップで使えるようにしておいた。それについてはトージのスキルアップ次第だから頑張りたまえ!」
「分かりました」
やっぱりはっきり教えてくれないか。
「ああ……そうそう、これを言うのを忘れるところだった」
「何です?」
ネット倉庫はともかく、肝心なことを忘れがちだなこの人は。
「石板を外さない時に限定するが、トージと猫さんが横になってくつろげるような部屋を後部座席の空間を利用して用意した! 特にトージが落ち着けるような空間のはずだから後で見ておいてくれ。宿屋に近いものだから安心出来るはずだ!」
そこまで言うなら後で見ておこう。
「ところでドワーフの子供から貰った物はどうすればいいですかね?」
「道具とか物全般は専門外だから僕には分からないんだ。すまない」
「あ、いえ」
魔導師によって得意なスキルがあるって意味なんだろうな。ルーナさんは使い魔とかお金――は、気にしないでおくとして。
「ドワーフの里へは魔導四輪車なら行けそうですかね?」
「ふむ……ドワーフの里か。まぁ、この近くではないから、それについては僕以外の魔導師を頼りたまえ」
やはり危険な場所にあるのか?
「じゃあそろそろ出発します。色々助かりました!」
「トージがこの世界に慣れるまではしばらく大変だろうけど、僕も含め他の魔導師も応援と支援をするからどうか頑張ってくれたまえ!」
「ありがとうございます! ではまた!」
ひと気のない建物の裏に止めてあったので、俺はすぐに車を動かした。コムギさんはすっかり熟睡していて静かな寝息を立てている。
ネット倉庫を使いこなして、訪れる町や村、それと魔導師拠点でお客さんを増やしていければ、そうすればコムギさんとの旅ももっと楽しくなるはず。
「ムニャ……もう食べられニャい」
くっ、可愛すぎる――。




