第12話 魔導石らしきもの
「キュンキュン!」
「バゥバゥ~!!」
「アゥゥ~」
「……く、くすぐったい」
ビー玉集めに夢中になっていた狼の子供たちは落ち着きを取り戻し、感謝の気持ちを示すかのように俺の元に来てすぐに懐いてくれた。
サシャさんと違い人間の言葉は話せないようで、野生の狼の鳴き声ですり寄りながら甘えてきている。
ビー玉だけなのにこんなに喜んでくれるなんて。
「すまないね、トージ」
「いや、そんな……」
動物と触れ合う機会といえば今までは猫のみだった。猫好きだからといえばそれまでだが、狼の子供たちに触れ合えるというのもなかっただけにまっさらな気持ちになれた。
「……さて、トージの顔を見る限り色々と疑問があるようだけど、その前に報酬を渡しておくよ」
そう言うと、サシャさんは数枚の金貨を俺に手渡してくる。
「――金貨!? え、こんなに?」
箱に入っていたビー玉は数え切れないほどではあったものの、異世界での価値は分からないままだ。
しかし気持ち分が含まれているのか、頂いた金貨は八枚ほど。
「本当はもっと渡したいところだが、今はそれが精一杯なんだ。旦那どもの稼ぎがしけっているみたいでね」
なるほど、狼の旦那さんたちの稼ぎか。
「いえ! サシャさんは私にとって初めてのお客様ですから。それなのに、初めからこんなに頂けるとは何だか申し訳……いや、本当にありがとうございます!」
銅でもなければ銀でもなくまさかの金貨。出だしの商人としても、このうえない報酬だ。
「そうかい? あたしは人間が必要としてるお金はあまり興味がなくてね。仕送りのお金もあたしにはあまり意味がなかったんだが、あんたが喜んでくれたなら渡せて良かったよ」
彼女自身冒険稼業をしているでもなさそうだが、拠点に来ていたということは交渉に必要な資金として持っていたかもしれない。
なんにしてもこれでまた俺のスキルアップが出来そうだし、コムギさんと過ごせる時間が増えそう。
「あれ? あの子たちの姿がありませんけど、どこに行ったんです?」
さっきまで俺にあんなに懐いてくれていたのに、気づけばすっかりいなくなっている。
「ああ、今頃は巣穴に隠しているんじゃないかな。トージが売ってくれたあのガラス玉は大きさや色が違っていたから、自慢の宝にしようとしてるみたいだ」
「巣穴に宝……なるほど」
そういえば俺も子供の頃にそういう真似をしていたな。秘密基地とか地面に穴を掘って隠したり、懐かしい気分になる。
「あれ、でも手前にある小さな小屋に住んでるわけじゃないんですか?」
「小屋は人間避けのカモフラージュみたいなものなんだ。トージは別だけど、あたしらは人間、特に冒険者が好きじゃないからね。あいつらは勝手に来て勝手に……とにかく、奥の巣穴に近づかれないようにするためなのさ」
冒険者に村を荒らされた経験があっての言葉だとしたら、俺が訊くわけにはいかないな。
「それはそうと、トージ。何か知りたいんじゃないのかい?」
「ええと、サシャさんは魔導石はご存じですか?」
「魔導石? 魔力が封じられた魔石とは違うのかい? 魔石なら分かるが、魔導石なんてあたしは見たことも手に入れたこともないよ。それとも、お金でもないのかい?」
なるほど、魔石も別に存在してるんだ。魔石の方が一般的みたいだけど、ルーナさんが求めていたのは魔導石であって魔石ではなさそう。
「……詳しくは分かってないんですが、金貨と同等かそれ以上に高価な石らしくて、村まで乗ってきた幌馬車に必要不可欠なものらしいんですよ」
金貨は俺のスキルアップとコムギさんへの対価だとすると、魔導石は魔導幌馬車に必要なもののような気もするし、おそらく魔導師が必要としている石のはず。
ルーナさんの話では入手するには魔物や魔獣の体内から得たり、洞窟で掘るだとか、もしくは獣人との取引が~と言っていた。
もしかしたらサシャさんが何か知っているのかと思っていたが、あまり知られていない石なのか。
「キュン~! キュウウゥン!!」
……ん?
巣穴にいる狼の子供が騒いでいるような?
「サシャさん、子どもたちの様子が」
「……何か見つけたみたいだね。だが、あたしは巣穴に入れないからあの子たちが出てくるのを待つしかないね」
しばらくして、数匹の子供たちが重そうな何かを口にくわえながらサシャさんの前までやってくる。
「キュゥ、キュン……?」
「…………バゥゥ、バゥ」
狼の言葉で話しているようだが、流石に分からないな。
どうやら話を済ませたみたいで、子供たちはまたそれぞれの巣穴に戻っていく。
「サシャさん、子どもたちはなんて?」
俺の言葉に、サシャさんは子供たちが口にくわえていた石を見せてくる。
「トージが欲しがっているのって、この変な石じゃないか? どうやら宝を隠すために掘っていたら変な石を掘ってしまったみたいなんだが」
「ちょっと見ていいですか?」
「ああ。あんたに渡すよ」
手渡された数枚のうち一枚だけ形が崩れていなく、その石はまるでメダルのように丸い形をしている。直径は5㎝くらいで厚みは貨幣とほぼ同じで中央部分は少しだけ窪みがあり、そこに猫の絵が刻まれている。
貨幣に比べると少し重く、素材は見て触ってもよく分からない。
「どうだい? 魔導石っぽいかい?」
「……ちょっと判断出来そうにないです。ただ、貨幣とは明らかに違ううえ、猫の絵が刻まれているのでもしかすれば――」
「そうかい。あたしには必要のないものだし、トージが持っていきなよ」
「いいんですか?」
「猫の絵という時点で人狼族には不要なものさ」
それもそうか。
「それでは……預からせていただきます」
「いや、あんたのものでいいよ」
「そういうことでしたら」
思わぬ場所で手に入った魔導石らしき石。
しかしそれが魔導石なのかどうか、俺には判別出来そうにない。サシャさんの依頼も終えたので一度アイゼルクラスに戻り、魔導師ルーナと連絡すれば何か分かるかもしれない。
そうと決まればお別れをしなければ。
「ええと、サシャさん。今回は取引していただいてありがとうございました。可愛い子どもたちとも触れ合えて嬉しかったです。また機会がありましたら、その時はよろしくお願いします!」
「アハハハッ! それがトージが目指す商人の姿かい?」
なぜかサシャさんにバンバンと肩を叩かれながら笑われている。
なんかおかしいことを言っただろうか?
「えっ?」
「やめなよ、面倒くさい。これからも取引するんだったら、もっと気楽に話しなよ! それともそれが人間同士の挨拶? あたしは人間じゃないからもっと親しみやすいほうが気が楽さ」
「でも……失礼のないようにした方が円滑に」
「あんたが決めればいいだけだが、それは貴族だとか面倒そうな人間相手だけにしとけばいいさ。あたしには気楽にしておくれよ」
ううむ、俺にとってもその方が楽ではあるが、もしかしたらこの世界ではそうした方がいいかもしれないな。
「じゃあ……えっと今後とも、ムギヤマ商会を御贔屓に!」
「ああ、よろしく頼むよ」




