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第1話 猫カフェでもふもふしてたら異世界招かれた

 初めのうちは膝に自主的に乗ってくる子はいなかったけれど、撫でて撫でてーって頭をすりすり、ぐりぐりとしてくる子は最初からいた。


 仕事の疲れを癒されにきている俺にそんなにサービスしていただいていいんですか?


 ……そう思いながら、通うこと数か月。


 今では一番人気で目つきが鋭く、美人猫であるトラ猫のコムギさんにすっかり夢中になっていた。コムギさんも俺に心を許して完全に家猫のような甘えっぷり。


「ウニャ~」

「うんうん、いい子だね」


 もふもふタイムは猫が許す限り堪能出来るシステム。


 猫吸いをしたり、ただ見つめるだけだったり、こっちが寝そべっているところに抱きついてきたり――などなど、たとえ独身おじさんキモいと世間に呼ばれても、猫が許してくれる限り俺は今日も頑張れる。


「麦山さん。そろそろお時間ですよ~」

「……って、あ! もしかして時間オーバーでした?」


 女性スタッフさんに声をかけられ、落ち着いて周りを見ると見事に俺一人だけになっていた。コムギさん以外の猫さんたちは自由に壁際スペースや、キャットウォークをのびのびと歩いている。


「いいえ、今日は他のお客様が早くに帰られたので、麦山さんただおひとりになってしまっただけなんですよ」


 猫カフェの利用時間は自分で管理、帰る時にはスタッフさんに声をかけ、最後に会計を済ませる――これが一連の流れ。


 帰り際になると、スタッフさんとともに猫さんがお見送りしてくれる。


「そ、そうでしたか。では俺もそろそろ帰りますね」

「――あ、麦山さん」

「はい?」

「すみません、ほんの数分でいいのですが猫たちをここで見守っていただけないでしょうか?」

「ええ、数分なら構いませんよ」


 スタッフさんも人間だ。少しだけ席を外したいときもあるだろう。


「助かります! 本来なら駄目なのですが、麦山さんは上級者ですし猫たちも信頼していますので安心です」

「いえ、そんな」


 そう言われるとかなり照れる。


「では、会員証にスタンプを押しておきますね」


麦山むぎやま 湯治とうじ様 会員証】と記載されたカードを提示して、猫猫スタンプを貰ったところで、スタッフさんが外へと急いで出て行った。


 よほど急ぎの用事だったんだな。


 俺が暮らしている地区は、俺が商売に使っているキッチンカーの主戦場。俺以外にも、多数のキッチンカーが動き回っている。


 バラエティ豊かなキッチンカーが練り歩いていることもあって、時々女性のお客様が買いに来たりする。


 おそらくスタッフさんもその関係だろう。


 ……さて、と。猫さんたちは基本的に自由にしているわけだが、俺に懐いているコムギさんは、スタッフさんと話している時からずっと足にくっついている。


「コムギさん、ご機嫌ですね」

「ウニャウニャ」


 コムギさんに話しかけると、他の猫たちがくつろぐスペースから離れ、彼女は自由に歩ける細長いキャットウォークがある廊下を歩きだした。


 ここの猫カフェは奥行きのあるビルにあって、歩き回る猫たちにとってはとても環境がいい場所だったりする。


「……え? どこへ行くんです?」

「ウニャッ!」

「え、手招き? 俺をどこかに案内してくれるんですか?」


 コムギさんは後ろからついて歩く俺に何度も目を細め、嬉しそうに尻尾をぶんぶんと動かしている。そんな俺に対し、コムギさんはじっと見ながらどこか秘密の場所に招こうとしているような、そんな歩き方だ。


 しかしどこまでも奥に行けるでもないので、そろそろ行き止まりになる――そう思っていたら、コムギさんはいきなり俺の顔をめがけて突進してきた。


「う、うわっ!?」

「ウニャウニャウニャゥ~」

「もふぅ……コムギさん、大胆だなぁ」


 これは思わぬご褒美タイム。


 でも、全く前が見えないし、足下に何があるのかさえ判断出来ない。ここは興奮を抑えて、落ち着いてコムギさんを顔から引き離すことにした。


「コムギさん名残惜しいけど、離しますよ?」

「………」


 コムギさんの返事がない――もしかしたらスタッフさんが戻ってきたかもしれないな。この隙に俺はひとまずもふ状態から解放された。


 目元に残る猫毛を軽く払い、ゆっくりと目を開けると――


「――って、あれっ!?」


 そこは猫カフェのビルの中ではなく、どこかの農村にあるような無人の厩舎だった。


 馬小屋の厩舎っぽいけど、いったいなぜこの場所に?


 まさかコムギさんに招かれた?


 いやいや、まさか。


「ウニャ!」

「あっ、コムギさん! 良かった、コムギさんも一緒だったんだ」


 コムギさんがいるのはいいとしても、どこなんだろうここは。まずは外に出て、それから決めないと。


 コムギさんはウニャウニャ言いながら、機嫌よく俺についてきてる。俺は気を付けながらひと気のない厩舎から外へ出た。


「……見事に農村。しかも、見たことない動物が歩いてる。え、まさかだけど、異世界にでも招かれてしまった?」


 思わず足下にいるコムギさんを見るも、


「ウニャ?」

「……ですよねぇ」


 言葉が分からないから訊くことも出来ないわけで。今すぐどうこうできるでもなさそうな俺は、コムギさんがそばにいながらその場にへたり込んでしまった。


「ウニャ~……?」


 多分慰めてくれようとしてくれている。


 だけど、ポジティブに考えればこのトラ猫さんはお気に入りの人間と一緒にいるために異なる世界に招いて色々合わせようとしてくれているみたいだし、俺が落ち込む必要はないよな。


「コムギさん。大丈夫! 俺はちゃんと生きていけるよ!」

「ウニャ」


 訳も分からず異世界に招かれたけど、まずは話せる人を探そう。


 コムギさんを連れてなら、きっとどこにだって行ける。

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