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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第二章 トマソンの村
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ロナという少女

どこか気まずい雰囲気で、食事を終えて。


とりあえず村長の家に向かったのはいいけれども、並んで歩きながら、お互いに口を開くことはなかった。


別に、話がしたくないわけじゃないんだけど。

なんとなく、なんとなく、話題が見つからない。


村の道は舗装されていない。そもそも、私は、この世界の道が舗装されているのかどうかを知らない。

私が知るのは、森と村だけ。この広いであろう世界の中で、私の「世界」は、とても狭い。

だけど、これが精一杯。これ以上を受け入れるキャパシティは、私にはない。


――意外といっぱいいっぱいなのかなぁ。


思わずため息が漏れる。


ちらり、ちらりと、先ほどからカインがこちらを伺っているのがわかる。


彼もなにかを話そうと思いながらも、口を開いては閉じて、と、言葉が出ないようで。


――気にしないでいいのに。


普通に話せばいい。

なんて、気楽に思ってみるけれど。


しゃべれないのは私も一緒、か。


黙ったまま、二人ならんであるいて。


やがて、村の奥の、大きなお屋敷にたどり着く。

レンガ造りのその家は、他の家に比べてどこか垢抜けている。


村長の家。


あまりこの家、得意じゃない。


思わず立ち止まれば、それに気づいてカインが振り返る。


「……ミオ?」


「いえ……なんでもない。いきましょう」



この家の使用人達は、私の事を嫌っている。

嫌っているのか異質だと拒否しているのか――なんにせよ、必要最低限の礼儀で、私とカインは、応接間の隣の小さな部屋に通される。


応接間に通されることはない。

おそらくこれが、村長の無言の主張。――客ではない、という意思表示。


おじいさんが生きていたころは、こんなことはなかった。

応接間に通されて、村長もおじいさんに、ある種の敬意を表していた。

私一人になってからは、ほとんど関わることがなくなっていたのだけれど。



カインの眉根が寄っている。おそらく、カインだけなら応接間に通されたことだろう。

そして。彼はなぜ、村長がここに私を通しているのか、その理由に行き着いて、そして憤っている。


――気にすること、ないのに。

――カインが怒ることでも、ないのに。



村長も、そこまで酷くこだわってるわけではない。当たり前の感情。小娘一人。しかも異質な存在。

それだけのことなのだ。それだけのことでしか、ないのだ。



またされることしばし。


特にしゃべることもなくぼんやりと室内を眺めていれば、やがてばたん、と大きな音を立てて扉が開いた。




「ミーオ。お久しぶりね」


「……ロナ」


豊かな赤い髪。きらりと輝く、緑の瞳。私より年下だけれど、年上にしか見えない、美しい少女が一人、たっていた。少し釣り気味の目は、どこか挑戦的で、口元に浮かぶ微笑も、それを助長している。


ロナ・ベルン。村長であるベルンの家の一人娘であり――カインの婚約者候補。


「カインもお久しぶり。……ミーオと一緒とは、思わなかったわ」


笑みを含んだ言葉は、どこか軽い当て擦りが混じる。

それはそうかもしれない。だって同じ村に住んでいて――久しぶり、なんて。そんなに会っていないのだろうか? まぁ、カインがシュトレックの街とこの村を往復していることを考えれば、ありうることなのだけれど。

――それに。よく考えたら、カインが村長の家にまで、私についてくることはなかったように思う。なんとなく一緒に来たけれど……どうなんだろう。気になってちらり、と、視線をカインに、ロナにと、交互に向ける。


苦々しい表情で、カインはロナをみていた。そのままロナへと視線を向ければ。

こちらをみていたロナが、ふ、と、どこか、しょうがない、というような笑みを、漏らして。


「お父様は、もう少ししたら来るわ。――ごめんなさいね」


申し訳なさそうに告げられる。

待つことくらい、たいしたことはない。そういうつもりで、小さく笑みを浮かべたまま、首を振って見せた。


「……ロナ」


カインが低い声で、ロナを呼ぶ。

一瞬、ロナは、はっとしたようにカインをみやり、それから、どこか苦しそうにすら見えた表情を、一瞬で艶やかな笑みへと塗り替えた。


「そうだ、ミーオ、今回のサシェは?」


話を切り替えるように、空気を変えるように、ロナは明るい声をあげる。


「ええ、カインの店に卸したわ。シュトレックの街にもっていく前に見せて貰って」


「そう、ああ、楽しみ。私大好きなのよ、ミーオのサシェ」


あまりに嬉しそうにいうものだから、驚いてしまう。

この村の娘さんたちが、私のサシェを気に入ってくれているのは知っていた。

けれどそこまで楽しみにしてもらってるとなると、面映いような申し訳ないような気がしてしまうのは、私が小心者だからだろうか。


歩み寄ってきたロナが、キラキラと緑の目を輝かせながら聞いてくる。


「今回はどんな香りなの? 甘いの? さわやかなの?」


「え、えっと。甘酸っぱい感じの香りができたわ。――ロナに、合うかもしれないわね」


「そう! ミーオのサシェを忍ばせておくと、なんだかほっとするのよ。服を入れておく所に一緒にしまっておくと、ほんのり香りが移って、服を着るのが楽しみになるの」


娘らしい笑顔に、嬉しくなる。

この少女も、私を異質と扱わない。否、異質であることを認めた上で、私の存在を認めてくれる。

――思うところは多々あるだろうに。


この村で、私が娘さんたちに、完全排除されない理由は、そのリーダー格である彼女が、こうして私のサシェを気に入ってくれているから、そして私をどんな形であれ受け入れてくれているから、であることが大きいかもしれない。


「……ありがとう」


少しだけ照れくさい気分で告げれば、彼女は満面の笑みで微笑んでくれる。


――少しだけ、気のせいかもしれないけれど、その瞳が揺れていた。


その理由なんて、わからない。もしかしたら、どこかで私は理解していたのかもしれないけれど、わからないふりをした、のかもしれない。




カインが、じっと、私達を見ていた。










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