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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第二章 トマソンの村
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異質であること


食堂は、昼過ぎということもあってか、すでに人がまばらだった。


人が少ないこともあるし、食事だからと、目立たない位置を選んで腰掛け、フードをはずした。


さらり、と、黒髪が肩をすべる。


それを視界に入れると、自分がやはり日本人なんだという想いと――この世界とは異なる存在なんだという想いが、心を占める。

ひとつため息を付いて、髪を背に流す。


村の中を歩くときや外にいるとき、私は必ずフードを被る。

別にこの髪を嫌っているわけじゃない。みられたからといって、異質呼ばわりされても、本当はかまわない。

だって異質なのは事実。他の人と異なっていることは、本当。


この世界には、黒の髪も黒に近いような濃い瞳の色も、存在しない。

赤や緑や、私からすればどこか奇抜に見える色も、この世界には存在するくせに、私の持つ色彩は存在しないらしい。――広い広い世界、もしかするとどこかには、あるのかもしれないけれど、少なくとも一般的には、この私の生きる狭い周囲には、存在し得ない色、らしい。


だから、この世界の人が、この髪色を、瞳を、異質だと思うのは当たり前のことで。

もっと違う色ならまだしも――黒は闇の色。

さすがに魔の色、とまでは言われないけれども、清らかな白と反対の、そんな色、だから。


この髪をみて、この目をみて、不安や恐れを抱く人が少なからずいる中で、わざわざそれを大っぴらにひけらかすことで、意味なく回りに不快感を与えることは、不本意で。


ならば、円滑な生活を送るためにも、隠しておく方が、逆に不都合がない。




と。


じっとカインがこちらを見ているのに気づく。

視線が髪に向いているような気がして、ふと想いついて。


「見苦しい?」


片手にひとふさ、黒髪をとって問いかける。

ゆらゆらと、猫じゃらしのように揺らしてみる。


黒髪。私としては、結構お気に入りのこの髪。

高校にはいってから、染める子やパーマかける子もいたけど、私は手を入れなかった。

この髪が好きで、この髪を好きだといってくれる人もいて。

ああ、肩より少し短い位でまっすぐ切りそろえていたのが、もうこんなに伸びた。


否応なしに、こんなとき、時間の流れを感じる。


少し感慨にふけっていると。


唐突な問いに驚いたように、彼はひとつ瞬いて。

やがて、ゆるり、と首を振った。


「いや――とても綺麗だと思う」


真摯な声音。


今度は私が、瞬いてしまう。


「あ……ありがと、う?」


返ってきた声の響きに、戸惑う。少しばかり声が上擦ってしまう。

軽く、何の気なしに聞いたつもりなのに。そのまっすぐな目と彼の声は、真剣そのもので。

戸惑いすぎて、どう話を続けていいのか困ってしまう。


だって――真っ黒、だよ。

だって――ここでは、気持ち悪いって、いわれた、色だよ。


困っているのがわかったのか、彼はふっと軽やかに微笑んで。


「どういたしまして。さて、食事はお勧めでいいかな」


頷くと、彼は女将さんに、料理を頼んでくれた。




村唯一の食堂兼酒場は、女将さん一人できりもりしている。

時折、近くの娘さんたちが、手伝いにくるらしいけれど、料理も接客も、基本女将さん一人。

料理は野草料理や香草料理が名物で、自慢じゃないけれど私も一部お手伝いさせてもらっている。


香草は上手く使えば、料理の臭みけしにもなるし、スパイスにもなる。


「おまたせ。ミーオの教えてくれたドレッシングは、とても人気よ」


にこにこと微笑みながら、少しだけ恰幅のいい、穏やかに微笑みを浮かべた女将さんが料理を持ってきてくれる。


彼女は優しい。彼女は私を異質とみない。――どこか、私を娘のようにみていてくれる。

昔からそうだ。ダロス老に付いて訪れた私の服装は、昔、酷いものだった。清潔ではあるけれど、娘が着るにはどうなのか、というような、洗いざらしの貫頭衣のような形で――それをみた女将さんは、憤慨し、知り合いの娘さんからお下がりをもらってくれるようになったり、時には自分で縫ったというシンプルながらもかわいい色合いの服を、渡してくれるようになった。


「うん、今日の服もかわいいじゃあないの。娘らしくていいねぇ」


うんうん、と、満足そうに私を眺めて、頷く。少し気恥ずかしく感じながらも、ありがとう、と、お礼を言えば、軽く頭をひと撫でしてから、仕事に戻っていった。


――そんなささやかな触れ合いが、とても嬉しくて。





たっぷりと野菜の入ったシチューと、サラダとパン。サラダにはこの季節に取れる香草がたっぷりと入ってる。

少し甘酸っぱいドレッシングが、香草の強めの苦味と合っていて、とても美味しい。

どちらかと肉を好まない私の食事事情を考慮して、頼まれた料理はとても優しい味がする。


「本当は、肉を食べたほうがいいと思うんだけれどね。――君は細すぎる」


食事をとりながら、カインが苦笑いする。


細いというほど細くないと思うのだけど。思わず目の前に手首をかざして眺めてしまう。


確かに、こちらの世界にきてから、ほとんど肉を食べなくなって、食生活のせいか、元の世界で苦しんだダイエットなんてものとは、無縁の生活になった。

でも、細すぎる、というほど細くはない。


「うーん、普通だと思うわ。まあ、これ以上痩せようとか、思わないけれど」


「それ以上痩せたら倒れてしまうよ」


何を馬鹿なことを、といわんばかりに反論されてしまう。


「そんなに軟弱じゃないよ。毎日働いてるんだし」


森の生活は、結構ハードなのだ。3年の間に、かなり体力はアップしている。半日程度は森の中をあるいていられる位には。


「それでも、しっかり食べて。――心配、なんだ」


じっと見詰められて、視線がゆれる。

その目、苦手だ。じっと見透かすような――奥底に、なにか熱がこもるような。




誰かを、思い出してしまうから。

思い出しても仕方のない、人、を。


遠く、忘れた、離れた、切り離された、人、を。


つきん、と、頭が痛む。

いけない、よくない傾向だ。





ひとつ頭を振ることで振り払って。




私は微笑む。




「ありがとう。――さ、食事をすませて、村長さんの所にいって、用事終わらせましょう」




そして、また森に帰るのだ。


悩みのない、穏やかな、あの森に。


じっと見詰める視線なんて、いらないのだから。


そんな、どこか痛ましそうに私を見る視線なんて、必要ないのだから。



私は静かに視線を逸らし、料理へと専念したのだった。



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