ロシェの家
森の家から、ゆっくりと歩いて、2時間半。
太陽がちょうど真上に近くなるころ、トマソンの村へとたどりついた。
カインの家でもある雑貨屋へ向かう道すがら、そういえば、と、彼が思い出したように呟いた。
「村長が、顔を出すようにといっていたよ。――なにか話があるようだった」
村長。ちょっと嫌だな、と思ってしまった。悪い人ではないんだろうけれど、ミオが村にあまり頻繁に出入りすることを好まないからか、それを露骨に表にだしてくる。
話ってなんだろう。もっと来る回数を減らせってことだろうか――それもいいかもしれない。
黙りこんでしまったミオに、カインが少し困ったように笑った。
「まぁ、買い物をして、食事でもして、帰る前で構わないと思うよ。そうそう、食堂の女将さんも、顔をみたいといってたな」
「――女将さん、元気?」
「ああ、相変わらず。香草料理と野草料理を極めつつあるらしいよ」
村唯一の食堂兼酒場の、穏やかに微笑む彼女の顔が浮かんで、思わず表情が緩む。
「そう。じゃあ――まずはカインの家で仕事を済ませてから、食事にいくわ」
「ああ、それがいい」
カインの家、ロシェ家は、村の中央近くにある雑貨屋である。
ゆっくりと街を横切ると、道端で遊ぶ子供達がいた。
「あ、カイン兄だー」
「うわ、魔女もいるー」
「わー、魔女だぁー」
「……やめなさい、お前達」
子供達は素直だ。自分達と異質な物に、素直に拒否を示す。思わず苦笑いを浮かべていると、渋い顔をしたカインが、いつになく強い口調で子供達を諭す。
「カイン、気にしてないから」
「ああ、でも――」
「うわー、魔女怖い、にげろー」
「にげろー」
子供達の軽やかな笑い声が響く。
魔女、だなんて。なんて幼い言葉だろう。異質を表現するのになんて相応しい。
思わずくすくすと小さな笑いを漏らせば、カインが深々とため息を漏らした。
「君は――」
言いよどむ様子が、さらにおかしくて、ふっと笑みを深めてしまう。
「いいのよ。私は魔女ではないけれど、異質なんだから」
そう。
私は、この世界の生き物ではないのだから。
だから、そんな顔をしなくてもいいのだ。
どこか、辛そうな表情のカインに、静かに笑いかけた。
扉を開けば、からーんとのどかなドアベルの音がした。
このドアベルは、商売をしている家には必ず付いている。
それは、酪農でミルクを売るところであったり、農作物を売る家であったり、食堂であったりするのだけれど、それぞれが少しずつ音が違っていて、その音で店の種類を表すらしい。
雑貨屋であるロシェ家は、いうなればスーパーに近いのかもしれない。
村の産物である野菜から酪農製品から、蜂蜜に生活雑貨、ありとあらゆるものがこの店に集まる。
集まった物は村で販売したり、街にもっていったりするわけだ。
ちなみに今は、村の店でカインの父が商いをし、長男であるカインの兄は、シュトレックの街にある小さな支店で商いをしている。故に、この村に住むのはカインとその父だけである。
「やあ、ミーオ。よくきたね」
好々爺といった風情のロシェ家当主は、穏やかに微笑みながらミオを迎えてくれた。
「こんにちは、ご当主。今日はサシェと香草・薬草を持ってまいりました」
店の奥に通されて、やっとフードをはずすと、丁寧にお辞儀をする。
促されるままテーブルに付くと、傍らの大き目の籠から、品を取り出す。
出てくるのは、四葉の刺繍の施されたサシェ数種類と、乾燥し布にくるまれたよく使う薬草や香草数種類に、春にしかとれない貴重な薬草をいくつか。
取り出したそれを、当主とカインが、二人がかりで手にとっては、確認するように頷く様をみながら、最後に籠から、小さな包みを取り出した。
「――それは?」
目ざとく認めたカインが聞くのに、笑いながら開いてみせる。
中からでてきたのは、香草のクッキー。
「ほお、焼き菓子かね」
甘い物を好む当主が、目を細めるのに頷いて、そっと差し出す。
「香草入りの焼き菓子です。よろしければどうぞ」
「ありがたい。しかし香草入りは珍しい。後でいただこう」
頷いて籠を片付ければ、当主とカインが取引の手はずの相談をし始める。
「では、サシェと香草の一部は、私が街で売ってくるということで」
「ああ、そうしてくれ。後はそうだな、この薬草も街の方がいいだろう」
「わかりました――それで、ミオ、今日必要な物は?」
話を終えてこちらに視線を向けたカインに、必要な物をいくつか告げる。
頷きながら聞いていた彼は、計算しているのかざっと視線を巡らせる。
「では、差し引きの残りのお金を渡そう。物はかえりまでにそろえて置くから。じゃあ、父さん、食事にいってくるよ」
頷く当主にお礼を告げると、カインに促されるまま、ロシェの家を後にした。