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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第八章 想いの行方
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――ロナの祈り


「――ロナ」


静かに語りかけてくるカインの声に、すぐに振り返りたい思いを抑えこんで、まっすぐに誰もいない正面を見据える。

決意したのに。私が望むことは、ただ一つのはずなのに。

それなのに、彼の声を聞くだけで揺らぐ。結局は私も、そこらにいる女でしかないのだろうか。


――幸せになってほしかった。


カインと縁付くことが出来れば、彼女は文字通り、この村の一員となる。多少の摩擦は起こるだろうけれど、私という存在と、カインの立場とを合わせれば、この村で生きるためには充分な後ろ盾になる、はずだった。

それが最良だと、私は信じた。私は願った。


――ほんとうに?


私が願うのは、彼女の幸せ。


それだけの、はず、なのに。



「ロナ」


ぐ、と、肩に手を置かれて力づくで振り返らせられる。

驚いてみれば、どこか怒ったような、今までみたことないほどに真剣な表情のカインが、いて。


「……なによ、ミーオを行かせてしまったくせに」


唇からこぼれるのは、どこか弱々しい憎まれ口でしか、なくて。


視線も合わせられず、そっと、そらすことしか出来なかった。


「ああ、それが彼女の幸せだと思ったからな」


淡々と紡がれる言葉に、カッと頭に血が上る。幸せ? あの森でひとりで生きることが? この閉鎖的な場所で、ひとりで生きることが、周囲に組み込まれないことがどれほど大変なことか、カインにだってわかるはず。それなのにそれを幸せだというの?


「――そんなわけ、ないじゃない!」


肩に触れていた手を振り払う。そんなわけがない。村の一員として、ひとりの女性として幸せになってほしかった。それが、そう、それが最善だと思っていた。


「そんなわけ、あるだろう。彼女は、この村では、生きられない。彼女自身が、それを望まない。彼女は、俺の妻となっても幸せになれない。彼女にはレイルがいて、そして――」


まっすぐな、カインの視線。熱を伴う、その視線を、今まで、これまで、どれほどに求めただろう。諦めた途端に向けられて、けれどそれでもどこか心の奥で嬉しいと思う自分の愚かさに、苦しくなる。


いつも彼をみていた。

けれど、彼は私に優しかったけれど、私を見てはくれなかった。

だから、諦めた。諦めなければならない、と、そう思ったのに。


聞いてはいけない。


聞きたい。


聞きたくない。


聞かせて。


聞かせないで。


その先の言葉への期待と、けれどそれを聞きたくないと思うこころと、その両方が胸の中で渦巻く。


真っ直ぐな視線。逃れようとすれば、逃さないとばかりに引き寄せられ、視線を合わせられる。



「ロナ。俺は、君を愛してる」



まっすぐに向けられたその言葉を、素直に信じることができたならば。


喜びに打ち震える胸の中に、けれど彼のいままでの行動や、振り向いてもらえなかった時に流した涙が、浮かんでは消える。


「……信じられないの」


ぽつり、と、こぼした言葉に、カインは切なそうにけれど、柔らかに笑った。


「信じてもらえるように、頑張るだけだ」


「――バカ。カインは、本当は、馬鹿なんでしょうっ」


たまらなくて、そう小さく叫ぶ。振り払おうとした体は、更に強く抱きしめられて。

低く笑う、カインの声が、触れ合った体を通して、伝わってくる。


「ああ、そうだな。俺は、ほんとに馬鹿だ」


ずっと、そばにいてくれたのに、と。


囁かれた言葉は、かすれていて。僅かに震える彼の体に気づいてしまえば、もう逃れようなんて思えなくて。


――それでも、すぐには信じられないから。

――ずっと、見ていただけの相手。求めて決められていても、そばにいても手が届かないと思っていた相手。


大きく息を吸う。そして、そっと、カインの体をおして隙間を作る。


そして、見上げる。切なく眉を寄せ、どこかへたりと眉をたれさせた、情けない顔のカインに、微笑む。そう、私の出来る、最大限の笑顔を浮かべて、挑戦的に彼をみつめる。


「――信じて欲しいのなら、結果を出して頂戴。私は、ひとりでも生きていけるようにやっていってみせるわ。ミーオに負けられないから」


驚いたようなカインの表情が、やがて、困ったようなけれど優しい笑顔に変わる。


「ああ。――必ず」



それは決められたことだと思ってた。

幼い頃から近くにいて、一緒になるのだと言い聞かされて。

私はそれを、何も疑わず、まっすぐに彼を思い慕い続けてきた。


ひとりの娘として。


彼の妻となる人間として。


だけど、そう、けれど。


私はその前に、ひとりの人間で、この村の長の娘で、私に出来ること、私にしか出来ることがあるのだと、知ってしまったから。


ただ、彼の愛を待つだけの存在に、彼に愛されることだけを望む存在では、居られないから。


私は、祈る。ただひたすらに、祈る。


――どうか、ミーオが幸せでありますように。


私に、私であることを教えてくれた彼女が、誰よりも幸せであるように、と、ただひたすらに祈る。


祈ることしか出来ない、けれど。


窓の外、遠く広がる青空のすみに、穏やかに光る森が見えて。


私はそっと、まぶたを閉じる。



――素直になって、と。


彼女にかけたその言葉が、自らに返って来ている現状に小さく笑みが浮かぶ。


「カイン」


そっと名を呼ぶ。


視線を上げれば、穏やかな彼の顔。


小さく告げた言葉は、彼の耳にの見届いて。


ふわりと笑む彼の顔に、私は、幸せな気持ちを覚えるのだった。







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