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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第八章 想いの行方
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連なる思い

そういえば、宿に泊まるのは初めてのことだった、と、気づいたのは朝だった。


改めて朝日の差しこむ部屋で、ベッドを撫でてみる。柔らかい。森の家での住環境は、頑張ったかいがあってそれなりに良い物にはなっているけれど、たとえ小さな村とはいえ、宿のベッドは森の家のそれよりはかなりいい。

羽毛を集めたり、綿花のような草を栽培して増やしたりと、工夫はしているけれど、まだまだ改良の余地はありそうだ。


そっとベッドを降りて、窓の外を眺める。


村ではすでに、人々が昨日の様子が嘘のように、朝早くから働いている。


そういえば森の植物や動物はどうなってるだろうか。気になるとすごく気になり始めて、焦ってしまう。


――早めに森に帰ろう。


ひとり、うん、と、頷いて、急いで着替えるのだった。



宿の一階は一応宿の食堂ということになっている。といっても、本当に小さな村の宿なので、元の世界で言えば自宅でやっている民宿、といった感じだろうか、家族の台所も一緒になっているような感じの場所だ。階段を降りてそこにいけば、すでにレイルがいた。


「おはよう」


「ああ。おはよう」


向かいに座りながら、声を交わす。当たり前の挨拶。やってきた宿のおばさんが料理を出してくれる。朝ごはんをいただきながら、レイルに告げる。


「森に、帰ろうと思う」


――だから、たぶん、これでお別れ。


「そうか」


返事は、ただ、それだけだった。


「うん」


それきり会話は途切れて。静かに時は流れて行った。



「え、もう帰るの! 嘘でしょう!」


驚いたようにロナが言う。隣にいるカインも、どことなく驚いた表情で。


「ええ、家を放ったらかしにしてたわけだし。気になりだしたら止まらなくて」


本当なら、辺境伯のもとに行く前に一度、家に戻りたかったけれど、それどころじゃなかったから。

今更といえばいまさらだけど、と、苦く笑えば、ロナが焦ったように腕を掴む。


「もう少しいなさいよ。いえ、そうだわ、村に住むといいのよ」


常にない言い方に、疑問に思いながらも首を振る。


「私は、森が家だから。お爺さんの残してくれたあの場所で、暮らしたいの」


「でも。でもっ。ほら、カイン! 貴方も何かいってよ!」


おろおろと私を見ていたロナは、カインへと話をふる。


「でもロナ。ミーオの気持ちも尊重しないと」


「なにいってるのよ! ミーオが森に戻ったら、またなかなか会えなくなるじゃない! あなた、ミーオのこと好きなんでしょう」


その時の私の表情は、どんなものだっただろうか。

確かに、カインから私への好意を、感じなかったといえば嘘になる。おそらく、一時的にカインは、私に恋慕の情に似たものを抱いていただろう。でも。


――でも、それは恋慕じゃなかった、はずだ。


目を見開く私の前で、同じく驚いたように目を見開いたカインは、しかしすぐに表情を険しくした。


「ロナ」


短く名を呼ぶ。はっ、と、我に返ったような様子のロナが、自分の口にした言葉に気づいて、手を口に当てた。


深く深く、カインが息をつく。


「ロナ。確かに、ああ、確かに、一時期俺はミーオをみていたさ。森に、入っては行けない森に、ひとりで乗り込んでいくくらいには、ミーオを気にしていた」


ゆっくりと、紡がれる言葉。ロナの視線が、わずかに揺らぐ。自分でも解っていたことだけれど、そのことをカインの口から告げられたことで、何か思うことでもあったのか。けれど彼女は、ぐっ、と、唇を引き結んだあと、顔を上げて微笑みを浮かべた。見てるほうが辛くなるほど、綺麗な笑みだった。


「でしょう? カインがしっかりミーオを守ってあげなさいよ。そうすればきっと……」


「ロナ!」


流れるように紡がれた言葉は、途中で途切れた。カインが短く告げ、ロナの手を引く。正面から向きあうようになったカインに、ロナがどこか狼狽えたように視線をそらす。


「ロナ。わかってるんだろう。ミーオには、レイルがいる。そして。そして――情けないことだけど、俺がミーオに向けていたのは、庇護欲であって恋じゃなかったこと、だって」


ぐっ、と、ロナが詰まったように唇を噛み締めた。わずかに震えるロナを、視線を合わそうとしないロナに、必死にカインが言葉を紡ぐ。


「ロナ。なぁ、ミーオは、大丈夫だ。レイルがいる。それに、ロナだって、いるじゃないか。無理に村の誰かと縁付かなくとも、ちゃんと受け入れられる。それに、ミーオは、強い。俺たちが思う以上に、強い。――そして、もし何かあっても、レイルが、俺達が、他の村の人間がささえていけばいいじゃないか」


――そんなことを、彼女は思っていたのか。


驚いたように横で目をみはる私を、一度ちらりとみたロナは、気まずそうに視線をそらす。――優しい人。多少思い込みが激しいところもある、押しの強いところもある。でも。とっても優しい人。


「ロナ」


そっと、名前を呼ぶ。びくり、と、震えたロナは、恐る恐る視線をこちらへと向けた。


「ミーオ……」


それきり何も言えない彼女に、私は微笑んだ。


「ありがとう。その気持ち、すごく嬉しい」


ロナは、泣きそうに顔を歪め、それから、何度も頷いて。


「よけいなこと、って、わかってたの。わかってたけど、でも、でも――」


幸せになって、ほしかったの。


ぽつり、と、こぼれ落ちたその言葉は、掠れて小さかったけれど、とても優しくて暖かく響いた。


「――うん、ありがとう。でも、ロナ?」


そういって、そっとレイルの手を押し離れる。引き止められることなくそのまま、数歩、ロナへと歩み寄る。


不思議そうなロナを、カインがそっと支えて、少し距離をおく。


「な、なぁに、ミーオ」


「うん。ロナ、あのね。ロナが私の幸せを願ってくれるのと同じくらい、私も、ロナには幸せになって欲しいんだ。だから――素直になって、ね?」


約束、と、まっすぐに見つめれば、狼狽えたように視線を揺らすロナ。そして、ちらり、と、カインに視線を向けたあと、静かにひとつ、うなづいてくれた。


ふっ、と、息をつく。浮かぶのは、笑顔。ああ、最近、幸せな気分で笑顔を浮かべられることが増えた気がする。――それって、なんて幸せなことなんだろう。


「じゃあ、カイン、あとはよろしく、ね。」


「ああ、すまなかった」


首を振る。すまなかった、じゃない、謝られるようなことは、何もない。


「あやるようなことは、なにもないでしょ」


カインが、頷く。そして。


「そうだな。ありがとう、ミーオ。――森の娘」


思わず苦笑を浮かべながら、私は、静かにうなづいたのだった。



――きっと、二人はうまくゆく。彼と彼女が、どうするのかは、彼女たちの問題。


森への道は、これから少しずつ開かれる。そして、私もまた、以前よりは村に出てくることが増えるだろう。


彼女たちのこれからが、どうなるのか、も、その時に知ることが出来るだろう。


それはきっと、幸せな選択に違いない、と、ひとり想うのだった。


「じゃあ、いくわ」


最小限の荷物を手に、そう告げる。


「ええ――ミーオ、また、ね」


そう告げるロナに、頷いていれば、すっとその荷物をレイルに取り上げられ、彼は先に出ていく。


え、どうして、と、思いながら、バタバタと挨拶をかわして後を追う私に、ロナが声をかける。


「ミーオ! あなたも、あなたも素直になって。幸せになるのよ!」


閉まる扉の向こうのロナに、頷いて。私は急いで、レイルを追いかけた。


――素直に、なる。


その言葉の意味を、考えながら。


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