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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第八章 想いの行方
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彼の思い

ひと通り周囲との会話をすませ、それぞれの場所へとわかれる。

ふう、と、息をつき、女将さんが用意してくれた料理に舌鼓を打つ。

傍らには、ごく当たり前のように、レイルがいて。

そのことに不満そうだったロナも、女の子たちに呼ばれて、そちらの方へ移動していった。


ざわざわとした喧騒が、今日はなぜか心地よい。

森の静寂をこの上なく愛している私だけれど、それでも、この空気は嫌じゃないな、と、思いながら、静かに料理を片付ける。


おいしいものは、心を解してくれる。

幸せだな、と、思っていた時だった。


「ロナ、程々にしたほうがいい。まだ完全じゃないんだから」


聞こえた声に視線を向ければ、ロナの傍らにカインがいた。楽しげに会話をしている彼女に、心配そうに声をかけるカインは、なんだかちょっと変わった気がした。みるともなく見ていれば、大丈夫だと返すロナに更に言い募っているらしく、それに律儀に返答していたようだったけれど、次第にロナの眉間の皺が深くなり、挙句、ぷちっと音がした気がした。


「もう! 大丈夫だって言ってるじゃないの! ちょっとうっとおしいわよ!」


「……うっとおしい」


がーん、という書き文字が見えそうな勢いでショックを受けた様子のカインに、ロナはふん、と、鼻を鳴らしてから、また女の子たちとの会話に戻っていく。カインは、しばらくそこでまた話しかけたそうにしていたけれど、きっかけを掴めなかったのか、とぼとぼと壁際に歩いて行く姿があって、私は首をかしげる。


「――なにかあったようだな」


視線を向ければ、どこか楽しげな様子のレイルが、こちらを見ていて。


「ええ。カインもだけど、ロナも、いつもと違うわよね?」


ロナは、もっと、こう、カインに対して、女性らしい対応をしていたはずだ。カインを立てて、婚約者候補のひとりとして、親愛を示して穏やかに会話していたはずで。今までであれば、うっとおしいなどという言葉がロナの口から出ることもなかっただろうし、カインを優先しないということも、考えられない。


「情けないやつだな」


ぼそり、と、レイルが呟いたのは、カインのことだろうか。たしかに、今までであれば、カインはあそこまでロナに対して何かをいうことはなかったと思う。もちろん、幼馴染として、友人として、婚約者候補としてのそれなりの親交はあったし、間違いなく親しくもあっただろう。けれど、だ。


「――なんか、今までと逆転してるみたい」


言葉にしてみれば、まるでそのとおり、いままでであれば、ロナからカインへと向かう感情のベクトルが、強くみえていたのに対して、今ではカインからロナへ向かうベクトルがまっすぐに突き進んでいるようだ。


「そうでもなさそうだけどな」


ちらり、と、視線に促されて、ロナの方を見やれば、会話に興じていながらもカインの方が気になるのか、ちらりちらりと、分かる人には分かる程度の頻度で、そちらに視線を向けている。うん、数名、それをどこか生暖かいような目で見守っている人がいるのに、彼らは気づいているのだろうか。


思わず、ため息が漏れる。

元々婚約者候補でもあり、すぐにでも婚約者となってもおかしくない二人だ。さらに言えば、即結婚式となっても、誰も反対などせず、むしろ華やかに祝福されるだろう。それがいったい、何故こうなっているのか。


「――さっさとくっつけばいいのに」


ぽろり、と、口から言葉がこぼれ落ちる。


それを聞きとがめてか、ふとこちらにレイルが視線を向ける。その表情は、なんとも複雑そうな色を浮かべていて、首をかしげる。

なんでもない、というように首を振り料理を勧められて、それ以上問うこともなく、ありがたくいただく。

それきりその場では、そのことを忘れてしまったのだけれども。


――その意味を知るのは、もう少し、後のこと。



まさか、自分のいった言葉がそのまま、自分に返って来るなんて、この時の私は、思っていなかった。




「そういえば、レイルは、これからどうするの?」


次第に酔いつぶれる人が出始めて、自然とお開きの空気になっていった中で、そろそろ、と、帰ろうと立ち上がる。

ロナは、カインと何やら喧々諤々と話していたようだったけれど、どうやらカインが家まで送るらしい。

冷やかす女の子の声と、どこか憮然としたロナ、それをみて微妙にしなびているカインという微妙な構図を眺めていれば、彼らはこちらに歩み寄ってきた。


何事かをカインに告げるロナの姿と、それに対して乗り気じゃなさそうなカインの様子。なんだろうと、思っていると、軽く、どん、と押し出せれるようにカインがこちらに向きあう。


「どうしたの?」


「あー、その、だな」


ちらり、とロナを見るカイン。そんなカインに、何やら目で指示を出してるロナ。


いったい何事? と、首をかしげる私の後ろでは、低く笑うレイルの声。


「もう、カイン、しっかりしなさいよ。ミーオ、カインが今夜泊まる宿まで送ってくれるそうよ!」


「え? カインはロナを送るんでしょう?」


疑問に思って声を返せば、頷くカイン、そしてそれに、もう! と憤慨するロナの姿。


「私は平気! だからほら、ミーオ、送ってもらいなさいよ!」


……いったいなにが起こっているのか、分からずに戸惑っていれば、ぐい、と、後ろから引き寄せられる。


「心配は要らない。俺が送っていくからな」


低い声。実はレイルの声は、結構好きだったりする。触れた体から低く響くように聞こえたその声に、どきりと心臓が鳴る。


最近、というか、ここしばらく、気のせいでなければ彼からの接触が激しい気がする。顔が赤くなってなければよいのだけど、と、あまりにもいままでの自分らしくない思いに戸惑いながらも、頷けば、納得いかないような顔のロナと、それを宥めるカインの姿。


「えーと、とりあえず、レイルにお願いするから。同じ宿だし。――カイン、ロナをお願いね」


「ああ、わかってる」


まだ何か言い足りなさそうなロナを、カインが何事か言ってなだめている。よくわからないけれど、あとはカインに任せて、店を出る。

宿といっても、そう大きなものでもないし、狭い村である、そう遠くはない。


「送ってもらうほどの、距離でも、危険な場所でも、ないんだけどねぇ」


問わず語りにつぶやけば、隣を歩くレイルが、小さく笑った。


「それでも、好きな女を夜ひとり歩かせたいと思う男なんぞ、いないと思うが」


「――そっか」


短く返して空を見上げる。


浮かぶ月は、元の世界とそう違わないように思える。――少しばかり色味が違う気もするけれど、そこまで天体に詳しくないから、わからない。つきがあるってことは、この世界も球体なのだろうか。宇宙にあるのだろうか。輝く星を眺めて、もしかしてあのほしのどれかのなかに、太陽系があるのだろうか、なんて、詮なきことを考えながら、ゆっくりと道を歩く。


「――わかってないな」


笑いを含んだレイルのその声は、どこか、切なく響いた。



――月の綺麗な、夜だった。


「月が、綺麗よね」


そう、呟いたのは、何故だったのか。


「そうだな」


静かに返る声が、愛しいと、そう思う。


その言葉に秘めた意味など、この異世界では伝わるわけがないけれど。


それでも、いまはこれが精一杯。



――あなたと見る月は、とても綺麗に見える気がするのです。


遠く、遠く、もう帰れないであろう、あの世界を思う。

私はこの世界で、ひとりで。

ひとりだけど、ひとりじゃなくて。


この世界に来たからこそ、出会えたのだ、と。

それだけは、本当のことで。



宿までの短い距離を、ゆっくり、ゆっくりと、空をみあげて歩く。


明日にはきっと、森に帰る。そしてまた、私はこの世界で生きるのだ。


傍らにいる彼は、どうするのだろう。


先ほど問いかけた時には返ってこなかったその答えが、この上なく気になりながらも、それでも。

いま、彼がここにいることがうれしくて。


改めて問いかける気持ちには、なれなくて。


隣には、彼がいる。

触れるか触れないかの距離に、手がある。


――そのぬくもりを、私は知っている。


そして。


この沈黙の温もりを、私は、知っている。



これからは、わからないけれど。


いまここに彼がいる。それが、とても嬉しいと思う自分が、少しおかしくて。

小さく、笑った。


触れ合うことのないままに、辿り着いた宿で。

部屋の前で別れるときに、ほんの数秒、交わした視線に。

ほんのりと宿った熱は、きっと、感傷のせいに違いない、と。


自分にそう、言い聞かせながら、眠りについた。


――重なる時まで、後少し。




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