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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第八章 想いの行方
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彼女の思い


「ミーオ!」


 叫びながら駆け寄ってきたロナに、驚く。まもなく、勢いのままにぶつかってきた彼女を抱きとめたけれど、彼女より幾分小柄な私では、その身を支えきれなくて、危うく倒れそうになる。


「……っ」


 必死にふんばろうとする思い空しく、倒れかけた体が、ぐ、と、背後から支えられる。触れた体温に、心臓がなる。反応する自分をしったしながら、振り返れば、予想通り、レイルが支えてくれていた。倒れずに済んだことにほっとする。


「大丈夫か」


「ええ、ありがとう」


 ただそれだけの会話、けれど、次の瞬間には、ぎゅっとロナの胸元に顔を押し付けられていた。

 うぐ、と、何とも言えない声が漏れる。一体なにが、と、思っていると、ロナの声が聞こえた。


「ミーオをここまで送って下さってありがとうございます。父に変わって村の代表としてお礼申し上げますわ。あとは私どもだけで大丈夫ですので。本当にありがとうございます」


 え、と、顔をあげようとするけれど、押し付けられる胸に邪魔されてそれが出来ない。ロナ、なんでそんなに、言葉の割に口調がほんのりと挑発的なのでしょうか。何が起こっているのか分からなくて困っていれば、くっと、レイルの笑う声がした。


「なに、俺がしたいからしただけのこと。それに、伯――父からも、くれぐれも、と言われているからな。森まで送り届けさせてもらう」


 ばちっ、と、聞こえるはずのない音が聞こえた気がした。


「ロナ! 食堂でみんなが待ってるぞ」


 何とも言えない空気を破ってくれたのは、カインの声。あら、と、ロナがわずかに振り返ったので、余裕ができて少し顔を動かすことができた。そっと様子をみれば、レイルはひょうひょうとした表情をしていた。ばち、と視線が合う。ニヤリ、と笑う彼に、むっとしながらも、ときめいてしまった心臓に、我ながら困惑する。


 ――ここまで、変わるものなのかしら。


 それが、自分に関してなのか、それとも、周囲や他の人のことについてなのか。浮かんだ言葉を検証する気力は、私には、なかった。



 誘われて入った食堂は、熱気に包まれていた。


 全ての村人がいるわけではないだろう、まだ完全に回復していない人もいるはずだ。けれど、多くの村人が集い、笑い、賑やかに騒いでいる。人々が集まっているからの熱気と、お酒が振舞われたのか、漂うアルコール臭、食べ物の匂い――混ざり合ったそれが、「生きている」ことの証のような気がして、顔が緩む。


 「お、ミーオじゃないの! おかえり!」


 詰めかけた人々であふれ、狭く感じる店の中のテーブルの間を、料理やお酒のグラスを手に歩きまわっていたおかみさんが、こちらに気づいてそう笑顔で声をかけてくれた。


 ばっ、と、そこに集っていた人たちの視線が、一斉にこちらに向かう。思わずびくり、と、反応する。浮かぶの罵声。罵倒。――元の世界で経験した、嘲りの、声。じわと迫る恐怖に、おもわず、後ずさりしそうになった私の腕に、するりとロナが腕を絡めてくる。みれば、安心させるかのような笑み。逆側には、カイン。――おそらく、後ろにはレイルがいることだろう。だいじょうぶ、きっと大丈夫、と、顔をあげれば、そこには、笑顔があって。照れたような、恥ずかしげな、気まずげな、嬉しそうな、幸せそうな――それぞれが違った形ではあったけれど、そこにあったのは、蔑みでも忌避でもない、穏やかな、笑顔、で。


じわ、と、目頭が熱くなる。


受け入れられたの、だろうか。

少なくとも、拒絶し排除される状況からは、前に進めたのだろうか。


――もし、そうならば。


とても幸せで嬉しいことじゃないか、と、そう思うと、わずかに顔がほころんだ。


泣き笑いの私の顔を、女将さんが優しい顔でみていた。


お祭り騒ぎだった。

ことがことだっただけに、幾分かしんみりとした空気も漂って履いたが、それでも、みなは解放された思いから、どこか朗らかで穏やかだった。

酒が酌み交わされ、料理が並べられる。


苦労を語り合い、相手の奮闘をねぎらう。


喧騒に包まれていながらも、穏やかで暖かいその空気に包まれて、渡された軽いアルコールの器をゆっくりと舐めるようにのみながら、私はその賑わいをみていた。


――普通にこうして、ここに、人の輪の中にいることができる。


みれば、レイルもカインも、巻き込まれてか次々と酒をつがれ飲み干している。

ロナは、女の子たちの集団の中で、慰めたり笑い合ったり、涙ぐんだりと、忙しいようすだ。


こと、と、目の前のテーブルに、料理が置かれる。


見あげれば、あのときに、私を罵倒した男に人のうちの1人で。

驚いてみつめれば、気まずそうに視線を逸らしたまま。


「ほら、これもうめぇから、食えよ。鶏がら見てぇな体しやがって。ちったぁ太りやがれ」


ぶっきらぼうにそう告げる様子に、どうしたものか、と思ってれば、女将さんがやってきて、手にもったお盆でその男の頭を叩いた。


いてぇ、と叫ぶ男。……結構いい音しましたよ、いま。


呆然と見つめる私に、女将さんはにこやかに笑った。


「すまないね、ミーオ。こいつはどうにも、素直に謝れるような男じゃなくってね。ったく大の男がなさけないったらありゃしない」


ちらり、と、女将さんに嫌味を言われつつ見つめられて、男は痛むのか頭をさすりながら、けれど視線は合わせることなく、ぼそぼそ、と、口を開いた。


「いや、その。悪かったな」


おそらく、それが精一杯なのだろう言葉に、更に追撃しようとする女将さんをとめる。


――受け入れられた、のか。受け入れられ始めた、のか。


どちらにしても、それは、とても幸せなことで。思わず、笑みがのぼる。


「ありがとう、ございます」


口からこぼれたのは、感謝の言葉。――女将さんと男は、何も言わずに、こちらをみてた。優しい、目をしてた。


受け入れられたのは、きっと、私が現実を受け入れ始めたから。

歩み寄ることがなければ、きっと、何も変わらなかった。


まだまだ、完全じゃない。当たり前だけれど、それでも、少しだけ距離が近くなった、気がして。


それが幸せで。嬉しくて。


――私は、この世界で、生きていける。


不意に浮かんだその思いに、そっと、1人微笑んだ。



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