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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第七章 そして
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レイルの真実


 「故に、今後も森に住むがいい。なに、何も問題なかったようだからな、なあ、レイル」


 にやり、と、どこか人の悪い笑いを浮かべた伯が、後ろに控えるレイルをみる。その笑い方が、どこかレイルに似ているように思えて、はっとする。

 レイルは、ちっ、と舌打ちしそうな雰囲気で、軽く肩をすくめて返していた。


 その親しい雰囲気に。そのあいだに流れる空気に、思う。


 ああ、もしかして。

 そうなのか。そういうことなんだろうか、と、思い当たり、気がつけば問いはするりと、口からこぼれていた。


 「……血が繋がって、おられるのですか?」


 こちらをみて、どこか驚いた表情の伯とレイルは、やはりよく似ていて。そしてレイルは忌々しそうな表情に、伯は嬉しそうに破顔した。

 

 「よくわかったな。似てないと言われることが多いのだが。――私の、三男になる。まあ、身分を返上し傭兵としてさまよっている風来坊ではあるけれども、大事な息子だ」


 大事な息子、と、告げられたレイルの方は、どことなく苦々しい顔をしていた。けれど、その、冗談めかした言葉の割に、伯の言葉は優しく目は柔らかで、間違いなくそれは真実なのだと、知れた。


 「ならば、彼が森に現れたのは――」


 偶然では、なかったのか。胸によぎる思いは、一体何なのか。思わず、ぎゅ、と手を握りしめれば、重々しく伯は頷く。


 「そうだ。見極めのためだ。まあ、まさか行き倒れるとは思わなかったが――」


 後ろから、咳払いが聞こえて、そちらをみれば誤魔化すように視線をそらすレイル。低く笑った伯は、それから、その表情を引き締めて、こちらをみた。


 「試すような真似をしたことを、詫びさせてもらおう。異世界の娘よ」


 「いえ、いいえ――それも、必要なことだろうと、思いますから」


 そっと微笑めば、一瞬、伯が痛ましいものをみるかのように目を細めた。しかしそれはすぐに消えて。何かを思い出したかの様にくっと笑いを漏らした伯は、ちらりとレイルをみて、言葉を継ぐ。


 「理解を示してくれてありがたい。――しかし、どうやらコヤツにもいろいろ思うところがあったようでな。よほど森の家は居心地がよかったらしい」


 どういう、意味だろう。

 義務で指示で森にいた、と聞いて、痛みを覚えたのは私のワガママ。けれどその痛みに揺れる心は、その伯の言葉にすがろうとしていた。

 ――私は、こんなに弱かっただろうか。


 「まあ、これ以上は、本人から聞くといい。ただ忘れないでくれ。――我々は、君を歓迎する」


 そう告げられた言葉に、感謝の言葉を返した私に、そっと伯は笑みを浮かべ、そして、ちらりとレイルをみてから、部屋をでていった。


 残されたのは、レイルと、私。二人だけ。


 しばらく、何も変わらない室内から、やがてゆっくりとレイルがこちらに歩み寄ってくる。


 あと数歩。


 そこで足を止めたレイルは、伯を送り出すために立ち上がったままだった私に、座るように促してきて。そのままに座れば、すっと目の前に膝をついた。


 視線の高さが、おなじになる。常磐色の瞳。私が、魅了された緑の色。


 「――すべてを、話そう。約束の通りに」


 その言葉から始まった話は、淡々とした説明のようでいて――どうきいても、告白にしか、聞こえなかった。


 西の辺境伯は、伯爵ではあるものの、辺境伯という名の通り、その国境を警護する責をもつ、公爵に匹敵する家柄である。特にこの西の辺境は、土壌が豊かであることから、国の食物庫としても有数の生産量を誇り、当然狙われやすい場所でもあった。


 無能では治められないこの地の主たる伯には、息子が4人あった。長男は跡取りにふさわしく、領民にも評判の人柄であり、また、少しばかり冷たい印象の次男も、その叡智から、長男を支え領地を支えられるだろうと噂されていた。三男、四男は共に、武に優れ、特に四男は王都からお呼びがかかるほどの腕前であり、これもまた将来、領地を支える柱となるだろう、と、言われていた。さて、残りは三男、レイルである。彼もまた、それほど評判は悪くはなかった。けれど、忍びで領地をさまよってまわるくせがあり、腕はあるのにふらふらしているのに、兄弟たちは少しばかり苦い笑いを浮かべ、父は黙って見守っていたそうだ。あるとき、彼は、傭兵になると言い出し、呆れる兄弟たちの説得を無視して、父にならば帰ってくるなと言われ、飛び出したのだとか。彼が10代の時に話だそうだ。


「その後、ふらふらと傭兵として腕を磨いたが、まぁ、ここ最近は戦もなくて平和でな。ふらふらとあちこちをさまよっている所に、親父殿からの呼び出しだ。縁をきるのではなかったのか、と、渋ったものの、辺境伯として傭兵を雇うという呼び出しに、逆らえなくてな。そして、与えられた任務が――迷いの森の乙女の実在確認。そう、お前のことだ」


じっと語られる言葉を、無言で聞く。とうとうと語る彼は、ふ、と、息をついてそれから、苦く笑った。


「正直、森をなめていた俺は、行き倒れた。まさかの事態に、さすがに自分を嗤ったさ。そこをおまえに拾われて、そして、任務のために居座った。それが、最初だ」


 ぎゅ、と、思わず、握りしめれば膝の上のスカートにしわが寄る。任務。だから、そばにいた。そうだったのか、と、納得する反面、ならばあの別れの時の彼の行動はなんだったのか、と、複雑な心境で俯く。


「そう、最初は、そうだった。それだけの、はず、だったんだ」


 レイルの声が、掠れた。どこか苦しそうに吐き出されたその言葉に、顔を上げれば、苦しげに顔を歪めてこちらを見つめていた。


「任務だけだから。そのためにここにいるのだ、と、何度も自分に言い聞かせた。それでも、ダメだった。――あの森の、あの家の、そして、あの時間の、穏やかで暖かい空気は、あの与えられた温もりは、手放すのが惜しいものだった。――手放したくない、とすら、思った。もう、それに気づいてしまえば、ダメだった」


 深く、息をついて。彼は言葉を紡ぐ。


「あくまで、森に現れたのは、仕事だ。任務だ。指示があっての、ことだ。だが――言い訳にしか過ぎないかもしれないが、俺は、あのひとときを、愛しいと思う。また許されるならば、あの時が欲しいと、あの時間を得たいと、共有したいと、願ってる。――ミオ、お前と」


 息を吸う。引きつったような声が少し漏れて、熱くなった目頭から、涙が零れそうになった。誤魔化すように外をみつめて、それから、また、大きく息を繰り返す。


 ――信じて、いいのだろうか。


 そう思いながらもすでに、彼もまたあの森での時間を愛しく思っていてくれたことに、何よりも喜びを感じている自分もいて、溢れだす歓喜を抑えるのに、必死だった。

 こらえきれず、涙が溢れる。ひとつ、ふたつ。レイルの指が伸ばされて、ためらうように一度止まる。その仕草がおかしくて、すこしばかり笑みが浮かべば、そっと苦笑した彼の指が、涙を拭うように頬を辿る。


 信じるとか。信じないとか。

 はっきりと今はまだ、決められないけれど。


 大きく息を吸って私は、できる限りの笑顔を浮かべる。

 おもいっきり微笑んで、そして、彼に告げる。


 「また、遊びに来ればいいじゃない。そのくらいなら、邪魔にもならないわよ」


 虚をつかれたような顔をした彼がおかしくて、つい笑い声を漏らせば、レイルは、参った、というふうに深くため息を漏らしたあと、ニヤリとそれはそれは、人の悪い笑みを浮かべていった。


 「そうか。ならば、寄らせてもらおう。――夜にでも」


 ささやくように付け足されたからかいの言葉に、瞬時に顔に朱がのぼる。そんな私に、レイルはどこまでも楽しそうに、低い笑い声を漏らしていた。


 

 本当は、わからない。

 どこまで彼を信じていいのか、なんて。

 本当は、わからない。

 彼が、何をどう思っているか、なんて。


 けれど。

 少しだけ。ほんの少しだけ。

 信じてもいいんじゃないか、って、思える自分も、いて。


 それはきっと、これまで与えられた様々な人の優しさのお陰で。

 そして――元の世界にもあったであろう温もりに、気づけた、お陰で。


 だから、まずは、一歩。


 踏み出してみるのも、いいかもしれない、と、小さく笑った。



 どこかで、お爺さんが微笑んでいるような、気が、した。



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