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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第六章 訪れる災い
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「出来ること」

いつもの通りの、晴れた日。いつものとおりに荷物を用意し、村へ出かける。

レイルも後ろからゆるりとついてくるのをそのままに、ゆっくりゆっくりと村へと進む。

じわりと湧き出る汗を手の甲で拭う。――すでに、季節は移り変わり、気温はあがりはじめていた。


そういえば、と、ふと気になって進む先にあるはずの、まだ遠く向こうの村の方を見やる。

最近は村に行く日になると、カインが家にやってきていたのだけれど、今日は来ていない。一応印はつけたとはいえ、こないほうが安全ではあるのだけれど、ここしばらく当然のように見ていた人の姿が見えないと、なんとなく気になってしまうのが人間というものだ。あれだけ断っても留めても来ていた人間が来ない、という違和感。まぁ、彼にも用事もあるだろうし、と、そうは考えたものの、なんとも言えない不安が胸をよぎる。


――何もないと、思うけれど。


気がつけば、無意識にか早足になっていた。何かにせかされるように歩く私に、レイルかを問いかけることはなく、ただ無言のままついてきてくれたのだった。




「――静か、よね」


たどり着いた村は、静かだった。もともとそう賑わいのある村ではないけれど、それにしても何か違和感がある。あたりを見回してみても、人影がいない。――いない? そうか、子どもがいないのだ、と気づいて、まゆを寄せる。確かに暑い季節になると日中、子供たちの姿が見えないこともある。けれど、まだそこまで暑い季節ではない。さらに言えば、今は涼しい早朝だ。ここいらの子供たちはよくむらの入り口付近に集まっては遊んでいるはずだった。――そう、そういう子供達に魔女とからかわれてきたのだから、よく覚えている。その、子供たちがいない。どういうことだろう、と、思いつつ、足早にカインの家でもある雑貨屋に向かう。何か、なにかあったんだろうか。――なにが、あったんだろうか。はやる気持ちそのままに、気がつけば小走りになっていた。



「っ、ご当主!」


勢いのまま駆け込んだ店は、半ば閉まっていた。その音に気づいてか奥から姿を表したのはロシェの当主、カインの父だ。そのままの勢いで声をかければ、驚いたように目を見張る。――その表情はどこか暗く、憔悴したようにすら見えて、不安に心臓が鳴る。なにが――なにがおこっているの? じっと見つめる先で、どこか苦く笑った当主は、こちらに手招きをして席をすすめてくる。


「ご当主、カインは、どうしたんですか? どこかに買い出しに? それにご当主、お体の具合でもお悪いんですか?」


不安そのままに、矢継ぎ早に言葉を繰り出せば、困ったように当主は笑い、手ずからお茶を入れてくれた。返ってこない答えに不安はますばかりだったけれど、勧められるままに席に着く。レイルはその後ろに立ったままで、席を勧められても座ることはなかった。やがてお茶を飲み、すこしばかり落ち着いた所で、当主が口を開く。


「ミーオ、とりあえず品は買い取るから、すぐに森に帰りなさい」


「……え?」


「すこしばかり村で問題がおきていてね。皆、気が立っているのだよ。――何事もない、とは思うが、無用な刺激は与えないほうがいい。さ、品を見せておくれ」


促されてうろたえながらも品を出す。香草、作った小物。そして――なぜか多かったがゆえに、多めに摂取した薬草。それをみて、当主はまゆを寄せる。数度、薬草と見比べるように交互に視線を向けていたが、やがて静かに問いかけた。


「――これは?」


「あ、はい。なぜか、この薬草が増えていました。滅多に増えないと聞いていたのに――それに、はっきりとはダロス老はいいませんでしたが、この薬草が増えると何かがあるというようなことを聞いた気がして――」


くっ、と、店主のまゆが寄る。何かまずいのだろうか。何か、問題でもあるのだろうか。何か――人影の少ない村、来なかったカイン、半ばしまった店、疲れたような店主、帰れという言葉、無用な刺激、そして、そして――増えた、薬草。点と点が結ばれそうになる。バラバラだった情報がまとまって、ひとつの答えを導き出す。けれど、けれど――その答えは、厳しい現実をつきつけるようで。つまり、帰れとは、そういうことなのか、と、ぐっとこみ上げる何かをこらえて、息をつく。落ち着け。まずは落ち着くんだ。深呼吸をし、無理矢理にでも心を落ち着ける。そして、どこかでひるんでしまいそうな、逃げ出しそうな気持ちをぐっと飲み込んで、まっすぐに店主をみつめた。


――森に戻ってしまえばいい、と、わかっては、いる。

――私にできることなんか、ないかもしれない。


――受け入れてもらえるとは、思っていない。



でも。


この村が好きだから。ダロス老を受け入れ私をどんな形であれ受け入れてくれたこの村が、好きだから。まっすぐに店主を見つめながら、口を開く。


「――何か、おこっていますよね、ご当主。教えてください。どうか、お願いです。カインは、ロナは、皆に何が起こったのですか?」


無言のまま、ご当主が首を振る。拒絶されるのか、と、胸が苦しくなる。私は何もできないの? 私は、受け入れてもらえないのだろうか。湧き上がる苦しさにこらえるように胸のあたりの服を掴む。は、と、あえぐ息を、深い呼吸で抑えこみながら、じっと見つめていれば、ゆらり、と、ご当主の目が揺らぐ。苦しい思いのまま見つめていれば、気づくこともある。――苦しげな表情。受け入れてくれないのではない、彼の人は、私を心配してくれているのだ。その目に映る労りの色を見出し、一つ息をつく。そして、懇願する。


「ご当主、お願いです。私も、私にも何かできることがあったら、させていただきたいのです! だから、だから、どうか――」


重い沈黙が落ちる。じっとこちらを見つめるご当主の目を、静かに見つめ返す。弱いだけの私ではいられない。変わりたい。変わりたいのだ。何ができるか、なんて、わからない。それでも――。



「……村に、病が、な」



どれくらいの沈黙の後か、しょうがないといったふうに深くため息を漏らしたご当主は、苦く笑いを浮かべながら、静かに語ってくれた。


「病……ですか?」


一つ、重々しくご当主が頷く。曰く、最初は季節の変わり目にありがちな体調不良と思われたそれは、気づいたときには村に広まってしまっていたらしい。症状は咳、喉の痛み、他、よくある現代で言う「風邪」に近く、特に変わった症状もなかったために、更に気づくのが遅れたという。命を落とす人は今のところいないけれども、かなりの人数が病に倒れ、床についているらしく、とくに幼い子供や老人は衰弱しつつあり、どうにかせねばと街へと薬師の手配などをしているところだという。――しかし、流行病ではないかと思われている現状、なかなかここまでいてくれる薬師もおらず、手をこまねいている状態のようだった。



――おじいさんに、聞いたことがある。


そう、あの薬草のことを教わっていたときに、話してくれた知識だ。季節の変わり目には体調を崩しやすい――これは、おぼろげながらも元の世界での記憶に同じような内容があった。そして、あの薬草。あの薬草が増えるときというのは、気候が特殊な条件――昼夜の気温の差であったり、大気の状態のようなものであったりするのだけれども――を備えた時。そして、その気候の条件を備えた時というのは、この薬草が効く病がはやりやすく、なる。


――私に、何ができるだろうか。


否、できることは、間違いなくある。それがどれほど役に立つのかはわからないけれど、薬師が未だいない状態の今の村で、何もせずにいるよりは、きっと多少なりとも役に立つ。はず。


――でも。


本当に、私が役に立つだろうか。それは、自信のなさでもあり、恐怖でもあった。覚悟のなさ。自分の行動で何かが変わるかもしれない恐怖。ひっそりと森の中で生きていれば、感じる必要のなかった感覚。ああ、けれど私は――このまま、何もしないではいられない。


「――薬草を、煎じて、あとは、そう、病人のいる場所の環境を整えれば……」


口から思いが溢れる。できるだろうか。大丈夫だろうか。――不安は山ほどあるけれど、でも。


「……ミーオ?」


そっとかけられる声に、顔を上げる。まっすぐに視線を向け、ご当主へと告げる。


「ご当主、私にも、何かできることがありそうです。どうか、お願いです。手伝わせてください」


まっすぐに交わした視線の先、ご当主がじっとこちらを見つめ返す。どこ鋭い視線に負けそうになりながらも、じっと、じっと見つめ返せば、一瞬、その目の中に痛ましそうな光がよぎる。


「――覚悟は、あるかい」


覚悟。どこまであるだろうか。何に対する覚悟だろうか。――ううん、本当はわかっている。わかっているけれど――何もしないでなんて、いられるわけはなかった。


静かに頷けば、仕方がない、というふうに、ご当主は深く深くため息を付いた。


「ならば、何も言うまい。――力を貸しておくれ、森の娘」



できることがあるならば、力の限りやるだけだ。無意識のうちに力の入った肩を、軽く叩かれてそちらを見れば、レイルがこちらを見つめていた。静かに静かに見つめる目に、わずかに力が抜ける。そう、できることをするだけだ。――それしかないのだから。



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