森に住む娘
薄紅。黄色。緑。
さまざまな色の、いい香りのする草と花を、集めて束にしたら、渡したひもに吊るして、風通しのいい所にぶら下げる。
乾燥したら、そのまま残しておく形のいいもの以外は、花や葉をバラバラにして、少しの香料と、保留剤を入れて、保存用の壷の中へ収めておく。
3ヶ月位でも、程よくなるけれど、好みとしては最低半年から一年置いておきたい。
そうして、時間をかけて、ポプリは出来上がる。
春の森は、さまざまな花があふれかえる。
他の季節でもできるけれど、やはりこの季節は、一番ポプリを仕込むのには楽しい季節だと思う。
今日の分を壷に収めると、一番棚の新しい壷の隣へ置く。
そして、ちょうど3年前、ここに来て最初のころに仕込んだ、ポプリの壷を取り出すと、それを手にテーブルへと戻る。
窓から、午後の光が暖かく差し込んでくる。
開いた窓からは風ゆっくりと吹き込んできて、さらりと長い漆黒の髪を揺らした。
大分、髪も伸びた。
片手で払うように耳にかけながら、慎重に壷のふたをあける。
とたんにふわりと広がる、グリーンノート。
最初のころは、教えてもらった薬草の中から、みようみまねで香草を選んだ。
この世界の香草は、元いた世界のものとは似ているようで、少しずつ違う。
お世話になったおじいさんに教えてもらいながら覚えたそれらから、使えそうな物を選んで、最初に作ったのが、この、森の匂いそのもののような、緑のポプリ。
オリスルートに似た保留剤で、しっかりと香りを留めてあるそれは、今でもしっかりと香りを伝えてくれる。
懐かしい香り。
もう、3年もたつんだな、と思うと、なんともいえない気分になる。
――ミオ。覚えておいで。この森は、厳しくも優しい。
優しく私に語りかける声は、ひとりきりになった今でも、ずっと傍らにある。
ひとつため息をついて、壷のふたを閉じると、立ち上がる。
ゆっくりと窓へ向かい、外を眺める。
視界に広がるのは、家の裏庭。そして――どこまでも続く、森。
リルシャの森は、今日も私の側で、静かに佇んでいる。
はぎれは、服を作った時の残りだったり、村のおばさんから分けてもらった物だったり。
それをつなぎ合わせてパッチワークにしたり、シンプルにそのままだったりで、小さな袋を作る。
そして、緑色の刺繍糸で、ひとつひとつ丁寧に、私のしるしをいれていく。
夕暮れに近づく世界は、どこまでも穏やかだ。
窓辺に置いたロッキングチェアーに、ゆったりと腰掛けながら、サイドテーブルの上に置いたままだったそれに、刺繍を施していく。
四葉のクローバー。
この世界にも、クローバーに似た植物はあるけれど、四葉はない。
幸運の、四葉のクローバー。それが、私の作るサシェには刺繍してある。
なんとなく、決めたマーク。子供のころから大好きだった、クローバー。
物心付いたころから、大好きで、気が付けばクローバーのグッズをいっぱい集めていた。
向こうの世界の私の部屋は、クローバーであふれている。
高校の文房具やら、携帯ストラップから、ハンカチに靴下。なんでもかんでも四葉。
街の雑貨やさんで四葉のクローバーのグッズを見かけたら、ついついかってしまう。
そのうち自分で四葉のしるしを書いたり、刺繍したり、アップリケするようになっていたから、これだけは結構得意だったりする。
――向こうの世界、だなんて。
思わず浮かんだフレーズに、小さく笑いが漏れた。
もう。3年もたつ。
普通の高校生だった私は、気が付けばここにいた。
戸惑い怯える私を助けてくれたおじいさんのお世話になり、家においてもらいながらさまざまな事を教えてもらって。
2年がすぎた寒い冬、おじいさんは老衰でなくなってしまった。
2年。
その間に、おじいさんが教えてくれた事は計り知れない。
おじいさんがいたからこそ、私は今こうして、一人ででも生きていける。
おじいさんがなくなったときに、お世話になった村の人の一部は、森から出て村に住むことを薦めてくれたけれど、私はここから離れたくなかった。
たった2年。けれど、2年。
その時間はとても暖かくて、思い出すだけでも幸せな気持ちになれる。貴重な貴重な、2年。
それから、さらにもう、1年がすぎたけれど。
また、たった一人に、なってしまって、もうそれだけが過ぎてしまったけれど。
森はどこまでも私に優しく、そして、この家と畑という私の狭い棲家は、私にとってこの上ない楽園だったから。
そして、この森は、狭いながらも、私の世界のすべて、だったから。