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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第四章 森の中で
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――カインの焦燥

心臓が、激しく脈打つ。

背中を、じわり、と、嫌な汗が流れた。


――ああ。

俺は今、どんな表情をしているのだろう。





ほんの、僅かな間、だというのに。

あれから――あの、村への彼女の立ち入りが禁止されてしまった時から、それほど長い時間が過ぎたわけでは、ないというのに。


何故。


その言葉が、ぐるぐると頭を巡って、止まらない。


その男は誰なんだ。

君にとって、その男は、どんな存在なんだ。


彼女を引き寄せて問い詰めてしまいたい気持ちを、必死で押し殺す。


困ったように目の前で笑う彼女に、口内に苦い味が広がる。


彼女の中には、本当に、警戒心とか、自衛心というものはないのだろうか。

苦い思いのなかに、少しばかり呆れたような思いすら混じってしまう。


ちらりと視線をうつしたさき、その男は、我関せずといった風情で、木に凭れかかっている。

見るからに、普通の人間ではない――訓練された人間だろう、その男。


ミオは、森の中、家の前に倒れていた彼を放って置けなかったというけれど。


どうして、と。

どうして、そんな得体の知れない人間を、彼女は容易く受け入れてしまったのか。


どこか警戒心が薄い所があるのは、気づいていた。

警戒心がないわけではないのだけれども、人間に対して壁があるにもかかわらず――おひとよしとでもいうべきか、困った人間に対しては冷たくできない、放置できない「優しさ」を持っている人間であるというのは、少なからず彼女を見てきた中で、幾度となく目にしてきた。


それが彼女の魅力のひとつであることは間違いないのだけれど――これは、この、状況は。


この国は、この近辺は、確かに、長い間平和で大きな争いらしきものは存在しない。

治安自体はそこまで悪くない、といえるが――だからといって、完全にいいといえる状態ではない。


人がいる所には、悪心が沸く。


実際、小さな村であるトマソンの村でも、稀に盗難事件が起こったり――外部からの狩人や旅人が揉め事を越すことがないわけではない。


ミオ自身、一度ならずと、村に訪れたときにそれを目にしている、はずなのに。


彼女はどこか、楽観視してしまっているような――安全であることが当たり前であるかのような感覚を、持ってしまっているように思えて仕方がない。

それは、まるで幼子のような。まるで、何も知らない子供のような、そんな風情を、時折垣間見せる。



苦々しい思いを隠しながら、とにかく、と、商品の取引を始める。


苦い想いと、どこか心配でしょうがない、そう、激しい庇護欲のような想いと――それをすべて、ぐっと心の内に隠して、微笑みながら。


ほっとどこか安心したように、取引に応じてくる彼女の笑みを、見詰めながら思う。


守らなければ、ならない娘なのだ、と。


この子(・・・)は、守らなければならない存在なのだ、と。


心の中で静かに決意する。


彼女は幼子ではない、と、わかっているのに。

幼い、包みこんで守らなければならない子供ではない、はずだと、解っている、のに。


たとえ止められようと――このまま放置しておくなんて、そんなことはできない。


にこやかに終えた取引の後、ちらりと見詰めた、その男は――レイルの表情、は。


どこか、興味深そうに――面白そうに、こちらをみている、もので。


カッ、と、内心血が昇る。


馬鹿にされている、と。そう、感じてしまって。


思わず握り締めた掌は、ぎり、と音を立てて、強く爪後を残した。





その想いが恋情と疑わず。

守らなければ(・・・・・・・)と思った、楽観視しているとそう思いこんだ自分が、彼女の真実ほんとうを知らなかったのだと知ることになるのは、まだ先の話。


それでも、そのときの想いは。


強く――たとえ思っていたものではなかったとしても――まっすぐなものであったのだと、信じている。





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