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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第四章 森の中で
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レイルという男

そんなこんなで、レイルは、我が家に居候することとなった。


色々はしょってしまったけれど――何事もなく受け入れた、なんて、思わないでほしい。


家に滞在することを認めるまで、それはもう、私は反発しまくった、のだ。


あの後、半ば癇癪を起こしたようになった私は、叫ぶようにすぐ出て行って、と、彼に怒鳴りつけた。

この世界にきて、あそこまで感情的になったのなんて、はじめてだったように思う。

……むしろ、元の世界でも、あんなに感情を露にしたことなんて、あっただろうか?

ヒステリック、そんな言葉がぴったりの状態だったかもしれない。我ながら、思い起こすとはずかしい。


そんな私に、彼は淡々と、そう、実に淡々と、言葉を続けた。


いわく。

まだ怪我が完全に治っていないのに追い出すつもりか。

体力が回復し切っていないこの状態で森を彷徨えとは、ひどいことを言う。

きっとおまえは、俺に獣のエサになれといいたいんだな。なんて薄情なんだ。



……寝込んで目覚めた翌日に、畑仕事やらなにやらをしていた人間が、よくいったものだ、と、冷静である今ならば、おもいっきり突っ込める。


今ならば、だ。


しかし、そのときの私は、どうにも、興奮しきっていた。感情が昂ぶっていた。

理由なんて、わからない。でも、前日までにたまっていた疲労が原因なのかもしれないし――平穏に飛び込んでいた、今までにない厄介ごとの面倒くささが、原因かもしれない。


のちのち考えると、やはりそれまでずっと、どこかではり詰めていた気が、このとき緩んだんじゃないか、と、思ったりもする。

それがレイル相手だったからなのか、本当に不意におこった非日常の出来事のせいなのか――答えは、あえて考えないことにする。


そんな風に言われて言葉に詰まった私に、彼は、ふ、と、そのとき初めて、表情を和らげた。

――微笑、の、つもりだったのかもしれないけど、「にやり」と笑ったように見えたのは秘密だ。


そんなこんなで、「レイル」なる私にとって未知の人間は、我が家にしばし「居候」することとなったのだった。

間違えないでほしい。「居候」だ。断じて「同居」したつもりなど、これっぽっちもないのだから。


とりあえず、彼には元々おじいさんが使っていた部屋を使って貰うことにした。掃除は元々してあったし、必要な大事そうなものは移動してある。珍しいのは本くらいだろうか――彼も、部屋に案内した時に、僅かに目を瞠っていた。そりゃそうだろう、こんな辺境の、しかも「誰もはいろうとしない」はずの森の中の小屋にあるにしては、冊数も種類も、多いほうだったから。

街のいい家の蔵書にはまけるだろうが――田舎にしては、この蔵書は誇れるものがある、と思う。まぁ、誇るつもりもないし誇る相手もいないのだけれど。


そう考えると、かのおじいさん――ダロス老は本当に一体何者なのだろうか、と、しみじみ思う。

本の持ち主を聞かれたとき、おじいさんの名前を告げた私に、一瞬――ほんの一瞬、瞬きすると見逃しかねないほどの微かな間だったけれど、彼が動揺を、いや、驚きを顔に浮かべていたのを私は見逃さなかった。

もしかすると、彼にかかわりがある人なのか。それとも――。

それ以上は、なんとなく、考えると色々ややっこしいことになる気がして、思考を停止させたのはいうまでもない。



さて、レイルと話していると、いつも思うことがある。


のれんに腕おし、ぬかに釘、馬耳東風、っていうのもあるな。馬の耳に念仏、だと、意味合いが変わるだろうか。


ふと思う。この世界にきて、私は言葉に困ったことがない。かといって、この世界の人間が日本語を話しているというわけではないようだ。――吹き替えの映画の感覚、といえばいいのか。口と言葉が微妙にあっていない状態なのだ。

と、いうことは、ある程度言葉は、自動的に翻訳されてるとして――馬耳東風、は、似たような生き物がいるから、わかるとしても、のれん、とか、ぬか、なんてものを、この世界の人はどう理解するのだろう。

……考えてみると不思議で面白い気もするが、実際どうなのかは、今の所わからない。


話がずれてしまった。

つまりは、何をいっても、手ごたえがないのだ。否、手ごたえはあるのだけれど――言いくるめられる、というか。どちらかといえば押し切られる、の方がちかいかもしれない。――ただし、ごり押し力おしで押し切るのではなく、じわりじわりと迫ってきて、気が付くと認めさせられている、というような。


「レイル」という男は、とどのつまり、つかみ所がない俺さまであり――ぽろりとこぼした言葉によれば、「傭兵」でもあり――予想外に、畑仕事や家の中の雑事に、慣れているという、不可思議な男だった。


正直に言おう。

「男手」があることが、これほど楽だとは思わなかった。

たいていほとんどのことを自力でこなしてきた私だったけれど、やはり力仕事というのは多いし、一日の仕事量も多いから、なかなか進まないし大変であった。けれど、そのうちの力仕事をメインに、彼が、こちらからは頼んでもいないのに色々とやってくれるものだから、普段よりも格段に仕事は楽になり、自由になる時間が増えるようになった。

おかげで、ポプリを仕込んでみたり、試してみたかった芳香水の製作をしたりと、色々とする時間がとれて、その点は、とてもありがたい。


その点は、だ。


助かる。確かに助かる。でも――なんだか、色々と、シャクに触るのだ。あれこれと手を出してくれるけれど、それくらい自分でできる、と、意地でも相手から仕事を取り上げてやってしまいたくなる。それがなぜなのかなんて、わからない。

もしかすると、この森で「一人」で生きてきたことを、生きてこれた自信が、揺らぐからかもしれないし――彼が存在する、その状況というのに、慣れないからかもしれないし、妙に意識してしまうから、かもしれない。


それに、些細な事、本当に些細なことで私が相手に突っかかってしまって、妙な口論になることも多いのだ。

例えばそれは、朝食のおかずの塩加減へのコメントについてだったり、私の髪型について、だったり。


そう、彼が目覚めた日、私が寝坊した日。あの日、慌てたばかりに適当に纏めたぼさぼさ髪に、適当に引っ掛けた服装だった私の現状を、彼はこう評した。


「――どこの家妖精がきたのかと思った」


この世界の伝説、というか迷信のひとつに、家に妖精がつく、というのがある。これはもといた世界でもよく似た話を聞いたことがあるが――つまり、ぼさぼさで、ぼろぼろで、見苦しかった、と、彼はいいたかったらしい。


「せっかく妙齢の娘なんだから、元がどうとかは別として、きちんとすればそれなりに見えるだろうに」


そう、この男、一言多いのだ。話さない時には本気で解り辛いほど言葉が少ないくせに、時によって余分なほど語り始める。とりあえずあまりにむかっと来た私は、その日の夕食で、彼が苦手であるらしいある種の香草を、ふんだんに使ってやった。

僅かに表情を歪ませるさまをみて溜飲を下げた私は――そうとう性格が悪くなってきている、気がする。


まぁ、そんなこんなで、レイルというどこかつかみ所のない、変な男との生活は、なんとはなしにはじまったのだった。



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