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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第三章 落ちていた男
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――レイルの思索


――与えられた指令は、森の探索。

それはひとりで行うべき内密の指令であり、任務であった。


断れない筋から持ち込まれた、極秘のそれに、苦虫を噛み潰したような腹立たしいような気分になった。

たかが森の探索。見下すつもりはないが、狩人どもでも充分可能なはずの仕事である。

しかし、それが極秘である、ということ。そしてその内容を聞けば、なおのこと苦々しい想いに囚われる。

けれど、断れない以上、うけるしかない。


うけてしまえば、あとは簡単だと、思っていた。

さくっと探索を済ませ、報告すればいいのだと――そう、簡単に考えていたのだ。


それに――情けない話ではあるが、森を舐めていたことは否定しきれない。


戦場でもない、荒事でもない、森の探索だと――狩人を雇うことなく、森に入ったのは、愚かなことだった、と、今なら素直に思える。


そして、その愚かさのツケを、おもいきりよく、自分の身で体験することとなった。



まさかの遭難――食料が尽きるなどと、誰が予測しただろう。


普通の森でいき抜くだけの能力が、自分にないとは思いたくはないし、実際、それだけの力はある。

しかし、この森は――迷いの森。まっとうな方法では、一歩過てば抜けられなくなってしまうのだ。


自分の間抜けぶりを痛感するはめになるとは。


それまで、範囲を固定して、少しずつ薦めていた探索も、一気に水の泡。

獣を捕らえてなんとか生きながらえようとするも、何故かそのときに限って近くに居らず。

3日目、なんとか得られた水で命を繋ぐ中で――その家を、見つけた。


最初は、自分がおかしくなったのか、と、目を疑った。

あまりの状況に、幻影でもみえるようになったのか、と、まず浮かんだのがそれで。


続いてやっと、状況を把握する。


――ああ、これが、森の家、なのか。


春にシュトレックの街できいた噂が、頭の中を過ぎる。


――黒髪の、細身の人間。

――まるで、妖精のような。


そして――与えられた指令の意味を、はっきりと悟る。


そういうことか。

そうだったのか。


覚えていたのは、そこまで。


家を目の前に、そこで体力は限界だったのだろう。

暗く消えていく意識ともに、記憶はそこで途切れた。



ふわり、と、意識が浮上する。

額に触れる冷たい感触が心地よくて、吐息が漏れる。

宥めるように確かめるように触れる手の感触が心地よくて、うっすらと開いた目の前に、さらりとゆれる漆黒の髪。


――誰だ。


見知らぬ人間への警戒が僅かに浮かぶものの、亡羊とした意識は、それよりもその漆黒へと意識を囚われさせる。

漆黒。黒――闇の色、そう、薄暗い中にあって尚、はっきりと主張するその色に、ふわふわと夢うつつの狭間を彷徨う意識の中で、目を奪われる。


それは、ひとりの少女。

さらりとした黒髪を揺らし、眉を僅かによせ、こちらを心配そうに伺っている。


かちりと。


合わさった視線の先、ゆらりとその瞳が揺れた、気がした。


――それは、漆黒の目。深く光る闇の、安らぎの目。


理由などわからない。解らないけれど、それを理解した瞬間、ふっ、っとひどい安堵を覚えて――再び、意識は闇へと落ちていった。


それは、とても、穏やかな眠りだった。




目覚めて。

空腹を訴えたらば、どこか最初にみたときよりも疲れ果てて見える少女から、勢いよく言葉を告げられて。

最初の印象と違う、そのいきいきとしたさまに、強い興味を覚えたのは、否定できない。

凝視される中食事を終えて、再び休んだ次の日。


鍛えてあった身体は、すぐに動けるだけの回復を見せていた。


起き上がった、ベッドの上。

しばしの思案の中、浮かぶのは、あの疲れ果てたような少女の姿。

ぐるりと見渡す家の中に、まだ彼女の起きた気配はなく。

彼女の他に生活している人間の気配はない。


世話になった恩、というわけでもないが。

ゆっくりと起き上がると、恐らくどこの家でも行われているであろう、朝の支度をするために、家を出る。


――やがて、家から、寝起きそのままで飛び出してきたらしき少女の、驚いた顔に、どこか満足を覚えたのは否定できない。




別に、何があったわけでも、何を望んだわけでもなかった。

任務は――そう、任務は、これでおわりのはずだった。

戻って、報告してしまえば、それで終わり。――おわり? 本当に?


彼女の存在を、何故あちらは知ろうとしているのか。

なにかあるのか――それとも、脅威と思われている、のか。


そのなにか(・・・・・)を、知ってからでも、遅くはないのではないだろうか。


ふと想い浮かんだそれは、誘惑と言うには抗いがたい感情で。

そして――そうするとの不利益は、これといっておもいつかなくて。


「まさか、とは、思うけれど。……ここに居座る気じゃ、ないでしょうねぇ?」


どこか不満げな表情の彼女に。


「何を言う――しばらくここに滞在するに決まっているじゃないか」


告げた瞬間の、唖然とした表情が。その様子が。


楽しくてしかたがない、などと。

口にすることなど、ありはしないだろう、と。


あまり表情に出るたちではない自分に感謝しながら、内心ほくそ笑んでいたことなど、誰にもわからない。



こうして、森の家での、奇妙な居候生活は、はじまったのだった。






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