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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第三章 落ちていた男
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落ちていたもの

何だろう。――誰かが来たというのか? 否、ここに来る人などいないはずだ。まさかカインが? しかし夜の森を歩くほど、彼も無謀ではないはず。では、獣?

ぐるぐると、瞬時に頭の中にさまざまな可能性が過ぎる。風の音だろうか? それにしては大きすぎる。そう――なにかが倒れてぶつかったような。

じっとしていても仕方がない、と、とりあえず火掻き棒を手に、入り口へと向かう。


心臓がばくばくと激しく音を立てる。苦手なんだ、こういうのは。平和に平穏に暮らしている毎日、さらにできる限り何事にも動揺しないようにと自分にいいきかせてきたからこそ、めったにこんなに心拍数が増すことはない。ないようにしているのに。不可抗力とはいえ、堪らない。

ゆっくりゆっくりと、玄関へ向かう。扉に耳を当てて、様子を伺うけれど、特に物音はしないようだ。気のせいだったのだろうか? 首を傾げながらも、しかし確かめないわけには行かなくて、ゆっくりと扉を薄く開いて、様子を伺う。


「――っ!!」


そこには。

男が一人、倒れていた。あちこちに小さなすり傷が見える。服も、草や土に汚れている。

しばらく、様子を伺っていたが、身動きひとつしようとしない。


まさか――死んでいる?


人の家の前で死ぬなんて、はた迷惑な。混乱のあまり、自分の思考がどこかずれているのがわかる。しかしこのままにしておくわけにはいかない、と、棒を片手に持ったまま、ゆっくりと扉を開いて、外へと出る。

男は動かない。

少し距離を置いたまま、棒でつついてみる。反応はない。

そのまま、棒をゆっくりとうつぶせの男の体の下に差し込み、ひっくり返すことにする。

男の身体は、がっちりとしていた。これは結構重労働になりそうだ。とりあえずてこの原理の応用とばかりに、支点を作ってなんとかひっくり返す。


「……呼吸は、してる、ようね」


確認するように観察すれば、汚れた服に包まれた胸元が、上下に動いているのがわかった。見える範囲を確かめて見るが、どうやら大きな外傷はないらしい。ひとまず安心だ。


――しかし。一体どうしたものか。

村の近くであれば村に預けるけれども、ここから村まで半日はかかる。人を一人抱えていくことなど、私には無理だろう。


さて、どうしよう。とりあえず、入り口で腕を組んで考えて見る。ここは森の中、いるのは私一人。村は遠い。


――考えるまでもなかった。


ああ、やってられない。


どうやら、この男をとりあえず拾うしかないらしい、と、私は深くため息をついた。





男を一人、家の中に運び込むのは、至難の業だった。

昔に比べたら、体力はついたとはいえ、成人男性一人、しかも気を失っているのを抱えあげることなんかできるはずがない。悪いな、と思いながらも、引きずっていくしかできない。


……どっかでぶつけてたらごめんなさい。心の中だけで謝っておく。


時間はかかったけれど、ゆっくりと引きずって、家につれていく。できればおじいさんが使っていた寝台まで運びたいところだけれど、これはちょっと厳しそうだった。

仕方がないので、台所の横にある、居間とでもいうべき場所の隅に、急いで寝床をしつらえる。

といっても、古い布団を下に引いただけの、簡単なものだけれど。

この世界の全体はどうなのかはわからないけれど、少なくともこの森の、そして村の一部の布団は、乾かした草を詰めてある。おじいさんがなくなってから、おじいさんの分の布団は始末しようか、とおもっていたけれど、なんとなく、中の草をきちんと干しなおして、しまっておいてよかった、と、思う。誰か客がくることなどありえないはずの森の中だったけれど、こんな時に役に立つとは、思わなかった。


「……私は平穏に、何事もなく、暮らしたいの」


誰にいうともなく、呟いてしまう。こんな突発的な重労働なんて、ノーサンキューなのだ。

しかし、放置して家の前でしなれても寝覚めが悪い。これが現代日本なら即警察か救急なのに。ああ、この世界ではどうなるんだろう。辺境警備の軍になるのかしら。

手は布団を用意し、その上に男をころがし、シャツの襟元を緩め、ぬれた布を額に載せ、と、せっせと世話をしながらも、脳内はそんな風に意味なくとりとめのないことを考えてしまう。


「……う」


冷たい布をえいや、と額にのせたところで、男がうめき声をあげた。

意識が戻ったのだろうか。とりあえず少しだけ距離を置いて、様子を伺ってみる。


男は眉を寄せただけで、気が付く気配はない。しかし、どうやら男が美形であることはわかった。不必要な情報だわ、と、思いはするけれども、やっと余裕をもって観察できる状況になった、というべきか。男の髪は薄汚れてはいるけれども、どうやら灰青色をしているらしい。灰色かともおもったのだけれど、どうもうっすらと青みがかっている。不思議な色合いだなぁ、と、目を惹かれるところに続いて、その整った容貌に気づいたのだ。美形といえばカインも美形ではあるけれども、あちらが正統派好青年であるならば、こちらは野性的というか――雄であることをこれでもかと主張したような容貌をしている、とでもいえばいいだろうか。時折苦しげにうなる様子など、色気があふれてるともいえなくはない。


……友人であった子がみたら、きゃーきゃー喜びそうな美形だ。


世の中には結構美形が落ちているものなのだろうか? それともこの世界が特殊なのか……なんにせよ、美形であろうと何であろうと、この人物は、招いた覚えのない厄介な客人であることに間違いはないだろう。


思わずため息がこぼれたって、しょうがないと思うのだけれど、どうなのだろうか。




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