――ロナの願い
「……っ、お父様っ」
勢いよく振り返り、しかし叫びにならぬようにおさえたつもりの声は、けれどやはり、非難の色は隠しきれなくて。
渋面でこちらを静かに眺める自分の父親の姿に、その人の決断と先ほどの状況に、納得しきれない自分がありながらも「仕方がないことなのだ」と、理解してしまっている自身もいて、混乱と悔しさから軽く唇を噛み締める。
悔しい。
悔しくて仕方がない。
私には、なんの力も、知識もない。
――彼女を、助けるすべが、ない。
「ロナ。――ロナ」
静かに呼ぶ父の声に、のろのろと顔を起こせば、どこか苦しそうな顔をした、けれどはっきりとした意思を表す目が私を見詰めていた。
「ロナ。――わかっている、のだろう?」
「っ、いわれなくても、わかっていますっ!」
解っている、わかっているのだ。
これは、村のため。村の人々を守るため。
そして、かの森の人を守ることにもつながるのだと。
でも。――でも、だけど、他に手段はなかったのだろうか?
排斥してしまうしか、できなかったのだろうか?
彼女は、人間だ。彼女はただの娘だ。私達と何が違うというの?
私は、村長の娘であり、その恩恵を受けている。
恩恵には責務が伴う。それが例え娘であろうとも――それを私は、解っていた。理解できていた。理解してしまっていた。
ああ。
いっそ、哀れなほどに愚かな娘であれたらよかったのに。
そうでないのならば、彼女を、この方法以外で守るなんらかの知恵が浮かぶほどの頭があればよかったのに。
私には、何の力もない。
何もできない。
私は、村長の娘で――そう、娘であり、女でしかないのだ。
村長を継ぐこともできず、ただ次の長に相応しい男性を婿として向かえて子をなす、そう、女でしかないのだ。
ああ、カイン。カイン――私の婚約者候補であり、初恋の人であり――今なお焦がれてやまないあの人が相手であるならば、と、どこかで思っていた私がいた。それならば、ただの愚かな娘のままであっても、例え何もできない娘であっても、あの人の傍にいられるのならばそれでもいいと――そう思っていた。
けれど。
カイン。ああ――彼は彼女に、ミオに惹かれている。あの異質で小柄で、どこか人と距離を置きながらも優しい空気を持つあの娘は、カインの心を捉えている。
そして。
そんな彼女を私は、恨む事も妬むこともできず――逆に慕わしくおもってしまっている。
どうして、私は娘なのだろう。
どうして、私は女なのだろう。
どうして、私には力がないのだろう。
私には――なにもできない。
彼女を救うことも、手助けすることも、排斥されてゆく存在を留めることも。
きつく唇を噛み締める私に、父の顔が歪む。
力がほしい。
いいえ、力じゃない、私にだってなにかできるのだと、村長の娘として、なにかしたいのだと、ふいに気づく。
――私に、何ができるだろう。
――私にだって、なにかできることがあるはずだ。
不意に浮かんだ、救いのような想いに、きつく瞼を閉じる。
ああ、カイン。そして――ミオ。
大きく息をついて、瞼を開く。
迷っていても、嘆いていても、何も始まらないのだ。
できることを、なにかできることを、してゆくしか、ない。
それは、不意に私の中に深く深く根付いて、じんわりと染み入っていった。
父が、じっと、私をみていた。