排斥
しばし、三人で他愛もない事を話していると、再び扉が開いた。
ふっと声が途切れ、沈黙が落ちる。一斉に視線を向けた、先。
「……待たせたかな」
入ってきた壮年の男性に、立ち上がって礼をする。
ロナの父親、ベルン家の当主であり――トマソンの村の長が、穏やかな表情でそこにたっていた。
ロナの表情が僅かに歪む。それにちらりと視線を向けた村長は、僅かに苦い笑いを浮かべると、私達に座るよう勧めてきた。
後ろから現れた使用人が、どこか慇懃な仕草で、4人分のお茶を用意してさっていく。
誰も口を開かぬまま、静かな時間がすぎる。
表情を歪ませたままのロナ。眉根に皺がよっているカイン。どことなく不可思議な笑みを浮かべたままの村長。
なんだろう。何がはじまるというのか。
いたたまれない。否、自分に関わることには違いないのだろう。しかし、なにも知らせれていない、推察できない状態で、この空間に身をおくには、足場が不安定すぎる。……身の置き場がない、というのか。
思わず、僅かに身じろぎする。
空間には、微かにカップとソーサーの触れ合う音が、時折響くのみ。
そして。最初に口火を切ったのは、村長だった。
「――さて、ミーオ」
低い声が、沈黙を破る。
「……はい。」
静かに向けた視線の先、村長はまっすぐに、私をみていた。
「君はダロス老の養い子であり、この村の客分である」
ひとつ、頷く。
「けれど――君は、この村の住人ではなく、また、この国の国民でもない」
「お父様!」
小さく叫ぶようにロナが父を呼ぶ。まるで非難するように。――なにかを止めようとするように。
ロナはなにかを知っている。そして――カインも。
ちらりと見やれば、苦々しい表情で、カインは村長を睨むようにみていた。
「ロナ、お前は黙っていなさい」
ロナを軽くあしらった村長は、どこか強張った、真摯な表情で、私をみていた。
こくり、と、喉がなる。これから告げられることを、予感して。そう、おそらく、私はわかっていた――こんな日が、来るだろうことを。
静かな声が、部屋に響く。
「ミーオ。村への出入りを、村長権限において、禁止させてもらう」
痛いほどの沈黙が、室内を支配して、いた。
春にシュトレックに広まった噂は、カインによって村に持ち帰られた。
カインは――ミオの事を護りたいと、村長、またロシェの当主らへと、そのことを伝えた。
そしてもたれた話し合いの中で、問題点がいくつか話し合われた。
ひとつ。ミオがこの村の住人でもなくこの国の国民でもないこと。さらには、この世界のどこにも、住人としての登録がない、こと。
ひとつ。彼女の持つ色彩が異質であり、一歩間違えれば害なすものとして排除される存在であること。
この大きな二つの問題点に、さらには村の中にもその異質さを忌避するもの達がいること、もし、彼女の存在が中央や領主に知れた時、もしそれが問題視された場合――その存在を保護していると思われれば、なんらかの罰則が適応されないとも限らないこと。
村長はいう。
村人でなく、国民でもない、異質の存在であるミオを、村が保護していると理解されることで、村に起こるかもしれない悪影響から、村をまもらなければならない。村人を守らなければならない。ミオという存在を守ることよりも、ミオを切り捨ててでも村の多くの人間を、そしてこの村を守ることが大事なのだ、と。
森から出て行け、などと言うつもりはない。
けれど、村への出入りを、ミオが行うことは、今後やめてほしい、と。
必要な物は入手できるよう、ロシェの家を通して取り計らう、と。
じっと、村長は私を見詰めていた。冷たい視線。けれど――その奥で揺れる感情。それは畏怖? 愛惜? それとも……?
ぱちん、と、意識の奥で、なにかがはじけた。唐突に理解する。これは、私を守るためのものでもあるのだ、と。そう――村がミオを知らないといえるように。森の中に隠棲することができるように。そのための今回の措置、なのだ。
「……わかりました」
頷く以外に、私に何ができただろう。
「っ、ミーオ!」
「ミオ!」
声をあげるカインとロナに、笑みを向ける。大丈夫、そんな思いを込めて。
ああ、二人とも、なんて優しいのだろう――そして、愛しい。
ひとつ、息をついて。まっすぐに村長に視線を向ける。ゆっくりと、頭を下げた。
「色々とご迷惑をおかけして、申し訳ありません。――生きていく上で、必要な部分ではまだまだ村のお世話になるかと思いますが、ご迷惑をかけないようにいたしますので、よろしくお願いいたします」
そして――ありがとうございます。
心の中だけで、そう、呟いた。
村長の家での話は、重い空気のまま、終わりを告げた。
「……ミーオ、本当にいいの?」
村長が退室した後の部屋の中で。
ロナがゆれる表情のままに問いかける。
「ロナ、いいも悪いも――わかっているのでしょう?」
そう、ロナはわかっているはずだ。彼女は賢い。長の選択が、村にとっては正しいものだと、わかっているはずだ。ロナは、村の長の娘であり、娘達の代表でもあるのだ。娘達を守ることも、彼女の責務でもある。それは村長の娘に生まれた故の必然であり――彼女もまた、それに相応しい力を持っているのだから。
きゅっ、と、ロナが唇を噛み締める。
「……ミオ」
カインが、どこか苦しげに言葉を紡いだ。
「心配しないで。――まったく会えなくなるわけじゃ、ないもの。私は、大丈夫」
ね、と、二人に笑いかける。
二人とも、それ以上は何も言わず――ただ、私をみつめて、いた。