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リルシャの森に住む人  作者: 喜多彌耶子
第二章 トマソンの村
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排斥

しばし、三人で他愛もない事を話していると、再び扉が開いた。

ふっと声が途切れ、沈黙が落ちる。一斉に視線を向けた、先。


「……待たせたかな」


入ってきた壮年の男性に、立ち上がって礼をする。

ロナの父親、ベルン家の当主であり――トマソンの村の長が、穏やかな表情でそこにたっていた。


ロナの表情が僅かに歪む。それにちらりと視線を向けた村長は、僅かに苦い笑いを浮かべると、私達に座るよう勧めてきた。


後ろから現れた使用人が、どこか慇懃な仕草で、4人分のお茶を用意してさっていく。


誰も口を開かぬまま、静かな時間がすぎる。


表情を歪ませたままのロナ。眉根に皺がよっているカイン。どことなく不可思議な笑みを浮かべたままの村長。


なんだろう。何がはじまるというのか。

いたたまれない。否、自分に関わることには違いないのだろう。しかし、なにも知らせれていない、推察できない状態で、この空間に身をおくには、足場が不安定すぎる。……身の置き場がない、というのか。

思わず、僅かに身じろぎする。


空間には、微かにカップとソーサーの触れ合う音が、時折響くのみ。



そして。最初に口火を切ったのは、村長だった。


「――さて、ミーオ」


低い声が、沈黙を破る。


「……はい。」


静かに向けた視線の先、村長はまっすぐに、私をみていた。


「君はダロス老の養い子であり、この村の客分である」


ひとつ、頷く。


「けれど――君は、この村の住人ではなく、また、この国の国民でもない」


「お父様!」


小さく叫ぶようにロナが父を呼ぶ。まるで非難するように。――なにかを止めようとするように。

ロナはなにかを知っている。そして――カインも。

ちらりと見やれば、苦々しい表情で、カインは村長を睨むようにみていた。


「ロナ、お前は黙っていなさい」


ロナを軽くあしらった村長は、どこか強張った、真摯な表情で、私をみていた。

こくり、と、喉がなる。これから告げられることを、予感して。そう、おそらく、私はわかっていた――こんな日が、来るだろうことを。



静かな声が、部屋に響く。



「ミーオ。村への出入りを、村長権限において、禁止させてもらう」




痛いほどの沈黙が、室内を支配して、いた。





春にシュトレックに広まった噂は、カインによって村に持ち帰られた。

カインは――ミオの事を護りたいと、村長、またロシェの当主らへと、そのことを伝えた。

そしてもたれた話し合いの中で、問題点がいくつか話し合われた。


ひとつ。ミオがこの村の住人でもなくこの国の国民でもないこと。さらには、この世界のどこにも、住人としての登録がない、こと。


ひとつ。彼女の持つ色彩が異質であり、一歩間違えれば害なすものとして排除される存在であること。


この大きな二つの問題点に、さらには村の中にもその異質さを忌避するもの達がいること、もし、彼女の存在が中央や領主に知れた時、もしそれが問題視された場合――その存在を保護していると思われれば、なんらかの罰則が適応されないとも限らないこと。


村長はいう。


村人でなく、国民でもない、異質の存在であるミオを、村が保護していると理解されることで、村に起こるかもしれない悪影響から、村をまもらなければならない。村人を守らなければならない。ミオという存在を守ることよりも、ミオを切り捨ててでも村の多くの人間を、そしてこの村を守ることが大事なのだ、と。


森から出て行け、などと言うつもりはない。

けれど、村への出入りを、ミオが行うことは、今後やめてほしい、と。


必要な物は入手できるよう、ロシェの家を通して取り計らう、と。


じっと、村長は私を見詰めていた。冷たい視線。けれど――その奥で揺れる感情。それは畏怖? 愛惜? それとも……?


ぱちん、と、意識の奥で、なにかがはじけた。唐突に理解する。これは、私を守るためのものでもあるのだ、と。そう――村がミオを知らないといえるように。森の中に隠棲することができるように。そのための今回の措置、なのだ。



「……わかりました」


頷く以外に、私に何ができただろう。


「っ、ミーオ!」

「ミオ!」


声をあげるカインとロナに、笑みを向ける。大丈夫、そんな思いを込めて。

ああ、二人とも、なんて優しいのだろう――そして、愛しい。


ひとつ、息をついて。まっすぐに村長に視線を向ける。ゆっくりと、頭を下げた。


「色々とご迷惑をおかけして、申し訳ありません。――生きていく上で、必要な部分ではまだまだ村のお世話になるかと思いますが、ご迷惑をかけないようにいたしますので、よろしくお願いいたします」


そして――ありがとうございます。

心の中だけで、そう、呟いた。





村長の家での話は、重い空気のまま、終わりを告げた。



「……ミーオ、本当にいいの?」


村長が退室した後の部屋の中で。

ロナがゆれる表情のままに問いかける。


「ロナ、いいも悪いも――わかっているのでしょう?」


そう、ロナはわかっているはずだ。彼女は賢い。長の選択が、村にとっては正しいものだと、わかっているはずだ。ロナは、村の長の娘であり、娘達の代表でもあるのだ。娘達を守ることも、彼女の責務でもある。それは村長の娘に生まれた故の必然であり――彼女もまた、それに相応しい力を持っているのだから。


きゅっ、と、ロナが唇を噛み締める。


「……ミオ」


カインが、どこか苦しげに言葉を紡いだ。


「心配しないで。――まったく会えなくなるわけじゃ、ないもの。私は、大丈夫」


ね、と、二人に笑いかける。




二人とも、それ以上は何も言わず――ただ、私をみつめて、いた。




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