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2.絶望の味、鉄の味。

すいません。書きたいときに書くので、文章がとんでもなく短い時もあればそこはかとなく長い時もあります。

楽しんで。






どうしてこうなった。


青黒い空の下、そこに広がるは紅蓮の炎。立ち上っては、火花の欠片が夜に散る。悲鳴と、嘆きと、悶えと、助けを乞う声、そのどれもが明瞭に鼓膜を叩く。ここを地獄と呼ばずして、なんと形容すればいいのだろう。息も絶え絶え、丘を下って森を抜け、野を抜け地を駆け、エリアスは既にその地獄を目前に立ち尽くしていた。

「嘘だ、一体何が」

その答えを示すかのように、市街地からだろうか、雑多の音を切り裂く鋭い警告音が聞こえてきた。

〈警報、警報。警戒レベル最大。隣国による強襲・並びに大規模侵攻が発生。該当地区の住民は直ちに該当地区の緊急シェルターへ。カロン区、ヴォー〉

バツンと、サイレンは唐突に切れた。それとほぼ同時に聞こえる、今までより一層大きな爆発音。その方向に目線をやると、遥か遠くで大きく空へ上る黒煙を捉えた。

「方角からして地区管理局が…?そんな、軍は何をしてる!」


ガガガガガガ…


「うわぁ!」

近くの建物が揺れ始めた。おそらく倒壊するのだろう。まずはここから離れて、妹と弟を助けに行かなければ。それが俺に課された宿命とも言える。

「俺がみんなを、助ける。」

そう頭で考えたころには、もうエリアスの体は火の海の中に投げられていた。


見慣れた町、そのどれもが今にも朽ちんと言わんばかりに悲鳴を上げる。まだ状況の整理もできていないのに、それでも世界は動いていく。時間もきっと、止まってはくれない。ならばせめて今だけは、この足を止めずに動かし続けろと、破れそうな心臓に叫ぶ。

「間に合ってくれ…」

黒煙が肺に痛む。肌を焦がす爆炎は、腕の感覚ごと持っていってしまったようで、右腕にはもう痛み以外の感覚がない。

ふと倒壊する町の音に、違和感を感じた。重機械が跋扈するような、質量をもった音が、耳に入る。そこには、この町の惨劇を、まるでゴミを見るかのような目で見下ろすのはアビス皇軍の旗印を背負った重機械。その見てくれは、鋼を固めて尖らせたような無骨な鉄筋の寄せ集め。

「なんだよ、なんなんだよアレ。」

しかしその機械は燃えゆく劫火の中で、黒光りする装甲を反射させ、そこに佇んでいた。黒鋼の集団は、歩みを止めない。悲鳴の中で悲鳴を生み、炎の中で血を纏う。その黒い悪は、街を彷徨い新たな標的(ターゲット)を探さんとしていた。

「こっちはまずい、それより皆が!」

エリアスは未だ足を止めずに町の大地を蹴っていた。眼前に広がるは煌々と燃え盛る業火と、すでに人間の形をとどめていない、町の仲間たちの亡骸だった。死体に埋め尽くされた地面の中、そこから見覚えのある人がいた。

「おい、マーチルッ!マーチルッ!」

脾腹を建物の残骸が潰していた。しかし呼吸は薄くともまだ続いている。気づけばエリアスは大粒の涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。マーチルはゆっくりと目を覚ますと、苦しそうな呼吸の中でエリアスに話しかけた。

「その声はエリアス…エリアスだな。すまない、俺はもう目が見えないんだ。火炎で目をやられちまったらしい…ッ…」

「喋んじゃねえ!」

「エリアス、お前の顔くらい最後に見たかったよ。まだ無事なら、お前は逃げろ。逃げて生きろ…俺からの頼みだ。」

目から光が消えた。火は止まずに、熱を上げ続けているというのに、マーチルの体は、もう熱を持つことはなかった。

「は…家族みんなは…!」

エリアスは悲しむ暇もなく、涙に濡れた顔を拭うと、一目散にその火炎の中に飛び込んでいった。

熱い、苦しい、痛い。半身は爛れ、空気すらも肌には痛い。呼吸も乱れ、鉄の味が口の中に広がる。母さん、おばさん、シス、カイト、痛みで止まろうとする度に、家族の笑顔が絶望に落ちていく様子が頭に浮かぶ。止まらない、まだ止まれない。跳ねる心臓のパルスが、まだ走れると叫ぶ。

「ここの角を曲がれば家だ…まだこっちには燃え広がりきってない。被害は少ないはず…」

通りを抜けてビルを抜けて、馴染みのある道路を抜けた先に、奴はいた。

軋む機械音は死者たちの叫びの代弁のように、そして鋼の装甲は鈍く輝き、ゆっくりと、しかし装甲の隙間から覗く顔から見える二つの眼光は無力なエリアスを補足していた。

「やばいっ…」

一瞬時が止まった。明確な、そして邪悪な殺意が、エリアスの恐怖心を、その二つの目で睨んでいたのだ。

突如、鉄の塊が走り出した。目標はエリアス。瞬時に全てを悟った。

「死ぬッ…」


〈殲滅対象を確認。排除する。〉

「…!」

咄嗟に逆方向に駆け出す。それとほぼ同時に後ろから聞こえる、巨人が地を踏みしめる轟音。

迫りくる気配に、もはや振り返る事すらも、恐怖で首が動かない。

音がもうすぐ後ろに迫ったその時、エリアスは目の端に見えた小さな路地へと飛び込んだ。

「痛っ」

爛れた皮膚がアスファルトに擦れて、喉元で詰まる悲鳴を必死にこらえ、物陰に身体を押し込む。

どうやら俺を痛めつけた煙と炎が、皮肉にもあの鉄塊の視界を遮ってくれたようだ。

〈対象の補足に失敗。アビスシステム・スタンバイ。〉

障害物?まさか。しかし、それは余りにも馬鹿げた話だ。障害物など、それが建物であるとするならそれを瞬時に壊すのは不可能だ。今のうちに逆方向へとまずは逃げよう。

身体を逆方向に構える。まさに走り出そうと地を一歩蹴り上げた瞬間、金切り声のような不協和音とここら一帯を球状に覆う光のオーラが見えた。

「なんだよ、これ」

その光の粒子は、ふよふよと行く当てもなく揺蕩っていた。不協和音とは、あまりにもミスマッチな光景につい目を奪われてしまう。しかし、その粒子が段々とあの鋼の重機械へと身を寄せ合っていく。瞬時にそれが、エネルギーの凝縮であることに、エリアスの直感は気づいた。

「ここから逃げ…」

なんだ?体が動かない。違う、意識が遠のいているんだ。

心臓の鼓動が、耳に良く届く。しかしそれは、心臓の鼓動以外が極端に小さく聞こえるからだ。肺が委縮する。脳が抜け落ちる。体の中にある、臓物という臓物が、体から漏れ出そうだ。脱力感に、エリアスはどうにもできずに座り込んだ。

「みん、な。」

瞼が重い。しかし、この目を閉じてしまっては、きっと俺はもう戻れない気がする。

「お、れ」

足を前に踏み出す。辛く、重い足を一歩前に。

もう一歩。今度はさっきよりも強く、踏み出した。腕を振って、もう一歩、もう一歩。

路地を進んでいく。揺蕩う光が頬をかすめる。あと少しで、この路地から抜け出せる。

一歩、一歩、あと一歩。


ドン


脇腹が温かい。目線を下ろした先にあったエリアスの上半身には、既に鮮血と、拳一個分ほどの大きな穴が開いていた。突然襲ってくる痛覚に、視界がブラックアウトする。今はもう、地面に身を委ねることしかできなかった。

遠のく意識の中で、ぼんやりと野太い男の声が聞こえる。


「…こいつ…だ…生きてやが…連れて…」




何がだ?こんな声のやつ、俺は知らない。と、思考したのを最後に、記憶はない。

もっとも、今はたっぷりと考える時間があるわけだが。

「捕虜ナンバー827。出てこい。実験の時間だ。」

こうして俺は、何重にも重ねられた地層の下の、敵国の実験場にこの身を捕らえられた。







〈2.絶望の味、鉄の味。  完〉

次回をお楽しみに。

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