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日常は風に揺れ、華の如く。

お手に取って頂きありがとうございます。

楽しんで。












太陽系の遥か彼方、此処から億光年の単位を超えたその先に、銀河の中に埋もれた重力を持つ星「ロンド」。かつてその星は潤い、麗しい大地に恵まれていた。生命が生まれ、輪廻の中で進化を重ねていった。動物はヒエラルキーの中で生を謳歌し、やがて「ヒト」が誕生した。そこからヒトは石を手に入れ、火を使い、やがて大文明へと進化していった。しかし、ヒトは余りにも愚かであり、そして強欲極まりなかった。成長した文明は、やがて侵略の道具へと生まれ変わり、この大地の上で平穏の地は消え去った。軍事転用されていった様々な発明、しかしそのどれもが決定力を持たない、凡なモノばかりだった。もっとも、それは「ソウルドライヴ」が現れる前の話である。

ソウルドライヴの出力は、一般兵器にはあまりにもオーバースペックだった。それ故に、力を扱いきれずに軍事機械のキャパシティーを超えては、その度に凄惨な自爆事故を起こしてしまった。それ故にソウルドライヴは数ヶ国の研究室、その資料室の奥に身を潜めた。長年脚光を浴びずに埃を被っていたその技術は、約100年を経過したある時に再びその心臓を動かすことになる。ソウルドライヴの技術は侵略帝国アビスの襲撃によって全ての国から奪取され、今やその技術はアビスに独占されてしまった。

アビスの研究者たちも同じくソウルドライヴの余りにも膨大な力の制御に悩まされていた。そして、試行錯誤、数多の失敗作品の先に出来上がった兵器こそ

「Terrifying Impact,Titanic Annihilation, Neutralizing all.」恐るべき衝撃と巨人の如き殲滅速度が全てを無力化する。これらの特徴の頭文字を取り、「TITAN」と呼ばれるようになった。

鎧は鋼よりも硬く、しかし動きは人間よりも人間らしく、また人間では成しえない芸当までもその関節はこなしてみせる。その巨大な図体とは裏腹に、その敏捷性はもはや目で追う事さえ困難である。また、タイタンの特筆すべき点は、機体の脊髄とも言えるフレームには隅々にソウルドライヴの駆動系統が埋め込まれており、余すことなくその出力を開放することができる。しかし生産コストが高く、適合者も少ない現状は、なかなか戦場に顔を見せない。タイタンの生産台数は現状98である。

しかしそんなこともつゆ知らず、世界は歯車を止める事無く回し続ける。滑車が回れば、運命が回る。そして世界は、終末へとその足を進め始めていた。


AG(アビス・ジェネ):0040。殺さなければ殺される。いつしか瑞々しい地球は、人間の争いの轍によってかつての麗しい姿を無くしていた。国家は独立・侵略を繰り返し、今を生きる人々は常に死と隣り合わせの恐怖の中で暮らしていた。俺もそのうちの一人。澱んだ空は今日も晴れない。機界都市アヴァーロの置物小屋の隅、見上げた天井に空いた隙間から吹く風が、やけに生温い。


「おはようおばさん。」

「あらエピ、随分と早いのね。朝ごはんはまだよ。」


はーい、生返事を返し扉を開ける。目に飛び込んでくるのは排気ガスが覆う鈍色の空と仰々しい剝き出しの鉄筋まみれの住宅街、いつもの光景なのに新鮮に感じる。今日の風はガス臭くもどこか清々しかった。吹き抜ける風が頬を触る。午前八時、早起きは三文の徳とはいうが三文じゃ少ない気もする。ただ気分がいいから何でもいい。

今日は町工場近くの青果店で食材を買わなきゃいけない。家の備蓄が切れるのは案外早いもので、弟と妹の面倒を見るのはそれなりに大変なのだ。母が床に伏している以上、長男の俺の出番ってわけ。青果店までは案外距離がある。今日の鼻歌は最近インターネットで人気急上昇中のルシー・ラブメイカーの「bye bye」。ルシーの曲の中ではマイナーと言われがちだが、どうにもこの曲が頭から離れない。別に歌詞に特別共感しているわけでもなければメロディーが特別好きなわけでもないが、サビが終わった後の鼻歌パートが好きなのだ。

道行く人々は土と油が臭うが、どこか毎日を楽しく過ごしているような生き生きとした活気がある。血のアビス皇軍の襲来から五年、町は昔とまでとはいかずとも、少しずつ生きる力を取り戻したようだ。死者十万人、負傷者は数知れず、全てを失ったアヴァーロ抗争の日は今でも鮮明に覚えている。





「こっちだエリアス!」

まだ十一だったエリアスの耳に、銃声と轟音は恐怖を掻き立てる材料としてあまりにも十分すぎた。群衆は立ち上る炎の中を彷徨い、爛れた肌の痛覚がまだ生きていると教えてくれる。火の中に逃げ道はなく、崩れる瓦礫から逃げる事しか、エリアスにはできなかった。

みんなはどこに行ってしまったのか。死んでしまったんじゃないか。そんな事が脳裏に過る度に足が竦む。

「こっちだエリアス!」

とっさに自分の名前を呼ばれ吸い込まれるように路地に身を投げた。目線の先にいたのは、知らない顔の男だった。中年で長髪、しかしどこか包み込むような優しい声だった。

「おじさん、誰…」

気づけば涙が落ちていた。緊張が解け、足から崩れ落ちる。そんなエリアスを、ひょいっと男は抱きかかえて言った。

「もう、心配するな。」

涙を拭うその手は逞しく、いわれのない安心感がエリアスを包んだ。

そこで意識は途切れた。極度の緊張状態で気が付かなかったが、どうやら脳に軽い損傷があったらしい。目を覚ますとそこは無機質な天井と一定の間隔で鳴る電子音だった。





そんな地獄から五年。俺は16歳にして兵士という道を選んだ。俺が助けられたように、俺も誰かを助けたい。そんな単純な感情が俺を突き動かして、ここまで来た。来月からアヴァーロの軍人として小隊に配属が決まった。それまでの暇に親孝行は済ましておきたかった。おばさんもアヴァーロ抗争でおじさんを無くして以来はずっとこちらに住んでいて面倒見もいい。心配事こそないが、逆にうまくいきすぎている気がしてそれはそれで心配だ。

「お、ピアースのガキか。鼻歌なんか歌って上機嫌なもんで、彼女でもできたかい?」

「ん?女子はみんなインターネットのイケメンに夢中だろ?アヴァーロの貧民を好きになるやつがいるもんか。」

「おい俺はアヴァーロの貧民だがモテるぞ」

「はいはいそうだね厄介おじさん。」

あいつは新聞屋のマーチル・ウォット。頑固おやじで意地っ張りだが、何気に面倒見はいいのが特徴。うちの母さんがよく新聞を回してくれるから顔馴染みだ。マーチル的には母さんは可愛いらしいが、母さんはマーチルのことをただの新聞屋としか思ってない。片思い中のかわいそうなおっさんだ。

鼻歌も佳境に入ったところで青果店に到着。何を買おうかとひとしきり悩んでみるが、やはり安くて美味しいここの青果店オリジナルブレンドのレーション。ビタミンやなんやらが配合されてるらしい。一週間分のレーションとパンと水を両腕に引っ提げレジに向かう。

レジに足をのっけて態度悪く接客しているのはメリー・アンドレア。この町に染まりきった女って感じのやつだ。同じ年で幼馴染として長い付き合いになる。親の青果店をたまに見張り番として切り盛りしているが、どうせ盗みの絶えない治外法権の町。盗んだ輩は家族総出で袋叩き。おかげで客が俺以外ほぼ来なくなり赤字らしい。ただ赤字になったら商品を食えばいいとかいう訳のわからない生き方をしているので、まだこの町から出ることは当分なさそうだ。

「あんたくらいだね、律儀にレジに物持ってくる奴なんか。」

「当たり前だ。昔の言葉だとレジに通さないのはマンビキっていうらしいぜ。法律で禁止されてたらしい。」

「へ〜物知り博士じゃん。んで?ちゃんと金持ってんの?」

ポケットから事前にピッタリ払えるように計算した金額の金をぶっきらぼうにトレーにのっけた。

「あい、まいど~」

「…数えろよ。」

「どうせピッタリでしょ、少なかったら殴りに行くかんね。」

「手加減しなさそうだからちゃんと払ってあるよ。」

「わかってんじゃん。」

こうして他愛もない会話も終わり、帰路につく。大体いつもこんな感じだ。帰りの鼻歌もやっぱりルシーのがいい。どこか聞き馴染みのある鼻歌は、遠い昔の記憶が戻りそうになるからだ。

(遠い昔…ね。)

アヴァーロ抗争によって脳に損傷を受けたわけだが、どうやら記憶機能を司る部分が一部欠損しているそうだ。そのせいで過去の記憶はほぼない。まあ、母などから定期的には教えてもらうものの、いまいちピンとこない。

帰ってもまだ午前10時だった。お昼ごろかと思ったがそうでもないみたいで、少しお得な感じがする。朝ごはんを食べていないなと思い、家に上がるとすぐにリビングに向かった。

「は、はぁ~!?」

無い。そこに並べてあったのはすでに食い散らかされた後の食器たちだった。部屋にはおばさん以外の姿もなく、おばさんに問い詰める。

「おばさん!俺の朝ごはんは?」

「おばさんとは、エピも生意気な口を利くようになったわね?お母さんに似たのかしら。この世は弱肉強食、獲物を獲物のままにしておくライオンはいないでしょう?」

「ッ…!」

ふと思い当たる節があり、二階へと駆け上る。そこには仲良く二人でゲームをしている弟と妹の姿があった。

「あれぇ?お兄ちゃん随分と帰りが早いのね?」

「しらじらしいぞシス、それにカイト。」

弟に至っては目線をこちらにすら向けずに一蹴。

「朝ごはんは朝しか食べれないんだぜお兄ちゃん。」

「くっそこのっ...!」

怒り任せに二人を追いかけると、二人は部屋の中で、俺から逃げ始めた。

踏みしめる床。逃げ惑う二人を追いかける俺は、どこか満たされていた。平穏な毎日、なんてことない毎日。しかしそんな日々が当たり前に続くわけではないのだ。今という、小さく儚い、今という時間を噛みしめると、心の底で疼く不安がどこか楽になった気がした。俺は手加減していた足を早めると二人を持ち上げ、頭をわしわしと撫でた。

(いつの間にこんな大きくなったんだろう)

ふと二人の成長に驚いた。つい最近までは言葉も喋れなかったような赤子のようにも思える二人が、今は減らず口すら叩けるようになったのだと、少し感心した。

「おし!二人には罰を与える!無限くすぐりをくらうといい!」

首と足の裏が弱いのはよく知ってる。ひとしきりくすぐり終わると俺はすでに笑い疲れ寝ている二人の弟妹に布団をかけ、部屋を後にした。

空も茜に染まり、烏が鳴いては飛び交う。

「あー。なんか、平和だな。」

ふらふらと歩いた先はいつもの小さな丘上の岩の上。疲れた足を休めるように、岩肌に上るとおもむろに寝転がってみた。五年前の記憶の断片が今もずっと脳裏に焼き付いて離れない。だが、それ以上に平和な毎日が俺の心の欠けていた部分を少しずつ埋めてくれた。なんてことない日が、ずっと続けばいい。いや、なんてことない日々を作るために、俺は兵士になるんだ。

鉄の町アヴァーロは未だ排気音で呼吸を続け、あちこちの蛍光灯やLEDが町の中に星を作っている。この不便な街も、不器用な住人たちでさえも、今は愛おしい。それに記憶も五年間で拾い集めてきた。大切な友達、大切な場所、大切な物。そのどれもが、今の俺を作り上げてきた。この丘上の岩は、俺が幼いころにいつもいた場所らしい。確かに町の喧騒から抜け出せる唯一の場所だ。心が落ち着き、虫や木々のさえずりに耳を傾ける。過去を想っては、未来を願う。そんな日々がこれ以上なく愛おしかった。見上げた空は疾うに星が出ており、色とりどりの光が視界を埋め尽くした。この景色が変わらないことを、今日も願う。



ドォン…



轟音は唐突に、しかしはっきりと耳に届いた。遠くから響いた爆発音。それは聞き馴染みのある、開戦の合図だった。




【第一章:日常は風に揺れ、華の如く、散る。】

完。

次回もお楽しみに。

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