↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
舞風学園演劇部1 青春の開演  作者: 舞風堂
第二章 心の物語
PR
9/26

第九幕 ノスタルジーな旅、ふたりの地元へ

「みこ、またお引っ越しよ」


 母の優しい声に、小さなみこは静かにうなずいた。


「……うん」


 段ボールが積まれた部屋。

 慣れたはずの光景なのに、胸の奥は何だか苦しかった。


 父の仕事の都合で、何度も町を変えてきた。

 幼稚園でも、小学校でも。


「また転校するの?」


 そう聞かれるたびに、みこは笑って「うん」と答えた。


 だけど、本当は違った。


(また、お友達とお別れなんだ……)


 ようやく名前を覚えてもらえた頃には、また引っ越し。


 仲良くなれそうな子がいても、すぐ離ればなれ。

 だから、少しずつ思うようになった。


(どうせまた転校するから……)


 無理に友達を作らなくてもいい。

 そう自分に言い聞かせるようになっていた。


⸻


 そして今回の引っ越し先は、母の実家がある見晴町だった。


「しばらくは、おばあちゃんのおうちから学校に通うのよ」


 古い商店街。

 木造の駅舎。


 ゆっくり流れる時間。


 初めて見る町なのに、不思議と落ち着く景色だった。


⸻


 転校初日。


「今日からお友達になる、城名みこさんです」


 教室の前に立ったみこは、小さく頭を下げる。


「よ、よろし……よろしく、おねがいしま……」


 緊張で言葉がもつれ、教室が少しだけ静かになる。


「よろしくお願いします……」


 もう一度言い直し、席へ向かう。


 休み時間になっても、誰にも声をかけられなかった。


 みこも、自分から話しかけることができない。


 窓の外を眺めながら、一人で時間が過ぎるのを待っていた。


⸻


 放課後。


 なんとなく歩いていると、小さな神社にたどり着いた。


 石段に腰を下ろし、一人で空を見上げる。


(ここでも……友達できないのかな)


 その時だった。


「ねぇ!」


 元気いっぱいの声が響く。

 振り向くと、ラムネ瓶を二本持った女の子が立っていた。


「ひとり?」


 みこは小さくうなずく。


「じゃあさ!」


 女の子は笑顔で一本差し出した。


「ラムネ飲も!」


「……え?」


「一人で飲むより、二人で飲んだ方がおいしいから!」


 あまりに自然な笑顔に、みこは思わず受け取る。


「……ありがとう」


「私は小塚紗里!」


 胸を張って名乗る少女。


「みこは?」


「……城名みこ」


「じゃあ、みこちゃん!」


 その呼び方が、少しくすぐったかった。

 二人は石段に並んで座り、ラムネを飲む。


 ビー玉が落ちる「カラン」という音が、静かな境内に響いた。


「また明日も遊ぼ!」


「……うん!」


 その返事は、この日一番大きな声だった。


 後に二人が「秘密基地」と呼ぶことになる天ノ杜神社で、紗里とみこの物語は始まった。



「まもなく、終点の見晴(みはれ)駅です――」


 見晴町。ここは風丘市からは電車で1時間程の場所。

 紗里とみこの地元でもあり、昔ながらの雰囲気が残っている。


「……着いた!」


 ひのりが立ち上がり、バッグを肩にかける。


「いよいよ、“地元ツアー”開幕だね!」


 白く塗られた木造の駅舎に、電車がゆっくりと滑り込む。


 ひのり、七海、唯香は電車を降りると改札を抜けた先、ロータリーには私服姿の紗里とみこが待っていた。


「よっ! ようこそ田舎駅へ〜!」


 紗里が両手を広げて出迎えると、隣でみこも帽子を押さえながら、小さく手を振る。


「遠いところ……来てくれてありがとう……!」


「わ〜、ほんとに来たんだ……! 地元っ子のお出迎えって、なんか感動……!」


 ひのりは周囲を見回しながら、ふいに目を輝かせた。


「よしっ、では本日も始まりました〜〜! “舞風どうでしょう”、地元探訪編〜〜!!」


 そう言いながら、胸を張って一歩前に出る。


「レポーターはこの私、本宮ひのり! カメラは七海ちゃん! ナレーションは唯香ちゃん! そして現地ガイドは、紗里&看板娘のみこちゃんでお送りしますっ!!」


「何その大泉リスペクト……」


 七海が呆れたようにスマホを構えながら笑う。


「……本当に番組始める気なんだ」


 唯香がナレーション口調でぼそりと呟く。


「“果たしてこの旅、どんな珍道中になるのか……全貌は、まだ誰も知らない”」


「うわ、始まった!!」


 ひのりが嬉しそうに拍手し、紗里がノッて言う。


「じゃ、地元案内はあたしに任せてっ!」


「私……看板娘、がんばる……」


 みこがちょっと照れながらも覚悟を決めたように言い、五人は旅番組ごっこの空気のまま、ゆるやかに歩き出した。

 

 まず最初に向かったのは見晴町の小さな商店街だった。

 ひび割れた舗装、レトロな看板。どこか懐かしい昭和の匂いが漂う。


「はいっ、本日はこちら“見晴レトロストリート”からお届けしまーす!」


 ひのりがスマホに向かって叫び、七海が苦笑しながら撮る。


「ガイドは地元代表、紗里さーん!」


「どーもー! 生まれも育ちも見晴れ町、地元偏差値98です!」


 ノリノリの紗里に、唯香が淡々と付け加える。


「案内人・紗里。地元を知り尽くした少女が、懐かしき風景へ誘う」


「詩的すぎるナレーション……!」


 ひのりが笑いながら、店先へ目を向ける。


「まずは“武内魚店”! コロッケが名物!」


 揚げたての香りに、ひのりが目を輝かせる。


「これぞ旅番組の“視聴率取れるやつ”!」


「番組じゃないってば……」


 七海がすかさずツッコミを入れる。


「次は“橋本文具店”。小学校のころはここで全部そろえたの!」


 紗里の解説にひのりが笑い、唯香はまだ淡々と。


「棚の文具は、記憶と物語の種でもあるわね」


「唯香ちゃん、もうほぼプロ……」


 みこが小さくつぶやく。


「……こういうの、落ち着くかも」


「看板娘みこちゃん、いいコメント入りました〜!」


 軽口を交わしながら歩くうちに、五人の“旅番組ごっこ”はすっかり板についていた。


⸻


商店街の奥に、小さな木造の住宅兼駄菓子屋が見えてきた。


「到着〜! ここが地元キッズの聖地、『ふるや』!」


 紗里の紹介に、ひのりがスマホへ向けて興奮気味に語る。


「懐かしさ120%……! これぞ放課後文化!!」


 店の引き戸を開けると、チリン、と鈴が鳴った。


「あらまあ、紗里ちゃんにみこちゃん! 久しぶりだねぇ」


 奥から顔を出した店のおばあちゃんが、二人を見てにっこりと笑う。


「おばちゃん、久しぶりー!」


 紗里が元気よく手を振る。


「今日は演劇部のみんなを連れてきたの!」


 みこも小さく会釈する。


「こんにちは……」


「まあまあ、お友達も一緒かい。ゆっくり見ていきな。ここは昔も今も、子どもたちの味方だからねぇ」


「粉ジュースまだあるの!? エモすぎる!」


 ひのりが目を輝かせ、唯香は淡々と棚を眺める。


「昭和中期のデザイン……資料価値が高いわ」


「唯香ちゃん、急に学芸員みたいになってる……」


 七海が笑う。


 紗里は懐かしそうに棚を見回した。


「ここ、小学生の頃よく来たんだよね」


「……うん。学校帰りに、紗里ちゃんと」


 みこも小さく笑う。


「ラムネとか、よく買ってたよね!」


「紗里ちゃん、毎回すぐ飲み終わってたけど……」


「だって喉渇いてたんだもん!」


 二人のやり取りを聞いて、おばあちゃんが目を細める。


「昔から二人はよく一緒に来てたねぇ。紗里ちゃんは店に入ってくるなり大声でしゃべって、みこちゃんはその後ろで静かにお菓子を選んでてさ」


「変わってない……!」


 ひのりが思わず吹き出す。


「ほんと、そのまんまだね」


 七海も笑った。


「……そんなに変わってないかな」


 みこが少し恥ずかしそうに俯く。


 和やかな空気の中、奥からジュウゥ……と香ばしい音が聞こえてきた。


 おばあちゃんが鉄板で焼きそばを炒めている。


「ちょうどお昼だろ? よかったら食べていきな」


「ほんとに!? やったー!」


 ひのりが声を上げる。


 紗里も嬉しそうに胸を張った。


「ここの焼きそば、昔からうまいんだよ!」


「紗里ちゃん、昔からよく食べてたもんねぇ」


「今でも食べます!」


 紙皿が配られ、ひのりが勢いよく一口。


「んっ……まいう〜っ!! 香ばしさが神ッ!!」


「……石ちゃんじゃないんだから」


 七海が即座にツッコむ。


「でも、ほんと安心する味……」


 みこがそっと言う。


「子どもの頃から変わらない味だもんね」


 紗里も懐かしそうに頷いた。


 唯香が焼きそばを一口味わい、ナレーションのように呟く。


「――味覚は記憶の扉。“ふるやの焼きそば”は、きっとこの町で育った誰かの原風景」


「唯香ちゃん、旅番組モード続いてる……!」


 食べ終えたところで、紗里が手を打った。


「よし、次は“天ノ杜神社”行こ!」


「神社ロケきたー! 絶対いい画になるやつ!」


 店を出ようとする五人に、おばあちゃんが笑って声をかける。


「気をつけて行っておいで。またいつでも寄りな」


「はーい!」


「また来ます……!」


 紗里とみこが手を振る。


「おばちゃん、焼きそば最高でした!!」


 ひのりも何度も頭を下げながら、五人は「ふるや」を後にした。


 

「それじゃ、案内は“ご当地ガイド・紗里”にお任せくださーい!」


 紗里が得意げに胸を張り、ひのりが大げさにマイク代わりのペットボトルを向ける。


「はいはい、というわけで! 次の舞台は――“神秘と歴史が香る、天ノ杜神社”ですっ!」


 旅番組ごっこは続きながら、少女たちは次の目的地へと歩き出す――。


 木漏れ日の差す石段をのぼりきると、そこにはひっそりとした境内が広がっていた。


 小さな拝殿、手水舎、古びた狛犬。どれも手入れが行き届いていて、静けさの中に温かみがある。


「ここが、“天ノ杜神社”でございます〜!」


 ひのりが芝居がかった声で両手を広げると、七海がカメラを向けながらぽつり。


「……また始まった」


 唯香は静かにナレーション風に続ける。


「“天ノ杜神社”――町の背後に広がる森に包まれた、知る人ぞ知る小さな神社。地元の人々にとっては、日常の一部であり、思い出の交差点でもある」


 その言葉を受けて、紗里がふと真面目な顔になり、境内をゆっくりと見渡した。

 ナレーションを続けながら、唯香はふと心の奥で気づいていた。


(……今の私は、“演じさせられて”いるんじゃない。“自分から選んで”この声を出してる)


 子役だった頃。セリフの一言一言に、正解を探していた。

 でも今は違う。ただの遊び、旅番組ごっこ。そのはずなのに、こんなにも自然に言葉が出てくる。


(きっと私は、こうして“物語の語り手”でいるのが、いちばん自分らしいのかもしれない)


「……ここさ、あたしとみこが出会った場所なんだ」


「ここが……」


 ひのりが境内を見回す。


「うん。あの日から、この神社があたしたちの秘密基地になったんだ」


 紗里が懐かしそうに笑うと、みこも静かに頷く。


「……この町で初めて『帰ってきた』って思えた場所なの」


 少しの沈黙のあと、紗里が笑った。


「でもさ、昔のみこって今じゃ想像できないくらいドジだったんだよ」


「えっ、みこちゃんが?」


「自己紹介で噛むし、水筒こぼすし、先生に叱られると『ありがとうございます』って返すし」


「……あれは、どう返せばいいか分からなかっただけ」


 みこが恥ずかしそうに俯くと、みんなが笑う。


「でもね」


 紗里は優しく続けた。


「みこって、すっごく頑張り屋なんだ。運動苦手なのに毎朝ひとりで走ってたし、誰にも努力してるところ見せなかった」


「みこちゃん、それすごいことだよ」


 ひのりが真っ直ぐに言う。


 みこは照れながら微笑む。


「……ありがとう」


「だからあたし、みこのこと支えたいって思ったんだ」


「……紗里ちゃん」


 二人を見て、七海が微笑む。


「なるほど。二人が親友になった理由、分かった気がする」


 木々を風が揺らす。


 ひのりは境内を見回しながら、小さく呟いた。


「……“運命の場所”って、本当にあるんだね」




 そのとき――


 奥の社務所から箒を手にした神主がゆっくりと姿を現した。


「おや……これはこれは、紗里ちゃんに、みこちゃんじゃないか」


「わっ、神主さん!」


「こんにちは……! お久しぶりです」


 二人がぺこりと頭を下げると、神主は目を細めて笑った。


「大きくなったなぁ。まるで昨日まで、ここで走り回ってたみたいだ」


 演劇部の他のメンバーにも目を向けて、にこやかに続ける。


「お友達かい? ようこそ。この神社には、舞の神様も祀られておる。芝居を志す者には、なかなか縁深い場所じゃよ」


「出た〜、舞台とご縁のある神社だー!!」


 ひのりがテンション高く声を上げ、唯香が即座に補足する。


「神楽や奉納舞がルーツになっている演劇は、神社との歴史的関係が深い。これは資料価値もあるわ」


「ちょっとガチ解説入りましたー!」


 七海がカメラを下ろして笑い、紗里とみこも顔を見合わせて自然に笑った。


全員で拝殿の前に立ち、手を合わせる。


 パン、パン。


 小さく響いた拍子に、木々がそよぎ、どこか神聖な空気が流れた。


「……じゃあ、お参り終わったことだし、そろそろ次に――」


 ひのりが言いかけたとき、神主が声をかけた。


「せっかくだ。休憩所で少し休んでいかんかね? お茶とお菓子ぐらいは用意できるぞ」


「えっ、いいんですか!? ありがとうございますっ!」


 神主に案内されて、境内の奥にある古風な休憩所へ。


 畳敷きの広間に、低い木の机。開け放たれた縁側から、風がそっと入り込む。


 テーブルの上には急須と湯呑み、そして地元の和菓子が置かれていた。


「わあ……神社でお茶会って、なんか不思議」


 ひのりが湯呑みを両手で包みながら笑う。


「この静けさ……舞台の幕間みたい」


 唯香が縁側の外を眺めながら、小さく呟く。


「感想がもう演出家なんだよなぁ」


 七海が苦笑混じりにツッコむ。


 紗里とみこは、少し離れたところで並んで座り、静かに笑い合っていた。


「……昔もさ、祭りの後とか、ここでラムネ飲みながら話してたよね」


「うん。今日のことも、きっと思い出になるね」


 しばしの沈黙。

 心地よい風が静かに時を満たしていく。


「ここ、落ち着くね……」

 ひのりがそう漏らすと、紗里が懐かしそうに空を見上げる。


「……うちらさ、実はこの神社で、舞風学園に受かりますようにって願かけたんだよ」


「えっ、マジで!?」


「受験前に来てさ、“都会の学校なんてムリかも”って話してたんだよね」


「まさか受かるとは思ってなかったけど」


 みこが照れたように笑う。


「いいなぁ〜、青春の受験祈願だ……!」


ひのりが羨ましそうに声を漏らす。


「ちなみに私は、七海ちゃんの鬼特訓のおかげで受かったんだ」


「人聞き悪い言い方やめてくれる?」


 七海が即座にツッコみ、場に小さな笑いが広がる。


「……でも、ここが最初の一歩だったのかもね」


 紗里がぽつりと呟いたあと、少しだけ視線を落とした。


「あたしさ、“しっかりしてるね”って昔から言われること多くて。……だから、“元気な紗里”でいなきゃって思う時あるんだよね」


 みこが静かに紗里を見る。


「……私は、どっちの紗里ちゃんも好きだよ」


「私も! 悩んでても、紗里ちゃんは紗里ちゃんだと思う!」


 ひのりが真っ直ぐに言い切ると、七海も小さく頷く。


「無理して明るくしようとするのも、紗里ちゃんの優しさなんじゃない?」


 唯香も静かに微笑む。


「演じてる自分も、“本当の自分”の一部なのかもしれないわね」


 紗里は一瞬きょとんとしたあと、照れくさそうに笑った。


「……なんか今日、めちゃくちゃ照れるんだけど」


 その言葉に、しばし沈黙が流れる。

 吹く風が縁側に心地よい影を落とす。


 ふと気がつくと、森の向こうがオレンジ色に染まり始めていた。


「……あっという間だね」

みこがつぶやき、全員が静かに頷いた。


 見晴駅のロータリーへ戻ってきた五人。町全体があたたかな橙色に包まれていた。


「なんか、今日はほんとに旅番組の1日だったね……」

ひのりが深く息を吸いながら笑った。


「“舞風どうでしょう”、無事ロケ完了って感じ?」

七海がからかうように言うと、唯香が軽くうなずいた。


「旅というより、“物語のロケハン”だったわね。とても有意義だった」


「また来てよ、今度は夏祭りもあるし」

紗里が笑顔で手を振ると、みこも隣で静かに言った。


「次は……もっといろんな思い出、作ろうね」


 電車のドアが開き、ひのり・七海・唯香の三人が振り返る。


「今日はありがとう! また絶対来るから!!」


 ひのりの声に、紗里とみこがそろって手を振る。


 列車が動き出し、ホームの灯りの下、笑顔がゆっくり遠ざかっていった。


 夕暮れの風が吹き抜け、見晴の町に、静かな余韻だけが残った――。


続く。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。