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舞風学園演劇部1 青春の開演  作者: 舞風堂
第二章 心の物語
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第九幕 ノスタルジーな旅、ふたりの地元へ

「みこ、またお引っ越しよ」


 母の優しい声に、小さなみこは静かにうなずいた。


「……うん」


 段ボールが積まれた部屋。

 慣れたはずの光景なのに、胸の奥は何だか苦しかった。


 父の仕事の都合で、何度も町を変えてきた。

 幼稚園でも、小学校でも。


「また転校するの?」


 そう聞かれるたびに、みこは笑って「うん」と答えた。


 だけど、本当は違った。


(また、お友達とお別れなんだ……)


 ようやく名前を覚えてもらえた頃には、また引っ越し。


 仲良くなれそうな子がいても、すぐ離ればなれ。

 だから、少しずつ思うようになった。


(どうせまた転校するから……)


 無理に友達を作らなくてもいい。

 そう自分に言い聞かせるようになっていた。



 そして今回の引っ越し先は、母の実家がある見晴町だった。


「しばらくは、おばあちゃんのおうちから学校に通うのよ」


 古い商店街。

 木造の駅舎。


 ゆっくり流れる時間。


 初めて見る町なのに、不思議と落ち着く景色だった。



 転校初日。


「今日からお友達になる、城名みこさんです」


 教室の前に立ったみこは、小さく頭を下げる。


「よ、よろし……よろしく、おねがいしま……」


 緊張で言葉がもつれ、教室が少しだけ静かになる。


「よろしくお願いします……」


 もう一度言い直し、席へ向かう。


 休み時間になっても、誰にも声をかけられなかった。


 みこも、自分から話しかけることができない。


 窓の外を眺めながら、一人で時間が過ぎるのを待っていた。



 放課後。


 なんとなく歩いていると、小さな神社にたどり着いた。


 石段に腰を下ろし、一人で空を見上げる。


(ここでも……友達できないのかな)


 その時だった。


「ねぇ!」


 元気いっぱいの声が響く。

 振り向くと、ラムネ瓶を二本持った女の子が立っていた。


「ひとり?」


 みこは小さくうなずく。


「じゃあさ!」


 女の子は笑顔で一本差し出した。


「ラムネ飲も!」


「……え?」


「一人で飲むより、二人で飲んだ方がおいしいから!」


 あまりに自然な笑顔に、みこは思わず受け取る。


「……ありがとう」


「私は小塚紗里!」


 胸を張って名乗る少女。


「みこは?」


「……城名みこ」


「じゃあ、みこちゃん!」


 その呼び方が、少しくすぐったかった。

 二人は石段に並んで座り、ラムネを飲む。


 ビー玉が落ちる「カラン」という音が、静かな境内に響いた。


「また明日も遊ぼ!」


「……うん!」


 その返事は、この日一番大きな声だった。


 後に二人が「秘密基地」と呼ぶことになる天ノ杜神社で、紗里とみこの物語は始まった。



「まもなく、終点の見晴みはれ駅です――」


 見晴町。ここは風丘市からは電車で1時間程の場所。

 紗里とみこの地元でもあり、昔ながらの雰囲気が残っている。


「……着いた!」


 ひのりが立ち上がり、バッグを肩にかける。


「いよいよ、“地元ツアー”開幕だね!」


 白く塗られた木造の駅舎に、電車がゆっくりと滑り込む。


 ひのり、七海、唯香は電車を降りると改札を抜けた先、ロータリーには私服姿の紗里とみこが待っていた。


「よっ! ようこそ田舎駅へ〜!」


 紗里が両手を広げて出迎えると、隣でみこも帽子を押さえながら、小さく手を振る。


「遠いところ……来てくれてありがとう……!」


「わ〜、ほんとに来たんだ……! 地元っ子のお出迎えって、なんか感動……!」


 ひのりは周囲を見回しながら、ふいに目を輝かせた。


「よしっ、では本日も始まりました〜〜! “舞風どうでしょう”、地元探訪編〜〜!!」


 そう言いながら、胸を張って一歩前に出る。


「レポーターはこの私、本宮ひのり! カメラは七海ちゃん! ナレーションは唯香ちゃん! そして現地ガイドは、紗里&看板娘のみこちゃんでお送りしますっ!!」


「何その大泉リスペクト……」


 七海が呆れたようにスマホを構えながら笑う。


「……本当に番組始める気なんだ」


 唯香がナレーション口調でぼそりと呟く。


「“果たしてこの旅、どんな珍道中になるのか……全貌は、まだ誰も知らない”」


「うわ、始まった!!」


 ひのりが嬉しそうに拍手し、紗里がノッて言う。


「じゃ、地元案内はあたしに任せてっ!」


「私……看板娘、がんばる……」


 みこがちょっと照れながらも覚悟を決めたように言い、五人は旅番組ごっこの空気のまま、ゆるやかに歩き出した。

 

 まず最初に向かったのは見晴町の小さな商店街だった。

 ひび割れた舗装、レトロな看板。どこか懐かしい昭和の匂いが漂う。


「はいっ、本日はこちら“見晴レトロストリート”からお届けしまーす!」


 ひのりがスマホに向かって叫び、七海が苦笑しながら撮る。


「ガイドは地元代表、紗里さーん!」


「どーもー! 生まれも育ちも見晴れ町、地元偏差値98です!」


 ノリノリの紗里に、唯香が淡々と付け加える。


「案内人・紗里。地元を知り尽くした少女が、懐かしき風景へ誘う」


「詩的すぎるナレーション……!」


 ひのりが笑いながら、店先へ目を向ける。


「まずは“武内魚店”! コロッケが名物!」


 揚げたての香りに、ひのりが目を輝かせる。


「これぞ旅番組の“視聴率取れるやつ”!」


「番組じゃないってば……」


 七海がすかさずツッコミを入れる。


「次は“橋本文具店”。小学校のころはここで全部そろえたの!」


 紗里の解説にひのりが笑い、唯香はまだ淡々と。


「棚の文具は、記憶と物語の種でもあるわね」


「唯香ちゃん、もうほぼプロ……」


 みこが小さくつぶやく。


「……こういうの、落ち着くかも」


「看板娘みこちゃん、いいコメント入りました〜!」


 軽口を交わしながら歩くうちに、五人の“旅番組ごっこ”はすっかり板についていた。



 商店街の奥に、小さな木造の住宅兼駄菓子屋が見えてきた。


「到着〜! ここが、みこのおばあちゃんが営んでいる“地元キッズの聖地”『ふるや』!」


 紗里の紹介に、ひのりがスマホへ向けて興奮気味に語る。


「懐かしさ120%……! これぞ放課後文化!!」


 店の引き戸を開けると鈴が鳴る。


「あらまあ、紗里ちゃんにみこ! おかえり」


 奥から顔を出したおばあちゃんが、二人を見てにっこりと笑う。


「お邪魔しますおばあちゃん!」


 紗里が元気よく手を振る。


「今日は演劇部のみんなを連れてきたの!」


 みこも小さく会釈する。


「ただいま……おばあちゃん」


「まあまあ、お友達も一緒かい。みんな、好きなもん選んでいきな〜。ここは昔も今も“子どもたちの味方”だよ」


「粉ジュースまだあるの!? エモすぎる!」


 ひのりが目を輝かせ、唯香は淡々と棚を眺める。


「昭和中期のデザイン……資料価値が高いわ」


「唯香ちゃん、急に学芸員みたいになってる……」


 七海が笑うと、紗里がみこを前へ押す。


「ほら、みこ。いつものやつ!」


「え、わ、私……? ……い、いらっしゃいませ。おすすめは、ポテトフライです……」


「来たーーー! 癒やしの地元オーラ!!」


 顔を真っ赤にするみこに、おばあちゃんが目を細める。


「みこは昔からお店のお手伝いが大好きでねぇ。近所の子たちにも可愛がられてたんだよ」


「やっぱり看板娘だったんだ……!」


 和やかな空気の中、奥からジュウゥ……と香ばしい音。


 おばあちゃんが鉄板で焼きそばを炒めていた。


「ちょうどお昼だよ。よかったら食べていきな」


「ほんとに!? おばあちゃんの焼きそばとか優勝じゃん!!」


 紗里が胸を張る。


「ここで一番うまいからね。“ふるやの味”といえばこれ!」


 紙皿が配られ、ひのりが勢いよく一口。


「んっ……まいう〜っ!! 香ばしさが神ッ!!」


「……石ちゃんじゃないんだから」


 七海が即ツッコミ。


「でも、ほんと安心する味……」


 みこがそっと言うと、唯香がナレーションのように呟いた。


「――味覚は記憶の扉。“ふるやの焼きそば”は、きっと誰かの原風景」


 食べ終えたところで、紗里が手を打つ。


「よし、次は“天ノ杜神社”行こ!」


「神社ロケきたー! 絶対いい画になるやつ!」


 おばあちゃんが笑って送り出す。


「気をつけておいで。また晩ご飯までには帰ってくるんだよ」


「はーい!」


 紗里とみこが声を揃えて返事をすると、ひのりたちは顔を見合わせて笑った。


「ばあちゃん、焼きそば最高でした!!」


 何度も頭を下げながら、五人は「ふるや」を後にした。


 

「それじゃ、案内は“ご当地ガイド・紗里”にお任せくださーい!」


 紗里が得意げに胸を張り、ひのりが大げさにマイク代わりのペットボトルを向ける。


「はいはい、というわけで! 次の舞台は――“神秘と歴史が香る、天ノ杜神社”ですっ!」


 旅番組ごっこは続きながら、少女たちは次の目的地へと歩き出す――。


 木漏れ日の差す石段をのぼりきると、そこにはひっそりとした境内が広がっていた。


 小さな拝殿、手水舎、古びた狛犬。どれも手入れが行き届いていて、静けさの中に温かみがある。


「ここが、“天ノ杜神社”でございます〜!」


 ひのりが芝居がかった声で両手を広げると、七海がカメラを向けながらぽつり。


「……また始まった」


 唯香は静かにナレーション風に続ける。


「“天ノ杜神社”――町の背後に広がる森に包まれた、知る人ぞ知る小さな神社。地元の人々にとっては、日常の一部であり、思い出の交差点でもある」


 その言葉を受けて、紗里がふと真面目な顔になり、境内をゆっくりと見渡した。

 ナレーションを続けながら、唯香はふと心の奥で気づいていた。


(……今の私は、“演じさせられて”いるんじゃない。“自分から選んで”この声を出してる)


 子役だった頃。セリフの一言一言に、正解を探していた。

 でも今は違う。ただの遊び、旅番組ごっこ。そのはずなのに、こんなにも自然に言葉が出てくる。


(きっと私は、こうして“物語の語り手”でいるのが、いちばん自分らしいのかもしれない)


「……ここさ、あたしとみこが出会った場所なんだ」


「ここが……」


 ひのりが境内を見回す。


「うん。あの日から、この神社があたしたちの秘密基地になったんだ」


 紗里が懐かしそうに笑うと、みこも静かに頷く。


「……この町で初めて『帰ってきた』って思えた場所なの」


 少しの沈黙のあと、紗里が笑った。


「でもさ、昔のみこって今じゃ想像できないくらいドジだったんだよ」


「えっ、みこちゃんが?」


「自己紹介で噛むし、水筒こぼすし、先生に叱られると『ありがとうございます』って返すし」


「……あれは、どう返せばいいか分からなかっただけ」


 みこが恥ずかしそうに俯くと、みんなが笑う。


「でもね」


 紗里は優しく続けた。


「みこって、すっごく頑張り屋なんだ。運動苦手なのに毎朝ひとりで走ってたし、誰にも努力してるところ見せなかった」


「みこちゃん、それすごいことだよ」


 ひのりが真っ直ぐに言う。


 みこは照れながら微笑む。


「……ありがとう」


「だからあたし、みこのこと支えたいって思ったんだ」


「……紗里ちゃん」


 二人を見て、七海が微笑む。


「なるほど。二人が親友になった理由、分かった気がする」


 木々を風が揺らす。


 ひのりは境内を見回しながら、小さく呟いた。


「……“運命の場所”って、本当にあるんだね」




 そのとき――


 奥の社務所から箒を手にした神主がゆっくりと姿を現した。


「おや……これはこれは、紗里ちゃんに、みこちゃんじゃないか」


「わっ、神主さん!」


「こんにちは……! お久しぶりです」


 二人がぺこりと頭を下げると、神主は目を細めて笑った。


「大きくなったなぁ。まるで昨日まで、ここで走り回ってたみたいだ」


 演劇部の他のメンバーにも目を向けて、にこやかに続ける。


「お友達かい? ようこそ。この神社には、舞の神様も祀られておる。芝居を志す者には、なかなか縁深い場所じゃよ」


「出た〜、舞台とご縁のある神社だー!!」


 ひのりがテンション高く声を上げ、唯香が即座に補足する。


「神楽や奉納舞がルーツになっている演劇は、神社との歴史的関係が深い。これは資料価値もあるわ」


「ちょっとガチ解説入りましたー!」


 七海がカメラを下ろして笑い、紗里とみこも顔を見合わせて自然に笑った。


全員で拝殿の前に立ち、手を合わせる。


 パン、パン。


 小さく響いた拍子に、木々がそよぎ、どこか神聖な空気が流れた。


「……じゃあ、お参り終わったことだし、そろそろ次に――」


 ひのりが言いかけたとき、神主が声をかけた。


「せっかくだ。休憩所で少し休んでいかんかね? お茶とお菓子ぐらいは用意できるぞ」


「えっ、いいんですか!? ありがとうございますっ!」


 神主に案内されて、境内の奥にある古風な休憩所へ。


 畳敷きの広間に、低い木の机。開け放たれた縁側から、風がそっと入り込む。


 テーブルの上には急須と湯呑み、そして地元の和菓子が置かれていた。


「わあ……神社でお茶会って、なんか不思議」


 ひのりが湯呑みを両手で包みながら笑う。


「この静けさ……舞台の幕間みたい」


 唯香が縁側の外を眺めながら、小さく呟く。


「感想がもう演出家なんだよなぁ」


 七海が苦笑混じりにツッコむ。


 紗里とみこは、少し離れたところで並んで座り、静かに笑い合っていた。


「……昔もさ、祭りの後とか、ここでラムネ飲みながら話してたよね」


「うん。今日のことも、きっと思い出になるね」


 しばしの沈黙。

 心地よい風が静かに時を満たしていく。


「ここ、落ち着くね……」

 ひのりがそう漏らすと、紗里が懐かしそうに空を見上げる。


「……うちらさ、実はこの神社で、舞風学園に受かりますようにって願かけたんだよ」


「えっ、マジで!?」


「受験前に来てさ、“都会の学校なんてムリかも”って話してたんだよね」


「まさか受かるとは思ってなかったけど」


 みこが照れたように笑う。


「いいなぁ〜、青春の受験祈願だ……!」


ひのりが羨ましそうに声を漏らす。


「ちなみに私は、七海ちゃんの鬼特訓のおかげで受かったんだ」


「人聞き悪い言い方やめてくれる?」


 七海が即座にツッコみ、場に小さな笑いが広がる。


「……でも、ここが最初の一歩だったのかもね」


 紗里がぽつりと呟いたあと、少しだけ視線を落とした。


「あたしさ、“しっかりしてるね”って昔から言われること多くて。……だから、“元気な紗里”でいなきゃって思う時あるんだよね」


 みこが静かに紗里を見る。


「……私は、どっちの紗里ちゃんも好きだよ」


「私も! 悩んでても、紗里ちゃんは紗里ちゃんだと思う!」


 ひのりが真っ直ぐに言い切ると、七海も小さく頷く。


「無理して明るくしようとするのも、紗里ちゃんの優しさなんじゃない?」


 唯香も静かに微笑む。


「演じてる自分も、“本当の自分”の一部なのかもしれないわね」


 紗里は一瞬きょとんとしたあと、照れくさそうに笑った。


「……なんか今日、めちゃくちゃ照れるんだけど」


 その言葉に、しばし沈黙が流れる。

 吹く風が縁側に心地よい影を落とす。


 ふと気がつくと、森の向こうがオレンジ色に染まり始めていた。


「……あっという間だね」

みこがつぶやき、全員が静かに頷いた。


 見晴駅のロータリーへ戻ってきた五人。町全体があたたかな橙色に包まれていた。


「なんか、今日はほんとに旅番組の1日だったね……」

ひのりが深く息を吸いながら笑った。


「“舞風どうでしょう”、無事ロケ完了って感じ?」

七海がからかうように言うと、唯香が軽くうなずいた。


「旅というより、“物語のロケハン”だったわね。とても有意義だった」


「また来てよ、今度は夏祭りもあるし」

紗里が笑顔で手を振ると、みこも隣で静かに言った。


「次は……もっといろんな思い出、作ろうね」


 電車のドアが開き、ひのり・七海・唯香の三人が振り返る。


「今日はありがとう! また絶対来るから!!」


 ひのりの声に、紗里とみこがそろって手を振る。


 列車が動き出し、ホームの灯りの下、笑顔がゆっくり遠ざかっていった。


 夕暮れの風が吹き抜け、見晴の町に、静かな余韻だけが残った――。


続く。





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