第五幕 開幕、ここが私たちの舞台
部活PRウィーク三日目、午後。この週は各部活が自己PRをするというユニークな行事であり、いよいよ演劇部の出番がやってきた。
体育館の舞台袖では、演劇部の4人が慌ただしく動き回っていた。
舞台上では、手作りの背景セット――異世界の森をイメージした布と板でできた簡易セットが、メンバーと音屋先生の指示で次々と設置されていく。
「……よし、あとは“ねむりの村”の看板だけ!」
ひのりが台車から立て看板を取り出し、確認しながら言った。
「ヒノリスの木、支柱ちゃんと刺さってる? またグラつくと大変だよ〜!」
「オッケーオッケー! 今度はちゃんと固定したって!」
紗里が支柱をガンガン押しながら応じる。
「寝転がりポイントもチェック済み♪」
みこは静かに姫役の制服の上に着る即席で布を加工したドレスを整えつつ、小さく呟く。
「……私、ちゃんとお姫様に見えるかな……」
七海がチェックリストを片手に、冷静に各ポイントを見回す。
「照明よし、衣装よし、小道具よし……。準備、完了」
唯香はナレーション原稿を手に、マイクの位置を確認したあと、ひのりの手伝いで背景布を引っ張っていた。
「唯香ちゃんも設営ありがと〜! 本番でもよろしくね。唯香ちゃんの声、大事な“入り口”だから!」
「うん、観客がこの世界に迷い込めるように、しっかり“導く”わ」
「さっすが~、期待してる!」
その時、舞台裏に音屋先生が現れた。黒のローブを肩にかけ、魔女“ヴェルダ”の準備も万端のようだった。
「順調そうね。私も……生徒に混ざって演じるのは、何年ぶりかしら。ちょっと楽しみにしてるの」
「先生の“ヴェルダ”マジでこわいんで、加減してくださいねっ!」
紗里が笑うと、先生も冗談めかして微笑む。
「ふふ……凍りつかせるのは本番次第、ね」
七海がリストを閉じ、みんなの方へ向き直った。
「――舞風学園演劇部、準備完了」
「よしっ……!」
ひのりは深呼吸をひとつ。幕の隙間から、客席をそっと覗いた。
生徒たちがざわざわと席に着き、期待と興味の入り混じった視線がステージへ向けられている。
最前列には数人の教師の姿もあった。
(……見てくれる人がいる)
その光景をしっかりと見届けてから、ひのりは皆に振り返った。
「ねぇ、みんな――」
全員の視線が、ひのりに集まる。
「私たちは、この学校の“一期生”なんだよ。
この演劇部も、今日が“最初の舞台”。だったら――」
拳を軽く握りしめ、笑顔で言う。
「“最初の伝説”、私たちが作っていくんだよ!」
みんなが思わず笑顔になり、それぞれのタイミングで頷いた。
「……伝説、作るか!」
「うんっ!」
「やるしかないね!」
「じゃあ、いこう。舞風演劇部の初舞台――開幕!」
その瞬間、体育館の照明がゆっくり落ちていく。
開演ベルの音が、静まりかえった空間に響いた。
――“物語”が、今、幕を上げる。
(照明が落ち、観客席が静まる)
(暗転。静寂の中、照明がゆっくりと上がる)
劇中劇「伝説の演劇」
第一幕「目覚めの森」
ナレーション(唯香)
「第一幕。目覚めの森。ある日突然、舞風学園の部室は、異世界の森へと――」
(※その瞬間、照明のスポットライトが少し斜めを照らしてしまい、左側の木のセットの影が揺れる)
唯香(小声)
「……あ、っと……すみません、そちらの照明さん、ちょっと光がずれてます……」(一瞬間を置く)「では――ある日突然、舞風学園の部室は、異世界の森へと転移してしまった。」
(暗転→柔らかいスポットライトが当たり、舞台中央にミコリア姫が横たわっている)
ミコリア姫
(目を開き、起き上がりながら)
「……あの、ここは……どこですか……?」
(舞台奥、上手からヒノリスが“勇者風”のポーズで登場)
ヒノリス(ひのり)
「なんだこの衣装!? てか、なんで木の上!? うわ、降りれないー!!」
(ヒノリスが脚立に立てかけた木のセットから降りようとした瞬間、木の板の縁が少しガタガタ音を立てる)
ヒノリス(ひのり・アドリブ)
「おっとっと……この木めっちゃ揺れる……!」
サリナ(紗里)
「ひぃぃ〜! 知らないとこに転がってた〜! え、なんかこの木、喋ってない!?」
(サリナがセットの裏から転がるように動いて立ち上がる。)
ヒノリス
(即座に)
「それあたし!」
(観客、くすくす笑い。BGMに木の葉のざわめき)
ミコリア姫
(立ち上がってドレスを見ながら)
「……わ、私……なんでこんな格好……? あれ、私、お城にいたはずなのに……?」
ヒノリス
(駆け寄って)
「そっち大丈夫!? お姫様っぽいけど、名前は? 私はヒノリス、多分“選ばれし者”っぽい人!」
サリナ
「私はサリナ! 自称・導きの精霊〜! ひらひらって現れて、助言とかしそうな感じ〜!」
ヒノリス
「めちゃくちゃフワッとしてるな!」
(その時、舞台後方から白いマントがひらり。スポットライトがナナミスに)
ナナミス(七海がマントひらりと登場)
「騒がしいわね。状況を把握していないようね、君たち」
サリナ
(肩をすくめて)
「えっ、敵!? 味方!?」
ナナミス
「少なくとも、敵ではないわ。私は王国の諜報機関“蒼穹の目”の参謀――ナナミス」
ミコリア姫
「き、記憶を……失った? 私……そういえば……なぜここに……」
サリナ
「うちも〜! 名前は覚えてるけど、それ以外がふわ〜って!」
ヒノリス
(手を広げて)
「ってことはさ、これ……本当に“異世界転移”ってやつじゃん!?」
サリナ
「やばいよ〜、それ漫画のやつじゃん〜!」
ナナミス
(溜息をつき)
「やれやれ……今回の転移者は、特に賑やかね」
(間)
ナナミス
(表情を引き締めて)
「でも、希望はある。“伝説の演劇”――それを完成させれば、元の世界に帰る“扉”が開かれる」
ミコリア姫
「“伝説の演劇”……?」
ヒノリス
「え、それ絶対“誰かが考えた”設定でしょ!? ねえ!?」
サリナ
(指を天に)
「神……かな?」
ヒノリス
(即ツッコミ)
「違うでしょ! 七海ちゃん――いやナナミスでしょ!」
(客席に笑い)
ナナミス
「演じること。それが、この世界で“力”を得る唯一の方法。――試されるのは、君たち自身よ」
(三人、顔を見合わせる)
ヒノリス
「じゃあさ、やるしかないね!」
サリナ
「異世界でも、楽しむしかない〜!」
ミコリア姫
「わ、私も……みんなと一緒に頑張る……!」
ナナミス
(手を掲げて)
「では、次の場所へ行きますわ」
(照明がゆっくり暗転。BGM高まり、場面転換)
暗転中、ひのり達と先生がそのままセットを運び、村人の人形や看板と入れ替える。
第二幕「試練と協力」
(舞台に村のセット。木の立て看板「ねむりの村」と書かれている)
ナレーション(唯香)
「第二幕、試練と協力。彼女たちは旅の途中、“ねむりの村”と呼ばれる集落に辿り着く。
そこでは、村人たちが不思議な呪いにより、みな深い眠りについていた――
その原因とは……“闇の魔女ヴェルダ”の魔力だった」
(村の中央、ベンチに人形のように村人が数人置かれている)
ミコリア姫
「……まさか、村中の人が眠ってるなんて……!」
ヒノリス(ひのり)
「寝坊レベルじゃないって! 完全に魔法案件でしょこれ!」
サリナ(紗里)
(木を叩いて)
「おーい、起きて〜! 朝ごはんできたよ〜! ……って、だめだ……全然反応ない……」
(その瞬間、セットの立て看板がカタッと揺れる)
ナナミス(七海)
(登場しながら、アドリブ気味に)
「……この村の空気、何かがざわついているわ。魔力の気配を感じる」
(サリナが看板をそっと直してから一言)
サリナ
「うわ、ごめん看板倒しかけた〜! ……いや、なんか呪いの力で動いたってことにしとこ?」
(客席、軽い笑い)
ナナミス
「状況は深刻ね。これは、“闇の魔女ヴェルダ”による呪い。“魔力の結晶”を見つけ出せば、解除できるはずよ」
ヒノリス
「よーし、じゃあその結晶、探してやろうじゃん! みんな、協力して!」
サリナ
「わ、私、探すの得意だよ! 昔からリモコンとか見つけるの早いし!」
ミコリア姫
「えっと……私は、地面の魔法陣の形を調べてみます!」
(それぞれが探し始める。観客にも見えるよう、ややオーバーアクション)
ヒノリス
(木をめくって)
「ない! こっちもない!……おやつの袋しかない!」
(※ここで、音響タイミングがずれて木の葉のSEがワンテンポ遅れる)
ヒノリス
(アドリブで)
「……って、風遅っ!? この森、時差あるのかな!?」
(観客にクスリ)
サリナ
(舞台袖からぬいぐるみを持って登場)
「じゃーん! 変な生き物拾った〜!」
ナナミス
「それは呪いと全然関係ない!」
(再び全員が捜索、BGMやや緊迫)
(ミコリア姫がステージ下手奥で何かを拾い上げる)
ミコリア姫
「……これ、光ってる……!」
ヒノリス・サリナ・ナナミス(同時に)
「それだーーーっ!!」
(舞台全体が青く照らされ、BGMが転調)
ナナミス
「魔力の結晶……これで、村人たちの目覚めが可能に!」
(照明切替。七海が動かして村人の人形が“起き上がる”直前、1体の人形の頭が軽くコテっと傾く)
サリナ
(すかさず小声で)
「わっ……えーと、寝起きはちょっと悪い子もいるってことで!」
ミコリア姫
「よかった……!」
サリナ
「ミッション完了! これで伝説に一歩近づいた〜!」
ヒノリス
「ってことで、次はボスの城ね!? いよいよクライマックスじゃん!」
ナナミス
「油断しないで。闇の魔女“ヴェルダ”は、この世界で最も強大な存在。
だけど、あなたたちの“心がひとつ”になれば、きっと乗り越えられる」
(間)
ヒノリス
(拳を握って)
「よーし、やってやろうじゃん!」
サリナ
「怖いけど、仲間がいれば平気!」
ミコリア姫
「……私も、強くなりたい。みんなと一緒に、最後まで……!」
ナナミス
「次の目的地は“闇の城”。そして――物語の終幕が、始まるわ」
(照明がゆっくり暗転、音楽が壮大に)
ナレーション(唯香)
「ひとつの試練を乗り越え、結束を深めた少女たち。
その歩みは、最後の決戦の舞台“闇の城”へ――」
(暗転)
(村人の人形や看板の小道具を城の玉座に見立てたソファーや映像背景に置き換える。)
第三幕『闇の城と最後の演劇』
(舞台上、暗闇の中に不気味な城のシルエット。不協和音のようなBGM)
ナレーション(唯香)
「“ねむりの村”の呪いを解いた少女たちは、ついに“闇の魔女ヴェルダ”が棲む“闇の城”へと辿り着いた――」
(中央の玉座に、黒いローブに身を包んだ**ヴェルダ(音屋先生)**が座っている。客席を圧倒するような静けさ)
ヴェルダ(音屋先生)
「ふふふ……よくここまで来たわね。“転移者たち”よ」
(スポットライトが、舞台袖から登場する4人を順に照らす)
ヒノリス(ひのり)
「あなたが……この世界に“呪い”を撒いた張本人ね!」
ナナミス(七海)
「“魔力の結晶”の根源……全ての因果は、あなたに通じていた」
ミコリア姫
「私たちは帰る……でも、その前に、あなたを止めなければ!」
サリナ(紗里)
(小声で)「ううう……今までで一番ボス感強いんだけど……」
(ヴェルダ、ゆっくりと立ち上がる)
ヴェルダ
「“演劇”などという“偽りの物語”で、この世界が変えられると思って? 笑わせないで……そんなもの、私が砕いてあげるわ」
(ドンという効果音。舞台が赤く染まり、不穏な音楽)
ヒノリス
「砕かせないよ! この物語は、私たちが紡いできたものなんだから!」
ナナミス
「この世界が信じる“力”は、私たち自身。虚構じゃない、“生きた物語”を見せてあげる!」
サリナ
「めちゃくちゃ怖いけど! でも……私、ここまで来られたの、みんなのおかげだから!」
ミコリア姫
「私も、演じるってこと、少しだけわかった気がします。誰かの心を動かすって、きっと……本当の“魔法”なんです!」
(音楽が転調。4人がヴェルダに向かって手を差し出すようなポーズ)
ヴェルダ
「そんな……光が……!」
ナレーション(唯香)
「彼女たちが見せたのは、“誰かを想う心”。
それこそが、“伝説の演劇”の真の力。
物語は、今――“本当の結末”を迎える」
(舞台全体が白い光に包まれたまま、ゆっくりと照明が戻る。ヴェルダは膝をつき、静かに微笑んでいる)
ヴェルダ(音屋先生)
「ふふ……こんな結末、私にも演じられなかった……
あなたたちが紡いだ物語……それこそが、本物だったのね……」
(ヴェルダがゆっくりと立ち上がり、黒いローブを脱ぎ捨てる。中には白の衣装。仄かに笑みを浮かべる)
ヴェルダ
「ようやく……長い夢から、目覚められた気がするわ。
さあ……もう行きなさい。“あなたたちの世界”へ」
(スポットライトが4人に当たり、光のゲートが後方に浮かび上がる)
ナナミス(七海)
「……元の世界に戻れる。でも、どこか少しだけ寂しいわね」
サリナ(紗里)
「うぅ〜……もうちょっと、この世界にいたかったなぁ〜」
ヒノリス(ひのり)
「でも! これで“伝説の演劇”は完成したんだよね! それって、最高じゃん!」
ミコリア姫
「……うん。ここで過ごした時間、全部大切な思い出です」
ヴェルダ
「あなたたちの魂が刻んだ物語は、きっと誰かの心に残るわ――
それが、“演じる”ということだから」
(ヒノリスがヴェルダに向かって深く一礼)
ヒノリス
「ありがとうございました! わたしたち、帰ります!」
(4人がゲートへ向かい、一歩ずつ進む。光が強まり――)
ナレーション(唯香)
「こうして、少女たちは元の世界へと帰還した。
その胸には、“物語”を演じきった誇りと、仲間との絆が刻まれていた――」
(照明が切り替わり、“学園の部室セット”へ。制服姿の4人が目を覚ます)
ひのり(地のまま)
「……あれ? 戻ってきた……? ここ、部室……?」
七海(地のまま)
「夢……じゃないよね。今でも、手が震えてるもの」
紗里(地のまま)
「でも……不思議だったけど、楽しかった〜! これが演劇なんだねっ!」
みこ(地のまま)
「……演じてる間、自分じゃない誰かになれるの……なんか、好きかも」
(4人が顔を見合わせ、微笑み合う)
ナレーション(唯香)
「それぞれの想いを胸に――
少女たちは、“舞風学園演劇部”としての、最初の舞台を終えた。
でも、彼女たちの物語は……まだ、幕を下ろしていない」
(観客への一礼のポーズ)
4人(揃って)
「ご観劇、ありがとうございました!!」
(音楽が高まり、カーテンコール)
(暗転)
――終幕。
舞台の幕が下りると同時に、客席から大きな拍手が鳴り響いた。
スポットライトの熱が消え、代わりに胸の奥がじんわりと熱くなる。
舞台裏――終演直後
拍手が鳴り止まぬまま、幕が下りる。
ひのりたちは、ステージ袖に駆け戻ってきた。
「……やった……!伝説作ったよ!」
誰よりも先に声を上げたのは、ひのりだった。
ひのりの目に光るのは、涙ではなく、燃えるような達成感だった。
「最高だったよね……!」
と、紗里が顔をくしゃっとほころばせて、ひのりに手を差し出す。
パチン。
ふたりの手の音が、空気の中で弾けた。
「……あ、わ、私も……!」
みこがおずおずと手を出すと、ひのりがすぐにもう一方の手で応えた。
「もちろんだよ!」
「はい、全員集合」
と七海が言えば、自然と全員が手を合わせ、円を作る。
唯香も遅れて輪に加わり、そっと声を添えた。
「……いい舞台だった。自信、持っていいよ」
全員の頬に、笑みが浮かぶ。
ひとりずつ、言葉を交わすでもなく、けれど確かに想いを伝えあう。
音屋先生が、静かにその輪に近づく。
「みんな、よく頑張りました。……とても素敵な舞台でした」
言葉は短くても、それだけで胸に響いた。
ひのりは思わず先生にぺこりと頭を下げると、ふと一歩だけ輪から下がり、舞台のほうを見つめた。
真っ暗な舞台。
でもその向こうには、観客の笑顔と拍手が、まだ熱のように残っている気がした。
ひのりは、胸に手を当て、そっと目を閉じた。
(――これが、“演じる”ってことなんだ)
(誰かの言葉を、自分の声で。
誰かの人生を、自分の身体で。
誰かの想いを、みんなで伝える)
(私、ずっと“なりきる”のが好きだった。
だけど今日、わかった気がする。
それは“逃げ”じゃなかった。
“伝える”ための、私なりのやり方だったんだ)
(舞台の上で、私は確かに“本宮ひのり”じゃなかった。
でも、あの瞬間だけは、どこまでも私だった)
(笑ってくれた人がいた。
見てくれる人がいた。
心が動いた気がした)
(だったらきっと、私はまだ――
この舞台の先に、もっともっと行ける)
(これは、ただの初舞台なんかじゃない)
(ここから、私たちの“演劇”が始まるんだ)
⸻
続く。




