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第四幕 リハーサル、そして始まりの演技

校内PRウィークに向けた劇の話し合いを終えたひのりたち。

前回までに台本は七海の手によって書き上げられ、この日は多目的室に集まって、パソコンで清書されたその台本をもとに――四人それぞれが、**初めての“読み合わせ”**に挑むところだった。


ひのりがプリントアウトされた台本を手に、机に並べる。


「じゃあ、まずは“本読み”から始めよう! えへへ、こういうの憧れてたんだ〜」


七海が隣で淡々と補足する。


「読み合わせは初歩だけど、大事な基礎。感情を込めず、まずは“言葉を丁寧に運ぶ”ところからね」


紗里がペラペラと台本をめくりながら、にやっと笑う。


「うわ〜、あたし“うっかり精霊”のセリフ、完全にコメディ担当じゃん!」


みこはページを手に、声が少し震えていた。


「わ、私……台詞間違えたらどうしよう……」


唯香がその様子を見て、口を開く。


「間違えるのは当たり前よ。読み合わせは“間違えるためにやる”の。演技以前に、物語を身体に馴染ませる時間だから」


紗里が大げさな声で読み始めた。


「『待ってぇぇ〜〜!トラブルは私のせいじゃないよぉぉ!』……って、ちょっと、何この台詞!? うちの精霊、マジでポンコツじゃない?」


「でも……妙に似合ってるよ」


七海が冷静に言うと、紗里はふてくされたふりをしながら笑った。


ひのりもページをめくりながら声を出す。


「『伝説の剣に選ばれし者、本宮ヒノリ! 今こそ宿命を受け入れる時――!』……あっ、これ、めっちゃカッコつけてる!」


「ちょっと待って。誰がこんな恥ずかしい台詞書いたの……」


と、顔をしかめた七海に、全員の視線が向く。


「……私ね。でもひのりが“ここはドカーンって来て!”って言うから……」


「その“ドカーン”がこれなの!?」と、紗里が爆笑しながらツッコミを入れた。


みこはまだ台本を見つめたまま、小さくつぶやく。


「……わ、私の出番、セリフ一言目が“……あの、ここはどこですか?”って……完全に異世界転生じゃない……」


唯香が思わず吹き出しかけるのをこらえながら言う。


「異世界感はしっかり出てるわね。……でも、案外いい台詞よ。“日常と非日常の境目”をちゃんと描けてる」


笑いが落ち着き、ひのりが深呼吸しながら口を開いた。


「うん……本読みってだけなのに、なんか緊張したけど、めちゃくちゃ楽しかった!」


「初めてにしては、みんなちゃんと声出てたわよ。特に感情が入りすぎないのが逆に良かった」


唯香が頷きながら評価を加えると、みこが小さく手を挙げた。


「……あの、私……声、ちゃんと出てましたか……?」


「うん、最初はちょっと弱かったけど、“どこですか”のとこ、リアルだった。素直な戸惑いが出てて良かったよ」


ひのりの言葉に、みこはほんのり顔を赤らめた。


「じゃあ、そろそろ身体を動かしましょうか」


音屋先生が声をかけると、皆が立ち上がる。


「まずは基本の発声ね。前にやった“五十音連呼”、今度は“感情付き”でやってみましょう」


「感情付き……?」


唯香が説明を補足する。


「“あ・い・う・え・お”を、“怒ってる風”“泣いてる風”“叫んでる風”に。言葉は同じでも、感情でニュアンスを変えるの。観客に伝える練習よ」


「なるほど……ちょっと演技入ってくるんだね」


と七海が納得すると、ひのりが早速やってみせた。


「怒ってる風――“あ!い!う!え!お!”……どう?怒ってるって感じた?」


「うん、なんか、めっちゃ口調が親にスマホ没収された中学生だった」


「わかりにくっ!」


ひのりと紗里のやりとりに、みこがふふっと笑う。


「じゃあ、泣いてる風でいってみるね……“あ……いぃ……う……え……おお……”」


「うわ、妙にリアル……なんか別の意味で心配になってくる……」


唯香は頷きながら、全体を見て口を開いた。


「感情を乗せるっていうのは、ただ大きな声を出すことじゃない。“音の高低”“間”“息遣い”を意識して。そこが“表現の幅”になるから」


「よ〜し、感情爆発させるぞー!」


「まだ爆発にこだわるの!?」


と七海がすかさず突っ込む中、笑いながらも発声練習は本格的に進んでいった。


続いては、動きの練習。


「今回は“場面に合わせた移動”を意識して。演劇は“舞台上の動き”もセリフの一部。誰がどこから登場して、どこへ行くのか。そこに“意味”を持たせてね」


唯香が床に貼ったテープの印を指差す。


「この印が“入口”。姫役はこっちから登場。魔法剣士と参謀は後方から現れて――」


と説明を続けながら、それぞれが立ち位置に入っていく。


「……わ、私、ここから出てくるんだ……」


「そう!暗転明けで“誰よりも先に目覚める”っていう演出。だからみこちゃんの最初の動き、めちゃくちゃ大事なんだよ〜!」


「う、うぅ……プレッシャーが……」


「でも、最初に目覚めるのって一番カッコいいんだよ。だって、物語を“始める側”なんだから!」


その言葉にみこは一瞬戸惑いながらも、静かに頷いた。


「……が、頑張る……」


練習は少しずつ“演じること”に近づいていく。


本読みだけじゃない。発声の中に感情を込め、立ち位置に意味を持たせる。


少女たちは、初舞台へ向けて、確実に前進していた――。


「じゃあ今日は、台本の“最初のシーン”だけ、実際に動いてみましょう」


音屋先生がそう言うと、みんな一斉にページを確認しはじめる。


ひのりは前のめりに、


「よっしゃ〜!いよいよ“異世界転移シーン”のリハーサルだね!一番楽しいところだよ〜!」


「……そんな楽しげなテンションで“異世界迷子”になるの、あんただけよ」


七海が冷静にツッコむ。


「じゃあ、暗転明けからの流れ、やってみましょうか」


唯香が椅子から立ち上がって、軽く演出補足を始めた。


「部室で突然起きる揺れ。光が走って、気づけばそこは見知らぬ世界。まず最初に目を覚ますのは、お姫様役のみこちゃん」


「わ、わ、私が……起きるとこから……?」


「そう。“最初に目覚める者”のリアリティで、観客の“世界への没入度”が変わるわ」


みこは少し顔をこわばらせながらも、位置に立った。


「……あの、ここはどこですか……?」


「よし!そこにカメラあったら、完全に“目覚め系転生アニメ”の第一話!」


と、ひのりが茶々を入れる。


「真面目にやって」


七海の鋭い一言。


そこからひのりが、剣士役として後方から登場。


「うーん、これ衣装あったらもっと気分乗るのにな〜。ベルトに剣とかつけたい!」


「そうだよね。衣装とかどうするの?」


と紗里が聞くと、音屋先生がメモを見ながら答える。


「予算が限られてるから、基本は“既存の制服をアレンジ”。ケープとかリボンとか、手作りの範囲で補強しましょう」


「魔法の杖って持てるのかな?」「お姫様のドレス風なスカート丈は?」「私、羽つけたい〜!」


次々に飛び交うアイデアに、七海が頭を抱える。


「もう……収拾つかない……」


「衣装班も立ち上げなきゃだね!演出とセットも、やれる範囲でアイデア出そうよ!」


ひのりの言葉に、先生が微笑みながらうなずく。


「演劇は、演技だけじゃなく、衣装も舞台装置も含めて“全員で作る表現”だからね」


そして――


「……じゃあ、いったん異世界転移から目覚めて、3人が集まるところまで、通してやってみようか」


唯香がスマホを構え、リハーサルが始まる。


暗転の合図のあと、少し間をおいて――


みこが“驚き顔”で起き上がる。


「……あの、ここは……どこですか……?」


すぐに、ひのりが“勇者風”のポーズで登場し、


「なんだこの衣装!? てか、なんで木の上!? うわ、降りれないー!!」


どたばたした演技に、紗里が“精霊”として転がり込んでくる。


「ひぃぃ〜!知らないとこに転がってた〜!え、なんかこの木、喋ってない!?」


「それあたし!」


全員が噴き出してしまう。


「……はい、カット」


唯香が笑いをこらえながら言った。


「ダメダメじゃない……でも、“異世界に迷い込んだ”って感じは出てた。あとは、演技のテンポと間ね」


練習はまだまだ課題だらけ。


でも、それが今の“楽しい”だった。


一通りのリハーサルが終わると、ひのりたちは息を切らしながらも、達成感に満ちた表情で立っていた。


「ふぅ〜〜!思ったより動いたね〜!」


「演技って、体力使うんだね……」


みこが肩で息をしながら呟くと、紗里もタオルで額を拭きながら頷く。


「テンポと動き、合わせるの難しいね。でも、段々楽しくなってきた!」


唯香はスマホを止め、撮っていた動画を一度確認してから言った。


「初めてにしては悪くなかったわ。緊張も見えたけど、ちゃんと“演じよう”って意志が伝わってきた」


そこに音屋先生が一歩前に出る。


「じゃあ、今日はここまでにしましょうか。でもその前に――一人ずつ、少し講評を伝えておくわね」


全員が姿勢を正す。


「本宮さん」


「はいっ!」


「あなたは勢いと明るさが強みね。舞台を動かす“起爆剤”としては申し分ないわ。ただ、テンションに頼りすぎないように。動きの中に“意図”を持てるようになると、さらに良くなるわよ」


「はいっ!頑張ります!」


「伊勢さん」


「……はい」


「あなたは表情の作り方や、言葉の“間”の取り方が上手い。きっと本番でも軸になる存在になるわ。ただ、完璧を求めすぎて“遊び”がなくなることもある。少しだけ、自由になってみてもいいかもしれない」


「……わかりました。少し肩の力、抜いてみます」


「小塚さん」


「へいっ」


「明るさとユーモアがあって、観客を惹きつける魅力があるわ。コメディパートのバランスを取る上で、あなたの存在は欠かせない。ただ、勢いだけでなく“真剣な瞬間”とのメリハリを意識してみて」


「はいっ!シリアスな精霊、研究しますっ!」


「城名さん」


「……はい」


「言葉は少なかったけれど、目線や仕草で“繊細さ”を表現できていた。あなたの自然体な演技は、観客の心に残ると思うわ。でも、自信のなさが声に出てしまう時がある。自分を信じて」


「……はい。がんばります」


音屋先生は全員をゆっくり見回したあと、穏やかに笑った。


「みんな、本当に良くなってる。今日の練習で、それぞれの個性が“舞台の力”に変わってきてるのが見えたわ」


そして、真っ直ぐに言葉を続ける。


「このまま、初公演に向かって、自信を持って進みなさい。演じるって、“あなたたち自身を信じること”でもあるから」


ひのりは思わず胸に手を当てて、力強く頷いた。


「はいっ!みんなで、最高の舞台にします!!」


多目的室には、夕陽が差し込んでいた。


少女たちは、それぞれの役と、自分自身を少しずつ重ねながら、本番に備え、舞台の上に“歩き出す力”をつけていた。


続く。

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― 新着の感想 ―
怒ってる風の感情表現で、「親にスマホ没収された中学生」という表現はピンと来るような、来ないような。 紗里の分かりにくいが、その通りだと思いました。
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