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舞風学園演劇部 第一部 青春の開演  作者: 舞風堂
第六章 夢を歌う舞台へ
26/26

最終幕 夢は光

 舞風学園の体育館。

 本番を告げるチャイムが、舞台袖に静かな緊張を落とした。


 衣装代わりの私服姿の五人に、照明の光が差し込む。

 幕の向こうには、まだ見ぬ舞台。

 胸の奥で、期待と不安が入り混じって脈打っていた。


「……いよいよだね」

 ひのりが笑う。拳は、わずかに震えていた。


「……台詞、ちゃんと出るかな」

 みこが小さく呟く。


「大丈夫」

 唯香が即答する。

「練習のときから、ちゃんと届いてた」


「そうね。今さら迷う時間はない」

 七海が息を整える。


「よし! 全部出し切ろ!」

 紗里が手を叩く。その笑顔の奥にも、熱が滲んでいた。


 そのとき、背後から足音。


「……揃ってるわね」


 音屋先生だった。

 厳しい声はそのままに、眼差しは柔らかい。


「今までの言葉も、厳しさも、全部“演出”。

 本番で胸を張れるようにするためよ」


 ひのりが目を丸くする。


「じゃあ、あの鬼稽古は……」


「必要だった」

 亜希は短く微笑んだ。

「今日は楽しみなさい。舞台で、生きてきなさい。私はここで見てる」


 その言葉が、五人の背中をそっと押す。


「……ありがとうございます」

 ひのりが、まっすぐ頷いた。


 そして一歩前に出る。



「みんな、ここまで本気でやってきたよね。

 初公演も、合宿も、外部公演も、文化祭も……今日まで」


 一瞬、言葉を切る。


「まだ一年目なのに、私たちはもう“物語”を作ってきた。

 これから入ってくる後輩たちに、ちゃんと残せるものがある」


 ひのりは拳を握る。


「だから――

 全力で演じよう。

 この舞台は、誰のものでもない。

 私たちの青春なんだから」



「「おおっ!!」」


 声が重なり、手が重なる。

 温もりが、迷いを消していく。


 舞台袖から光の中へ――

 五人は、同じ方向を見て走り出した。



劇中劇「夢への階段」


第一幕「迷いの街」


(照明が落ち、体育館が静まり返る)


(青白いスポットライトが、舞台中央を照らす)


 そこにあるのは、簡易セットの“階段”。

 白い板を組み合わせただけの、不完全な階段だ。


 上へ続いているように見えるが、

 その先は照明の影に溶け込んでいる。


 背景は黒幕のみ。


 ――何もない場所。

 それが、“迷いの街”。


(舞台上手から、クロノが静かに現れる)


 クロノは現代的な私服姿。

 階段から距離を取り、観客席に向かって立つ。


クロノ(七海)

「ここは、“階段の街”。

 夢を諦めた人間が、迷い込む場所」


(階段に、淡く光が走る)


クロノ

「登れば、何かが変わると言われている。

 でも――何が待っているかは、誰にも分からない」


(間)


クロノ

「だから人は、途中で立ち止まる」


(舞台奥から、ルミナが駆け込むように登場)


 ルミナは明るい私服姿。

 リュックを背負い、周囲を見回す。


ルミナ(ひのり)

「……なに、ここ……?」


(階段に気づく)


ルミナ

「……でも……上、行けそう」


(クロノが視線を向ける)


クロノ

「登るの?」


ルミナ

(即答で)

「うん」


(階段を見上げる)


ルミナ

「だって……来ちゃったんだもん」


(ピアノの前奏)


(ルミナが、階段の一段目に足をかける)



♪ ミュージカルナンバー

「夢はまだ 小さな灯火」


ルミナ

♪「夢はまだ 小さな灯火

 消えそうで でも 消えなくて」


(階段を一段、上る)


♪「誰かに笑われても

 私だけは 信じていたい」


(照明が、ほんの少しだけ明るくなる)


クロノ(静かに)

「彼女は、“夢を追う人”」


(ルミナ、足を止める)


ルミナ

♪「もしも 間違ってたら

 どうすればいい……?」


(クロノ、階段に一歩近づくが、登らない)


クロノ

「……それでも、進む」


(階段下手に、淡い影)


 そこに、ノアの姿がある。

 階段に背を向け、座り込んでいる。


 ルミナは気づかない。


ルミナ

♪「夢はまだ 小さな灯火

 でも私は 進んでく!」


(ルミナが、もう一段、階段を上る)


(その瞬間、ノアの影がすっと消える)


(最後の音が響く)


暗転


第二幕「崩壊の街」(圧縮版)


(暗転のまま、低く不安定な音が流れる)


(照明が戻る。色は、くすんだ青と灰色)


 階段は同じ場所にある。

 だが、影は濃く、段差が歪んで見える。


 街は、まだ何もない。

 ただ、空気だけが重い。


(階段の下段に、ノアが座っている)


 ノアは私服姿。

 背中を丸め、階段を見上げない。


クロノ(七海)

「第二幕。“崩壊の街”」


(間)


クロノ

「ここでは、夢は問い直される。

 ――“それ、本当に必要?”と」


(ルミナが、階段の途中に立っている)


 少し、息が上がっている。


ルミナ(ひのり)

「……あれ?

 さっきより……登りにくい」


ノア(紗里)

「当たり前でしょ」


(ルミナ、振り返る)


ルミナ

「……誰?」


ノア

「登るの、まだ続けるんだ」


(立ち上がり、階段を背にする)


ノア

「私は降りた。

 現実的に考えた結果」


(間)


ノア

「夢ってさ、

 叶わなかったら残るの、後悔だけだよ」


ルミナ

「……でも……」


ノア

「“でも”って言えるうちは、まだ余裕」


(短い沈黙)



♪ ミュージカルナンバー

「壊れないために」


ノア

♪「登らなければ 失わない

 信じなければ 壊れない」


(階段を一段、下がる)


♪「それが 生き残るってこと」


(音、止まる)



(ノア、影の中へ消える)


(階段の前に、ミラが現れる)


 ミラは足元を見つめ、動けない。


ミラ(みこ)

「……怖い」


ルミナ

「大丈夫。一緒に――」


ミラ

(首を振る)

「違うの……」


ミラ

「失敗も、期待も、

 “信じてたのに”って言われるのも……」


(声が小さくなる)


ミラ

「全部、怖い……」



♪ ミュージカルナンバー

「立ち止まる理由」


ミラ

♪「光が 眩しすぎて

 目を閉じた」


♪「壊れる前に

 止まりたい」


(余韻を残して止まる)



(ミラ、階段の影に座り込む)


(階段の上段に、セレスが立っている)


 背筋を伸ばし、遠くを見る。


ルミナ

「セラ……?」


セレス(唯香)

「“これから”の話は、やめて」


ルミナ

「……どうして……」


セラ

「私はもう知ってる」


(間)


セラ

「登った先の景色も、

 拍手も、期待も」


セレス

「だから今が、一番苦しい」



♪ ミュージカルナンバー

「戻れない場所」


セレス

♪「輝いてた

 あの頃」


♪「戻れない

 それだけ」


(音が静かに消える)



(階段の照明が、さらに落ちる)


ルミナ

「……それでも……夢は……」


ノア(影の中)

「現実見なよ」


ミラ

「無理しないで……」


セラ

「無責任」


(不協和音)


(ルミナ、膝に手をつく)


ルミナ

「……夢は……光……」


(声が震える)


(クロノが、一歩前に出る)


クロノ

「正しさだけじゃ、人は進めない」


(階段の光が、一段ずつ消える)


 最後に残るのは、

 動けなくなったルミナだけ。


ルミナ

「……私、間違ってるの……?」


(完全暗転)


クロノ(暗闇の中)

「――夢を追う人は、

 ここで、初めて折れる」


暗転


第三幕「交差する声」(圧縮版)


(暗転がゆっくり明ける)


(照明は白に近いが、冷たい)


 階段は同じ場所にある。

 だが――


 ルミナは、階段の途中。

 ノアとミラは、階段の下。

 セラは、階段の上。


 誰も、同じ高さにいない。


(クロノは舞台袖に立ち、語らない)


(沈黙)


ルミナ(ひのり)

「……夢ってさ」


(わずかな間)


ルミナ

「持ってるだけで、

 こんなに苦しいものなの?」


ノア(紗里)

「違う」


(階段の下から、見上げる)


ノア

「追い続けるから苦しいんでしょ」


ノア

「現実を選ぶのは、逃げじゃない」

「壊れないための選択」


ミラ(みこ)

「……でも……」


(言葉を探す)


ミラ

「諦めたあとも……怖いよ」

「“あの時やってたら”って……」


(声が小さくなる)


ミラ

「ずっと、考えちゃう……」


(間)


セレス(唯香)

「どっちも、甘い」


(全員の視線が上を向く)


セレス

「夢は、

 “持つか捨てるか”じゃない」


(手すりに触れる)


セレス

「一度“成功”を知ったら、

 それはもう、逃げ場になる」


ルミナ

「……逃げ場?」


セレス

「過去に縛られる」

「未来じゃなく、“あの頃”を見るようになる」


(短い沈黙)


ノア

「じゃあ、どうすればいいの」


セレス

「知らない」


(即答)


ミラ

「……え……」


セレス

「答えがあるなら、

 私はここにいない」


(沈黙が落ちる)


 全員、違う方向を見ている。

 だが、誰も完全には背を向けていない。


ルミナ

(小さく)

「……夢ってさ」


(階段を、一段踏みしめる)


ルミナ

「正しいとか、

 間違いとかじゃなくて……」


(下と上を見渡す)


ルミナ

「それでも、

 手放せないものじゃない?」


ノア

「……綺麗事」


ミラ

「……でも……わかる……」


セレス

(ほんの少し表情を緩める)

「……愚か」


(クロノが、初めて声を出す)


クロノ(七海)

「でも、人は愚かだから登る」


(間)


クロノ

「夢とは――

 同じ場所にいながら、

 違う高さで語ってしまうもの」


(照明が、全員を同時に照らす)


 階段の上も、下も、途中も。

 すべてが、同じ舞台の上。


ルミナ

「……私、まだ決められない」


ノア

「それでいい」


ミラ

「……一緒に、考えよう」


セラ

「……落ちないようにね」


(ほんの一瞬、空気が和らぐ)


(階段の先に、うっすらと光)


クロノ

「彼女たちは、まだ答えを知らない」


(暗転)


クロノ

「――だからこそ、

 次の一歩を踏み出す」


暗転


第四幕「頂点と壁」(圧縮版)


(暗転が明ける)


(照明は上方から。階段の“先”だけが、強く照らされている)


 そこには、何もない。

 けれど確かに、“頂点”を示す光。


 ルミナは、階段の途中で立ち止まっている。


(深く息を吸う)


ルミナ(ひのり)

「……私、わかった」


(全員の視線が集まる)


ルミナ

「あの光のところに、立ちたい」


(間)


ノア(紗里)

「……頂点?」


ミラ(みこ)

「……そこに、何があるの……?」


ルミナ

「わからない」

(はっきりと)

「でも、“そこに立った自分”を、見てみたい」


(クロノが一歩前に出る)


クロノ(七海)

「それが、あなたの夢?」


ルミナ

「うん」


(階段を見上げる)


ルミナ

「途中で降りるのも、

 立ち止まるのも、嫌」


(沈黙)


セレス(唯香)

「……無理ね」


(即答)


ルミナ

「え……」


セレス

「あなたには、“壁”がある」


(階段を指す)


セレス

「才能でも、運でもない」

「もっと単純で、厄介な壁」


ノア

「……準備不足?」


ミラ

「……怖がってる、とか……?」


クロノ

「違う」


(静かに)


クロノ

「彼女は、“基礎”を飛ばそうとしている」


(ルミナ、言葉を失う)


クロノ

「一段一段を、

 軽んじているわけじゃない」


(間)


クロノ

「でも、“ちゃんと向き合っていない”」


ルミナ

「……向き合ってるよ……!」


(声が揺れる)


ルミナ

「頑張ってるし、必死だし……!」


セラ

「“必死”と“足りている”は別」


(冷静に)


セレス

「夢はね、

 上を見てるだけじゃ登れない」


(階段を、軽く踏む)


セレス

「踏み固めた段が、

 その人の高さになる」


(短い沈黙)


ノア

「……つまり」


ノア

「今のルミナは、

 頂点を語るには……

 足元が、危うい」


(ルミナ、俯く)


ミラ

「……でも……」


(勇気を出して)


ミラ

「壁があるってことは……

 越えたら、進めるってこと……だよね……?」


(全員がミラを見る)


クロノ

「ええ」


(即答)


クロノ

「逃げなければ」


(ルミナ、ゆっくり顔を上げる)


ルミナ

「……私」


(拳を握る)


ルミナ

「その壁、越える」


(階段を一段、踏みしめる)


ルミナ

「頂点に立つって、決めたから」


(照明が、ルミナを強く照らす)


 頂点は、まだ遠い。

 壁も、消えていない。


 けれど――

 彼女は、目を逸らさなかった。


クロノ

「夢は、宣言した瞬間から」


(間)


クロノ

「試練になる」


(暗転)


第五幕「踏みしめる足音」


(暗転が明ける)


(舞台は薄暗い。階段だけが、下から淡く照らされている)


 光は弱い。

 頂点は、まだ見えない。


 ルミナは、階段の前に立っている。

 一段目に、なかなか足を出せない。


(小さく息を吸う)


ルミナ(ひのり)

「……怖くない、わけじゃない」


(足を乗せる)


(照明が、わずかに揺れる)


 見えない壁。

 進もうとすると、拒まれる感覚。


ルミナ

「……っ」


(階段の下から、ノアの声)


ノア(紗里)

「止まると、余計に怖いよ」


(ノア、少し前へ)


ノア

「簡単に行けたら、

 ここに落ちてくる人はいない」


(反対側から、ミラの声)


ミラ(みこ)

「……一段……だけ……」


(ミラは登らない。ただ見ている)


ミラ

「一段なら……見れる……」


(ルミナ、うなずく)


ルミナ

「……一段」


(足を、しっかり踏み出す)


(重い足音)


 コツン――。


(照明が、ほんの少し安定する)


ルミナ

「……立てた」


(次の段)


(今度は、揺れない)


ルミナ

「……行ける」


(テンポが生まれる。二段、三段)


(だが突然、照明が一気に落ちる)


(風のようなSE)


 再び、見えない壁。


ルミナ

「……まだ……ある……」


(ノア、即座に)


ノア

「でも、前より来てる」


(ミラ、小さく)


ミラ

「……足音……前より……強い……」


(ルミナ、前を見る)


ルミナ

「……壊せば、いい」


(拳を握る)


ルミナ

「全部じゃなくていい」

「通れる分だけでいい」


(体を前に押し出す)


(鈍い衝撃音)


(照明に、細い亀裂の光)


ノア

「……割れてる」


ミラ

「……光……」


(ルミナ、もう一歩)


(照明が、段階的に明るくなる)


 壁は、完全には消えない。

 けれど――通れる隙間は、確かにある。


(ルミナ、その隙間を越える)


(大きく息を吐く)


ルミナ

「……行けた」


(ノア、苦笑)


ノア

「諦めなきゃ、壊れるんだよ」


(ミラ、小さく拍手)


ミラ

「……ひとりじゃ……なかった……」


(ルミナ、振り返る)


ルミナ

「……ありがとう」


ノア

「勘違いしないで」

「見てただけ」


ミラ

「……それで、十分……」


(ルミナ、階段を見上げる)


 頂点は、まだ遠い。

 でも――


 彼女の足は、もう止まらない。


(照明、ルミナの背中を照らしたまま暗転)


暗転


最終幕「夢は、光」


(暗転)


(静かなピアノの前奏)


(照明がゆっくり上がる)


 舞台中央。

 階段は、これまででいちばん高く、明るく照らされている。


 その最上段に、ルミナが立っている。

 息を整え、前を見る。


 迷いは、もうない。


(クロノは一段下で、静かに見守っている)


クロノ(七海)

「……辿り着いたわね」


ルミナ(ひのり)

「……うん」


(少し間を置いて)


ルミナ

「でも――ひとりじゃ、意味がない」


(階段の下を見る)


 ノア、ミラ、セラ。

 それぞれ、違う場所で立ち止まっている。


ルミナ

「一緒に、来て」


(間)


ノア(紗里)

「……ほんと、無茶」


(苦笑して、一段上る)


ミラ(みこ)

「……でも……ここまで……見たから……」


(おずおずと続く)


セレス(唯香)

「……覚悟は、もう見せてもらった」


(セレスも、静かに上る)


(4人が、同じ高さに並ぶ)


(クロノが、最後に一段上がる)


 5人が、階段の頂点に揃う。


(照明が、一気に明るくなる)



♪ ミュージカルナンバー

「夢は、光」


ルミナ

♪「夢は 遠くで光ってた

 届かないって 思ってた」


♪「でも 足を止めなかった

 転んでも 進んだから」


ノア

♪「諦めたって 言い訳して

 本当は 怖かっただけ」


ミラ

♪「震えてても 逃げなかった

 誰かとなら 立てたから」


セレス

♪「過去に縛られ 迷ってた

 でも今は――」


♪「“今の私”で ここにいる」


クロノ

♪「夢は 一人じゃ 完成しない

 重なって 初めて 光になる」


(音楽が盛り上がる)


ルミナ

♪「だから ここに立ってる

 壁を越えて ここにいる!」


(5人、視線を合わせる)


全員

♪「夢は――光!!」


(最後の音)


(5人が、同時に一歩前へ)


(照明、最大光量)



(音楽が止まり、静寂)


クロノ

「……物語は、ここで終わる」


(微笑んで)


クロノ

「でも――夢は、終わらない」


(5人、客席へ向き直る)


ルミナ

「――ご観劇、ありがとうございました」


(5人、深く一礼)


(暗転)



 ――終幕。


 照明が落ちた一瞬の静寂のあと、

 体育館いっぱいに、拍手が広がる。


 それは、

 夢が“光として届いた”音だった。


拍手の余韻が、まだ空気に残っていた。

 幕が下りてもしばらく、客席の人々は立ち上がろうとせず、感動の余波に沈んでいた。


 その空間に、静かに明かりが戻る。

 ロビーに出た観客たちの顔には、涙と笑顔が浮かんでいた。


「やっぱり……舞台ってすごいね」


 冴木あさひは、動画部の仲間たちと並んで立ち尽くしていた。

 中島りつが、袖を拭いながらぽつりと呟く。


「私、こんなに心が動いたの久しぶりかも」


「彼女たちの物語、ちゃんと“本物”だったよね」

名塚真帆が静かに言う。


 講堂の出口で、見栄晴町の駄菓子屋のおばあちゃんが、孫の手を引きながら微笑んでいた。


「ひのりちゃん……きっと、立派になってくれると思ってたよ」


 その傍らでは、紗里の両親と弟妹が目を潤ませていた。


「うちの紗里がねぇ……」

 母親がハンカチを手に、誇らしげに娘を見つめていた。


「姉ちゃん、いつも元気でうるさいだけかと思ってたけどさ……」

 弟の素直な言葉に、家族が笑った。


 みこの祖母は、杖をつきながらも姿勢を正して立っていた。

 その目には涙が滲んでいる。


「ありがとうね、みこ……あなたが輝いてる姿、ちゃんと見届けたよ」


 神主が手を合わせて目を細める。


「やはり、祈りの形には“演劇”も含まれていたのだな……」


 七海の姉も、感無量といった表情で頷いた。


「やるじゃん、七海。あんた、ちゃんと自分の“声”で物語を語ってたよ」


 そんな中――


 ひと組の夫妻が、ロビーの一角に静かに佇んでいた。

 唯香の両親。どこか堅い雰囲気を漂わせた母親と、穏やかな表情の父親。


「……唯香の舞台、あんなに“自分の言葉”で、語れていたなんて」


 母親の声がかすれる。彼女の手は、胸元で静かに震えていた。


 そのとき、ゆっくりと歩み寄ってきた女性の姿があった。

 白のブラウスに、落ち着いたスカート――

 ミュージカル体験会で彼女たちを指導した演出家・城戸洋子。


「あら……お久しぶりですね」


 唯香の母、真知子が一瞬、驚いたように目を見開く。


「……あなたは、確か……唯香のミュージカル講師でしたね?」


「ええ、指導を少しだけ。唯香さん……あの子、私のことを覚えててくれました」

 洋子は静かに微笑んだ。


「今日の舞台、素晴らしかったわ。ご両親として、誇らしいでしょう?」


 唯香の父、秋哉が、頷いた。


「……あの子がここまで自分を出せたことが、ただ……嬉しくてな」


「彼女の芝居には、葛藤も影もある。でも、その中に光が見えたんです。あの子の“心”が、演技を通して伝わってきたんですよ」


 真知子は、言葉を失ったまま、ぽろぽろと涙をこぼしていた。


 そのとき――


 ロビーの扉が開き、舞台裏から5人の少女たちが姿を現した。


 制服姿のまま、少しだけ汗ばんで、でも満ち足りた笑顔を浮かべながら。


「ひのり!」「七海ちゃん!」「みこちゃん!」「紗里ー!」「唯香……!」


 あちこちから、名を呼ぶ声が上がる。


「小塚さん……!」


 振り向くと、見覚えのある女性が立っていた。

 秋のハロウィンイベントで彼女たちが訪れた、あの幼稚園の先生だった。


「あっ……先生!」


 紗里が驚いたように駆け寄る。


「来てくれてたんですか!?」


 先生はにこやかに頷いた。


「もちろんです。あの時の園児たち、今でも“魔法のお姉さん”の話をしてるんですよ。今日の舞台も、本当に素敵でした」


「……うれしいなぁ。あたし、実は……」


 紗里は照れくさそうに、でも真っすぐな声で言った。


「……将来、保育士になりたくて。今、ちゃんと勉強中なんです!」


「そうなんですね」

先生は感慨深げに微笑み、そっと紗里の肩に手を置いた。


「今日のあなたの笑顔と元気なら、きっと、たくさんの子どもたちの心を動かせますよ」


「……頑張ります!」


 紗里はその言葉に大きく頷いた。


 一瞬の静寂。そして、次の瞬間――


 ――拍手が、湧き上がった。


 誰からともなく始まったその拍手は、次第に広がり、ロビー全体を包み込む。


 涙ぐむ声。

 手を差し伸べる姿。

「ありがとう」「感動した」「すごかったよ」――惜しみない称賛の言葉。


 彼女たちはその中心で、まるで夢の中にいるように立っていた。


 ひのりが、そっと涙を拭いながら、小さく口を開いた。


「……ありがとう。私たち、精一杯、演じきりました」


 七海が隣で微笑み、紗里が涙をこらえながら笑う。


 みこは少しうつむいて、それでも嬉しそうに手を振る。


 そして――唯香は、静かに両親の方へ歩み出る。


 母と目が合う。しばらくの沈黙。

 だが、やがて母親は、声を震わせながら言った。


「……素敵だったわよ。唯香」


 唯香は、驚いたように目を見開き、そして――ふっと微笑んだ。


「ありがとう、お母さん」


 その瞬間、彼女たちの物語は、ほんの少しだけ前に進んだ。


(そして照明が少しずつ暗転)


 ――舞風学園演劇部、学年末公演は、確かに“伝説”となった。


 講堂の明かりはすでに落ち、残るのは夜の帳と、わずかに照らす街灯の光。

 舞風学園の校門前、制服姿のままの五人が並んで歩いていた。


革靴の音が、夜の静けさに心地よく響く。

疲れたけど、心は軽かった。


「……なんかさ」

ひのりがふと、空を見上げながら口を開いた。


「この一年間って、夢みたいだったね」


「ほんとに。怒られて、笑って、泣いて……全部が“演劇”だったみたい」

七海が微笑む。


「でもさ、夢じゃなくて“現実”だったんだよね」

紗里が腕を大きく振って、空気を吸い込む。


「私たちの物語」

みこが、小さな声で添えるように言った。


 唯香は、立ち止まって校舎を振り返った。


「……ねえ、もしさ。これが、全部“誰かが描いた物語”だったとしたら、どうする?」


 他の4人が振り返る。


 ひのりが、少し笑って言った。


「うーん……そうかもしれない。

誰かが、“舞風学園演劇部”って物語を紡いでくれてて――」


 空を見上げ、星のない夜空に手を伸ばす。


「私たちはその中で、一生懸命、泣いたり笑ったり、演じたりしてきたのかも」


「“キャラクター”として、生きてたってこと?」

紗里がからかうように笑う。


「でも、そんなのでもいいかも。だって……」

ひのりが振り返って、みんなを見た。


「この一年間、最高の物語だったから」


 その言葉に、全員が頷く。

 五人の少女たちの物語は、確かにそこにあった。


 ひのりが、最後にもう一度だけ、ぽつりと呟く。


「――私たちのお話。

誰かが描いてくれた物語かもしれないね」


 風がそっと吹いた。

 制服の裾が揺れ、未来の匂いが混じった風に乗って――


 物語は、静かに幕を閉じた。


____________________

 ご観劇いただき、ありがとうございました。

 開校1年目の舞風学園演劇部、彼女たちの第一期生にして1年目の物語は、今日ここでひとつの節目を迎えました。


 悩んで、笑って、ぶつかって、手を取り合って。

 何もなかった舞台に、彼女たちは確かに“物語”を刻みました。


 けれど、これは「終わり」ではありません。

 春が来れば、また新しい幕が上がります。

 後輩たちと出会い、新たな舞台が始まり――

 その先に続いていく“未来”を、きっと彼女たちは演じていくでしょう。


 この舞台を見届けてくださったあなたへ。

 ここから先の物語も、どうか心の中で応援していただけたら幸いです。


 また、どこかの舞台でお会いしましょう。


 ――舞風学園演劇部の物語は、まだ続きます。


 舞風学園演劇部 1年生編

 ―完―

 好きなジャンルの学園青春ものアニメに影響を受けて、2016年から少しずつ構想を練ってきたこの物語。

 舞風学園演劇部の物語は、長い時間をかけて少しずつ形になり、そしてChatGPTの力も借りながら、ようやくここまで書き上げることができました。


 彼女たちの1年目の軌跡は、確かに一つの物語として完結を迎えました。

 けれど、彼女たちの青春はまだ続いていきます。


 2年生編では、新たなキャラクターとの出会いや、新しい展開も用意しています。

 進級した彼女たちは、後輩たちとともに、再び伝説を作っていくことでしょう。


 これからも、舞風学園演劇部の物語を温かく見守っていただけたら嬉しいです。

 最後まで読んでいただき、本当にありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
個性豊かなキャラクターたち 主人公の本宮ひのりを中心に、クールな七海、ムードメーカーの紗里、人見知りなみこ、そして過去を持つ唯香といった 5人の仲間たちの個性が鮮やかで、関係性の変化が心地よく描かれて…
感想一覧
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