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舞風学園演劇部 第一部 青春の開演  作者: 舞風堂
第六章 夢を歌う舞台へ
24/26

第二十四幕 テストと稽古、二つの試練

 部室の机の上には、五人分の台本が並んでいた。

 七海が書き上げた新作――《夢への階段》。


 舞台は、“階段の街”と呼ばれる架空の世界。

 夢を諦めた人間だけが辿り着く場所で、

 街の中心には、空へと続く巨大な階段がそびえ立っている。


 ひのりはページをめくりながら、目を輝かせる。


「……ねえ、これさ。普通に“もう完成”って感じしない?」


「うん……私、読んでて鳥肌立った……」

 みこが小さく頷く。


「役もちゃんと立ってるよね」

 紗里が自分のページを指さす。

「私は“夢を諦めた人”でしょ? なんか性格そのまんまで笑うんだけど」


 紗里の役は、階段を途中で降りた元挑戦者――ノア。

 夢を諦め、“登ること”をやめた人間。


 七海は少し照れたように視線を逸らす。


「一応、

 ひのりが“夢を追う人”――ルミナ、

 紗里が“夢を諦めた人”――ノア、

 みこが“夢に怯える人”――ミラ、

 唯香が“夢に縛られた人”――セレス、

 私は……語り部兼、もう一人の視点。クロノ」


 クロノは、この街に迷い込んだ人間たちを見守り、

 観客に問いかける存在。

 誰よりも近くで、でも決して階段を登らない役。


「構成もきれいだし」

 ひのりが言う。

「ミュージカルの入りも自然だしさ」


 ひのりの役・ルミナは、

 何も掴めていないのに、それでも階段を登り続ける少女。

 途中で降りた人間たちと出会いながら、

 最後まで“夢は光だ”と言い続ける存在だった。


 その様子を、唯香だけは少し離れたところから見ていた。


「……いい脚本だとは思う」

 静かに言う。

「でも、“舞台で生きるか”は別」


 ひのりが首を傾げる。


「え、なにそのプロの目線」


「役は理解してる。でも、まだ“役になってない」


 ――夢の話をしているはずなのに、

 空気だけが、少しだけ現実に引き戻された。


 その時――


 ガラリ、とドアが開いた。


「じゃあ、一回通してみせて」


 音屋先生だった。

 いつもの柔らかいトーンだ。


「先生!」

 ひのりが慌てて立ち上がる。

「ちょうど読み合わせ終わったところで――」


「ちょうどいいわ。脚本チェックね」


 五人は顔を見合わせてから、立ち位置につく。



 通し読みは、正直うまくいった。


 セリフも流れも止まらない。

 歌の入りもスムーズ。

 部室には“できてる空気”が漂っていた。


 最後の台詞を七海が読み終え、静寂。


「……どうですか?」

 ひのりが期待混じりに聞く。


 音屋は、少しだけ間を置いた。


 そして、淡々と一言。


「……で? それ、本気の舞台?」


 五人の動きが止まった。


「え……?」


「今の、文化祭の寸劇なら合格点。

 でも、“学年末公演”でやる芝居としては――」


 そこから音屋先生の声が、低くなる。


「ぬるすぎる」


 空気が一気に冷える。


「あなたたち、自分の役を“説明”してただけ。

 誰一人、“生きて”なかった」


 ひのりが言葉を失う。


「だって……役は理解して……」


「理解してるだけじゃ客は動かない」

 音屋は一歩前に出た。


「――ここから本気でいくわよ」


 そう言った瞬間、音屋先生の目が完全に変わった。


沈黙の中、音屋は五人の顔を順番に見回した。


「勘違いしないで。脚本そのものは悪くないわ」


 七海が一瞬だけ目を見開く。


「構成もテーマも、ちゃんと“舞台”を意識してる。

 直すところはあるけど……今はそこじゃない」


 ひのりがほっと息をつく。


「じゃあ……」


「問題は――あなたたちの“体”と“声”」


 音屋は台本を机に戻した。


「ここから先は、台本の修正は一切しない。

 まずは“歌”。ミュージカルなんだから、逃げ場はないわ」


 五人の背筋が同時に伸びる。


「え、いきなり歌ですか……?」

 みこが不安そうに言う。


「ええ。だって一番ボロが出るから」


 音屋はピアノの椅子に腰を下ろし、鍵盤に指を置く。


「ひのり。あなたが“夢を追う人”。主役。

 最初に歌いなさい」


「え、今ここで!?」

 ひのりが慌てて喉を押さえる。


「本番は“今じゃない”なんて言ってくれない」


 ピアノの音が鳴る。


「――『夢は光』。一番最初のフレーズから」


 ひのりは深呼吸して、声を出した。


♪「夢は――光――」


 音は出ている。

 音程も、悪くない。


 けれど――


「ストップ」


 即、止められた。


「……それ、“夢”って言葉に何も入ってない」


「え……」


「今のは、ただの音読。

 カラオケなら合格、舞台なら不合格」


 ひのりの胸が、ぎゅっと締まる。


「“夢を追う人”なんでしょ?

 あなた、今その夢に命かけてる?」


 言葉が出ない。


「次、唯香」


 唯香は無言で一歩前に出た。


 同じフレーズ。


♪「夢は――光――」


 空気が変わる。


 声が、部室に“残る”。


 さっきと同じ言葉なのに、意味が違って聞こえた。


「……はい、これ」

 音屋先生が言う。


「今のが“舞台用の声”。

 ひのりちゃん、違い分かった?」


 ひのりは唇を噛んで、うなずく。


「……悔しい」


「悔しいで済ませないで。

 ここからは全員、これ基準」


 音屋はピアノから立ち上がった。


「七海ちゃん、あなたは語り部。

 “物語を支配する声”が必要」


「紗里ちゃん、リズム担当。

 体が止まったら、あなたの役は死ぬ」


「みこちゃん、怖がる役。

 でも声まで縮こまったら、客に何も届かない」


 そして、最後に。


「――全員共通」


 音屋の目が、完全に“教師”のものになる。


「今日から一か月、

 あなたたちは“部活”じゃない。“訓練”よ」


 ピアノの蓋が、バンと閉じられた。


「ここからが、本当の地獄」


 ピアノの音が止まり、重たい沈黙が部室に落ちた。


 誰も、すぐには口を開けない。

 息が荒く、喉が痛い。脚は笑うほど震えている。


「……やばくない?」

 最初に呟いたのは紗里だった。


「正直、これ毎日やったら死ぬんだけど……」


「……しかも」

 みこが、台本を胸に抱えたまま小さく言う。

「再来週から、学年末テストだよね……」


 空気が、さらに重くなる。


「……あ」

 ひのりの顔が青くなる。

「完全に忘れてた……」


 七海が静かに眼鏡を押し上げた。


「忘れてる場合じゃないでしょ。

 補習になったら、部活どころじゃない」


「でもさ……」

 紗里が床に座り込む。

「さっきの音屋先生のやつ、あれ一日休んだら即置いてかれるやつじゃん」


 全員、黙る。


 唯香が、珍しく言葉を選びながら口を開いた。


「……どっちかを捨てるって選択肢は、ないと思う」


「だよね……」

 みこがうなずく。

「でも、両立できる自信も……ない」


 そのとき、七海が一歩前に出た。


「――決めた」


 全員が、七海を見る。


「ひのりの勉強、私が見る」


「えっ」

 ひのりが素っ頓狂な声を出す。


「七海ちゃん、マジで……?」

 紗里も目を丸くする。


「マジ」

 七海は即答した。

「このままだと、ひのりは確実に赤点コース。

 舞台以前に、退部リスク高すぎ」


「うっ……否定できない……」


「でも」

 七海は視線を上げる。


「ミュージカルの特訓も、絶対に必要。

 音屋先生の基準、今日で分かったでしょ?」


 誰も、反論できない。


「だから」

 七海は淡々と続けた。


「放課後は稽古。

 帰ってからは勉強。

 ひのりは最低、毎日一時間、私と自習」


「ひ、ひのりだけ!?」

 紗里が叫ぶ。


「他人事じゃないから。

 全員、テスト範囲共有。

 できない人は、できる人に教わる」


 七海の目が、完全に“進行役”のそれだった。


「舞台も、現実も、どっちも落とさない。

 落とした瞬間、この脚本ごと終わる」


 沈黙。


 ひのりは、しばらく俯いたまま――


「……やる」

 小さく、でもはっきり言った。


「私、逃げない。

 勉強も、舞台も」


 その声に、みこがそっと笑う。


「……うん。一緒に、がんばろ」


 紗里が立ち上がって、拳を握る。


「よし、決まり!

 昼は夢、夜は現実!

 ブラック部活だけど、青春ってことで!」


 唯香が、静かにうなずく。


「どちらも、本番よ。

 私たちの“舞台”は、体育館だけじゃない」


 七海は最後に一言だけ。


「……じゃあ、これで行く。

 “二重生活”、開始」


 ――翌日、日曜日。


 ひのりは、七海の家のマンションの前に立っていた。


「……あのさ」

 インターホンの前で、ひのりはスマホを見ながら小さく呟く。

「これ、普通にデート前の心境なんだけど……」


 ピンポーン。


『どうしたの、入って』


 即レス。


「冷たっ!?」

 ひのりは一人でツッコミを入れながら、オートロックを抜ける。



 七海の部屋は、ひのりの部屋と真逆だった。


 机は常に整理され、教科書は科目別に積み上げられ、

 付箋だらけのノートが几帳面に並んでいる。


「……ここ、参考書のモデルルーム?」

「うるさい、座って」


 ひのりは、正座。


 七海は、眼鏡をくいっと上げて、プリントを差し出した。


「まず、数学。これ解いて」


「え、待って。

 まずはお茶とか、雑談とか、心の準備とか――」


「本番は待ってくれない」


 冷酷。


「……はい」


 ひのりは震える手でペンを取る。


 3分後。


「……あのさ」

 七海が静かに言う。

「なんで一次方程式で符号ミスするの?」


「心が……動揺して……」


「符号は心で動かない」


 ひのり、撃沈。


「七海ちゃんさ、ちょっ音屋先生入ってない?」

「入ってない。元から」


「もっとひどかった!!」



 30分後。


 ひのりは机に突っ伏していた。


「……もう無理……

 夢は光だけど、数学は闇……」


「夢を見る前にxを求めなさい」


 七海、容赦ゼロ。


「この調子だと、

 英語も国語もアウト」


「待って待って待って!?

 私、主役なのに!?」


「主役でも赤点は落ちる」


 現実パンチ。



 ひのりは天井を見つめながら呟く。


「……ねえ七海ちゃん」

「なに」


「私さ、舞台より今の方が心折れそう」


「安心して」

 七海は即答した。

「ここからが本番」


「地獄の本番やめて」


 だが七海は、静かに笑った。


「でもさ。

 小学校の頃、

 漢字テストで泣いてたのも、私の部屋だったでしょ」


「……そうだったっけ」


「同じ場所で、同じ顔してる」


 ひのりは、少しだけ黙る。


「……ねえ、なんでそんなに本気なの?」


 七海は、一瞬だけ手を止めて言った。


「ひのりが舞台に立てない世界、想像できないから」


 ひのり、フリーズ。


「……それ、ズルい言い方だよ」


「事実だから」


 七海はまた問題集を開く。


「さあ、次。

 英語。現在完了」


「ひっ……」


 ひのりの悲鳴が、静かなマンションに響いた。


 2時間後。


 ひのりは、机に突っ伏していた。


「……終わった……」

 声が、もう死んでいる。


「終わってない」

 七海は即答した。


「え?」


「勉強は終わった。

 でも、演技が残ってる」


「……は?」


 ひのり、ゆっくり顔を上げる。


「待って待って待って。

 今の私、脳みそ溶けてる状態だよ?」


「ちょうどいい。

 余計な癖が抜ける」


「人体実験みたいなこと言わないで!?」



 七海は、部屋の中央を指差した。


「そこ、舞台。私は演出家」


「いや、ここ部屋だよ!?

 ベッドあるよ!? 生活感しかないよ!?」


「舞台は想像力で作るもの」


 七海はスマホを三脚に立て、画面をタップした。


「……聞こえる?」


 画面の中に、紗里・みこ・唯香の顔が並ぶ。


『はーい!』

『大丈夫です……!』

『映像、ちゃんと見えてるわ』


「今日はひのりの個人特訓。

 あなたたちは“客席役”で見て」


「ちょ、待って待って待って!?」

 ひのりが慌てる。

「なんでいきなり公開処刑!?」


「本番はもっと人に見られる」

 七海は淡々。

「今から慣れときなさい」


ひのりは絶望する。



七海がノートを開く。


「第一幕冒頭。

 “夢はまだ 小さな灯火”」


 ひのりは深呼吸して、言った。


「……夢はまだ、小さな灯火……」


「ストップ」


 即。


「声が“疲れた本人”」


「だって疲れてるんだもん!!」


「舞台で疲れは理由にならない」


 鬼。



 もう一度。


 ひのりは、少しだけ前を向いて言う。


「夢はまだ、小さな灯火……」


 七海は黙る。


 数秒の沈黙。


 画面の向こうで、紗里が最初に声を出した。


『……あ、今のちょっと良かった』

『さっきより、ちゃんと“物語”だった』


 ひのり、思わず目を丸くする。


「え、マジ?」


 みこが、少し考えながら言う。


『最初は…“頑張ってる声”だったけど…

 今は…“信じたい声”に聞こえたかな』


 ひのりの喉が、きゅっと鳴る。


 唯香が、静かに続ける。


『今のは、技術じゃないわ。

 “意思”が乗ってた』


 七海は、少しだけ視線を落としたまま言う。


「……今の、合格ライン」


 ひのりはフリーズする。


「え?」


「“初めて役が立ってた”」


「言い方ひど!!」


 でも、ひのりは思わず笑っていた。



 七海は次のページをめくる。


「次、動き。

 同じセリフ、歩きながら」


「歩くの!?今この部屋で!?」


「舞台は広いと想像しなさい」


ひのりは部屋をぐるぐる歩きながら、


「夢はまだ、小さな灯火……」


「ストップ」


「また!?」


「動きが“徘徊”」


「言い方ァ!!」


画面の向こうで、紗里が爆笑。


『ひのりちゃん、ゾンビみたいだった』


『で、でも…さっきより表情は良かったよ…』

みこがフォロー。


唯香が、少し微笑んで言う。


『七海ちゃんの言ってること、合ってる。

 今のひのり、“止まれない人”には見えた』


七海は小さく頷く。


「……じゃあ次は、

 “止まれないけど、進みたい”動き」


「抽象度高すぎるんだけど!?」


「舞台は抽象で考える場所」



 ひのりは、少しだけ動きを変えて言った。


「夢はまだ――小さな灯火!」


 今度は、立ち止まらず、でも逃げない動き。


 七海が、初めてペンを止めた。


「……今の」


 画面の向こうが、静かになる。


 みこが、ぽつり。


『……なんか、胸いた』


 紗里も、珍しく真面目な声。


『普通にさ、

 “ひのりが主役”って感じした』


 唯香は、短く一言だけ。


『客席、泣くタイプの入り方』


 ひのりは、しばらく呆然としてから言った。


「……え、私、今ちょっと役になってた?」


 七海は、視線を逸らしながら。


「……だから言ったでしょ。

 鬼に追われると強くなるタイプ」


「そんな才能いらない!!」


 でも、ひのりは笑っていた。


 通話が切れ、部屋に静寂が戻る。

 スマホの画面は暗くなり、エアコンの音だけが微かに響いていた。


 ひのりは、しばらく黙ったまま机に突っ伏す。


「……七海ちゃん、ありがとう。

 正直、今日ずっと心折れかけてた」


 七海はノートを閉じて、椅子の背にもたれる。


「ひのりはね」

 一瞬間を置いて、

「やればできるのよ。ほんとに」


 ひのりは目を瞬かせてから、照れたように笑った。


「……なんかそれ、幼稚園の時からずっと言われてる気がする」


「舞風に受かったのもそう。私の特訓、ひのりの努力の事実だから変わらないだけ」


 ひのりは深く息を吸い、ゆっくりと背筋を伸ばす。


「……よし。

 テストも、ミュージカルも、

 両方やってやる!」


 七海は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「言ったわね。

 逃げたら、また鬼モードだから」


「それは勘弁して!!」


 二人の笑い声が、夜の部屋に小さく響く。


(――私、ちゃんと前に進んでる)


 ひのりはそう思いながら、机の上のノートと、隣にいる七海を見た。


 次の舞台へ向かう準備は、もう、始まっている。


 続く。


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