第二十幕 聖なる朗読劇
ご無沙汰しております。前回の更新から間空きましたが、今回はクリスマス回です。夏のこの時期に?と思うかもしれませんが、夏で暑い時期だからこそせめて気持ちだけでも涼めるようお楽しみください
夕方、舞風学園の多目的室。
時期は12月上旬。外はすっかり日が短くなり、窓の外には冬の薄暗い空が広がっていた。
部屋の中では、ひのり、七海、みこ、紗里、唯香の5人 がジャージ姿でストレッチをしている。
「最近、一気に寒くなったね……」
唯香が肩を回しながらぼそっと呟く。
「ほんとほんと。部活終わったらもう真っ暗だもん」
みこが窓の外をちらりと見て、小さく震えた。
「だからこそ!しっかり基礎練で体あっためよ!」
ひのりが元気に腕を振り上げると、
「はいはい、声出しからね。ハイッ!」
七海が拍手で合図をして、5人の発声練習が始まった。
「アイウエオ、アエイウオアオ!」
「カキクケコ、カケキクコカコ!」
部室に元気な声が響き渡り、5人は息を切らしながらも笑い合った。
「……で、練習はしっかりやるとして。今日は本題よね?」
ストレッチを終えた紗里が腰に手を当てて言うと、みんなの表情がパッと真剣になった。
「クリスマスの企画、決めなきゃだよね!」
「せっかくだし、まずはクリスマスの思い出から話してみない?」
みこが提案すると、ひのりがすぐに手を挙げた。
「はーい!私はね、小さいころは家にサンタさんが来てくれるって信じてて!枕元に置いてあったプレゼント見つけた時、心臓止まるかと思ったくらい嬉しかったんだよね〜!」
「可愛い思い出じゃん」
紗里がくすっと笑った。
「私は……家族でご飯食べて、そのあとケーキ食べるのが恒例だったわ。シンプルだけど、毎年それがすごく楽しみだった」
七海が思い出すように目を細める。
「みこは?」
ひのりが振ると、みこは少しだけ考えてから、
「私はおばあちゃんが作ってくれたブッシュドノエル。すごく大きくて、毎年ケーキに刺すサンタの飾りを集めてたの。可愛くて好きだったな」
みこはふわっと微笑んだ。
「紗里ちゃんは?」
「うちはお父さんが毎年張り切って、庭に電飾つけてくれてたよ。やりすぎて近所の人が見に来るレベルでさ、もうイベントみたいになってた!」
「わかる!うちの近所にもあったよ〜!」
ひのりが乗っかるように笑う。
「……唯香ちゃんは?」
みこが優しい声で問いかけた。
唯香は少しだけ視線を落とした後、顔を上げて口を開いた。
「私は……子役をやってたから、幼稚園の頃から“サンタさんはいないんだよ”って大人たちに普通に言われてたの。最初はちょっと寂しかったけど……」
そこまで言って、唯香は少しだけ微笑む。
「でも、撮影現場で共演してた人やスタッフさんが、私のためにクリスマスパーティを開いてくれて。小さなツリーやケーキもあって、すごく楽しかった。あの時の優しさは、今でもちゃんと覚えてるんだ」
「唯香ちゃん……」
「それって、すごく素敵だね!」
ひのりとみこが同時に声をかけ、七海も柔らかく笑顔を向けた。
「うん。だから私は、誰かの思い出に残るようなクリスマスにしたいなって思ってる」
唯香のその言葉に、他の4人も自然と頷いた。
「よし!その気持ちを大事にして、最高のクリスマス劇にしよ!」
ひのりの言葉で、部室の空気がぐっと前向きに変わった。
「じゃあ、どんな劇にするか……だよね」
七海が真剣な顔で言うと、部室の空気が少しだけ張り詰めた。
「やっぱりクリスマスだし、楽しくてワクワクする感じのがいいよね!でもコメディすぎるのも違うし……」
ひのりが腕を組んで唸る。
「私、朗読劇っていうのもいいと思うの」
唯香がそっと提案した。
「朗読劇?」
「うん。サンタさんに会えた子どもの話を、朗読でしっとり届ける感じ。華やかじゃないけど、人の心を癒せるような……そんな物語にしたいなって」
唯香はゆっくり言葉を紡いだ。
「それ……すごくいいかも」
みこが目を輝かせて頷く。
「たしかに、朗読劇なら私たちの声を活かせるし、演技の練習にもなるわね」
七海も同意を示す。
「でも子ども向けにも大人向けにもできそうだし、幅が広がるね」
紗里が補足するように言った。
「よーし!じゃあ、クリスマスに“サンタさんと子どもが出会う”朗読劇!これで決定だね!」
ひのりの声が部室に響き、みんなが嬉しそうに顔を見合わせた。
「せっかくのクリスマス。お客さんにも笑顔で帰ってもらいたいもんね」
唯香の言葉に、5人はしっかり頷いた。
寒い冬の夜に、心を温めてくれるような――そんな朗読劇を目指して、演劇部の新しい挑戦が始まろうとしていた。
「じゃあ……朗読劇は“サンタさんと子どもの心温まる物語”に決定ってことで!」
ひのりが手を叩いて喜ぶと、
「クリスマス直前にやるからこそ、人の心を癒せるものにしようっていうの、いいと思うわ」
唯香も穏やかに頷いた。
「終業式の日に上演できれば、ちょうどいい締めになるよね」
みこも嬉しそうに笑う。
「細かい内容は、また明日以降にアイデア出し合っていこう。台本は私がまとめるから」
七海が頼もしく言うと、みんなが安心した表情で頷いた。
「よっしゃ!決まったし、今日は解散だね!」
紗里が元気に声をあげる。
こうして、舞風学園演劇部のクリスマス企画は少しずつ形を成し始め、冷たい夜風に急ぎ足で帰る5人の笑い声が校舎にこだましていた。
──そして、いよいよ終業式の日。
校舎の中も冬休み前の浮き立った空気に包まれている。
舞風学園演劇部の5人は、多目的室で準備に追われていた。
そして体育館で開演。「聖なる夜の物語」というクリスマスを題材にしたシンプルな朗読劇での披露となった。
──舞台は、あたたかな光に包まれたリビング。ツリーの下にはまだプレゼントはなく、家族はクリスマスパーティを楽しんでいる。
「わぁ!ケーキだ!お姉ちゃん、どっちのケーキ食べる?」
妹役のひのりが目を輝かせ、ケーキのプレートを姉役の紗里に差し出す。
「うーん、どっちもおいしそう……でも妹ちゃんが選んでいいよ」
紗里は少し大人びた微笑みを見せる。
「ほら二人とも、ケンカしないで。今日は特別な日なんだから」
母役の七海が優しく諭しながら、テーブルにホットミルクを並べる。
「わぁ〜お母さんの作ったクリスマスチキン、すっごくいい匂い!」
ひのりが目を丸くして喜ぶ。
「ふふっ、冷めないうちに食べてね。明日の朝には……サンタさんが来てくれるかしら?」
七海が楽しそうに妹を見つめ、ひのりは顔を赤くしながらも大きく頷く。
「ねえお姉ちゃん、サンタさん本当に来てくれるかな……?」
ひのりがぽつりと心配そうに呟く。
「大丈夫だよ。妹ちゃん、今年はいい子にしてたもん」
紗里が頼もしい笑みでひのりの頭を撫でた。
「お母さん、サンタさんってどんな人なの?」
ひのりが母役の七海を見上げる。
「サンタさんはね……寒い夜でも、いい子の家にこっそり来て、枕元にプレゼントを置いていくの。だから今夜は早く寝なくちゃ」
七海はおどけるように指を唇に当て、ひのりも「わかった!」と元気に返事をする。
「でも、もし起きてたら……サンタさんに会えたりするかな……?」
ひのりが目をキラキラさせて尋ねると、
「うーん、会えたらラッキーかもね?」
紗里がウインクして笑った。
──やがてパーティの余韻を残したまま、家族は寝室へ。
「サンタさん、早く来てくれないかな……」
ひのりが布団にくるまったまま目をこすり、ゆっくりとまぶたを閉じていく。
「おやすみ、妹ちゃん。いい夢見てね」
紗里が小声で囁く。
──その夜、家には静けさが訪れ、雪のように小さな願いがそっと降り積もっていった。
──静まり返った夜のリビングに、玄関のドアがそっと開く音が響く。
「シーッ……寝てるかな?」
サンタ役の唯香が赤い衣装をまとい、小さな袋を抱えて部屋に忍び込む。
「……ここだよ、サンタさん」
トナカイ役のみこが先導するように、そっとツリーの下を指差す。
「うまくいくかな……バレたら、夢が壊れちゃう……」
唯香が小声で不安を漏らす。
「大丈夫だよ。プレゼント届けるのが私たちの役目でしょ?」
みこが勇気づけるように、サンタの肩をそっと叩いた。
「……ありがとう、トナカイさん」
「任せて。道案内は得意だから!」
唯香は少し笑って、慎重にプレゼントを取り出し、ツリーの根元に置こうとした、その時――
「……ん……?」
妹役のひのりが、眠そうに目をこすりながら布団から身を起こした。
「サンタさん……?」
部屋に響いた小さな声に、唯香とみこは一瞬息を飲む。
「ど、どうしよう……!」
みこが小声で唯香に寄ると、
「……ここまで来たんだもの。ちゃんと届けなきゃ」
唯香は決意を込めてひのりに向き直り、優しく微笑む。
「いい子にしてたからね。……メリークリスマス」
「メリークリスマス……!」
ひのりは小さく声を上げると、安心したように再び布団に潜り込んだ。
──ひのりの寝息が聞こえ始め、唯香とみこはそっと顔を見合わせる。
「……やったね」
「うん。任務完了!」
サンタとトナカイは音を立てないように立ち上がり、ツリーを最後に一瞥して、月明かりに照らされた窓の向こうへと消えていった。
──翌朝。窓から差し込む冬のやわらかな陽射しが、リビングを明るく照らしていた。
「おはよ〜……」
妹役のひのりが寝ぼけまなこで起きてくると、ツリーの下には大きな箱が置かれているのを見つけた。
「わぁ!プレゼントだ!!」
ひのりが駆け寄り、箱を抱き上げて顔を輝かせる。その声に、母役の七海と姉役の紗里がキッチンから顔を出した。
「おはよう、いい夢見れた?」
七海が優しく声をかけると、
「うん!……あのね、夜中にサンタさんと……あとトナカイさんが来てくれた気がするんだ!」
ひのりは目をキラキラさせて振り返る。
「ふふっ、夢じゃないといいね」
紗里が微笑みながらひのりの頭を撫でる。
「だって……ちゃんとプレゼントがあるもん!見て見て!!」
ひのりは勢いよく箱を開けると、中から可愛いおもちゃが現れた。
「わぁあ!これ欲しかったやつ!やったーっ!!」
ひのりはおもちゃを抱えてくるくると回り、七海と紗里もつられて笑顔を浮かべる。
「……今年も良いクリスマスになったわね」
七海が窓の外に舞う小さな雪を見ながら、しみじみと呟いた。
部屋には家族の笑い声が響き渡り、心温まるクリスマスの朝がゆっくりと始まっていった。
朗読劇を無事に終えた舞風学園演劇部の5人は、多目的室をライトやガーランドで飾り付け、夜になってからささやかなクリスマスパーティを開いていた。
「今年もお疲れさま〜!メリークリスマース!!」
ひのりがクラッカーを鳴らすと、ポンッという音と共にキラキラの紙吹雪が舞い上がった。
「練習から準備まで、みんな頑張ったわね」
七海がシャンメリーを開けて、みんなのグラスに注いで回る。
「ケーキは任せてって言ったでしょ〜!ほら、どーん!」
そう言ってドアを開けて入ってきたのは、演劇部の顧問・音屋亜希先生。先生が抱えてきた箱を開けると、苺がたっぷり乗った大きなクリスマスケーキが現れた。
「亜希先生〜!ありがとうございます!」
みこが嬉しそうに手を合わせる。
「先生も一緒に食べましょうよ!」
紗里がケーキの取り分け用ナイフを手にして誘うと、
「もちろん!今日は私もみんなとお祝いしたくてね」
亜希先生は笑顔で椅子に腰かけた。
「で、せっかくだからプレゼント交換しない?」
唯香がそっと小さな紙袋を取り出すと、
「賛成〜!!やろやろ!」
ひのりがすぐに食いついた。
「いいわね〜。先生も混ぜてくれる?」
亜希先生がくじを引いて参加すると、メンバーから「やった!」と歓声が上がった。
くじ引きで順番を決め、それぞれが用意してきた小さなプレゼントを渡し合う。
「はい、これは私から!」
「ありがとう〜!……わっ、かわいいハンドクリーム!」
「私のも受け取って!」
「えっ、これお揃いのキーホルダーじゃん!」
「ひのりちゃんは、これ」
「うわぁ……あったかい手袋!冬の部活もこれで平気だね!」
「先生からもあるわよ〜。これ、ちょっとした差し入れ」
「亜希先生〜!ありがとうございます!」
プレゼント交換の後、みんながケーキを食べながら一息つくと、自然と今年の思い出を振り返る流れになった。
「ねぇねぇ、こうして集まってると、5月の初演思い出すね!」
ひのりが目を輝かせながら言うと、
「緊張して何度も台本読み直してたの、昨日のことみたいだよね」
みこが懐かしそうに笑う。
「6月に紗里ちゃんとみこの地元に行ったのも楽しかった。駄菓子屋寄ったり、天ノ杜神社で神主さんに挨拶したわよね」
七海が少し頬を緩めて話すと、
「それに……ひのりちゃんと唯香ちゃんが、幼少期に偶然会ってたって分かったのも6月だよね?」
紗里が言うと、唯香が恥ずかしそうにうなずく。
「うん……撮影現場から逃げ出して泣いてた私に、ひのりちゃんが魔法使いごっこしてくれたの」
「運命だよ!わたしたち、ずっと前から演劇部やる運命だったんだよ!」
ひのりの言葉に、みんながくすっと笑いあう。
「7月は夏祭りに浴衣で行ったり、8月には唯香ちゃんの別荘で合宿で夜まで練習したり……」
「9月にはみんなで自主制作映画作ったし、10月は文化祭、ハロウィンで幼稚園訪問で大忙しだったね」
「あたし保育士目指すきっかけになったんだよね」
「あら小塚さん、保育士目指す進路考えてるんだね」
紗里がそう言い、亜希先生が答える。
「11月は遊園地!ゴーカートで競争して、観覧車乗って……」
「ねっ!伝説、いっぱい作ったよね!」
ひのりが胸を張って言うと、
「ふふっ、本当にね。あっという間の一年だったわ」
唯香が優しく微笑んだ。
「でも、最高の一年よ。ありがとう、みんな」
七海の言葉に、全員が声をそろえて「ありがとう!」と返し、笑顔を交わし合った。
外は雪がちらつき始めていた。キラキラと街灯に照らされる白い粒を窓越しに見ながら、6人はケーキを囲んで笑い声を響かせていた。
パーティを終え、みんなと別れて帰宅したひのりは、自分の部屋に戻って上着を脱ぐと、窓辺に腰をかけた。冷たいガラスに手を当て、夜空を見上げる。
「楽しかったな……今年も、最高だった……!」
冬の空は澄んでいて、星がいくつも瞬いている。吐息が白く漂い、少しだけ胸が高鳴った。
その時――
遠く、夜空を横切る影が見えた。雪のようにきらめく粒を撒きながら、静かに空を飛んでいく何か。
「……サンタさん?」
思わずつぶやくひのり。
本当に見たのか、夢を見ているのか、自分でもわからない。けれど心の奥が、ぽっと温かくなるのを感じた。
「……また、来年も伝説、作ろうっと!」
ひのりはそっとカーテンを閉じ、笑顔でベッドに潜り込んだ。
夜空には、どこかで鐘の音が鳴ったような、そんな気がした。
続く




