表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/26

第十九幕 演劇部、遊園地へ!

時期は11月。遊園地へ遊びに行く舞風学園演劇部。ひのりは子どものようにはしゃいでいた。


既に遊園地へ向かう電車でも


「遊園地楽しみだ!わーい!」


「落ち着きさないひのり。電車ではしゃぐの恥ずかしいわよ」


七海が注意する。


「でもだって、ジェットコースター!メリーゴーランド!観覧車!全部乗りたい〜!」


ひのりは窓の外を見ながら、キラキラと目を輝かせていた。


「まるで遠足に向かう小学生だね〜」

みこがクスッと笑いながら言うと、


「ほんとほんと。テンション高すぎ」

紗里も笑いながら頬杖をついた。


「……でも、こういう時のひのりって、なんか元気もらえるわよね」

唯香が静かにそう言うと、七海も少し頷いた。


「たしかに。ちょっと恥ずかしいけど……まぁ、今日は特別ってことで」


電車の窓の向こうには、青空と、遠くに見える観覧車の影。

演劇部5人の休日は、にぎやかに、そしてにこやかに幕を開けようとしていた。


電車を降り、改札を抜けた先に広がるのは――夢と笑顔の国。


大きな門の上には「ワンダードリームランド」の文字。色とりどりの風船、パレードの音楽、甘いポップコーンの香り。あちこちから子どもたちの歓声が聞こえてくる。


「着いたぁ〜〜っ!!!」


ひのりは両手を広げてくるくると回り、真っ先にゲートの方へ駆け出した。


「わ、待ってひのり!チケットまだよ!」

七海が小走りで追いかける。


「ちゃんと5枚あるよ〜!」と、唯香が落ち着いた声で財布からチケットを取り出す。


「うわぁ、めっちゃ人いるね〜!人気なんだこの遊園地」

みこが目をぱちぱちさせながら、広場のあちこちを見渡す。


「まぁ、今日は休日だしね。混むのも当然ってやつ」

紗里がポップコーンの屋台に目をやりつつ言う。


「でもさ〜、今日だけは子どもに戻ってもいいんじゃない?」

ひのりがニッと笑いながら振り返ると、みんな自然と笑みを返した。


「よし、それじゃあ……まずはどこ行く!? ジェットコースター?観覧車?それとも――お化け屋敷!?」


「えっ、それはやめよ……」

と、小さくつぶやくみこだった。


舞風学園演劇部、初めての遊園地回――

思い出と笑いとちょっぴりのドタバタが詰まった一日が、今はじまる。


五人は、色とりどりのポスターや音楽に包まれた遊園地の正門をくぐった。


「わあぁ……!」


ひのりが真っ先に駆け出しそうな勢いで、目の前に広がるファンタジックな景色に声をあげる。


「ひのり、走っちゃだめ。はぐれるわよ」


七海が少し眉をひそめながらも、手に持ったガイドマップを広げる。


「ごめんごめん……でも、遊園地って聞いただけでテンション上がるでしょ!」


「わかるけどさ、もうちょっと落ち着こう?」


みこが心配そうに言いながらも、園内のメルヘンな装飾に見とれていた。


「せっかくだし、最初はやっぱ定番からでしょ?」


紗里が指差したのは、園内中央に位置する大きなメリーゴーランドだった。


「メリーゴーランド? 子ども向けじゃん〜」


と、ひのりが反射的に言ったあとで、自分の言葉に「あっ」と小さく口を押さえた。


「……って、私がそれ言うの、キャラ的にやばい?」


「だいぶ矛盾してると思う」


唯香がさらりと返す。


「ま、まあ……いっか! 馬に乗るの好きだし!」


ひのりが勢いを取り戻してにっこり笑うと、他のメンバーもつられて笑みを浮かべた。


「じゃあ最初はそれで。軽く流してから、次のスリル系いきましょ」


七海が歩き出し、五人はわいわいと話しながらメリーゴーランドへと向かった。


回転する木馬のメロディが、今日という特別な一日の始まりを告げるように、ゆっくりと風に乗って響いていた。


メリーゴーランドを降りたひのりは、手を広げてぐるぐると回りながら叫んだ。


「たーのしーっ!! やっぱりお馬さん最高!!」


「よかったね、ひのりちゃん。子どもたちに手を振り返してたの、見てたよ」


みこがにこにこしながら言うと、ひのりはちょっと得意げに胸を張る。


「ちゃんと“お姉さん感”出せてたでしょ!」


「たぶん“テンション高いお姉さん”だったわね」


唯香が笑うと、七海がガイドマップを見ながら一言。


「次はスカイサイクルかゴーカート行ってみない?」


「え、ゴーカートあるの!? めっちゃ気になる!」


ひのりがぴょんっとその場で跳ねた。


「スカイサイクルも捨てがたいけど……上から景色見るより走りたいでしょ!」


「どうせなら、みんなでレースっぽくやろうよ〜!」

と、ひのりはすでにやる気満々。


「なんか……レースゲームみたいな展開になりそうね」

七海が軽くため息をついた。


「でも……それ、ちょっと楽しそう」

みこがぽそりと呟く。


「……じゃあ決まりだね」

唯香がふわりと微笑むと、みんなの視線が自然とゴーカートコースの方向へ向かっていた。



ゴーカートコースに到着すると、そこは軽快なBGMとエンジン音が響く、小さなカーレース場のような雰囲気。


「おお〜!ほんとに遊園地の中にあるとは思えないクオリティ!」

紗里が感心したようにコースを眺める。


カートは二人乗り用と一人乗り用があったが、今日は全員一人乗りで並んで乗れるという。


「ふふ……ということは、誰が一番速いか決まっちゃうわけね〜?」

ひのりが両手を腰にあてて、挑戦的な視線を投げかける。


「え、それ勝負なの?」

みこが困ったような顔をしつつ、でも少しだけ口元がにやける。


「いや〜私は優雅にドライブ楽しむ派で行くから」

紗里がわざと大人ぶった口調で言うと、


「そういう人に限って、ガチャガチャとハンドル切りまくるのよね」

七海がすかさずツッコミを入れた。


「それぞれ性格が出そうね」

唯香は静かに笑っていた。



いよいよ、カートに乗る順番が回ってきた。


5台のゴーカートが横一列に並び、スタッフの案内で各自が乗り込んでいく。


「うぉぉぉ〜!この瞬間、テンション上がる〜っ!」


ひのりはハンドルを握った瞬間、思わず声が大きくなる。


「落ち着いて……言っとくけど、これスピード出ないからね?」

七海が隣から少し呆れ気味に言う。


「でも気分はF1! わたしは魔法少女カー“ひのり号”で勝負だ!」


「……それ、魔法で飛びそうな車名」


みこは不安そうにカートに座ると、ハンドルを握った途端ぐっと表情を引き締めて言った。


「こっちが先行くよ……道をあけろぉっ!」


「え、みこちゃん、キャラ変わった!?」


紗里が驚く中、みこはすでにスイッチが入っていた。


「全員、覚悟しな! ぶっちぎりだ!!」


「これは……絶対面白い展開になるやつだわ」

唯香が淡々と笑いながら、すっとハンドルを握る。


スタッフの合図がかかるまであと数秒。


ひのり、七海、紗里、みこ、唯香――5人のエンジンが、静かに、しかし確かに唸り始めた――。


「3……2……1……スタート!」


 


合図とともに、5台のゴーカートが一斉に唸り声をあげ、スタートラインを飛び出した。


 


「いっけぇぇぇぇっ!! 魔女号、発進だーっ!」


ひのりが立ち上がりそうな勢いで叫ぶ。


「前見て運転して!」


隣を走る七海が、冷静に鋭いツッコミを入れる。


 


「……ふふ、レースって案外楽しいかも」


唯香は静かな表情のまま、スムーズなハンドルさばきでカーブをすり抜ける。


 


「さーて、ここから紗里ちゃんの本領発揮といきますか〜!」


紗里はやや大げさにハンドルを切り、前を走るひのりの車にじりじりと迫っていく。


 


だが、その時――


 


「どきな。――あんたたち、前にいるには遅すぎる!」


 


その声は、ふだんのおっとりしたみこのものとは思えないほど鋭かった。


 


「え、みこちゃん!? 今、誰!?」


ひのりが振り返ると、そこには口元に薄く笑みを浮かべたみこがいた。


 


「スピードは勝負の命。無駄なブレーキなんか踏んでる余裕、ある?」


 


その言葉どおり、みこは鋭いコーナリングで内側を抜けていく。


スカートがふわりと舞い、ツインテールが風になびくその姿は、まるで“無敗のカートクイーン”。


 


「嘘でしょ……!?」


ひのりが驚愕する。


 


「……あれはもう、別人格って言っていいわね」


七海が真顔で呟く。


 


「みこちゃん、完全にレーサーモード……!」


紗里が横目でちらりと見つめながら、口を半開きにした。


 


その頃のみこは――まるで世界のすべてを敵に回すような気迫で、ひとつひとつのカーブを切り裂いていた。


 


「抜くよ――唯香ちゃん。反射速度、試させてもらう」


 


「ふふ、面白い。――来るならどうぞ」


唯香もまた、まるで“静かな剣士”のような鋭いコーナリングで応戦する。


 


風を切る音、エンジンの唸り、仲間同士の火花を散らすような駆け引き。


 


「これ……本当に遊園地のゴーカート……?」


七海は思わず天を仰いだ。


 


そしてゴール目前、5台が横並びになったその瞬間――


 


「いけええええええぇっっっっ!!!!!」


ひのりの絶叫が響き渡る中、彼女の“魔女号”が僅差でみこの“黒猫GT”の横へ並びかけ――


 


勝敗の行方は……!?



「そこ、どきなさ〜い! にゃ……じゃなかった、よっしゃあっ!」


みこはカーブを鋭く切りながら、ひのりのすぐ横を猛スピードで駆け抜けた。表情はキリッと引き締まり、眉もキリッと上がっている。普段のおっとりとした印象とは明らかに違い、その目にはレースに懸ける真剣な光が宿っていた。


「なにぃ!? 負けてたまるか〜〜っ!!」


ひのりも負けじとアクセルを踏み込む。ゴーカートは思いのほか本格的なスピードを出し、風がふたりの髪を激しく揺らした。


「次のカーブ、インで入る!」

「こっちはアウトから一気に抜ける!!」


叫びながら、ふたりはまるでカーレースのライバル同士のように張り合い、他の3人は遠巻きにそれを見守る。


「なんか……めっちゃ白熱してるわね……」

七海が思わずつぶやくと、


「ひのりちゃんの本気もだけど、みこちゃんの顔……違いすぎない?」

唯香が苦笑いを浮かべる。


「うちの部、なんでこんなにキャラ濃いの……」

紗里も呆れ気味に言いながらも、レースの展開に目を奪われていた。


そして――


ゴールラインが迫る。


「いっけえええええ!!!」

「ぬぅおおおおおお!!!」


タイヤの軋む音と共に、二台がほぼ同時に駆け抜ける。


僅差で、みこの勝ち。


 


そして次の瞬間――


ブレーキがかかり、ゴーカートが完全に停止すると、みこはまるでスイッチが切れたようにフッと表情を緩め、ほわっとした笑顔で振り返った。


「……あ、勝っちゃった。うふふ」


「ちょ、ちょっと待って!? 今のテンションの差、えぐくない!?」

ひのりがゼーハー息を切らせながら振り向く。


「みこちゃん……ほんとに同一人物……?」

紗里が近づいて恐る恐る聞くと、


「え? なにが?」

みこは首をかしげて、ぽてぽてと降車する。


まるで最初から何もなかったかのような、普段通りの“みこ”だった。


「こわ……」

「いや、すご……」


七海と唯香が同時につぶやく。


「えへへ〜、でも、楽しかったぁ」

みこはにっこり笑いながら言った。


舞風学園演劇部の遊園地遠足は、まだまだ波乱の予感を残しながら、ゆるくも賑やかに進んでいくのだった――。


五人はしばらく遊んだあと、園内の観覧車へと向かった。

ゆっくりと回るゴンドラにそれぞれ乗り込み、空へと舞い上がる。


──そして数十分後。


「おまたせ〜!……ふぅ、高かった〜」

ひのりが観覧車のゴンドラから降りながら、手すりにつかまってほっと一息つく。


「楽しかったけど、ちょっと静かすぎて緊張したかも……」

みこが小声でつぶやく。


「無言だったわね、あのゴンドラ」

七海が少しからかうように笑い、唯香がふわりと頷いた。


「じゃあ、そろそろ……お昼にしない?」

紗里があくび交じりに言うと、ひのりが手を上げて賛成する。


「大賛成〜〜〜! もうお腹ぺこぺこだよ! テーマパーク飯って、なんか2倍おいしく感じない?」


フードコートの看板が見えた瞬間、ひのりの足取りは一気に軽くなった。


「うわ〜!いろんなお店ある〜!どれも美味しそう〜!」


「……目が本気だな、ひのりちゃん」

みこが笑いながらつぶやく。


「テーマパークのフードって、なんでこう誘惑多いのよ……」

七海が少し困ったように言いながら、壁に貼られたメニュー表に目を走らせた。


店内は広く、席も空いている。ポップコーンやホットドッグ、カレーにラーメン、デザート系まで揃ったカウンターが並ぶ。


「ねぇねぇ、唐揚げもあるしクレープもあるよ!どっちも食べたい〜!」


ひのりが満面の笑みで言うと、唯香がすかさず指摘した。


「……さっき“ご飯とおやつ一緒に行くのアリ?”って聞いたの、あなたでしょ?」


「いやいや、これは“セット”ってやつだよ!唐揚げで塩分、クレープで糖分!完璧なバランス!」


「完璧なのは栄養じゃなくて偏りだと思うけど……」


七海が呆れ顔で返す。


「まぁ、食べたいときに食べたいものを食べるのが、いちばん幸せだよね〜」

みこがほんわか笑いながら、焼きたてワッフルの香りに吸い寄せられていく。


「私はローストビーフサンドにしようかな。ちょっと贅沢気分」

紗里がスマホで写真を撮りながら並ぶ列に加わった。


「私は安定のカレーにします。こういう場所って、意外とカレーの完成度高いのよね」

唯香が静かに歩きながら、すでにお盆を手にしていた。


「じゃあ、私は……うーん……悩むな〜……あっ、やっぱ唐揚げとクレープにする!」


ひのりはニコニコしながら、どちらの列にも交互に並ぶという器用な動きを見せていた。


しばらくして、各々が食べ物を手にテラス席に集合する。


「は〜い、揃った〜!いただきまーす!」


「いただきます」


五人の声が重なり、テーブルの上にはさまざまな香りが広がった。


「うまっ!!この唐揚げ、衣サクサクで中ジューシー!!」


ひのりが興奮気味に頬張ると、


「そっち食レポ系いったの?」

七海が笑う。


「ねぇ、クレープってデザートだよね?」

紗里が不思議そうに尋ねると、


「うん、だから“メインディッシュ・デザート・デザート”の流れでいくの」


「デザート×2なんだ……」


唯香が紅茶を口にしながら、ふっと微笑んだ。


遊園地のテラスで食べる食事は、笑いと驚きと“ちょっとした自由”に満ちていて、まるでいつもの舞風学園の部室とは違う時間が流れていた。


午後の陽が傾きかけ、風が少し冷たくなってきた頃。

舞風学園演劇部の5人は、ワンダードリームランドの一角にある「ミステリアス・マンション」――お化け屋敷の前にやってきた。


「わあ……雰囲気、出てるねえ……」


みこが看板の前で足を止める。西洋風の古びた屋敷の外観に、不気味なBGMとスモークが漂い、入口の扉は薄暗い赤い光に照らされていた。


「うっわー、絶対これ叫ぶやつだ……!」


ひのりが肩をすくめて引き気味に口を開く。


「ひのり、入る前から腰引けてるじゃん」

紗里が笑いながら背中を押す。


「な、なに言ってんの! 別に怖くないし! 叫ぶのは“盛り上げるため”であって、恐怖ではない!」


「それを“怖がってる”って言うんだよ」


七海が半ば呆れたように口を挟んだ。


「わ、私は普通……別に苦手じゃないし……」


唯香がそっと言ったが、どこか落ち着かない様子で、視線が入口から逸れている。


「唯香ちゃん、手、ちょっと震えてない?」

みこが優しく指摘する。


「……気のせいじゃないかな(小声)」


「よし、じゃあ入る前に、怖がり順予想いこうか!」


紗里が唐突に言い出し、全員の視線が集まる。


「トップは……ひのりでしょ」


「即決かよ!!」


「その次が唯香ちゃんかな? 見た目は冷静だけど、さっきの観覧車でも微妙にそわそわしてたし」


「……うん、認める。お化けとかホラー演出、演劇でもちょっと苦手」


唯香が小さくうなずく。


「みこちゃんは平気そうよね。冷静に分析してそう」


「うん。こういうのって“中の人”が頑張ってるって思えば、むしろ感心するかも」


「現実主義だな〜」


「七海ちゃんも……うん、絶対驚かないタイプ」


「まぁ、誰かが叫んだらびっくりするとは思うけど、自分からはあまり……」


「じゃあ紗里ちゃんは?」


「私? 叫ぶけど、ノリで叫ぶやつ! 怖がるってより“イベント”として楽しむ!」


「……一番リアクション芸になりそう」


ひのりが半分呆れながら笑い、全員が和んだ空気のまま、列に並ぶ。


しばらくして、前のグループが扉の奥へと消え、係員が5人に声をかけた。


「はい、では5名様、どうぞ~。中は暗くなっておりますので、お足元にご注意ください」


「うわぁ……本格的だ……」


ひのりが震える声でつぶやき、唯香が小さく息を吸い込む。


「だ、大丈夫、私が先頭いくよ!」


みこが一歩前に出ると、ひのりが慌ててその後ろにつく。


「じゃ、じゃあ私は二番目で……うん……みこちゃんの背中を信じてる……」


「唯香ちゃん、一緒に真ん中行こう!」


紗里が手を取り、唯香もうなずいて後ろへついていく。


「はいはい。じゃあ私は最後尾で」

七海が落ち着いた声でしんがりを務める。


そして、ギィィィ……と重たい音を立てて扉が開き、舞風演劇部の5人は、闇の中へと足を踏み入れていった。


──中は、思った以上に“静寂”だった。


足音、かすかな風の音、そして――


突然、「ギャアアア!!!」という絶叫が響いた。


「ひぃぃぃぃっっっ!!!」

「ぎゃあああああ!!!」


ひのりと唯香の見事なハモり声が、通路の奥に響き渡る。


「うわっ、出た出た!! 叫びコンビ!」

紗里が笑いながらも、肩をピクリと跳ねさせた。


「……あの仕掛け、上から降ってくるやつだったんだ。面白いなぁ」

みこは至って冷静に、しかも好奇心すら込めた目で見上げている。


「これ、演劇部の演出参考になるかも……」

七海も小声で感心していた。


そうして5人は、絶叫と驚きと笑いの渦に飲まれながら、作られた恐怖の館を進んでいく。


――怖いけれど、なぜか楽しい。

そんな“お化け屋敷”という非日常体験が、演劇部の休日にまた一つ、忘れられない彩りを加えていったのだった。


お化け屋敷の出口の扉がギィ……と開き、まぶしい光が5人を迎えた。


「ひいいぃぃ……外……! 光……! 人間界……!」


ひのりが太陽の光を両手で仰ぐように出てきた。


「もう、ホント無理……あと2秒いたら心折れてた……」


唯香は、珍しくほっとした顔でぐったりと壁にもたれかかった。


「意外だったなー唯香ちゃんがあんなに叫ぶなんて。ひのりと声、完全にユニゾンしてたし」


紗里が爆笑しながら背中を叩く。


「演技じゃなかったの……?」


みこが無邪気に尋ねると、唯香は肩を落として首を横に振った。


「……完全にガチ」


「にしても、冷静すぎでしょみこちゃん」


ひのりが少しむくれ気味に言うと、


「だって、中の構造気になっちゃって。吊り下がってたお化け、空気圧だったよね。あれ演劇にも使えるな〜って」


「そういう視点……」


七海は思わず苦笑した。


「じゃあ、次はいよいよ――」


唯香がマップを指さす。


「……きた、ジェットコースターね」


そこには「ドラゴン・スクリーマー」と書かれた看板。金属のレールが空高く伸び、コースの一部からは絶叫が上がっていた。


「うわー……高っ!」「ひゅ〜〜んてしてる!!」


ひのりが思わず身を引く。


「ここがクライマックスって感じだな」


七海が言うと、全員の視線が自然とジェットコースターの方へ向かう。


 


「ひのり、行ける?」


唯香が振り返って聞いた。


「う、うん! 私は魔法少女! ジェットコースターなんて怖くない! たぶん!」


「たぶんの時点で不安しかないわ……」


七海がこめかみに手をやる。


 


「ちなみにみこちゃんは?」


「……高いところ平気だし、スピード感あるの好き。たぶん一番テンション高いの、私かも」


「みこちゃん、ジェットコースターではキャラ変わらないでね……?」


紗里が小声で呟いた。


 


そして5人は列に並び、徐々に自分たちの順番が近づいていく。


ぎし……ぎし……ときしむような音と共に、レールを昇っていくコースターを見上げながら、ひのりの足がそっと一歩後ろへ下がる。


「うぅ……ここで回れ右したらダメかな……?」


「逃がさないよ」


七海が後ろからひのりの肩をつかむ。


 


「いいじゃん。叫ぼうよ、思いっきりさ!」


紗里が笑顔で前を向く。


「空、すっごく綺麗だから――一番上、いい景色が見られるよ」


唯香が優しく添えると、ひのりは深呼吸して、ぐっと拳を握った。


「……よし。覚悟決めた! 乗る!」


 


──そして、5人は並んでライドに乗り込む。


安全バーが降りると、ぐんぐんとレールを昇っていく感覚に、ひのりがぎゅっとバーを握る。


 


「だ、大丈夫……魔法で飛ぶほうが怖いって思えば……これは訓練……!」


「なにその魔法理論……」


七海が横で呆れながらも笑った。


 


ガタン、ガタン……と音がして、最上部へとたどり着く。


「景色、ほんと綺麗……!」


みこが感動した声でつぶやいた次の瞬間――


 


「きゃああああああああああああああ!!!」


叫び声と共に、コースターが急降下を始めた。


 


風が顔に叩きつけられ、景色が一気にブレていく。


「ぎゃああああああああ!!!」


「わああああああ!!!」


「いええええええい!!!」


「うおおおおおおおっ!!!」


 


――5人の叫び声が交差する。


 


風に吹かれて髪が舞い、目を閉じている子、叫びながら笑っている子。


スピードと重力の嵐の中で、誰もが“子どものような素の表情”を浮かべていた。


 


そして、カーブ、ループ、急降下を抜け――


カートがブレーキをかけてゆっくり止まり、無事に乗り場へと戻ってきた。


 


「……っつ、た、生きてる……!」


ひのりが真っ白な顔で降りてきて、へたり込む。


「ふふ、ひのりちゃん……泣いてる?」


唯香がそっとハンカチを差し出す。


「わ、わかんない……感動で涙出たのか、怖すぎて涙出たのか……!」


「でも、叫び声だけは一番元気だったよ」


みこがくすっと笑うと、ひのりも力なく笑った。


 


「これで、今日のクライマックスは制覇だな」


七海が言うと、紗里が腕を広げた。


「よっしゃ、記念にプリ撮ろう! 叫んだ顔、全部残してやろうぜ〜〜!」


 


5人のにぎやかな笑い声が、ジェットコースターの轟音の合間をぬって空へと吸い込まれていく――。


ゴーカート、観覧車、お化け屋敷、そしてジェットコースター――

ひと通り遊び尽くしたあと、五人は園内のショップエリアへと向かっていた。


「もう足が棒だよ〜〜! でも最高だった!」


ひのりがぐったりとしながらも満足そうに笑う。


「今日は本当にいろんな顔見せてくれたわね。絶叫のひのりとか、豹変みことか」


七海がくすりと笑うと、みこは口をとがらせてぷいとそっぽを向いた。


「……あれは事故ということで……」


「うんうん、面白い事故だったね〜!」


紗里がにやにやしながら言うと、みこは頬を赤くして「むー」と唸る。


その時――唯香が立ち止まり、アトラクションの一角を指差す。


「……あそこ、プリクラ機あるみたい」


視線の先には、ライトアップされた撮影コーナー。


「おおーっ、記念撮影しよしよ! こういうの撮っておかないと青春感ゼロになっちゃう!」


ひのりが食いついた。


「全員で撮るなら、あたし変顔していい?」


「ダメに決まってるでしょ」


七海が即答した。


「じゃあ、ふつうに撮ろ。笑って終わろ!」


ということで、5人は一台のプリクラ機にぎゅっと詰め込まれた。


「ちょっと、押してる!髪が写らない!」


「唯香ちゃん、笑って笑って〜〜! はい、ポーズっ!」


シャッター音が連続で響き、賑やかに撮影が進んでいく。


出てきたプリクラの写真には、それぞれの笑顔がしっかりと刻まれていた。


満面の笑み、ちょっと照れた横顔、なぜか全力ピースのひのり、そして――

写真の端っこでツインテールが逆立ってるみこ。


「ふふっ、いい記念になったね」


唯香が写真を見つめて、そっと呟いた。


──そして日が傾き始めた頃、遊園地のゲート前。


「じゃあ……帰ろっか」


七海がぽつりとつぶやくと、みんな少し名残惜しそうにうなずく。


空は夕焼け色に染まり、観覧車がオレンジ色の光を受けてゆっくりと回っていた。


「なんか……ちょっとさみしいね」


紗里がぽつんと漏らすと、ひのりが明るく言った。


「でもでも、また来ればいいんだよ! 次は何かテーマ決めてさ、“演劇部の課外活動”とか言っちゃって!」


「それ、ただの口実になりそう……」


七海が苦笑しながらも、どこか楽しげな声だった。


夕暮れの風に吹かれながら、5人は駅へと続く道を並んで歩いていく。


笑って、叫んで、時々キャラ崩壊して。

演劇部の休日は、どこまでも騒がしくて、どこまでも温かかった。


──そんな、一日だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ