第十九幕 演劇部、遊園地へ!
時期は11月。遊園地へ遊びに行く舞風学園演劇部。ひのりは子どものようにはしゃいでいた。
既に遊園地へ向かう電車でも
「遊園地楽しみだ!わーい!」
「落ち着きさないひのり。電車ではしゃぐの恥ずかしいわよ」
七海が注意する。
「でもだって、ジェットコースター!メリーゴーランド!観覧車!全部乗りたい〜!」
ひのりは窓の外を見ながら、キラキラと目を輝かせていた。
「まるで遠足に向かう小学生だね〜」
みこがクスッと笑いながら言うと、
「ほんとほんと。テンション高すぎ」
紗里も笑いながら頬杖をついた。
「……でも、こういう時のひのりって、なんか元気もらえるわよね」
唯香が静かにそう言うと、七海も少し頷いた。
「たしかに。ちょっと恥ずかしいけど……まぁ、今日は特別ってことで」
電車の窓の向こうには、青空と、遠くに見える観覧車の影。
演劇部5人の休日は、にぎやかに、そしてにこやかに幕を開けようとしていた。
電車を降り、改札を抜けた先に広がるのは――夢と笑顔の国。
大きな門の上には「ワンダードリームランド」の文字。色とりどりの風船、パレードの音楽、甘いポップコーンの香り。あちこちから子どもたちの歓声が聞こえてくる。
「着いたぁ〜〜っ!!!」
ひのりは両手を広げてくるくると回り、真っ先にゲートの方へ駆け出した。
「わ、待ってひのり!チケットまだよ!」
七海が小走りで追いかける。
「ちゃんと5枚あるよ〜!」と、唯香が落ち着いた声で財布からチケットを取り出す。
「うわぁ、めっちゃ人いるね〜!人気なんだこの遊園地」
みこが目をぱちぱちさせながら、広場のあちこちを見渡す。
「まぁ、今日は休日だしね。混むのも当然ってやつ」
紗里がポップコーンの屋台に目をやりつつ言う。
「でもさ〜、今日だけは子どもに戻ってもいいんじゃない?」
ひのりがニッと笑いながら振り返ると、みんな自然と笑みを返した。
「よし、それじゃあ……まずはどこ行く!? ジェットコースター?観覧車?それとも――お化け屋敷!?」
「えっ、それはやめよ……」
と、小さくつぶやくみこだった。
舞風学園演劇部、初めての遊園地回――
思い出と笑いとちょっぴりのドタバタが詰まった一日が、今はじまる。
五人は、色とりどりのポスターや音楽に包まれた遊園地の正門をくぐった。
「わあぁ……!」
ひのりが真っ先に駆け出しそうな勢いで、目の前に広がるファンタジックな景色に声をあげる。
「ひのり、走っちゃだめ。はぐれるわよ」
七海が少し眉をひそめながらも、手に持ったガイドマップを広げる。
「ごめんごめん……でも、遊園地って聞いただけでテンション上がるでしょ!」
「わかるけどさ、もうちょっと落ち着こう?」
みこが心配そうに言いながらも、園内のメルヘンな装飾に見とれていた。
「せっかくだし、最初はやっぱ定番からでしょ?」
紗里が指差したのは、園内中央に位置する大きなメリーゴーランドだった。
「メリーゴーランド? 子ども向けじゃん〜」
と、ひのりが反射的に言ったあとで、自分の言葉に「あっ」と小さく口を押さえた。
「……って、私がそれ言うの、キャラ的にやばい?」
「だいぶ矛盾してると思う」
唯香がさらりと返す。
「ま、まあ……いっか! 馬に乗るの好きだし!」
ひのりが勢いを取り戻してにっこり笑うと、他のメンバーもつられて笑みを浮かべた。
「じゃあ最初はそれで。軽く流してから、次のスリル系いきましょ」
七海が歩き出し、五人はわいわいと話しながらメリーゴーランドへと向かった。
回転する木馬のメロディが、今日という特別な一日の始まりを告げるように、ゆっくりと風に乗って響いていた。
メリーゴーランドを降りたひのりは、手を広げてぐるぐると回りながら叫んだ。
「たーのしーっ!! やっぱりお馬さん最高!!」
「よかったね、ひのりちゃん。子どもたちに手を振り返してたの、見てたよ」
みこがにこにこしながら言うと、ひのりはちょっと得意げに胸を張る。
「ちゃんと“お姉さん感”出せてたでしょ!」
「たぶん“テンション高いお姉さん”だったわね」
唯香が笑うと、七海がガイドマップを見ながら一言。
「次はスカイサイクルかゴーカート行ってみない?」
「え、ゴーカートあるの!? めっちゃ気になる!」
ひのりがぴょんっとその場で跳ねた。
「スカイサイクルも捨てがたいけど……上から景色見るより走りたいでしょ!」
「どうせなら、みんなでレースっぽくやろうよ〜!」
と、ひのりはすでにやる気満々。
「なんか……レースゲームみたいな展開になりそうね」
七海が軽くため息をついた。
「でも……それ、ちょっと楽しそう」
みこがぽそりと呟く。
「……じゃあ決まりだね」
唯香がふわりと微笑むと、みんなの視線が自然とゴーカートコースの方向へ向かっていた。
⸻
ゴーカートコースに到着すると、そこは軽快なBGMとエンジン音が響く、小さなカーレース場のような雰囲気。
「おお〜!ほんとに遊園地の中にあるとは思えないクオリティ!」
紗里が感心したようにコースを眺める。
カートは二人乗り用と一人乗り用があったが、今日は全員一人乗りで並んで乗れるという。
「ふふ……ということは、誰が一番速いか決まっちゃうわけね〜?」
ひのりが両手を腰にあてて、挑戦的な視線を投げかける。
「え、それ勝負なの?」
みこが困ったような顔をしつつ、でも少しだけ口元がにやける。
「いや〜私は優雅にドライブ楽しむ派で行くから」
紗里がわざと大人ぶった口調で言うと、
「そういう人に限って、ガチャガチャとハンドル切りまくるのよね」
七海がすかさずツッコミを入れた。
「それぞれ性格が出そうね」
唯香は静かに笑っていた。
⸻
いよいよ、カートに乗る順番が回ってきた。
5台のゴーカートが横一列に並び、スタッフの案内で各自が乗り込んでいく。
「うぉぉぉ〜!この瞬間、テンション上がる〜っ!」
ひのりはハンドルを握った瞬間、思わず声が大きくなる。
「落ち着いて……言っとくけど、これスピード出ないからね?」
七海が隣から少し呆れ気味に言う。
「でも気分はF1! わたしは魔法少女カー“ひのり号”で勝負だ!」
「……それ、魔法で飛びそうな車名」
みこは不安そうにカートに座ると、ハンドルを握った途端ぐっと表情を引き締めて言った。
「こっちが先行くよ……道をあけろぉっ!」
「え、みこちゃん、キャラ変わった!?」
紗里が驚く中、みこはすでにスイッチが入っていた。
「全員、覚悟しな! ぶっちぎりだ!!」
「これは……絶対面白い展開になるやつだわ」
唯香が淡々と笑いながら、すっとハンドルを握る。
スタッフの合図がかかるまであと数秒。
ひのり、七海、紗里、みこ、唯香――5人のエンジンが、静かに、しかし確かに唸り始めた――。
「3……2……1……スタート!」
合図とともに、5台のゴーカートが一斉に唸り声をあげ、スタートラインを飛び出した。
「いっけぇぇぇぇっ!! 魔女号、発進だーっ!」
ひのりが立ち上がりそうな勢いで叫ぶ。
「前見て運転して!」
隣を走る七海が、冷静に鋭いツッコミを入れる。
「……ふふ、レースって案外楽しいかも」
唯香は静かな表情のまま、スムーズなハンドルさばきでカーブをすり抜ける。
「さーて、ここから紗里ちゃんの本領発揮といきますか〜!」
紗里はやや大げさにハンドルを切り、前を走るひのりの車にじりじりと迫っていく。
だが、その時――
「どきな。――あんたたち、前にいるには遅すぎる!」
その声は、ふだんのおっとりしたみこのものとは思えないほど鋭かった。
「え、みこちゃん!? 今、誰!?」
ひのりが振り返ると、そこには口元に薄く笑みを浮かべたみこがいた。
「スピードは勝負の命。無駄なブレーキなんか踏んでる余裕、ある?」
その言葉どおり、みこは鋭いコーナリングで内側を抜けていく。
スカートがふわりと舞い、ツインテールが風になびくその姿は、まるで“無敗のカートクイーン”。
「嘘でしょ……!?」
ひのりが驚愕する。
「……あれはもう、別人格って言っていいわね」
七海が真顔で呟く。
「みこちゃん、完全にレーサーモード……!」
紗里が横目でちらりと見つめながら、口を半開きにした。
その頃のみこは――まるで世界のすべてを敵に回すような気迫で、ひとつひとつのカーブを切り裂いていた。
「抜くよ――唯香ちゃん。反射速度、試させてもらう」
「ふふ、面白い。――来るならどうぞ」
唯香もまた、まるで“静かな剣士”のような鋭いコーナリングで応戦する。
風を切る音、エンジンの唸り、仲間同士の火花を散らすような駆け引き。
「これ……本当に遊園地のゴーカート……?」
七海は思わず天を仰いだ。
そしてゴール目前、5台が横並びになったその瞬間――
「いけええええええぇっっっっ!!!!!」
ひのりの絶叫が響き渡る中、彼女の“魔女号”が僅差でみこの“黒猫GT”の横へ並びかけ――
勝敗の行方は……!?
「そこ、どきなさ〜い! にゃ……じゃなかった、よっしゃあっ!」
みこはカーブを鋭く切りながら、ひのりのすぐ横を猛スピードで駆け抜けた。表情はキリッと引き締まり、眉もキリッと上がっている。普段のおっとりとした印象とは明らかに違い、その目にはレースに懸ける真剣な光が宿っていた。
「なにぃ!? 負けてたまるか〜〜っ!!」
ひのりも負けじとアクセルを踏み込む。ゴーカートは思いのほか本格的なスピードを出し、風がふたりの髪を激しく揺らした。
「次のカーブ、インで入る!」
「こっちはアウトから一気に抜ける!!」
叫びながら、ふたりはまるでカーレースのライバル同士のように張り合い、他の3人は遠巻きにそれを見守る。
「なんか……めっちゃ白熱してるわね……」
七海が思わずつぶやくと、
「ひのりちゃんの本気もだけど、みこちゃんの顔……違いすぎない?」
唯香が苦笑いを浮かべる。
「うちの部、なんでこんなにキャラ濃いの……」
紗里も呆れ気味に言いながらも、レースの展開に目を奪われていた。
そして――
ゴールラインが迫る。
「いっけえええええ!!!」
「ぬぅおおおおおお!!!」
タイヤの軋む音と共に、二台がほぼ同時に駆け抜ける。
僅差で、みこの勝ち。
そして次の瞬間――
ブレーキがかかり、ゴーカートが完全に停止すると、みこはまるでスイッチが切れたようにフッと表情を緩め、ほわっとした笑顔で振り返った。
「……あ、勝っちゃった。うふふ」
「ちょ、ちょっと待って!? 今のテンションの差、えぐくない!?」
ひのりがゼーハー息を切らせながら振り向く。
「みこちゃん……ほんとに同一人物……?」
紗里が近づいて恐る恐る聞くと、
「え? なにが?」
みこは首をかしげて、ぽてぽてと降車する。
まるで最初から何もなかったかのような、普段通りの“みこ”だった。
「こわ……」
「いや、すご……」
七海と唯香が同時につぶやく。
「えへへ〜、でも、楽しかったぁ」
みこはにっこり笑いながら言った。
舞風学園演劇部の遊園地遠足は、まだまだ波乱の予感を残しながら、ゆるくも賑やかに進んでいくのだった――。
五人はしばらく遊んだあと、園内の観覧車へと向かった。
ゆっくりと回るゴンドラにそれぞれ乗り込み、空へと舞い上がる。
──そして数十分後。
「おまたせ〜!……ふぅ、高かった〜」
ひのりが観覧車のゴンドラから降りながら、手すりにつかまってほっと一息つく。
「楽しかったけど、ちょっと静かすぎて緊張したかも……」
みこが小声でつぶやく。
「無言だったわね、あのゴンドラ」
七海が少しからかうように笑い、唯香がふわりと頷いた。
「じゃあ、そろそろ……お昼にしない?」
紗里があくび交じりに言うと、ひのりが手を上げて賛成する。
「大賛成〜〜〜! もうお腹ぺこぺこだよ! テーマパーク飯って、なんか2倍おいしく感じない?」
フードコートの看板が見えた瞬間、ひのりの足取りは一気に軽くなった。
「うわ〜!いろんなお店ある〜!どれも美味しそう〜!」
「……目が本気だな、ひのりちゃん」
みこが笑いながらつぶやく。
「テーマパークのフードって、なんでこう誘惑多いのよ……」
七海が少し困ったように言いながら、壁に貼られたメニュー表に目を走らせた。
店内は広く、席も空いている。ポップコーンやホットドッグ、カレーにラーメン、デザート系まで揃ったカウンターが並ぶ。
「ねぇねぇ、唐揚げもあるしクレープもあるよ!どっちも食べたい〜!」
ひのりが満面の笑みで言うと、唯香がすかさず指摘した。
「……さっき“ご飯とおやつ一緒に行くのアリ?”って聞いたの、あなたでしょ?」
「いやいや、これは“セット”ってやつだよ!唐揚げで塩分、クレープで糖分!完璧なバランス!」
「完璧なのは栄養じゃなくて偏りだと思うけど……」
七海が呆れ顔で返す。
「まぁ、食べたいときに食べたいものを食べるのが、いちばん幸せだよね〜」
みこがほんわか笑いながら、焼きたてワッフルの香りに吸い寄せられていく。
「私はローストビーフサンドにしようかな。ちょっと贅沢気分」
紗里がスマホで写真を撮りながら並ぶ列に加わった。
「私は安定のカレーにします。こういう場所って、意外とカレーの完成度高いのよね」
唯香が静かに歩きながら、すでにお盆を手にしていた。
「じゃあ、私は……うーん……悩むな〜……あっ、やっぱ唐揚げとクレープにする!」
ひのりはニコニコしながら、どちらの列にも交互に並ぶという器用な動きを見せていた。
しばらくして、各々が食べ物を手にテラス席に集合する。
「は〜い、揃った〜!いただきまーす!」
「いただきます」
五人の声が重なり、テーブルの上にはさまざまな香りが広がった。
「うまっ!!この唐揚げ、衣サクサクで中ジューシー!!」
ひのりが興奮気味に頬張ると、
「そっち食レポ系いったの?」
七海が笑う。
「ねぇ、クレープってデザートだよね?」
紗里が不思議そうに尋ねると、
「うん、だから“メインディッシュ・デザート・デザート”の流れでいくの」
「デザート×2なんだ……」
唯香が紅茶を口にしながら、ふっと微笑んだ。
遊園地のテラスで食べる食事は、笑いと驚きと“ちょっとした自由”に満ちていて、まるでいつもの舞風学園の部室とは違う時間が流れていた。
午後の陽が傾きかけ、風が少し冷たくなってきた頃。
舞風学園演劇部の5人は、ワンダードリームランドの一角にある「ミステリアス・マンション」――お化け屋敷の前にやってきた。
「わあ……雰囲気、出てるねえ……」
みこが看板の前で足を止める。西洋風の古びた屋敷の外観に、不気味なBGMとスモークが漂い、入口の扉は薄暗い赤い光に照らされていた。
「うっわー、絶対これ叫ぶやつだ……!」
ひのりが肩をすくめて引き気味に口を開く。
「ひのり、入る前から腰引けてるじゃん」
紗里が笑いながら背中を押す。
「な、なに言ってんの! 別に怖くないし! 叫ぶのは“盛り上げるため”であって、恐怖ではない!」
「それを“怖がってる”って言うんだよ」
七海が半ば呆れたように口を挟んだ。
「わ、私は普通……別に苦手じゃないし……」
唯香がそっと言ったが、どこか落ち着かない様子で、視線が入口から逸れている。
「唯香ちゃん、手、ちょっと震えてない?」
みこが優しく指摘する。
「……気のせいじゃないかな(小声)」
「よし、じゃあ入る前に、怖がり順予想いこうか!」
紗里が唐突に言い出し、全員の視線が集まる。
「トップは……ひのりでしょ」
「即決かよ!!」
「その次が唯香ちゃんかな? 見た目は冷静だけど、さっきの観覧車でも微妙にそわそわしてたし」
「……うん、認める。お化けとかホラー演出、演劇でもちょっと苦手」
唯香が小さくうなずく。
「みこちゃんは平気そうよね。冷静に分析してそう」
「うん。こういうのって“中の人”が頑張ってるって思えば、むしろ感心するかも」
「現実主義だな〜」
「七海ちゃんも……うん、絶対驚かないタイプ」
「まぁ、誰かが叫んだらびっくりするとは思うけど、自分からはあまり……」
「じゃあ紗里ちゃんは?」
「私? 叫ぶけど、ノリで叫ぶやつ! 怖がるってより“イベント”として楽しむ!」
「……一番リアクション芸になりそう」
ひのりが半分呆れながら笑い、全員が和んだ空気のまま、列に並ぶ。
しばらくして、前のグループが扉の奥へと消え、係員が5人に声をかけた。
「はい、では5名様、どうぞ~。中は暗くなっておりますので、お足元にご注意ください」
「うわぁ……本格的だ……」
ひのりが震える声でつぶやき、唯香が小さく息を吸い込む。
「だ、大丈夫、私が先頭いくよ!」
みこが一歩前に出ると、ひのりが慌ててその後ろにつく。
「じゃ、じゃあ私は二番目で……うん……みこちゃんの背中を信じてる……」
「唯香ちゃん、一緒に真ん中行こう!」
紗里が手を取り、唯香もうなずいて後ろへついていく。
「はいはい。じゃあ私は最後尾で」
七海が落ち着いた声でしんがりを務める。
そして、ギィィィ……と重たい音を立てて扉が開き、舞風演劇部の5人は、闇の中へと足を踏み入れていった。
──中は、思った以上に“静寂”だった。
足音、かすかな風の音、そして――
突然、「ギャアアア!!!」という絶叫が響いた。
「ひぃぃぃぃっっっ!!!」
「ぎゃあああああ!!!」
ひのりと唯香の見事なハモり声が、通路の奥に響き渡る。
「うわっ、出た出た!! 叫びコンビ!」
紗里が笑いながらも、肩をピクリと跳ねさせた。
「……あの仕掛け、上から降ってくるやつだったんだ。面白いなぁ」
みこは至って冷静に、しかも好奇心すら込めた目で見上げている。
「これ、演劇部の演出参考になるかも……」
七海も小声で感心していた。
そうして5人は、絶叫と驚きと笑いの渦に飲まれながら、作られた恐怖の館を進んでいく。
――怖いけれど、なぜか楽しい。
そんな“お化け屋敷”という非日常体験が、演劇部の休日にまた一つ、忘れられない彩りを加えていったのだった。
お化け屋敷の出口の扉がギィ……と開き、まぶしい光が5人を迎えた。
「ひいいぃぃ……外……! 光……! 人間界……!」
ひのりが太陽の光を両手で仰ぐように出てきた。
「もう、ホント無理……あと2秒いたら心折れてた……」
唯香は、珍しくほっとした顔でぐったりと壁にもたれかかった。
「意外だったなー唯香ちゃんがあんなに叫ぶなんて。ひのりと声、完全にユニゾンしてたし」
紗里が爆笑しながら背中を叩く。
「演技じゃなかったの……?」
みこが無邪気に尋ねると、唯香は肩を落として首を横に振った。
「……完全にガチ」
「にしても、冷静すぎでしょみこちゃん」
ひのりが少しむくれ気味に言うと、
「だって、中の構造気になっちゃって。吊り下がってたお化け、空気圧だったよね。あれ演劇にも使えるな〜って」
「そういう視点……」
七海は思わず苦笑した。
「じゃあ、次はいよいよ――」
唯香がマップを指さす。
「……きた、ジェットコースターね」
そこには「ドラゴン・スクリーマー」と書かれた看板。金属のレールが空高く伸び、コースの一部からは絶叫が上がっていた。
「うわー……高っ!」「ひゅ〜〜んてしてる!!」
ひのりが思わず身を引く。
「ここがクライマックスって感じだな」
七海が言うと、全員の視線が自然とジェットコースターの方へ向かう。
「ひのり、行ける?」
唯香が振り返って聞いた。
「う、うん! 私は魔法少女! ジェットコースターなんて怖くない! たぶん!」
「たぶんの時点で不安しかないわ……」
七海がこめかみに手をやる。
「ちなみにみこちゃんは?」
「……高いところ平気だし、スピード感あるの好き。たぶん一番テンション高いの、私かも」
「みこちゃん、ジェットコースターではキャラ変わらないでね……?」
紗里が小声で呟いた。
そして5人は列に並び、徐々に自分たちの順番が近づいていく。
ぎし……ぎし……ときしむような音と共に、レールを昇っていくコースターを見上げながら、ひのりの足がそっと一歩後ろへ下がる。
「うぅ……ここで回れ右したらダメかな……?」
「逃がさないよ」
七海が後ろからひのりの肩をつかむ。
「いいじゃん。叫ぼうよ、思いっきりさ!」
紗里が笑顔で前を向く。
「空、すっごく綺麗だから――一番上、いい景色が見られるよ」
唯香が優しく添えると、ひのりは深呼吸して、ぐっと拳を握った。
「……よし。覚悟決めた! 乗る!」
──そして、5人は並んでライドに乗り込む。
安全バーが降りると、ぐんぐんとレールを昇っていく感覚に、ひのりがぎゅっとバーを握る。
「だ、大丈夫……魔法で飛ぶほうが怖いって思えば……これは訓練……!」
「なにその魔法理論……」
七海が横で呆れながらも笑った。
ガタン、ガタン……と音がして、最上部へとたどり着く。
「景色、ほんと綺麗……!」
みこが感動した声でつぶやいた次の瞬間――
「きゃああああああああああああああ!!!」
叫び声と共に、コースターが急降下を始めた。
風が顔に叩きつけられ、景色が一気にブレていく。
「ぎゃああああああああ!!!」
「わああああああ!!!」
「いええええええい!!!」
「うおおおおおおおっ!!!」
――5人の叫び声が交差する。
風に吹かれて髪が舞い、目を閉じている子、叫びながら笑っている子。
スピードと重力の嵐の中で、誰もが“子どものような素の表情”を浮かべていた。
そして、カーブ、ループ、急降下を抜け――
カートがブレーキをかけてゆっくり止まり、無事に乗り場へと戻ってきた。
「……っつ、た、生きてる……!」
ひのりが真っ白な顔で降りてきて、へたり込む。
「ふふ、ひのりちゃん……泣いてる?」
唯香がそっとハンカチを差し出す。
「わ、わかんない……感動で涙出たのか、怖すぎて涙出たのか……!」
「でも、叫び声だけは一番元気だったよ」
みこがくすっと笑うと、ひのりも力なく笑った。
「これで、今日のクライマックスは制覇だな」
七海が言うと、紗里が腕を広げた。
「よっしゃ、記念にプリ撮ろう! 叫んだ顔、全部残してやろうぜ〜〜!」
5人のにぎやかな笑い声が、ジェットコースターの轟音の合間をぬって空へと吸い込まれていく――。
ゴーカート、観覧車、お化け屋敷、そしてジェットコースター――
ひと通り遊び尽くしたあと、五人は園内のショップエリアへと向かっていた。
「もう足が棒だよ〜〜! でも最高だった!」
ひのりがぐったりとしながらも満足そうに笑う。
「今日は本当にいろんな顔見せてくれたわね。絶叫のひのりとか、豹変みことか」
七海がくすりと笑うと、みこは口をとがらせてぷいとそっぽを向いた。
「……あれは事故ということで……」
「うんうん、面白い事故だったね〜!」
紗里がにやにやしながら言うと、みこは頬を赤くして「むー」と唸る。
その時――唯香が立ち止まり、アトラクションの一角を指差す。
「……あそこ、プリクラ機あるみたい」
視線の先には、ライトアップされた撮影コーナー。
「おおーっ、記念撮影しよしよ! こういうの撮っておかないと青春感ゼロになっちゃう!」
ひのりが食いついた。
「全員で撮るなら、あたし変顔していい?」
「ダメに決まってるでしょ」
七海が即答した。
「じゃあ、ふつうに撮ろ。笑って終わろ!」
ということで、5人は一台のプリクラ機にぎゅっと詰め込まれた。
「ちょっと、押してる!髪が写らない!」
「唯香ちゃん、笑って笑って〜〜! はい、ポーズっ!」
シャッター音が連続で響き、賑やかに撮影が進んでいく。
出てきたプリクラの写真には、それぞれの笑顔がしっかりと刻まれていた。
満面の笑み、ちょっと照れた横顔、なぜか全力ピースのひのり、そして――
写真の端っこでツインテールが逆立ってるみこ。
「ふふっ、いい記念になったね」
唯香が写真を見つめて、そっと呟いた。
──そして日が傾き始めた頃、遊園地のゲート前。
「じゃあ……帰ろっか」
七海がぽつりとつぶやくと、みんな少し名残惜しそうにうなずく。
空は夕焼け色に染まり、観覧車がオレンジ色の光を受けてゆっくりと回っていた。
「なんか……ちょっとさみしいね」
紗里がぽつんと漏らすと、ひのりが明るく言った。
「でもでも、また来ればいいんだよ! 次は何かテーマ決めてさ、“演劇部の課外活動”とか言っちゃって!」
「それ、ただの口実になりそう……」
七海が苦笑しながらも、どこか楽しげな声だった。
夕暮れの風に吹かれながら、5人は駅へと続く道を並んで歩いていく。
笑って、叫んで、時々キャラ崩壊して。
演劇部の休日は、どこまでも騒がしくて、どこまでも温かかった。
──そんな、一日だった。