第十八幕 トリック・オア・ハート!ハロウィンの魔法
文化祭上映が大成功した後日。
多目的室には紙皿とお菓子、ジュースの残りが散らばり、和やかな空気が漂っていた。
「いや〜! 初の映画制作、めちゃくちゃ楽しかったな〜!」
ひのりが紙コップを高く掲げる。
「編集地獄だったけどね……」
りつがため息をつくと、あさひが笑いながら肩をたたく。
「りっちゃん途中で“もう無理”って机に突っ伏してたもんね」
「真帆ちゃんは徹夜してたらしいし」
七海が驚いた顔を向ける。
「ん〜……楽しかったから、あんまり苦じゃなかったけどね」
真帆は淡々と微笑んだ。
「ほんとにありがと。動画撮影部のみんながいなかったら絶対完成してなかったよ」
唯香が丁寧に頭を下げる。
「いやいや、こっちこそ楽しかったし。また一緒にやろうよ!」
あさひが明るく笑う。
「次は……アクションとかも挑戦したいな〜!」
ひのりが目を輝かせる。
「やめて。撮影班の寿命が縮む」
りつが即座に拒否し、一同が笑った。
「じゃ、そろそろ帰るね。また合同企画やろう」
真帆がカメラバッグを肩にかける。
「絶対だよ! うち、いつでも呼んで!」
紗里が元気に手を振る。
「じゃあ、またねー!」
あさひ・りつ・真帆が退室していく。
扉が閉まり、演劇部だけが多目的室に残った。
「……ふぅ〜。楽しかったね」
みこがぽつり。
「うん。最高の文化祭だったよ」
七海が頷いたその瞬間――
カチャ
扉が再び開く。
「みんな、まだいたのね」
音屋先生が資料を手に入ってきた。
「先生、お疲れさまです!」
ひのりが慌てて姿勢を正す。
「さっきメールが来てね……文化祭の映画が話題になったらしくて――」
先生は少しだけ微笑み、言った。
「近隣の幼稚園が、演劇部のみんなにハロウィンイベントに来てほしいってメールが来たの」
「ええっ!? 幼稚園ってことは……ちびっこたち相手!?」
紗里が驚きの声をあげる。
「うわー、それはそれでプレッシャーあるかも……」
みこがそっと言いながら、少し緊張の色を見せる。
「でも、子どもたちの前で演じるって、ある意味一番純粋な観客かもね」
唯香が静かに言った。
「なにそれ、かっこよ……! よし、やろう! 演劇部、出動!!」
ひのりが勢いよく手を挙げる。
「もはやそれは出動ごっこ……」
紗里が笑いながらひのりの肩を叩いた。
「でもやるなら、ちゃんと台本も考えないとね」
みこがそっと言った。
「そうね。相手は幼稚園児。難しい話や言葉は避けなきゃ」
唯香がうなずく。
「よし、じゃあ今日は企画会議ね。“幼稚園向け演劇”」
七海が立ち上がり、ホワイトボードの前に立つ。
「それっぽい〜!」
ひのりがノリノリで「ハロウィン演劇プロジェクト!」とマーカーで書き込んだ。
唯香がそれを見て、やや真顔で一言。
「……正式名称は、あとで詰めましょう」
「じゃあ、まずはテーマを決めましょう」
七海がボードの前でマーカーを手に取りながら、全員を見渡す。
「ハロウィンって言っても、いろんな方向性があるでしょ?ホラー系とかファンタジー系とか」
「えー、子ども向けだし、あんまり怖すぎるのはナシでしょ〜?」
紗里が腕を組んで、少し考え込む。
「でも、ちょっとだけドキドキする要素はあったほうがウケるかも。
“おばけから逃げる”とか、“魔法で変身しちゃう”とかさ!」
「それいいかも。“魔法で姿が変わっちゃった魔法使いを探す冒険”とか、ちょっと謎解きっぽい要素も入れてみるとかどう?」
ひのりがぽんっと手を打った。
「おお、アトラクションっぽいね!」
「それ参加型アトラクションじゃん……」
みこがぼそっと呟くと、紗里がすかさず反応した。
「おおっ!正にそれだ!」
「観るだけじゃなくて、園児も“魔法使いの弟子”になって一緒に活躍するって感じ……」
唯香が少し目を細めながら、構成を頭の中で整理していく。
「でも演劇としての流れは維持しつつ、随所に“ポイント”を作る形ね。
たとえば――“魔法の呪文を唱えてみて!”って呼びかけてみるとか」
「いいね、それ。演劇部員は役を演じながらも園児たちの反応を受けてアドリブで対応して……」
「ハードル上がってきた……」
みこが苦笑するが、その口元には緊張と同時に小さな期待がにじんでいた。
「でも、やりがいあると思うな」
ひのりが笑顔で言った。
「わたしたちの演劇って、“ただ見せる”だけじゃないもんね。“一緒に物語を作る”っていうかさ!」
「それ、いいキャッチコピーになりそう」
七海がうなずいて、ホワイトボードに書き加える。
『観客と作る、ちいさな魔法の物語』
「タイトル、これにしよっか。仮だけど」
「わあ〜いいじゃん! それに決定で!」
「だから“仮”って言ってるでしょ」
唯香の冷静なツッコミに、また部室が笑いに包まれる。
ワイワイと案を出し合いながら、ホワイトボードには「魔法使い」「かぼちゃの呪文」などのキーワードがどんどん書き込まれていった。
「さっき言ってた“選ばれし園児”っていうのも、演出に取り入れていいかも。
帽子を選んでもらうとか、ステッキを配るとか……」
「園児たちに“魔法のアイテム”配るとか超盛り上がる〜!」
「でも安全第一でね。紙製の杖とかにして」
「はーい、責任者は七海ちゃーん」
「いつの間に!?」
そんなやり取りの中、演劇部の面々はだんだんと「子どもたちのための舞台」を自分たちのものとして楽しみ始めていた。
「じゃあ、次は配役とざっくりしたシーン割りに入りましょう」
唯香の言葉で、全員が再び集中の顔つきに戻り、配役が決められる。
演劇部の新たな挑戦は、今、子どもたちと“物語を一緒に紡ぐ”というステージへと踏み出そうとしていた――。
10月31日のハロウィンイベント当日、園の門の前に並んだ演劇部の5人。
仮装をまとい、荷物を抱えたその姿は、ちょっとした「魔法使いの一団」のようだった。
「……よしっ、行こう! 魔女のひのり、ただいま登場の準備は万端です!」
ひのりが胸を張ってポーズを取るが、そのすぐ隣。
みこは落ち着かない様子で、そっとスカートの裾を整えていた。
「……あんまり、小さい子の前で演技するの、慣れてなくて……」
「みこちゃんなら大丈夫だよ。ああ見えて、けっこうツッコミ冴えてるし」
と笑ったのは、紗里。
いつもより少し控えめなトーンだったが、その横顔には決意があった。
「私もさ、あんまり“子どもウケするタイプ”じゃないと思ってたけど……でも、今日のこのステージはちょっと違うっていうか」
みこがちらと紗里を見つめる。
「違う……って?」
「演技とか演出とかってより、“伝わるか”だけを考えるって感じ。――文化祭の時より、シンプルでストレート」
それは、文化祭の映画づくりで“自分の役割”に悩んでいた彼女が見つけた、小さな答えだった。
「……伝わる、か」
みこは、心の中でその言葉をゆっくり繰り返した。
(私は、あんまり目立てないし、人前で喋るの苦手だけど……)
(でも、“みこちゃんがいて安心した”って、唯香ちゃんが言ってくれた)
(なら、今日は――)
「がんばる。……私なりに」
その小さな声は風に紛れたが、隣の紗里はしっかり聞いていた。
「……うん、じゃあ今日は“目立たないけど効いてる”みこちゃんでよろしく!」
「……それって褒めてる?」
「もちろん!」
ふたりの間に、自然な笑みが浮かんだ。
その時、幼稚園の門が開く。
「はーい!お待たせしました~! 舞風学園の演劇部のみなさんですね!」
出迎えた先生に軽く会釈を返しながら、中に足を踏み入れる5人。
園庭にはすでに仮装をした園児たちがわくわく顔で待っていた。
「わー! 魔女だー!」
「お姉さん、ホウキ持ってる~!」
わらわらと集まってくる小さな手と声。
「なんか、すごい熱気……!」
ひのりが少し後ずさる。
「……大丈夫よ。今度は、“私たちが届ける番”」
唯香の穏やかな声が、その場を整えるように響く。
そして、舞台袖(という名の倉庫裏)で最終確認をする5人。
「紗里ちゃん、セリフ飛ばさないようにね?」
「こら、みこちゃん!? 大丈夫! 今日は緊張してないから! ……たぶん!」
「ほんとかな〜」と七海が呟く横で、ひのりはくるっと回って衣装のマントを翻す。
「さあ!いよいよ、開演のお時間です!」
2人で小道具の最後のチェックをしながら、紗里がぽつりと呟く。
「……このメンバーで演じるって、やっぱり楽しいね」
その言葉に、みこがほんの少し照れたように笑ってうなずいた。
──いよいよ、本番の幕が上がる。
この日、舞風演劇部が届けるのは――
園児たちの笑顔を生み出す、魔法の時間。
〜舞風学園演劇部 ハロウィンステージ〜
タイトル:『ぬいぐるみになった魔法の先生とハロウィンの夜の冒険!』
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開演のチャイムとともに、舞台の幕が開いた。
ステージには、ハロウィンの飾り付けがほどこされた簡易セット。
かぼちゃ、黒猫、ほうき、おばけたちがわくわくする夜を演出していた。
その中央に、魔女の帽子を被った少女――
本宮ひのりが、元気いっぱいに登場する。
「みんな〜〜〜〜〜っ!! こんにちは〜〜!!」
園児たち「こんにちはー!!!」
ひのりが魔法のステッキをくるっと回して、笑顔で言う。
「今日は、舞風学園演劇部がやってきました! 今日はね、ある大変な事件を、みんなに見てもらいたいの!」
「なんと――この魔法学校の先生が……おばけの魔法で!」
ステージの暗がりから、ポン!と音がして、ぬいぐるみが床に転がる。
「――ぬいぐるみにされちゃったんです〜〜〜っ!!!」
園児たちから、「ええ〜!?」という驚きの声。
「でも大丈夫! わたし“魔女ひのり”が、みんなと一緒に、この事件を解決するための大冒険に出発します!」
園児たちの視線がステージにくぎ付けになったところで、ひのりが舞台袖を向きながら叫ぶ。
「さあ、まず最初の仲間を呼びましょう!
どこかで迷子になっちゃった、黒猫さん〜〜〜! どこ〜〜〜!?」
ステージの横から、そろそろと登場するみこ。
ふわふわの耳としっぽをつけて、おずおずと登場する。
「……にゃん……こっち……?」
その愛らしい姿に、園児たちは一斉に「かわいい〜〜!」の声。
ひのりがみこに近づいて、やさしく手を取る。
「この子は、ハロウィンの夜に迷っちゃった黒猫ちゃん。
一緒に、先生を元に戻す魔法を探しにいこうね!」
そこへ、紗里が演じる白い布を被ったお化けが現れる。
ステージの奥から、ふわ〜っと白い布を被ったおばけが、ぴょんと跳ねるように現れた。
「わははは〜! イタズラ成功〜〜っ!!」
甲高くもどこか可愛げのある声。
おばけの正体は、もちろん紗里だった。
「この魔法学校の先生、ぬいぐるみにしてやったのよ〜! ふわふわで可愛いでしょ〜?」
彼女はステージの上から園児たちを見渡すと、ひときわ元気な声で問いかける。
「ねぇねぇ、みんな〜! 先生、元に戻したい〜〜!?」
園児たちは「はーい!!」と元気に返事をする。
「ほんとに〜? じゃあ、お願いしようかな〜。この“おばけチャレンジ”を、乗り越えられるかな〜?」
そう言いながら、紗里は腰につけたポシェットか ら、カラフルなリボンやキラキラした紙で作られた“魔法のかけら”を取り出す。
「この中に、先生を戻す“ほんとの魔法のカギ”が入ってるんだけど〜、誰が持ってるかは……ヒ・ミ・ツ☆」
ぴょんっと舞台を下りて、園児たちのもとに駆け寄る紗里。
「はい、君っ! きみには“笑顔の魔法”、お願いね〜!」
「きみは“ジャンプ魔法”ね〜っ!」
「えーっと、そこのキラキラした髪飾りの子には“おひるね魔法”!」
紗里がひとりずつに“魔法アイテム”を配っていくと、園児たちは満面の笑みを浮かべながら受け取る。
一方その頃、ステージの上では――
「にゃ〜ん……。このおばけ、すっごくテンション高いにゃん……」
と、みこ演じる黒猫が、ステージの隅でちょこんと座っていた。
ひのりが笑いながら声をかける。
「大丈夫? 黒猫ちゃん、怖くない?」
「こ、怖くなんかないにゃん……。ちょっと、びっくりしただけにゃん……」
みこは“黒猫モード”でちょっと震えながらもしっかり台詞をこなす。
園児たちからは「がんばれー!」の声が飛び、みこはこくりと小さくうなずく。
「……みんなが、応援してくれるなら……わたし、頑張るにゃん!」
その声に、ステージの下から魔法アイテムを配り終えた紗里が、再びステージに戻ってくる。
「さ〜て、魔法のカギは揃ったかな〜っ!? みんな〜、準備できた〜〜っ!?」
「できたーーーっ!」
「よっしゃー!! じゃあ、いよいよ“先生をもとに戻す準備”だ〜〜!!」
ひのりがそう叫んだその瞬間――
ステージにふわりとオレンジ色の光が灯る。
「……な、なんの光……?」
みこ演じる黒猫が“にゃん”と小さく首をかしげたそのとき――
舞台袖から、静かに、でもどこか神秘的な雰囲気をまとって現れたのは、唯香が演じるカボチャの精霊だった。
ゆったりと落ち着いた声で語り始める。
「――その鍵を、正しく使うためには……“こころ”が必要です」
園児たちが目を見開いて、声を潜めた。
「かぼちゃの精霊……!? にゃ……なんだか……すごいにゃん……」
みこが小さく呟き、ひのりが思わず敬礼のポーズをとる。
「精霊さま! わたしたち、先生を元に戻したいです!」
唯香はひのりたちを一人ひとりゆっくりと見つめ、微笑む。
「“本当の魔法”は、道具じゃなくて――みんなの気持ちの中にあるのよ」
そう言うと、唯香はステージ中央に進み出る。
「魔法のことばを、唱えなさい。“みんなの気持ちをひとつに”して……」
園児たちが息をのむ中、ひのりがみんなに呼びかける。
「じゃあみんな、一緒に言おう! 合言葉は――」
「トリック・オア・ハート!」
「「「トリック・オア・ハート!!」」」
ステージ、そして観客席が声を合わせた瞬間――
ランタンの灯が強く輝き、ステージ後方のぬいぐるみが、ぽんっ!と軽やかに跳ねる。
――七海演じる“ぬいぐるみ先生”が、元の姿に戻っていた。
「……ん? わたし、どうしてここに?」
ひのりがステージ中央に駆け寄り、大きく手を振る。
「やったー!! 先生、元に戻ったよーーー!!」
園児たち「わああああああ!!!」
唯香は静かに微笑みながら、そっと手を振る。
七海がきょとんと立ち上がり、観客席から大歓声と拍手が巻き起こる。
ステージの灯がほんのり落ち着き、ぬいぐるみから元に戻った七海が、ゆっくりと前に出る。
その瞳は、やさしく園児たちを見渡していた。
「みんな、ありがとう。先生ね、ちょっとだけ――魔法にかかって、眠ってたの」
子どもたちが、ほっとしたように息をもらす。
七海はにっこり微笑んで、膝をついて目線を合わせながら言った。
「でもね、魔法を解いてくれたのは、みんなの“やさしい気持ち”だったんだよ。
お友だちのことを思う心、がんばる心、笑顔――それが、本当の魔法なの」
園児たちの目が、真剣に彼女の言葉を追っている。
七海は、そっと胸に手を当てる。
「だからね、今日からみんなも“小さな魔法使い”。
“トリック・オア・ハート”――
それは、お菓子じゃなくて、“やさしい心”をあげたり、もらったりする魔法の言葉なの」
「もしね、誰かが困っていたら、“だいじょうぶ?”って聞いてあげてね。
それも、立派な魔法だよ」
最後に、七海は両手を広げて言った。
「さあ、もう一回みんなで言ってみようか。せーの――」
「トリック・オア・ハート!」
元気いっぱいの声が、部屋いっぱいに響く。
七海はその声を聞きながら、そっとつぶやいた。
「うん、ちゃんと届いたね。みんな、もう魔法使いだよ」
魔法と冒険のハロウィンステージ。
心をひとつにしたその力で、物語は無事、ハッピーエンドへとたどり着いた――。
「おつかれさまー!」
ひのりが魔女の帽子を脱ぎながら、額の汗をぬぐう。
その横で、みこが猫耳をそっと外しながら小さな声で呟いた。
「……緊張したけど、楽しかったにゃん……」
唯香は衣装の端を整えつつ、七海と小さく目を合わ せて頷く。
舞台の上から、今度は“本物の子どもたち”と触れ合う時間がやってきた。
園児たちが「わーい!」と声をあげて、舞台袖に集まってくる。
そこに、キャンディやクッキー、ラムネが詰まったバスケットを両手に抱えて現れたのは――紗里だった。
「はーい、みんなー! 今日はがんばってくれてありがとう!
お礼に、お菓子タイムだよ〜〜!」
「わーい!」「おばけのおねえさんだー!」「あめちょうだい!」
園児たちが、満面の笑顔で駆け寄る。
「はーい、順番だよ〜〜、押さないでね〜!
おばけだけど、ちゃんと並ばないとイタズラしちゃうぞ〜?」
紗里が冗談まじりに言うと、園児たちはキャッキャと笑いながら列をつくった。
「ぼく、おかし、2つたべたい!」
「おっ、じゃあ……これは“元気に笑えたごほうび”で追加だっ!」
ちょっとしゃがんで目線を合わせ、園児一人ひとりに優しく言葉をかけながら渡していく。
その姿は、まるで小さなイベントMC。
「はい、どうぞ〜! こっちはかぼちゃクッキーだよ!」
「ありがとー!」
「わたしね、魔女ひのりちゃんのこと、すきー!」
「ふふっ、それ伝えとくね〜! あの魔女さん、実は超はずかしがり屋なんだよ〜?」
子どもたちの中には、紗里のスカートのすそを掴んで離れない子もいて――
「もう〜、人気者すぎない?」
と、ひのりが苦笑する。
「紗里ちゃん……すごいなぁ……」
と、みこが感心して見つめた。
「“演じる”ってこういうことよね」
唯香が静かに呟くと、七海がにっこりと笑う。
「うん。でもあの子、演じてるっていうより、素でやってるんだと思う」
どこか自然体で、でもちゃんと“楽しませること”をわかっていて。
笑顔とお菓子を配るその姿に、園児たちも演劇部の仲間たちも、ほっこりとした気持ちに包まれていた。
園児たちへのお菓子配りが終わり、にぎやかだったホールも、次第に穏やかな空気に包まれていた。
保育士たちがステージ横に集まり、演劇部の5人に丁寧に頭を下げる。
「本日は本当にありがとうございました!
子どもたち、みんなとっても楽しそうで……あんなに夢中になるのは久しぶりでした」
「お芝居だけじゃなくて、そのあとのやりとりも完璧でしたね。特に……」
そう言って、目を細めながら紗里の方を見る。
「お子さん一人ひとりと、ちゃんと目を合わせて話していたのが印象的でした。とても自然で、温かくて……」
紗里は「え、あたし……?」と目を丸くしながらも、照れくさそうに笑った。
「いや〜、なんか、そういうの……好きで、つい」
「とても素晴らしい対応でした。もし将来、保育の道に進まれるなら、ぜひ一緒に働きたいくらいです」
冗談交じりのようで、でも本気の響きを持った言葉に、紗里の表情がふと引き締まる。
そのまま、礼を交わして幼稚園を後にした5人は、並んで歩道を歩いていた。
夕暮れ時、紗里がぽつりと呟く。
「……子どもってさ、なんか、ほんと……尊いよね」
「うん」
「わかる」
と、隣からみことひのりの声が重なる。
紗里は、空を見上げながら小さく笑った。
「なんか、今日のことで、決めちゃったかも……」
「決めた?」
七海が横を向いて尋ねると、紗里は前を見つめたまま言った。
「うん――
あたし、将来……保育士か幼稚園の先生目指そうかなって」
その声には、照れや迷いではなく、ちゃんと芯のある強さが宿っていた。
ひのりが目を見開き、「……ほんとに?」と驚くと、紗里はコクリとうなずく。
「もちろん、まだ演劇も好きだけどさ。でも、“誰かのために演じる”って、今日みたいなことなんだなって……思ったの」
唯香が、静かにその言葉を噛み締めるように言った。
「“誰かのために在る”って、とても強い動機よ」
そして、みこが少しだけ笑って、「……きっと、紗里ちゃんにしかできない保育士さんになると思う」と付け加えた。
子ども達のための劇を行った演劇部5人。紗里は、この出来事を通じて保育士になるという将来を決めた日でもあった。
舞台は終わっても、心に残る“ハロウィンの魔法”は、まだまだ続いていた――。




