第十四幕 演劇部と動画撮影部、合同企画?!
九月上旬。
二学期が始まり、まだどこか夏の名残が残る舞風学園。
蝉の声も少しずつ減ってきて、空気に秋の気配が混ざりはじめた午後――
多目的室に集まった演劇部の5人。
「さーて!文化祭、どうするっ!?」
いつもの調子で、ひのりが勢いよく開幕。
「文化祭っていっても、時間限られてるしなぁ……」
七海はノート片手にスケジュール確認。
「でもせっかくの機会だし、今までやったことと違うこともしてみたいよね」
唯香が少し微笑みながら提案。
「舞台やるならさ、普通の劇じゃなくて――」
「――映画とか?」と、みこがぽつり。
「それだぁああああ!!!」
ひのりが叫ぶ。
「自主制作映画!? 演劇部×映画部コラボ!?」
「いやうち、映画部ないよ」と七海。
「じゃあ、動画撮影部に協力してもらおう!うちの隣の部屋!」
「監督は……やっぱ唯香ちゃんだよね」
「えええええ!?」
──こうして、文化祭へ向けての新たな挑戦が始まった。
放課後、多目的室。
演劇部の5人はすでに揃っていた。長机に円を描くように並んで座り、ホワイトボードには「文化祭企画会議」と七海の字で書かれている。
「……来るかな、動画撮影部の人たち」
紗里がソワソワと椅子を揺らしながら呟いた。
「さすがに来るでしょ。あたしたちから正式に依頼出したんだし!」
ひのりは机の上で両手をパタパタと仰ぎながら言った。唯香は静かにうなずいている。
すると――
「失礼しまーす」
勢いよく開いたドアの向こうから、元気な声が響いた。
先頭にいたのは、明るい茶髪のポニーテールに黒いキャップをかぶった少女。
演劇部のメンバーより少しボーイッシュな雰囲気で、手には軽量のハンディカメラを持っていた。
「動画撮影部の部長、冴木あさひです! お招きありがとうございまーす!」
「うわ、めっちゃ元気……」
みこが思わず小声でつぶやく。
続いて入ってきたのは、無造作な短めのツインテールで、イヤホンを首にかけた少女。
手にはスマホ用のジンバルとノートPCが入ったバッグ。
「中島りつです。よろしく」
その後ろに少し遅れて入ってきたのは、落ち着いた雰囲気をまとったメガネをかけたセミロングヘアの女の子。
真帆は、唯香を見ると軽く会釈をした。
「……名塚真帆です。演劇部に協力するって聞いて、ちょっと楽しみにしてました」
「C組でしょ?宝さんと一緒なんだよね」
七海が確認すると、真帆は「うん」と小さく笑った。
「どうぞ、座ってください。今日はお願いがあってお呼びしました」
七海が代表して言うと、3人はそれぞれ空いている椅子に腰を下ろした。
動画撮影部と演劇部――異なるジャンルの部活が、ひとつの円卓に向かい合った瞬間だった。
冴木あさひたちが椅子に腰を下ろし、軽く自己紹介を終えたところで――
「じゃあ、さっそく本題に入ろっか」
ひのりが勢いよく立ち上がり、両手で机をバン!と叩いた。
その表情は、すでに何かに取り憑かれたような輝きを放っている。
「今回、文化祭で演劇部は《自主制作映画》を作ることにしたの! だから、動画撮影部に協力してほしいんだ!」
「映画……!」
あさひの目がキラリと光る。
「おもしろそうじゃん、それ!」
「でしょ!? でね、私がやりたいのは――」
ひのりはホワイトボードの前に立ち、カラーマーカーで殴り書きを始めた。
『SF』『バトル』『ヒーロー』『宇宙』『爆破』『砕石場ロケ』『謎の組織』――
「えっと、なんかどんどん物騒になってない……?」
りつが眉をひそめるなか、ひのりはノンストップで語り出した。
「見たことないような超能力バトルとかさ、空からロボットが降ってくる感じの演出で……で、撮影は砕石場か工場跡地! ヒロインは記憶を失ってて、そこに謎の敵が――」
「待て待て待て!」
七海がバシッと机を叩いた。
「予算、いくらかかると思ってんのよそれ!」
「えっ……」
ひのりの口が「へ」の字に曲がる。
「火薬って簡単に使えないし、砕石場なんてまず借りられないし、VFXにいたっては……この動画撮影部にハリウッドスタジオでもあると思ってんの?」
「うっ……」
まるで夢から現実に急降下するように、ひのりは黙り込んだ。
「そもそも文化祭の予算って1部活あたり上限決まってるからね」
真帆が冷静に補足する。
「ロボットCGとか爆破シーンの外注とかは、現実的じゃないかも」
「くっ……現実って、厳しい……」
ひのりは椅子に沈み込んで、まるで全ての希望を失った顔で天井を仰いだ。
「でも、アイデアとしては嫌いじゃない」
ふと、あさひがニカッと笑って言った。
「むしろ、そこまで振り切ってる方が撮ってて楽しいよね。もちろん、できる範囲でね」
「……ほんと!?」
「やるからには面白く撮りたいし。でも、私たちができることも限られてるし――脚本とか演出とか、ちょっと現実的な路線で話し合ってみよっか?」
七海がうなずく。
「そうね。とりあえず、まずは“何を撮るか”をちゃんと決めて、役割分担とかもしていきましょう」
話し合いの中でちょっと休憩ムードになったところで、動画撮影部の中島りつがふと口を開いた。
「ねえ、やっぱりみんなキャラ立ってるよね。映像映えするっていうか」
「キャラ……?」
ひのりがきょとんとしていると、りつは笑いながらそれぞれを指差す。
「まず、本宮さん。元気全開、思いついたら即行動タイプでしょ? まさに主人公気質。あと、声の通り方がすごい」
「それは昔からよく言われる〜!」
「伊勢さんは完全に参謀。冷静、現実主義、でも決して冷たくない。編集してる時、こういう人の意見ってすごい助かる」
七海は照れもせず、静かにうなずいた。
「で、小塚さんは……なんか、見てると元気になる。テンション高くて場を明るくしてくれる“ムードメーカー”って感じ」
「わー嬉しい、それ! でも確かに言われるかもっ」
紗里が笑ってVサインを作る。
「城名さんはその逆で、おっとり癒し系。でも、たまに見せる芯の強さがギャップになってて……バズりやすいタイプだよ、動画で言うと」
「う、うー……なんか恥ずかしい……けど、ありがとです」
みこは口元をおさえつつ、真帆と目を合わせて照れ笑いした。
「最後に宝さん。これはもう……カメラ越しに見ても“本物”ってわかる。静かなカリスマ性っていうか、なんだろ……視線を奪うってこういうことかって思った」
そう言ったのは真帆だった。動画撮影部の中でも編集を担当している彼女は、撮れ高や見せ方に敏感だ。
「……あ、でも有名だよね? 昔、子役やってたよね?」
「えっ、有名人だったの!?」と、りつが素で驚く。
「たぶん、うちの学校でも何人か知ってる子いると思うよ? 結構大きい映画にも出てたよね」
唯香は少しだけ困ったように笑い、「もう昔の話よ」とだけ返した。
「でも、やっぱり立ち姿とか、話すテンポとか、“慣れてる”感がある。ああ、プロってこういう人なんだなって感じる瞬間があるんだよね」と、あさひが補足する。
「……褒めすぎよ。まだまだ演劇部としては一年生よ、私も」
と控えめに返す唯香の言葉に、みんながふと黙ってしまう。その“謙虚さ”もまた、彼女の魅力なのだと気づいて。
「……そういえばさ」
あさひがふと思い出したように口を開いた。
「演劇部の部長って、誰なの?」
一瞬、全員が顔を見合わせた。
「えっ……」
ひのりがぽかんと口を開く。七海もタブレットから顔を上げ、唯香と目を合わせた。
「……決めてなかったよね、そういえば」
七海が静かに言うと、紗里が「あ〜〜」と手を打った。
「なんか自然とひのりちゃんが引っ張ってたから、てっきりひのりちゃんが部長だと思ってた!」
「えっ、あたし!?」
ひのりがびっくりして目を見開く。
「いやいやいや、私ってば妄想爆走系でしょ!? そんなんに部長とか無理だよ〜〜!」
「逆に、他に誰がいるって話」
りつがさらっと言う。
「七海ちゃんとかは?」
みこが問いかけると、七海はため息をついて首を横に振った。
「……私は裏方に徹するほうが性に合ってる。責任者って感じじゃないし」
「唯香ちゃんは?」
紗里の問いに、唯香は少しだけ考えてから答える。
「私は……部を“率いる”っていうより、“支える”ほうが向いてると思う。役割としては、ね」
「うわ〜みんな大人だな〜……」
ひのりが頭を抱えるようにして、もぞもぞと身をよじる。
「でも部長って、誰がやっても結局その人なりの部になると思うよ」
あさひがにかっと笑った。
「本宮さん、全然向いてないって言うけどさ――実際、今こうして面白い企画が動いてるの、あなたの“勢い”が起点でしょ?」
「そ、それは……まあ、うん、そうかもだけど……」
「企画を動かすエンジンが“妄想”だって、全然いいじゃん。妄想を現実にするのが、部活の醍醐味ってやつでしょ?」
あさひの言葉に、唯香が静かにうなずいた。
「……その言葉、好き。ひのりにはその力、あると思う」
「ほら〜、決まりじゃん!」
紗里が大きく手を叩いて言った。
「じゃあさ――改めて、ここで決めよっか?」
七海が、机の中央に手を置いて言う。
「本宮ひのりを、演劇部部長として、正式に認めるってことで」
「賛成〜!!」と紗里が元気に手を挙げる。
「……うん、いいと思う」とみこもにこり。
「異論なし」と唯香。
「まぁ……自然な流れだと思う」と七海。
最後に、りつと真帆も小さくうなずいた。
「えっ、うそ、そんな……いや、嬉しいけど……!」
ひのりは一瞬戸惑いながらも、やがて顔を上げた。
「じゃ、じゃあ――わたし、本宮ひのり! 今日から演劇部の部長、やらせてもらいますっ!!」
その宣言に、部屋の中から拍手が湧き起こる。
「文化祭、絶対成功させようね!」
ひのりが両手を広げて言うと、あさひが笑って答えた。
「任せなさい、部長さん!」
こうして、演劇部の新たな体制と文化祭への挑戦が、正式に“幕を上げた”のだった。
「で、撮影場所って、どうするの?」
文化祭映画プロジェクトが本格的に動き出し、七海がノートを開きながら言った。
「砕石場はNGってことになったけど、やっぱ背景って大事じゃん」
「うちの学校の中だけじゃ、雰囲気出すの難しそうだよね」
みこが小声でつぶやく。
「そうなんだよ〜! せめて廃墟とか、無機質なビルの屋上とか……」
ひのりがぐぬぬと頭を抱える。
「でも、屋上って鍵かかってるし、勝手に使えないよ」
「近くに森とか河原とかあったっけ?」と紗里。
「うーん……野外で撮ると、音が入るのも気になるんだよね」
あさひがハンディカメラをいじりながら言った。
「風とか蝉の声とか、マイクめちゃ拾っちゃうから、セリフもノイズだらけになる可能性あるし」
「じゃあ、室内で工夫するしかないか……でも室内で“それっぽく”するのも限界あるし」
七海が頬杖をついて考え込んでいた時、りつがふと口を開いた。
「ねえ、LEDウォールって知ってる?」
「なんか最近の映画で背景に巨大なスクリーン使って合成してるやつ?」
「そう。『マンダロリアン』とかで有名になったやつね。グリーンバックじゃなくて、撮影時に“背景”がリアルタイムに映ってるやつ」
「ええっ! そんなハイテクなことうちらでできるの!?」
ひのりが前のめりに聞いた。
「本物のLEDウォールは無理。でも、近いことなら“風”にはできるかも」
りつがカバンからノートPCを取り出し、手早く操作しながら続けた。
「プロジェクターで教室の壁に背景映すとか、大型モニターを設置して風景動画をループ再生するとか。あと、背景映像を合成前提で編集して、照明で雰囲気を出すとかね」
真帆がそれを聞いて静かに補足する。
「“スクリーン越しに撮る”んじゃなくて、“その場にあるように見せる”ってことよね。動きのある背景をうまく光と合わせれば、印象が変わる」
「それっぽく見せるのって、意外とアイデア次第なのかも……!」
七海が目を細めてうなずいた。
「じゃあさ、廃墟とか無機質な背景の動画素材を事前に撮っておいて、それを背景に映して演技するとか、できる?」
「うん。たとえば、美術室の一角を使って“異空間”っぽく演出できるかも」
「すごい……それ、なんか本当に映画っぽい!」
紗里が目を輝かせる。
「演劇部が演技して、動画撮影部がセットと演出で世界を作るって、めっちゃいいコラボじゃん!」
「撮影用の照明、ちょっと貸してもらえるよう手配するね。教頭先生が機材に理解あるから、相談してみる」
あさひがメモを取り始めた。
「脚本が固まってきたら、それに合わせて必要な背景動画とかも用意するから」
「りつ、頼れる~!」
ひのりが感動したように言うと、りつは軽く口元を緩めて言った。
「……ま、妄想を現実に変えるのは、私の仕事だから」
「かっこいいな、おい……」
みこがポソッと呟くと、部屋中から笑いが漏れた。
──こうして、撮影場所の問題は“アイデアと技術の工夫”で乗り越える方向に進み始める。
演劇部と動画撮影部、それぞれの得意を武器に、夢は少しずつ形になっていこうとしていた。
七海がパソコンに撮影計画の表を打ち込みながら、ふと口にした。
「……で、監督って誰がやるの?」
再び沈黙。
「脚本はみんなで考えるにしても、演出とか、カット割りとか、現場で指示出す人は必要でしょ」
「うーん……私、演出は好きだけど、カメラの知識はないな〜」と紗里。
「私も……裏方得意だけど、映像の現場仕切るのはちょっと……」と七海が言いかけたそのとき。
「唯香ちゃん、やってみたらどうかな」
みこが、ぽつりと呟いた。
全員の視線が、一斉に唯香に向く。
「……私?」
「うん。だって、前に言ってたよね。映画監督のお父さんから、“ちょっとだけ撮り方教わったことある”って」
みこの記憶力が鋭く光った。
「そういえば……!」と紗里が目を見開く。
「それに、唯香って、演技する側の目線も持ってるからさ。カメラ越しにどう見えるかとか、光の当て方とか、自然にわかってる気がする」
あさひが腕を組んでうなずく。
「しかも、演技の間とか空気を“感じてる”の、カットを見てても伝わってくるよ。演出って、演技を“導く”仕事だし、向いてると思う」
「でも……」
唯香は一瞬、視線を伏せた。
「確かに、撮影が嫌になって逃げたこともある。だけど――」
ゆっくりと顔を上げ、まっすぐ前を見る。
「今は……自分の意志で“撮る側”に立ってみたいって思う。誰かに指示されるんじゃなくて、自分の目で見て、自分の言葉で“こうしたい”って言ってみたい」
その言葉に、誰もが一瞬言葉を失った。
あさひが静かに息を吐く。
「……かっこいいな、宝唯香」
「それってさ、子役だったからとかじゃなくて、今の唯香ちゃんが言うから、すごく響くんだよね」
みこが微笑んだ。
「じゃあ……決まり?」
七海が周囲を見渡すと、誰も異を唱えなかった。
「監督、宝唯香。異論――なし」
「ふふ……なんだか、責任重大ね。でも……やってみる」
唯香が静かに、でも確かにうなずいた。
「監督ってさ、演出だけじゃなくて、人の心も見る仕事だと思う」
あさひが真剣な目で言った。
「期待してるよ。唯香監督」
「うん。演劇部と動画撮影部で、一緒に“ひとつの映画”を作りましょう」
唯香が手を差し出すと、まずひのりが手を重ね、続いて七海、紗里、みこ、あさひ、りつ、真帆が集まっていく。
「文化祭まで、あと3週間。やるしかないっしょ!」
ひのりが声を上げる。
「演劇部初の映画作品、舞風の文化祭で――」
「――世界一、胸が熱くなるやつを撮ろう!」
その小さな円卓の上で、8人の手がひとつに重なった瞬間――
夢が、現実になり始めた。
七海がホワイトボードに「脚本会議」と書き加えた。
「じゃあまず、どんな物語にするかから決めようか」
唯香が、ひのりに目を向ける。
「主人公像は、すでにある程度浮かんでるんでしょ?」
「うん! 未来から来た記憶喪失の少女! 使命を思い出していく過程で……世界の命運がかかってるの!」
「ちょっと盛りすぎじゃない?」
七海が呆れ気味に突っ込むと、
「でもその路線、悪くないよ」と真帆が言った。
「映像としても引きがあるし、SF設定なら多少演技が拙くても“それっぽく”見える利点がある」
「記憶喪失って設定も、説明ゼリフを自然に入れやすいしな」と、りつも頷いた。
「なら、世界観をちゃんと設定しないとね」
七海が手元のタブレットを起動する。
「どこで何が起きてるのか、背景設定がブレると安っぽくなるから」
「背景は、スクリーンで映すタイプでどう?」
あさひが言った。
「さっき話してたLEDウォールみたいな。さすがにフルセットは無理だけど、黒バックで合成用に撮って、必要な背景はこっちで作れば雰囲気出せるかも」
「それ、いけそう?」
「予算内なら、やれる範囲でね。重機の爆破は無理だけど、空を飛ぶっぽい演出とかはがんばればいける」
「マンダロリアン方式だね」
「知ってたんだ、あさひちゃん」と、みこがくすっと笑う。
「スターウォーズ、大好きだから。ああいうの憧れるよ」
その瞬間、あさひの瞳が少しだけ、子供のような光を宿した。
「私、ずっとこういうのに関わってみたかったんだ。中学の頃、演劇も文化祭も、あんまり全力でやったことなくて……。今なら、本気でのめり込める気がする」
そう言って、あさひは自分のキャップを直す。
「じゃあ、ここがあたしの“青春”ってことで!」
部屋の空気が、一気に熱を帯びた。
「うん、やろう! とびきり面白いやつ!」とひのり。
「そのためには、まずプロットと構成ね」と七海。
「……キャラ設定も詰めておかないと」と唯香。
こうして、5人+3人の“演者と撮影者たち”は、一つの夢に向かって物語を描き始めた。
一通りの話し合いが終わり、時計の針は夕方を指していた。
「じゃあ……今日は最後に、ちょっと“テスト撮影”してみようか」
唯香が立ち上がり、カメラの前で軽くストレッチをするひのりに視線を送った。
「えっ、私がやるの?」
「当然でしょ。主演候補なんだから」と七海。
「何でもいい。動きの確認と、光の入り方とかカメラのテストも兼ねてるから」と、あさひがカメラを構えながらウィンクする。
「じゃあ……いきまーす」
唯香が、まっすぐにひのりを見る。
「カメラ、よーい……アクション!」
一瞬の静寂。
ひのりの表情が、ふっと切り替わった。
彼女は手をぐっと前に出し、演劇部の舞台では見せたことのない“ヒーロー”的なポーズを決める。
「この世界は、もう誰にも渡さないっ!」
――一歩踏み出し、虚空を見据えるように叫ぶ。
「たとえ記憶を失っても、あたしの中には“誰かを守りたい”って気持ちが、残ってるんだよ……!」
その迫力に、動画撮影部の3人が思わず声を漏らした。
「……これ、すごいな」
りつが低く呟く。
「想像してたより、ずっと“カメラ映え”するじゃん……」
あさひはカメラのファインダー越しに、ひのりの表情をしっかりと捉えていた。
「動きもいい。カット割り次第で、もっと引き立つ」
唯香は、ひのりの演技を目で追いながら、短く頷いた。
「……使えるわ。これ、素材としても」
「素材って!?」
ひのりがポーズを解いて、じたばたしながら振り返った。
「いやいや、褒めてるの!いい映像になってるってこと!」
「ならちゃんと言ってよねっ!」
和やかな空気が流れた多目的室。
でもその中には、はっきりとした“手応え”があった。
テスト撮影が終わり、カメラをチェックしているあさひたち。ひのりは机に突っ伏しながらも、満足そうに息をついている。
唯香は一人、窓際でカメラ越しに映ったひのりの表情を思い返していた。
七海が手元のノートにメモを走らせながら呟く。
「……何を伝えたいか、そこをはっきりさせれば脚本は書ける」
その言葉に、唯香がゆっくりと振り返る。
「伝えたいこと――か」
窓の外はもう夕暮れ、校庭が茜色に染まっていた。
そこへ、あさひが声をかける。
「映画ってさ、正直、めちゃくちゃ大変だけど……」
「それでも、撮ってよかったって思える瞬間、絶対あるよ」
それは、あさひ自身がずっと味わいたかった“何か”への渇望だった。
唯香が静かに答える。
「じゃあ、私たちでその“瞬間”をつかみに行きましょう」
それぞれが顔を見合わせ、小さく笑う。
やがて――
ひのりが、ふと顔を上げて、宣言のように言った。
「絶対、最高の映画にしよう。あたしたちの、たった一度の文化祭だもん!」
──その言葉に、誰も異論はなかった。
撮影はこれから。脚本もこれから。
でも彼女たちは、確かに“幕が上がる前”に立っていた。
続く。